第6話 兄と姉

「お兄、昼ごはんできたよ。遊びに行くんだったら早めに食べて準備したら?」


「準備ならもうしたから大丈夫。それでさ、駅前のシュークリームを買いに行くんだけど来羽もいる?」


「いる!」


俺のバイト代は別に生活費に当てているわけじゃない、生活費はちゃんと両親から振り込まれているがそれでもバイトをしているのは来羽に何かを買ってあげるためでもある。


「でも、後輩さん達のために買うんだから数がなかったら後輩さん達を優先してね。私はまた別の日に買いに行けばいいだけだから」


「ん、わかった」


昼ごはんを食べた後、俺は予定の時間から少し早めに家を出て駅前のシュークリーム店にまでやってきた。人気店なだけあって人が結構並んでいる、無くなってなければいいのだが……。


しばらく並んでガラス棚を見るとシュークリームだけが残っていた。いや、人気すぎて直近でシュークリームを足したの方が正しいか。


「すみません、シュークリーム3つお願いします」


「はーい、カスタードとクリームどちらにしますか?」


俺は甘いものがそこまで好きじゃないのでシュークリームは食べない。だから俺は正直クリームとカスタードのどっちが美味しいか分からないがとりあえずカスタードにしておこう。


「カスタード3つでお願いします」


「畏まりましたー」


まだ多少時間は早いが俺は星野の家に向かう、道中の公園はいつも通り親子で遊んでいる姿が見られた。まぁ早く着きすぎても迷惑になると思うので予定の時間までここら辺でブラブラしておくことにしよう。


しばらく歩いていると後ろから「何してるんですか、澄風先輩」と聞きなれた声が聞こえてきた。


「何って……見ての通り予定の時間になるまで暇してる。ちょっと早く出過ぎちゃったからさ、現に星野も家にいなかったわけだし」


「一応人を家に招きますからね、こちらも準備をしようと思ってたんです。予定より少し早いですが行きましょう、妹が家で待ってるので」


星野の後ろを着いて行って、中に入ると真っ先に妹が星野に抱きついた。


「おかえり、お姉ちゃん!」


「奏、いい子にしてた? 澄風先輩も来てくれたから遊ぼうか」


「うん!」


星野のあんな優しい表情や口調を初めて見た、やっぱり俺のことが嫌いなだけでちゃんとした姉なんだろう。まぁ小鳥遊に対しては似たような感じだったし星野の本質はこっちなのだろう。


恐らく星野姉妹の部屋に入って買ってきたシュークリームを目の前にあった机に置く。


「本当に買ってきたんですね、私は買ってこないと思っていたんですけど」


「星野の中で俺の印象が悪すぎるだろ、ちゃんと頼まれたものは買ってくるって」


「シュークリーム♪、シュークリーム♪」


奏ちゃんの方はシュークリームに目を輝かせていて可愛い、来羽もこんな時があったなぁ……。


「澄風先輩は食べないんですか?」


「俺は甘いのが嫌いだからさ、これは妹のだよ。だからこれはもう仕舞うぞ」


星野には俺に妹がいることを言ってなかったような気もするがシュークリームを食べる手を止めてまで驚くことか? 確かに俺とは違って立派だけどさ。


「取り乱しました、なんでもないです」


「?」


そして2人がシュークリームを食べ終わった後、遊ぶことになって奏ちゃんをおんぶすることになった。


「落とさないでくださいね」


「さすがに子どもをおんぶできないほど非力になった覚えは無い。なんなら星野もおんぶしようと思えば出来るって、もちろんしないけど」


「絶対にしなくていいですよ!」


その後はおんぶしながら揺らしたり、肩車だったり久しぶりにやるようなことをしたが奏ちゃんが喜んでくれてよかった。しばらくして星野が言った通り途中で奏ちゃんは寝てしまった。


「ひとつ聞いてもいいですか?」


「何? 答えられることならなんでもない言うけど」


「澄風先輩の妹さんってどんな人なんですか?」


俺は少し考えて口を開く。


「唯一の妹だよ、俺にとって1番大事なね。他に言うなら家事もできて俺より立派かな、支えてもらってるよ、いろいろと」


「そうですか、それじゃあ奏も寝たことですし、お帰りください」


前言っていた通り奏ちゃんが寝たところで俺は家から追い出された。まぁ向こうがそう言うなら俺は従うし、嫌いな人を長い間家に入れておきたいわけないしね。星野は奏ちゃんが俺と遊びたいから家に入れただけなんだから。


とりあえず家に帰ってこのシュークリームを来羽に渡すとしよう。



§§§



澄風先輩に妹が居たなんて初めて聞いた……ちゃんと妹のためにシュークリームを買っていて、兄としてしっかりやっている。


私はすやすやと眠る奏を撫でながらそんなことを考える。


ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、澄風先輩に対する考えを変えた方がいいのかもしれない……。そう、ほんのちょっとだけ。


澄風先輩はあの時のことを覚えていない。でも、私だけが忘れなければいい──────澄風先輩と出会って、嫌いになってしまった日のことを、澄風先輩が私を助けてくれた日のことを。

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