第2話

◇2◇

 商工会副会長であるところのフクは、思い立ったままの勢いで商工会へと行き、馴染みの経営指導員に声をかけた。


「なぁ、まっちゃん、倉庫綺麗にしたいけどどうすればいい?何かやり方はあるの?」


 その経営指導員まっちゃんは、誰に聞いても口から先に生まれたかのようによく喋ると言われる男で、その時もその評判通りの対応を見せた。


「急に言われましても、反応に困ると言いますか、まぁ私にはわかりませんけどね、副会長、そうだ今日は中小企業診断士の先生がいらしてますので、聞いてみてはどうでしょうか。先ほど別の相談があったのですが、もう終わってますし。

 あ、先生、先生、もうお帰りでしょうか、そこをどうか少しお待ちいただいて、ちょっとばかり相談がありまして。いえ、もう本日の相談の要件が終わっているのは重々承知なのですが、そこをなんとかお時間とっていただいて、ほら、何と言いますか私の顔に免じていただいてですね、え?お前の顔などどうでもいい?そんな殺生な、そこを何とか…、わかりました、舐めます、靴舐めますから…!」

 

 まっちゃんが靴を舐めたのかどうかはともかく、その中小企業診断士に話を聞いてもらうこととなった。

 別室に移動して長机越しに向かい合い、フクの質問にその男は答える。


「それは5Sの話ですね。聞いたことあるでしょう?整理、整頓、清掃、清潔、躾、というやつです。最後の躾は習慣ともいいますが。ちなみに倉庫に5Sが行き届けば、探す時間がなくなって作業が早くなり、ミスも減りますよ。もちろん問題の棚卸作業も早くなるでしょうし、不要な在庫も削減されるでしょうね。

 いつか在庫管理システムなんか入れる場合は5Sが出来てることが前提ですね。現場が追いついていないと、システム入れても無駄な投資になるだけですから」


「はぁ、なるほど」とまっちゃんが相づちを入れる。黙ることが出来ないのである。「で、その相談は先生にしてもいいのでしょうか?」


「いや、無理だよ。知識はあるけど、きっちりやるのは無理。だって5Sだけやる専門家とかいるんだよ。プロに任せたほうが良いよ」


「先生の知り合いに誰かいないでしょうか?もちろん、副会長の会社の財務状態を考慮していただけるような方がいいのですが」


 そう、毎期棚卸の度に200万円を捨てることになっているフクの会社には現金がないのである。よくしゃべるが経営指導員としては実直なまっちゃんは、そのことをよく知っているのであった。


「いるけど、高いんですよね」と言った後に、その中小企業診断士は続ける。「そういえば、この間の創業塾に来てた人はどうなったの?ほら工場長までいって、退職したからコンサルになるかもって人いたけど。話聞いてたら工場の現場改善とかもしたらしいから5Sの経験あると思うよ」


「ああ、ヒガシさんですね。良いかもしれませんね。地元の人ですし、創業塾の受講生のデビュー戦も準備できますし。最初少しこちらの予算で派遣してみて、合いそうでしたら副会長の会社と個別契約でどうでしょうか?」と後半からはフクの方を向いてまっちゃんは話しつづける。

「ほら、副会長、今お国から言われて創業塾をしないといけないのですよ、あ、そのときの講師は先生だったんですけれども。その受講生に良い方がいまして。その方、ヒガシさんとおっしゃるんですけれども、人柄良かったですし、何せ製造現場の出身者ですから、先生言われたように5Sもできるでしょうし。今回、デビュー戦ですけれど結果が出そうなら、今後も商工会とお付き合いすれば良いでしょうし、何せ創業塾として成果が出ますからね。

 商工会の実績のためにまさか副会長がイエス以外の返事はしないですよね?さすがです副会長、いやこれは副会長にとっても商工会にとってもヒガシさんにとっても、まさにWin-Win、いやそれを超えてWin-Win-Winですね、これは」


 こうして、まっちゃんのペースに巻き込まれる形で、5Sの実行が決まったのである。


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