結婚したら猛獣使いと呼ばれています~創作のために王宮潜入しませんか?~

歌月碧威

第1話 突然ですが、ハイスペ旦那様と結婚が決まりました。

「えっ、私に縁談? しかも、相手がワール公爵家の子息であるルヴァン様ですか?」

 私の叫びに、目の前にいる父――アウラ男爵が深く頷く。

 父は年期の入った執務机の上で手を組みながら、私を真っ直ぐ見詰めている。

 その表情は困惑が含まれているようで、眉間に深い皺を刻んでいた。


(わかる。わかるわ。どうしてうちみたいな男爵家にワール公爵家というハイスペックの家から縁談来たのかわからないのようね?)


 うちは一応男爵家だけど、貴族というより庶民。

 我が家は祖父の代で、領地内の大橋が壊れ、その修繕費を当主である祖父が資産から出したんだけど、間に合わなかった。

 そこで借り入れを行ったんだけど、その借金を地道に返済中。


 私も家のためにやれることはやろう! と、十五から城で洗濯係として働いて家計を支えていた。

 かれこれ十年も働いているのでベテラン領域だ。


(このままずっと城で働き続けると思っていたのに、まさか縁談なんて……)


「私で間違いないんですか? 妹じゃなくて? 私、二十五ですよ。貴族令嬢の中では行き遅れです。しかも、持参金なんてとても出せないですし」

 ただでさえびっくりしちゃうのに、相手がワール公爵家の嫡男で王太子の右腕として名高いルヴァン様。


 彼のお母様は陛下の妹君というやんごとなき血筋を持ち、王太子直結の騎士団の団長として多数の騎士達を率いていている。

 上流貴族の上に見た目もあいなって、ご令嬢達に密かに裏で大人気。

 なんで裏? と問われれば、あまりの強さから『猛獣・炎獅子』と呼ばれているから――


(そんな人がなんで私に縁談を? 空から魚が降って来たかのような衝撃だわ)


「うちで間違いないそうだ」

「本当に?」

「本当だ。私も手紙を見て何度も確認し、ワール公爵様に直接会って確認したんだ。うちの娘で間違いないかと。うちはしがない辺境の男爵家ですよ? って10回は確認したが間違いないとおっしゃった」

「お父様も間違いだと思ったんですね」

「当然だ。うちは名家じゃないし、資産家でもない。あるのは男爵という爵位とわずかな田舎の領地。なんのメリットもない! どう考えたっておかしい。疑う案件だ。しかも、借金全額払ってくれるし、持参金は必要なし。嫁入り道具類も全てあちらで揃えてくれるそうだ。破格の条件すぎて逆に怪しい!! 不思議を通り越して怖い!!」

 私以上にお父様は困惑しているようで、頭を両手で押さえると首を左右に揺らした。


「……罠だと思うか?」

「逆にうちが罠にかかったとしても失うものなんて何もないですよ」

「そうだよなぁ。なんでうちなんだろうか。ルヴァン様が望んでいらっしゃるようだ。彼と親しいのかい?」

「よくして貰っています。何度か高そうなお店で食事をごちそうになりました。よく洗濯係の部屋に差し入れに来て下さっています」

「ソニア、心あたりがあるんじゃないかっ!」

 お父様は立ち上がると。ゆびで私を指さした。


(人にゆびを指すなと昔言いまくっていましたよね? 今は良いんですか?)


 お父様の声が窓を通り越して裏の山にまで響きそうなボリュームのため、私は軽く耳を手で押える。

 お父様は余程感情が大きく動いたのだろう。

 この世に生を受けた二十五年間で一番の大声を聞いた気がする。


「うちの子は妻と似て色恋鈍いんだよなぁ。私も昔はそれで苦労をした。しかし、これで縁談の理由はわかったぞ。両手を挙げて大歓迎したいが、難題が一つあるんだよなぁ」

「なにか問題が……?」

「『もう一人の猛獣・絶対零度の雪豹の公爵婦人』の件だよ。ルヴァン様の母上であるアネモネ様の噂を聞いたことはないかい?」

 お父様の問いに対して、私は首を左右に振る。


「アネモネ様は十年前から性格が……元々生真面目で優柔が効かない厳しい方だったんだ。でも、ある日それに捻くれが加わってしまったんだよ。身分が高いから社交界では誰も咎められない。そのため、キツい性格ゆえに裏で猛獣と呼ばれている。だから、嫁いだらソニアが辛い目にあうかもしれない」

「ですが、普通断れないですよね。男爵家が公爵家からの縁談の打診なんて」

「そうなんだよ……でも、夫人の噂が……」

「私は気にしませんよ。噂は噂ですし」

「辛かったら戻って来なさい。なんとかするから……」

「大丈夫ですか? 声小さいですが」

 男爵家が公爵家に刃向かうなんてなかなかできない。

 それでも、やろうとしてくれているお父様の心意気は嬉しい。


「私なら大丈夫ですよ」

「では、縁談の了承をしよう」

 こうして私の縁談は進んで行った。




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