第37話

「やっぱり一番乗りはお前だったな」

 猿田は組長室に続く廊下に一人立ち、一人の男を待っていた。

「お主、何故そんな所で突っ立っておる。

 後ろのご立派な部屋の中で待ってりゃいいのによ」

 そして、猿田の予想通りに鞍馬組組長、鞍馬到はやって来た。

 正面が乱戦になることを見越し、一人裏側から屋敷に忍び込んだのである。

「俺とお前が戦ったら部屋がボロボロになっちまうじゃねぇか。

 修理が面倒だ」

「勝てる気でいるのか?」

「当然」

 猿田と鞍馬は帯刀して向かい合う。

 組長同士が刃を交える、常軌を逸した光景が繰り広げられようとしていた。

「懐かしいな。

 こうして帯刀しているお前を見ていると、俺とお前で政府軍の奴らを切りまくったあの戦争を思い出すよ。

 すっかり世の中は変わっちまったが、最後にものを言うのは武力ってことだけはいつの時代も変わらねぇ」

「相変わらず力を信奉しているのだな。

 ……あれだけの縄張りを譲ってやったのに、それだけでは飽き足らず完全にウチをを潰しに来るとは呆れてものも言えんわい」

 猿田はいまだに鞍馬が真相を知らないことに笑いをこぼした。

「なぜ笑う?」

「いや、何でもない。

 ただ、哀れな奴だと思っただけだ」

「何とでも言うがいい。しかし、我々の平穏を奪った報いは受けてもらおう」

 二人は一歩を踏みだす。

「良いぜ、幕府軍にいた頃からお前とはやり合いたかったんだ。

 人切りの鬼と恐れられた者同士、白黒付けようじゃねぇの。

 裏社会に身を落としたんだ、お互い後腐れがなくていいぜ」

「ワシは元幕府軍の同志たちが社会に見捨てられ、絶望していく様子をただ見送るわけにはいかなかったのだ。ひたすらに力を求めるだけの貴様とは違うわい」

 二人は昔話を交わしながら、懐の刀に手を掛けた。

 なぜ組長同士が一騎打ちをするのか、その答えがここにある。

 二つの組において、単体で最も強い存在が彼らなのだ。

 二人は高速の抜刀で相手を切りつけた。

 数十年前、最後の侍として戦った2人の剣技は未だ衰えてはいなかった。

 激しい火花が薄暗い廊下に瞬く。

 2人の剣技は対照的だった。

 猿田は跳ねるように激しく剣を振るい、鞍馬はそれに対し少ない動作で攻撃を逸らし反撃に転じる。

 6合ほど打ち合った時点で、既に猿田の体には多数の切り傷が刻まれていた。

 鞍馬優勢に見えるこの場面に置いて、鞍馬は自身の体力が削られている事に気がついた。カウンタースタイルとも呼べる鞍馬の剣技は、通常であれば動きが少ないため体力の消費が少ない。

 しかし、猿田が頻繁にフットワークを使い、目まぐるしく立ち位置を変えながら切り込む為に鞍馬は常にプレッシャーをかけられ動き続けるしかない。

 有効打は鞍馬の方が遥かに多い。

 しかし、鞍馬の息は確実に上がっていた。

 2人が切り結ぶテンポは衰える事なく、最終章に向けて確実に音を紡いでいる。

 猿田の剣撃を大きく弾くと、鞍馬は袈裟斬りを叩き込んだ。

 猿田の胸から血が吹き出す。汗が頬を伝った。

 鞍馬が返す刀を跳ね上げる。

 猿田はその刀が掠める程ギリギリの角度で避けると、地面に這うように刀を加速させた。鞍馬はそれを避け、致命傷を放つ為に体を動かそうとする。


 しかし、その体は動かない。

 猿田は鞍馬の前足を踏んでいた。

 単純ながら、達人同士の殺し合いに置いて隙を生み出すには十分な拘束である。


 動かぬ体の稼働範囲で放った鞍馬の斬撃は猿田をなぞるものの、猿田の剣を止めることはできなかった。

 地面から跳ね上がった刀が、鞍馬の首を跳ね飛ばす。

「強かったぜ、お前」

 天井まで吹き出す血を胸に受けながら、猿田は刃を鞘に収めた。


 葉子と幸弥はこの屋敷の構造をよく知っていたこともあり、迷う事もなく真っすぐと組長室に向かっていた。邪魔が入らなければ、彼らは鞍馬よりも早く組長室に辿り着いていただろう。

