第39話

 組長室に辿り着いた零士は、部屋の前で絶命している男を見て銃を抜いた。

 扉の前で暫し逡巡して、零士は扉を蹴り破る。

 部屋に転がり込むようにして飛び込んだ室内から、零士が立っていた場所に銃弾が走った。

 零士は膝立ちで周囲の確認もせずに引き金を引き続ける。

 うめき声と共に、室内の者が何かを取り落とした音がした。

 零士は身を起こして銃を突きつける。

「お前が大蔵商会の猿田で間違いないな」

運よく銃弾がライフルに当たったのだろう、猿田の背後にはウィンチェスターライフルが転がっていた。

 猿田は絶体絶命の状況でも不遜な態度を崩さない。

「弾切れの銃で脅すな、笑っちまう」

 猿田は臆せずに唇を釣り上げた。

 実践に不慣れなものなら容易に欺けるテクニックだが、猿田には通じないらしい。

 零士はレミントン・リボルバーのレバーを下ろし、弾倉を入れ替える。

「やはり自分の恋人の敵には気が逸るか?」

 零士の表情がわずかに動く、しかし、零士は弾倉交換を辞めない。

「因果は回るとはよく言ったもんだ。

 駆け落ちの下っ端を処分しようとしたら、更に駆け落ち野郎と再会するんだからよ」

 猿田は緩慢な動作で、少しづつ距離を詰める。

「過去からは逃げられない、俺も、お前も」

「俺には力がある。

 どんな過去も俺には屈する、単純な弱肉強食だ」

「俺達に選べるのは受け入れ方だけだ」

 零士がレバーを上げ、弾倉をフレームに固定する。

「ならばお前は過去を受け入れるんだな、死にきれなかったんだろ」

 わずかに詰めた零士との距離は、猿田には十分な接近だった。

 神速の居合いに、零士は素早く体を倒した。

 回避を確信した零士の皮膚に赤い線が走る。

 想像以上に伸びる斬撃に、零士は険しい表情を浮かべた。

 まるでボクサーのストレートの様に踏み込み、剣を放射線状に投げる様にして振るう。使っている刀も相当な技ものであろう、掠めただけで斬られた部分からはどくどくと血が流れた。

 室内の家具は零士のステップの幅を狭め、より回避を困難にしている。

 猿田の連打を交わす度に、周囲の家具に深い爪痕が残された。

 零士はテーブルの上を滑る様にして飛び越え、生まれた距離の間に3連射する。距離を詰めながら回避する猿田の耳を通過した弾丸が削り取る。


 鉄の一撃には勝てない脆い人間2人は、技術と身体の髄を凝らして殺し合う。


 猿田の止まらない斬撃の僅かな隙に零士は早撃ちを挟む。それを回避した為に猿田の太刀筋が僅かにズレた。

 振り抜かれた腕に、零士の蹴りが交差する。

 猿田の刀が後方に吹き飛んだ。

 止めと言わんばかりに銃口を突きつけた零士の腕を、万力の様な握力で掴んだ猿田は大外刈りで零士を投げ飛ばす。

 零士を地面に叩きつけ、流れる様にマウントポジションを取ると、猿田は懐から抜いた短刀を突く。

 その腕は寸前で掴まれた。

 猿田の体を巻き込む様に横回転した零士に猿田は振り落とされる。

 2人はゆっくりと立ち上がった。

 零士は猿田から奪い取った短刀を投げ捨てる。

 猿田は嘆息して零士に問いかけた。

「大したもんだ。

 お前、俺の部下にならねぇか?

 俺達ならどデカい事ができると思うぜ」

 零士は虚を突かれたように猿田を見つめた。

「何がお前を突き動かす?

 これ以上力を求めて何になる」

 零士の問いに、猿田は自明の理を問われた様に白けた顔をする。

「明日はどうなるかわからねぇ旅路だ。

 その中で自由に生きるには、いくら力があっても不安でしょうがねぇ」

 人間の業の深さは果てが無い。居場所を求めて戦う零士も、その例外では無い。

 しかし、不安という言葉を、散々好きに振る舞って来た猿田が放つのだ。

 空虚に凪いでいた零士の心に、怒りの炎が灯った。

 愛した女の死が、これまでこの男が虐げてきた命が路傍の石の様に扱われている。

 心を過去に置いて来たはずの零士の感情は、綾女と出会い、過去との対面を経て大きく動き出していた。

 零士は拳を握りしめる。

「悪党だな」

「お前が言えた口かよ」

 零士と猿田は至近距離で睨み合うと、お互いに拳を振り抜いた。

 リーチの差で零士の打撃が先に命中するものの、驚く様なタフさで猿田はアッパーを放つ。零士の顎が跳ね上がった。

 よろめいた零士に猿田は連打を叩き込む。

 ガードを固め、猿田が打撃を放つ一瞬の隙に身を倒してスペースを作った零士は、カウンターのフックを振り抜く。

 猿田は一瞬意識を失うもすぐに立ち直り、零士から距離を取る。

 即座に飛び込む零士に、猿田は全力でフックを放つ。自身のダメージを吊り餌にしたフェイントに掛かり、零士は足をよろめかせた。

 猿田の勝負強さに舌を巻きながらも、零士はブレッシャーを掛けることを辞めない。

 距離を詰め、ジャブを頻繁に放つ。

 猿田はジャブをまともに受けながらも、ギリギリの間合いで零士の飛び込みを待ち続ける。

 軽いジャブを牽制にして、遂に零士がストレートを撃つために踏み込んだ。

 猿田は狙い通りにカウンターを零士の進路に放つ。

 速度は十分、衝突すればバラバラに崩れる相対速度。

 衝突の寸前、零士は急停止した。

 先を読まれた猿田が目を見開く、拳は無情にも通り過ぎる。

 もう一歩踏み込んだ零士は、怒りを載せた拳を全力で振り抜いた。



 地面に倒れた猿田は手足をぴんと張り痙攣していた。

 脳震盪の典型的な症状である。

 やがて来る警察に後を任せ、零士はその場を去ることにする。

 この状態では猿田が逃げ切ることは不可能であった。

 扉へ向かい歩き出した零士の後ろで、猿田が目を見開いた。

 零士の背中に何かがぶつかる。

「け、決闘だ……まだ負けてねぇ!」

 それは手ぬぐいであった。

 ハンカチを投げつけて行う決闘の宣言である。

「ムショに行って惨めに余生を終えろ、俺が付き合ってやる必要がない」

「逃げんのか……なぁおい!

 テメェは昔からなんも変わんねぇな、今度はてめぇの仲間もぶっ殺してやろうか!

 あの女みたいにして欲しくなかったら俺と戦え!」

 零士は足を止めた。

「いい加減酔いから冷めろ。

 ……力で俺に負けたんだ、あんたは」

「この硬貨が地面に落ちた時が合図だ、その時に銃を抜けよ!」

 精神的な衰弱と、脳震盪による混乱が猿田の思考を不安定にしていた。

 しかし、そのような状況でも猿田は力による決着を諦めていない。

「馬鹿が」

 疲れたように零士は呟いた。


 地面が地に落ちる。

 早打ちが猿田の銃を弾き飛ばす。

 機関銃の様な連射は、猿田の四肢を打ち抜いていた。


 零士が部屋から去った後、猿田は寒さに震えていた。

 血液の流出は体温を奪い、猿田に敗北を突き付ける。

 最後まで立ち上がろうとしながらも、零士の銃弾により裂けた大動脈から血が噴き出すのみ。

 やがて、猿田は動きを止める。

 どこまでも力を求めた猿田の旅路は、力によって孤独に幕を下ろした。

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