第2話 初めまして、絶対零度の雪豹なお義理様

 私の縁談はとんとん拍子に進んだ。

 けれども、挙式は公爵家の威信にかけて時間もお金も掛け一年後に行うことに。


 そのため、てっきり婚約期間を一年設けて結婚かぁと思っていたんだけど、ルヴァン様から「先に書類を出し正式な夫婦となりたいんだけれども、どうだろうか?」と打診が。

 特に反対意見もなかったので、私はそれを了承した。



 縁談のお話を頂きて三ヶ月が経った今日。

 公爵家に引っ越しをするために、私はルヴァン様と共に男爵家の領地を出発し、王都にある公爵家へ。

 家具類は事前にルヴァン様と共に家具職人と打ち合わせをしたので、公爵家に届いているだろう。

 ドレスなどの衣服も必要最低限のものだけ持って来て、あとは王都で仕立てて貰うことにしている。

 王都の流行に疎かったので助かった……



 到着した侯爵家は、敷地も建物も広々。

 意外なことに私にとっては初の公爵邸。

 婚約しても一度も訪れたことはない。なぜならば、いつもルヴァン様や公爵様がうちに来てくれていたからだ。


(しかし、大きい。男爵家が軽く十は入りそう。ううん。もっとかもしれない)


 優しいクリーム色の壁が印象的な二階建ての長方形タイプの建物で、枯れ葉色の屋根で覆われている。

 建物の両端には尖塔が窺えた。

 中央二階にはバルコニーがあり、その上部壁には公爵家の紋章である二頭の獅子と剣が描かれている。

 ちなみに同敷地内に来客用の離れもあるらしい。


「ソニア。どうしたんだい?」

 ふと心配そうな男性の声が聞こえてきたので、私は弾かれたように隣へと顔を向ける。

 するとそこには、精悍な顔立ちをした男性の姿が。


 身に纏っている上質の衣服の上からでもわかる鍛え抜かれた筋肉。

 灰色の髪を耳上で短くさっぱりと切り揃え清潔感あり、ちょっと釣り目気味なラベンダー色の瞳は澄んでいる。

 彼こそ、ワール公爵の子息であり、王太子直属の騎士団である炎獅子騎士団の団長であるルヴァン様。

 午後から婚姻の許可を得るために教会に行き、書類が受理されれば旦那様となる方だ。


 ルヴァン様は私の荷物を持ちながら、不安そうな顔をしてこちらを見詰めていた。


「大きな屋敷だなぁと思ったんです」

「そうか……良かった……」

「良かったですか?」

「あぁ。その……俺との結婚が嫌になったんじゃないかって思ってさ」

 ルヴァン様はほっと息を吐く。


「父上は大丈夫だと思うけれども、母上が君を困らせたら俺に遠慮せず言って欲しい」

「お義理母様が?」

 そういえば、お父様から『猛獣』だって聞いていたなぁと思い出す。

 『ルヴァン様と合わせてW猛獣』って、社交界で呼ばれているらしい。


 実は公爵邸も初だけど、お義理母とも初。

 公爵様とは何度かお会いしたことがあるけど、お義理母様には会ったことがない。

 うちで行われた顔合わせの時などには、お義理母が体調不調で欠席していたし。

 実際は体調不調ではなく、ルヴァン様が相談もなく勝手に私を選んだ事が原因らしい。

 公爵家から直接は聞いていないけど、お父様がそんな事をちらっと言っていた。


 まぁ、貧乏男爵家の娘が公爵家に嫁入りって、傍から見たら財産目当てと疑われても仕方ない。

 なんとなくお義理母側の気持ちもわかる。

(私も逆の立場ならそう思うし)


「ソニアは今回直接母上と対面するけど、あの人結構癖が強いんだ。前はあんな感じではなかったんけど、十年前から急に偏屈になってね。俺や父上、使用人に当たり散らしたりしている。昔は『紫の叡智姫』と呼ばれていたんだけれども、今では『絶対零度の雪豹』と呼ばれているし……」

「絶対零度の雪豹は聞きましたけど、紫の叡智姫とも呼ばれているんですか?かっこいい!」

「もしかしたらソニアに迷惑をかけるかもしれない。母上のことが心配で別に暮らそうと思ったんだが、今の王都は人口集中してしまって空いている屋敷がなくて。新しく屋敷を立てようとも思ったが、一緒に暮らすのに間に合わなかった」

「私は一緒で構いませんよ。私は公爵家に嫁入りしましたので」

 家の借金まで払ってくれた上に、家具類やドレスも揃えて貰っている。

 それだけじゃなくて私の欲しいものは、何でも購入するので言ってくれと言われていた。

 挙式も全額公爵家持ちだし。

 男爵家にとっては破格好条件なので、別邸まで求めるのはちょっと……


「公爵家に嫁入りか……」

 ルヴァン様は寂しそうな表情を浮かべると、自嘲気味に笑う。


 私は何か余計な事を言ってしまったのだろうか。

 彼を傷つけてしまうようなことを。


「申し訳ありません。私、ルヴァン様を傷つけるような事を言ってしまったようですね」

「いや、違うんだ。ソニア。君との結婚は公爵家ではなく、俺が決めたんだ。だから、さっきの公爵家に嫁入りと言っていたのは、家と結婚したと言われたようで……」

 ルヴァン様は一息置くと、私の両肩に手を添える。

 そして、ゆっくりと唇を開くと真っ直ぐ私を見詰めた。

 顔を真っ赤にさせながら、熱の籠った瞳を向けている。


「ソニア。まだ言っていなかったが、俺はずっと――」

「貴方達。遅いわよ。到着時間五分過ぎているじゃない。淑女たるもの、時間厳守。しかも、家の前でおしゃべりなんてはしたない。到着したら家長にまっすぐに挨拶に来なさい!」

「「え」」

 ルヴァン様の言葉を遮るかのように、突然玄関の扉が開かれたかと思えば、そんな声が飛んきてしまう。

 顔を向ければ、そこには薄い紫の髪を纏めている女性の姿が。

 手には扇子を持ち、ルヴァン様と同じ色の瞳をこちらに向けていた。

 そして彼女の後方には、慌てて駆け寄ってきている公爵様――お義理父様の様子が窺える。


「は、母上……」

 ルヴァン様の台詞を聞き、私は目を大きく見開く。

 そんな私を見て義理母様は、「挨拶もろくにできないの?」と顔を歪めて告げた。


 これがのちに『公爵家のW猛獣使い』と呼ばれる私と、お義理母様『絶対零度の雪豹』とのはじめての出会いだった。

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