 しかし、この屋敷の構造に詳しい人間がもう一人、猿田の首を狙っていた。

「親方さま!?」

「佐久間!生きてやがったか!」

 葉子と幸弥が佐久間と蜂合わせるのは必然であった。

 即座に戦闘態勢を取る2人に、佐久間は剣を抜かなかった。

 戸惑う二人に、佐久間は諭すように言う。

「私達が争う理由がありますか?

 あなた達は外の惨状を知りますまい。

 共倒れしてしまったのです、3者とも全滅に近い。死屍累々の惨劇ですよ」

「俺達を見逃すってのか?」

「えぇ、こうなってしまっては情報を守る意味もない。

 共に戦い、猿田に報いを受けさせるのです」

 葉子と幸弥は顔を見合わせた。

 葉子に至っては、ほんの少し嬉しそうな表情まで浮かべている。

 しかし、幸弥の表情は険しいままである。

「この事件が終わったら、あんたどうするつもりだ」

 幸弥の問いに、佐久間はいつもの笑みを浮かべた。


「勿論、葉子と風車を再建しますよ」


 予想もしなかった言葉に、葉子がじりりと後ろに後ずさる。


「私達は今回悲劇を経験しました。

 しかしやり直せる。幸いにも、ここに夥しい量の血を浴びた私達がいます。

 私達はより幸せになる力を得たのですよ!

 葉子、君は今回の事件の引き起こした張本人でもある、君が風車再建を手伝うのは義務であると言えるでしょう。そうだ、君はたくさんの血を浴びていますし、私との子供を作りましょう。祝福された救いの子が生まれるに違いない!」


 堰を切ったように捲し立てる佐久間に、葉子は恐怖で顔を歪ませた。

 彼女を庇うように、幸弥は前に出る。

「子供を救うと言いながら、子供を戦わせる男が正気なはずがなかったな」

 幸弥の言葉に、佐久間は首を傾げる。

「あなただって、幼い頃からヤクザだったんでしょう?

 葉子からあなたの話はよく聞いていました。

 魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えなければ人は生きて行けないのです。

 自力で食べてく力を私は与えたのですよ」

 あくまでも子のためを語る佐久間に、幸弥は吐き捨てた。

「力なきものの苦しみは否定はしないさ。

 だが、殺しに苦しむこいつにそれを強要したあんたは、世間様とどう違う。

 日陰に生まれた花が火を求めて藻掻くことを、よりによってあんたが拒むなよ」

 佐久間はうすら笑いを止めた。

「知ったようなことを」

「ハッキリ言ってやるぜ、あんたは道化だ。

 ただのイカれ野郎さ」

「このガキがっ!」

 佐久間は遂に刀を抜き、幸弥に飛び掛かった。

 その鋭利な一撃を、二人の間に飛び込んだ葉子が弾く。

「葉子、残念ですよ」

「親方さまの言ってることは本当かもしれない。

 でも、私はずっと苦しかった。

 人なんて殺したくなかった!

 ……私を救ってくれたのは幸弥だもん。

 血も殺しもしあわせには届かないんだって、大人なんだから分かるでしょ!」

 佐久間の顔が引きつる。

 葉子からの言葉は、どんな非難よりも堪えるものであった。

「五月蠅い!」

 佐久間は口を塞ぐべく、二人に襲い掛かった。

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