第40話

 足見は必死に生存者を探し回っていた。

 最早味方か敵かの区別も付けず、屋敷の中を走り回る。

 一面の死体に何度も吐き、既に胃の中には何も入っていない。

「誰か居ないのか!警察が来るぞ!

 怪我人なら手を貸す!」

 足見の叫びは虚しく響く。

 廊下で折り重なって死んでいるヤクザ達を飛び越え、足見は屋敷の奥へ向かう。

「なんだよ……何なんだよ!」

 佐久間の死体は明らかに自死を選んでいた。

 正気を失いそうになりながらも、足見はひたすらに生存者を探す。

 このまま1人で生き残る罪悪感に足見は耐えられそうになかった。

 最奥の組長室では、猿田が自身の血に溺れる様にして死んでいる。

 足見は現実感を失っていた。

 自分はとうに死んでいて、地獄の裁きを受けているのではないか、そのような疑念が足見の頭を支配し始める。

 死に埋め尽くされた屋敷と鼻をつく様な血の香りに精神が衰弱し、足見の思考が破滅的な方向に向かいかけた時だった。

 足見は、大きな会合の際に使用される畳の間に血が飛び散っていることに気がついた。

 恐る恐る足を踏み入れた足見は、思わず目を覆う。

 血に濡れた畳の上には風車の双子、サキとサチが横たわっていた。

 特に、首を切り飛ばされたサキの死体は酷いものである。

 絶望しかけた足見は、サチの胸が僅かに上下していることに気が付いた。

 生きている!

 足見がサチに駆け寄ると、サチは目を覚ました。

「ねぇさま……?」

 足見は慌ててサチを抱き寄せた。

 彼女に姉の死体を見せない様にするにはこうするしかなかったからだ。

「安心してくれ、もう戦いは終わった。

 君の傷も時間が経てば治る、終わったんだ……」

 足見の言葉は、彼女にも、自分自身にも言い聞かせる様であった。

 足見の服をサチはぎゅと握る。

「そっか、にぃさまだったんだ。無事だったんだね」

 ふいにサチは呟く。

 ぎょっとした目で、足見はサチを見つめた。

 そこには再び気絶した傷だらけの少女が眠るのみであった。

 この少女と自分の面識はほとんどない。

 今の馴れ馴れしさは何だ?なぜにぃさまと呼ぶ?

「何だったんだ」

 サチの言葉には親愛が籠っていた。

 ぞっとする様な違和感を覚えるものの、足見はその理由を見つける事ができない。

 足見はサチを背負うと違和感を振り払い、地獄と化した屋敷から抜け出した。

 遂に屋敷は完全なる沈黙を迎える。


 5年の時を経て追いついた男女の情念は、全てを燃やし尽くしたのであった。




 事件から数日もすれば、世間は惨劇の事などすっかり忘れて普段の暮らしを取り戻す。

 事件に関与していた非合法組織の構成員、その殆どが死体で発見された事件は世間に衝撃を与えた。

 大量の負傷者を出した「弾丸裁判」事件が死傷者を出さなかったこともあり、これだけ多くの人間が一度に死ぬということは人々の頭から抜け落ちていたのである。

 その現場から抜け出す様子が目撃された長身の男は「死神」と呼ばれ、巷のうわさ好きの少女たちを賑わせていた。

「長身、ねぇ……」

 休日で財布のひもが緩む女性たちをターゲットに開かれる装飾市場の中、「綾小路相談所」の女店主、綾小路綾女はひとり呟いた。

 にぎやかな午後の市場、相方の付き合いでアクセサリーを見て回るものの、可愛さや繊細さは自分の対義語だとすら思っている節のある綾女は今一浮ついた雰囲気に乗り切れない。

 ピアスなんて付けて、戦闘時に引っ張られたらどうするつもりなのかしら?と、綾女は一人世界の違いを感じていた。

 そんな彼女に、一人の女が駆け寄る。

 小さな体は、注視するとはっとするような美貌を湛えていることが分かる。

 市場を楽しんでいる彼女こそが、綾女の相方である藤堂花蓮であった。

「ねぇ、この髪飾りとこっちの髪留め、どっちが似合うかな?」

 屈託のない彼女の笑みを見ていると、気乗りしない綾女の気分も緩む。

「どれを付けても花蓮にはよく似合っていますわ」

 無難な回答を選んだつもりの綾女に、花蓮のむくれた答えが返って来た。

「あ~、今どっちでもいいと思ったでしょ」

「え“っ」

 何を付けても似合うという言葉に嘘はない。

 しかし、どっちでも変わらないと思ってしまったのも事実。

 半ば自白の様な声を漏らしてしまった綾女に、彼は肩をすくめた。

「ほんとデリカシーがないんだから……。

 いいですよ、慣れてますからね」

 花蓮は装飾品を返しに戻ってしまった。

 正解の言葉が思い浮かばずに首をひねる綾女。


「ああいう時は適当に片方を選べ。

 基本的にどちらも気に入ったものを持ってきている、背中を押して欲しいんだ」


 背後からのアドバイスに、綾女は苦笑して振り返る。

「貴方にまで言われちゃ立つ瀬がないですわね」

「先輩からのアドバイスだ。

 ……女には昔散々振り回された」

 長身の綾女と、更に長身の零士が並ぶ様子は中々に目立つが、二人はお構いなしに話を続ける。

「数日前の事件、貴方が黒幕ですわね」

「そんな所だ。

 事件を解決するにはこれが一番だった」

 零士の言葉に、綾女は瞳を細めた。

「もし貴方が何かを間違えるようなことがあれば、今度こそ私が責任をもって仕留めますわよ」

「その予定は今後もない」

「そう」

 綾女は強烈な意思を瞳から消すと、ニヤリと笑った。

「相談屋、結構乗り気みたいですわね。

 事件を解決して感謝されるってのはいいものでしょう?」

 零士はほんの少し視線を逸らす。

「悪くはない」

「ならよかった」

 道路沿いで話す綾女たちに向かって、遠くから二人の男女が歩いて来る。

「幸弥はもっと私に優しくすべき、冷たすぎる」

「んな事言ったってお前、ここ数日は人目を憚らずにくっつきすぎだ!

 大人のレディーなら恥じらいを持て!」

 幸弥と葉子を見てくすりと笑みをこぼし、綾女は零士に背を向けた。

「お邪魔なようですし、私はこの辺で失礼いたしますわ。

 

 ひらりと手を振って、花蓮の元へと綾女は去って行く。

 空虚な心を些細な繋がりが埋めることもある。

 その背中を見送りながら、零士は心の中に覚えた懐かしさを味わう。

「また会おう」

 零士は綾女に聞かれないように声を漏らし、幸弥と葉子の元へと歩いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

LONELY・BAD・TRIP 渡貫真 @watanuki123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