第38話
風車の創設者、彼らの剣技の生みの親である佐久間の剣は鋭利であった。
佐久間自身が士族出身の戦争経験者である。その経験に裏打ちされた剣技は幾人もの武人を切り伏せていた。
幸弥の荒い太刀筋を容易に逸らし、致命傷になりうる仕掛けを幾つも放つ。
それが幸弥に届いていないのは、彼をフォローする葉子の優れた嗅覚によるものであった。
幸弥に届く致命傷を悉く弾き、彼の一撃が刺さるようにステップワークで佐久間と駆け引きをし続けている。2人1組を基本とする風車において、単独で現場に配置されていた葉子の剣技は佐久間と十二分に渡り合っていた。
このままでは数的不利のこちらが押し負ける。
佐久間は攻め手を変えた。葉子を重点的に狙い始めたのである。
幸弥は葉子をフォローする側に回るものの、高速で死線が走る剣戟の中において、幸弥の下手な助太刀は葉子を傷つける事になりかねない。
攻守が入れ替わり、葉子が押され始める。
介入の隙が見つからず、不用意に攻撃しかけた幸弥に陽子は叫んだ。
「信じて!」
幸弥はハッとして、自身の焦りを自覚する。
どちらにせよ、自身にできる事は一撃必殺を当てる事だけなのだ。
葉子を信じて相手に肉薄し、最大の一撃を叩き込むのみ。
葉子が佐久間の剣を払って生まれた隙に幸弥は飛び込み、刀を強振する。
剛力によろめいた佐久間に葉子のとめどない刺突が襲った。
注意深くそれを撃ち落とす合間に、幸弥の力任せの斬撃が佐久間を揺さぶる。
葉子は幸弥という獣を乗りこなしていた。
しかし、やはりその太刀筋は荒い。
剛腕に苦悶の声を上げる佐久間だが、御返しとばかりに首を切り落とそうと剣を振るう。
次の瞬間、佐久間の腕が切り落とされた。
佐久間が息を呑む。
幸弥の体と、自身が剣を振るった事で生まれた僅かな死角。
その死角に滑り込んだ葉子が放った見えない一撃である。
零士に敗北した際に受けた見えない拳を、葉子は自分の技にしてしまっていた。
切り飛ばされた腕と共に剣が宙を舞う。
落下した剣を残された手で掴み、隙を晒した葉子に佐久間は剣を振り下ろす。
しかしその刃が届くより速く、幸弥の拳が佐久間の顔面を殴り抜いた。
顔面の骨が砕け、衝撃によろめいた佐久間は壁に背を打ちつける。
ぼやける視界も相待って、佐久間には2人が1人の明王にすら映った。
葉子によって、2人の攻撃は一つの円の様途切れずに回っている。
風車から離反した葉子こそが、最も風車の剣術を昇華させた事実に佐久間は打ちひしがれた。
全てが手のひらから零れ落ちて行く。
剣を捨てて飛び掛かった幸弥の連撃が佐久間に叩き込まれる。
右ボディが体を折り傾いた体を左フックが正面に押し戻す、アッパーで上がった顎に幸弥は全力のストレートを叩き込む。
壁に挟まれ逃げ場のない体に叩き込まれた規格外の拳は、佐久間の体の骨をあっさりと砕く。
壁に背を預けて気絶した佐久間は、そのままずるりと床に座り込んだ。
気絶した佐久間を前にして、葉子と幸弥はただ立っていた。
おずおずと、葉子は幸弥を見上げる。
幸弥は渋い顔を浮かべていたが、やがて諦めた様に葉子の頭をガシガシと撫でた。
「殺したくないんだろ」
「でも、いつか復讐にくるかもしれない」
「その時はまた二人で倒すさ、逃げてもいい。
育ての親みたいなもんなんだろ。
俺にはいなかったからな、お前の気持ちは分からねぇが……」
葉子は何かを堪えるような顔で俯いていたが、顔を上げると佐久間に駆け寄った。
葉子は血が止まらない佐久間の右腕を手早く止血する。
「さようなら……ありがとう」
別れの言葉は、佐久間には届かない。
二人は背を向けて去っていく。
数分後、目を覚ました佐久間を待っていたのは切られた腕の激痛である。
佐久間は絶叫した。
それは絶望の声である。家とも呼べる組織も、最後に残った子供である葉子も、今まで自分を支えていた武人としての道も断たれてしまった。
絶望の中で、佐久間は残された手を懐に入れる。
震える手で取り出した拳銃を、佐久間はこめかみに当てた。
最後まで失い続けた男は、その手によって自身の命を失った。
子の思いを親は知らず。
硝煙が空に向かって昇った。
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