第3話

◇3◇

 結果として、この紹介は成功であった。倉庫も綺麗になった。

 ただ、簡単に成功とはしたわけではないけれど。

 ヒガシはまず倉庫の塗料も、そして今使ってない事務用品も一カ所に集めさせた。そしてその中から必要なものだけを取れ、というのある。予備は取るな、必要な分だけだ、と。

 これにまず事務の女性陣から不満が出た。面倒くさいからである。そしてフクが頭を下げた。


――どうかみんな頼むよ、とりあえず会社全体を綺麗にしようよ、その方がきっと気持ちいよ。



 塗料に関しては、使用するために持ち出した物は倉庫に返すこととなった。もちろん、綺麗に並べて。そのために単管パイプを一斗缶の高さに組み、綺麗に並べられるようにした。初めて倉庫に返す一斗缶については、その場でラベルを作り今後はその場所から持ち出し、その場所に返すことにする。また、持ち出す際には、持ち出し先を記すルールも作られた。

 そして、作業員からも不満が出た。面倒くさいからである。だからフクが頭を下げた。


――どうかみんな頼むよ、とりあえず倉庫を綺麗にしようよ、だから言うこと聞いてよ、というか聞け。


 作業員は男性だし、社長の威厳も効くからと少し強めに出れるフクであった。



 そして、1か月少しの時が経ち、その間に使われなかった事務用品は全て処分した。何年前からあるか分からない使いかけのボールペン、消しゴム、電子化されてからは使ってない帳簿類、何故かたくさんあるホチキス、裏紙と言って取ってあった変色した紙やらなんやら。

 そして、明らかに使う物は回収し、収納場所を決めて保管、何が保管されているかを表示する。今後は必要な物はそこから持ち出し、そこに戻す。こうして事務所は綺麗になった。

 女性陣も満足そうで当初の不満はなくなった。それどころか、綺麗になって良かった、実は私も前から汚いのが気になっていたの、と言い出す始末である。


 不満が続いているのは現場の作業員である。何しろ塗料の量が多い。集積所から持ち出して、持ち出し先を記しておき、倉庫に戻して、持ち出し先を示した物を回収する。翌日もまた倉庫から持ち出して、そうこうしているうちに使い切り、新しい物を発注する前に集積場所を探すとまた同じ色が見つかる。とにかく面倒くさかったのである。


 さすがにフクも作業員の視線に耐えきれなくなり、適当な理由を見つけて商工会に逃げ込んだ。話し相手はもちろんまっちゃんだ。


「なぁ、聞いてよ・・・」と、事務の女性陣に褒められた話と、作業員に睨まれる話をとめどなく話す。

 何しろ相手はまっちゃんで、話し好きなのだ。いくらでも愚痴を聞いてくれる。というか、話した愚痴の倍は言葉を返してくれる。その日も2人で大いに盛り上がり、気分も晴れたところでフクは尋ねる。


「で、どうしたら職人たちは言うこと聞いてくれると思う?」


「まぁ、お金ですかね…。私なんてほら、小市民でございますから、少しボーナスが増えるなら、よろこんで言う事聞きます。それはもう靴でもなんでも舐めます」


「ボーナスも金額決めるのが大変でなぁ…」


 払う気はあるけど、幾ら出せるかを決めるかが難しい。もちろん今も払っているし、できれば多めに渡してあげたい。しかし、払いすぎは経営を圧迫してしまう。会社に現金も残しておきたいし。

 そう悩むフクにまっちゃんは新たな提案をする。


「今日、別の経営指導員の案件でこの間の中小企業診断士の先生がいらしてまして、いっそ相談してみるのはどうでしょう?」


あぁ、と倉庫整理の相談をした男の顔をフクは思い出す。


「話聞いてくれるといいけど、まっちゃんいいの?靴舐めることになるんじゃないの?」


「それはもう大丈夫でございます。副会長のためなら私、靴くらいベロベロ舐めます。おまかせください!」


こうして今回も中小企業診断士に相談することとなったのである。



 まっちゃんと靴の関係は割愛して話を続ける。

 中小企業診断士は、一通り話しを聞いたあと、このようなことを言い出した。


 「山賊方式とかどうですか?5Sができれば、棚卸での200万の損失が削減されるでしょう。また決算の見通しも早めに分かるようになるはずです。で、決算予想の経常利益の3分の1を会社に残し、3分の1で税金支払い、残り3分の1をみんなで山分け、とするとわかりやすいと思います」


「なるほど、確かにわかりやすいですね」

と、フクよりも先にまっちゃんが相槌を打つ。


 「人によって支払額を変えたいなら、例えば10点満点で点数を付けて、その合計と各人の点数の比で配分すると計算も簡単にできます。何にせよ、ボーナスとして支払える金額を先に決めてしまうのがポイントですね」


「決算見通しだすのも大変なのよ…。」

というのはフクの本音である。


「その大変の殆どは棚卸の問題でしょう?それは5Sができればほぼ解消されます。で、5Sをちゃんとやればボーナス増えるぞ、できなければ増えないぞ、と言えばやる気が出る人もいるのでは?

 そもそも、倉庫を綺麗にしようと考えたのは、棚卸を早く楽にできるようにして、200万の損失を解消するためだったでしょう?そう考えると、ほら、できますよ。それに社員さんにボーナスに反映するぞと宣言すると、社員さんとしては、あ、これ本気だな、やらざるを得ないんだなって気分になりますよ」


 こうしてフクは中小企業診断士に丸め込まれる形で、山賊方式を採用することとなり、これが正解だったのかはよく分からないが、どうにか5Sは成功したのである。

思い立ってから1年以上が経過してからのことであった。


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