第2話 おかえり

「ちょっと、ヘンタイスケベ!どこ触ってんの!」

「アホか!ここらへんは暗すぎて目悪い俺にはなんにも見えねぇんだよ!だれがお前に興味あるん?」

「こらこら、馬鹿騒ぎすべきではない。もうじき着きますぞ」

「だってこのヘンタイがうなじに顔寄せてきて…」

「んなぁほぉ!そんな真似するか!」

「おだまり、おふたりとも。お互いが相手のために自分の形を変え合えば、きっとどこかに幸せを見出せるはずですよ」


「「こいつと幸せとかあるか‼︎」」

 

 真っ暗闇な通路を歩き続けることはや幾数時間。気高く、誇り高き一向は駄弁を繰り広げながら道を進めていた。

「まあ、これは珍しい」

 白いもこもこっとしたオートクチュールを羽織る聖女は何かを見つけた。

 小さくて、真っ白。まるっこくて、ちゅーちゅー鳴いてる。尻尾は細く長い。

「あっ、それ知ってるわよ!素人はユキネズミと間違えがちだけど、違うのよね」

 その生き物をひょいと掴み上げる。少女は慣れた手つきで一瞬の間に捉えてみせた。

 ちちち!ちゅーちゅ

 囚われのネズミはなんとか助かろうと暴れ回るがやがてぴくりとも動かなくなった。

「ハツカネズミのアルビノ個体ってとこかしら?」

「そのとおり!ちゃんと座学の方もこなしているようね。安心しましたよ?」

「ってあれ、動かなくなっちゃった。強くにぎりすぎたのかな」

 手の中の迷える子ネズミはぐったりとした様子で目は天井を向いてピクピクしてる。

 柔らかい頭を撫でても毛が横へ流れるように動くだけで、肉は動かない。

「もう逃げられないって分かっているのですよ。生き物はみな、もうどうしようもないっていう時には活動を最小限にとどめるのです。少しでも生きながらえるために」

「そうじゃ。じゃからのぅ、そなたたちも前の道が塞がり、後ろの退路も潰されているのなら、その場にとどまり続けるのじゃ。ワシらが必ず助けに行くからのぅ」

 先を行く初老の爺は振り返って重い喉を動かす。

 背後から感じる微かな追い風が気持ち悪いぐらいに包み込む。

 じゃりじゃりという足音はいつのまにか、カツカツという静かで紳士な音に変わって、目的地への到達を暗示する。

「ここじゃな」

 初老の白いひげひげな男が不思議な形をした壁に手を捧げる。

 ゴツゴツして、変に突起が浮き出ている。

 手のひらを上にする。

「やっと帰れるのね、ほんっと長かったー」

「まだまだこれから一番のお仕事がお残りですよ。しっかり英気を養っていて下さいね」

 初老の男はゆっくりと目を瞑る。真っ暗闇の中に一雫の焔がぽわっと出現。その小さな焔は様々な彩りを見せる。

 赤に青、白、緑、茶。そこに規則というものはない。

 ただ歩んできた人生の色がそこに反映されているのだ。

 雫の中で首を鎖に繋がれた女の子が俯いて嗤っている。

 時には家族に抱き抱えられて笑顔を漏らす。

 そして胸に突き刺さる銃槍から赤い血が滴っている。

 生温かい。

 生温かい汗が、涙が、血が足元に泉をつくる。


「わっ…わっ!」

「おっと、すまんのぅ」

 急いで空に浮かぶ火の玉を手で掬ってみせる。それを初老の男は飲み干す。

「何度もやっとるが慣れないもんじゃな…」

 シワに塗れた腹部が橙色に発光して、尚も爺は続ける。

「ワシは誰よりも生きることの辛さを知っとるつもりじゃ。でもこの瞬間がやはり、一番キツい、耐えられんのぅ」

 その瞬間、暗闇に包まれていた通路を太陽の如き輝きで一面を照らした。

「やったか」


『第一ターミナル、通行許可。退避用ライフラインヘノ接続を開始致シマス』

  

 壁が何かに両断されるかのように開き、中から眩しいほどの光が漏れ出してくる。

 勇猛果敢な少年は瞼を痙攣させた。

 眉目秀麗な少女はそっと目に手を押し当てる。

「お疲れ様でした。無事に皆様とこうしてお帰りになることができて私はとても幸せでございます」

「ほほ、昔はもっとほいほい人が死ぬような旅路じゃったが、現代はよく進化したのぅ」


『システムオールグリーン。第一層フロントシャフト開キマス』


「さぁ、お主のさいごのお勤めじゃ」

「ビシッと決めなさいよ、いい?」

「分かってる分かってる。ずっと考えてたからな。それにこの前読んだ『人前で話すための心得』に載ってた大切なことは全部覚えてるから」

「なんなのよ…それ。またよく分からない啓発本?」

 ようやく、人肌ほどの温もりが感じられるようにもなってきた。

 先ほどまでの暗闇の通路はもうそこにはなく、蛍光灯のついたまるで、研究室のような通路を進んでいた。

 


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