いつか私にも()

たてごと♪

いつか私にも()

 ただがんるだけで報われる。

 そんな素敵なころが、昔の時代にはあったらしい。

 まるで異世界のような話だ。

 だから年配の人は、お前のがんりが足りないのだ、なんて口にすぐ出すけれど、それが通用するほど今は、甘い世の中じゃないんだ。



 それでも私は、がんっている。

 ただ、そのがんりが至らない所は、確かにあると思う。

 どんなにがんってもどんなにがんっても、私のそれは形にならない。


 でもだからと言って、この仕打ちは非道ひどいんじゃないか。

 そこまで私に、まるで悪魔を見るかのような視線を寄越してこなくたっていいじゃないか。

 せっかくがんって作ったのに、みんなそんな私の前で、オエェェエエって、そんな……いや。

 私が失敗したからこその結果なんだ、それはきちんと受け止めなきゃダメなんだ。

 ごめんなさい、ごめんなさい。


 っていうかどうしよう、なんかすごく苦しそう……手当てしないどいけないよね。

 救急車は117番だっけ?

 あれ、おや? つながらない?

 というか、電話混んでてつながらないときって音楽流すのが一般的だけど、現在時刻の案内って新しいパターンだね?

 うーんそれにしても、なかなかつながらないなあ。

 つながらないならしょうがないね。

 そう判断して受話器を置くと、私はまず、散乱してしまった物の片付けに着手した。

 後片付けは、ちゃんとしないといけないものだからね。



 とまあ、そんな事があって、私のあだ名は「メシマズ」になった。

 本当に不名誉な呼称だ。

 心底不本意でもある。

 とは言え、私も少し口にしてみたけれど、確かにまあその、あの……いささかの問題は認められるかもしれない。

 けどあくまで、しょうだ。

 ちょっとなまぐささが強かったり、舌がしびれるほどの刺激があったり、のどを通す気になれない感触だったりするだけだ。

 その程度の問題なら、すぐ解決できることだろう。


 問題が生じるからには、それは研究が足りていない証拠だ。

 だから明日の予定は、丸々あけた。

 料理は化学、とわれるもの。

 そんな事くらい、私だって知っているんだ。

 いろいろ試して、問題の原因をとことん追究しつくすのだ。

 行きつけの薬局で材料を買い求めてきた私は、そんな抱負を胸に、ベッドにいた。



 ──予感がしたんだ。


 不意に目が覚めた。


 ──予感がしたんだ。


 なぜそう感じるのかはわからない。

 でも、そう感じた。

 今なら、……できる気がする。


 ──予感がしたんだ。



 真夜中だ。

 ごちゃごちゃ作業をするには、すこし近所迷惑かもしれない。

 でもこれは、この魂をゆさぶるこの感触は。

 いま行動しなければ、これは消え去ってしまう。

 そんな気がした。


 こうしてはいれない。

 迷惑に思われたなら申し訳もないが、そのときには礼を尽くして謝罪すればいい。

 いつやるのか。

 今がその時だ。


 まるで夢に見るようだった。

 どうしてもいまいちだった包丁さばき、料理番組の先生であるかのように華麗なもの。

 たちのぼるにおい、得もわれぬほうじゅんさ。

 できる……できる。

 私にもできる……!



 ものの小一時間、果たして料理は私の目の前にあった。

 いただきます、そう心で念じて私は、最初のひとさじを口へ進めた。


 ……美味おいしい。

 できたんだ、私にもできたんだ……!


 感無量だった。

 しばらくその達成感をみしめていたけれど、食べる物がまだたくさん残っている事を思い出す。

 でも一気に食べてしまうのはもったいないと、少しずつ。

 少しずつ。

 ひとつ、ひとつ、その味わいを確かめていった。



 そんな時だった。

 至上の幸福にひたりながら、ハーモニーを口の中で転がしていた、そんなとき。

 私はふと、聴こえた気がしたんだ。


 なんの事かわからなかったから、それでしばらく口を止めて、考え込んでしまったのだけれど……。












「この魔法はあと十秒で解けます。」


゠了゠

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いつか私にも() たてごと♪ @TategotoYumiya

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