『アザレア』の呪い
ギルディア王宮前を、スーツを身に纏った金髪の、鋭い赤い目の男が歩いている。
男──といっても歳はまだ若く、鋭い目の横顔には未だ幼さが残る。青年と表現する方がふさわしい。
「『アザレア』の者だ。王にお目通り願いたい」
入り口を守る王家の職員に一言放つと、王家の職員は怪訝そうな顔をした。
この王家の職員は王の世話係の男──ネルロであり、本日は特別に番兵をしていた。そのため、"『アザレア』の者"と言っているこの青年が、アザレアの社長である笹野國久でないことに疑問を持ったのである。
「……失礼。君は?國久さんが来るんじゃないのか」
「社長……?ああ、笹野國久は死んだ。俺が殺したから、今、『アザレア』の"責任者"は俺だ。なんだ、お前、"前社長"の知り合いか?」
「は……?死んだ?死んだって、あの人が……?君に殺されたって……どういう……」
「どうもこうもない。それが事実だ。弱い者に強い者が勝つ、至って普通の話だ」
「……そ、そんなこと、許されるのか!國久さんだったから──あの人が"あんなふう"だから、今まで付いてきた人だっているだろうに、そんな簡単に……」
「さっきから、てめえは何なんだ。王でもない、俺より強い能力者でもないお前が、『アザレア』の人事に口出しする資格がどこにある?──あるんだったら、抗ってみろよ」
赤目の青年は乱暴な口調で言い、ネルロを睨みつけた。
そして、青年の赤い目がギラリと輝くと、ネルロの頭に何かが突き刺さるような感覚、激しい頭痛がした。それからネルロの記憶でないものが様々混ざり合い、そこでネルロの意識は──終わってしまったた。
「……王への謁見ですね。体調不良により玉座での謁見は現在致しておりません。しかし、『アザレア』の社長ということであれば、王も御喜びになるでしょう」
「……は、どうだか。貴方の言う通り、國久社長だったから、シャンドレット王は喜ぶんだろ。……ここに来たのが、"銀だったら"喜ぶんだろ。俺じゃねえことは、確かだよ」
先までネルロであった従者は、そんな青年の言葉を聞かず、先ほど青年が要求した通り王宮の扉を開けていた。
そんな様子を見て、青年は「まあ、もう聞こえないか」と、少し寂しそうに呟いた。
従者の案内に従っていると、まもなく王の部屋に到着した。従者が"ノックもせずに"扉を開くと、部屋にいたシャンドレットが、たった今、ミニケーキ食べようとしている最中であった。
「あ!?いや、ネルロさん!僕何も食べてないです……よ?」
このシャンドレットの慌て様から、シャンドレットが今摘んでいるミニケーキは許されていない間食であるらしい。
しかしながら、それをネルロであった従者は叱ることをせず、「お客様をお連れしました」と淡々と言うことに驚いていた。
「……ネルロさん?それと、貴方は確か『アザレア』社長補佐のジルさん。申し訳ありません、お客様の前で恥ずかしいことをしてしまいました」
「いや、構わん。別に俺もただ挨拶に来ただけだ。もてなしも何も必要ない」
「挨拶といいますと、どのような?必要であれば、僕もこんな格好ではなくて、正装に……」
「必要ない。俺も忙しい。ただ、國久社長が死んで、『アザレア』の責任者となったのが俺と言うことを伝えにきた。だから今後は、『アザレア』の方針は俺が決めることになる。それに伴って、王家にも協力してもらうことがあると、明言しておく」
「そうですか。國久さん、亡くなられたのですか……。葬儀は執り行われますか?僕も参加したいのですが。ああ、いけませんね、体調が良くなくて、今日も、多分明日も……この先ずっと、退屈なベッドの上に居なくてはならないかもしれなくて」
「──ですから、相変わらず『アザレア』の皆さんにはご迷惑と、この村と民のために、命を張ってもらうことになる。命を落とす方が多い中、僕に出来ることがあまり無いのが、とても心苦しい限りです……。なので、僕は王として、可能な限り『アザレア』に尽くすつもりです。何でも言ってくださいね」
ニコニコと笑うシャンドレットの目の下には隈ができていた。顔色も普通の人と比べて良くない。
その様子が、存在自体が、儚く感じられた一方、赤目の青年、元社長補佐で現在は『アザレア』の責任者であるジルベルト・マータは、シャンドレットの様子に驚いていた。
普通なら、ネルロのように國久の死や、社長、責任者の交代について、驚きを見せるはずなのに。
「……さすが、王ということか」
「ん?僕、ですか?ええ、こんなので申し訳ないですが、これでも、王です。シャンドレット・ゼムノートと申します」
「……いや、自己紹介は別に聞いていない。王の名前を知らない民なんてどこにいるんだ?」
「この村では、結構いますよ。本当なら全ての民に見知ってもらえるのが良いのですが、病気のせいであまり外に出られなくて。巷では、"顔のない王"と言われているそうです。それがまた"言い得て妙"で、一般人を装って村の中を歩いても、王だと気が付かれないし、ちょっとした仕事手伝いもできるのです」
「……お前の従者は大変そうだな」
「ええ、よく見つかって叱られます。でも、民の生活を知る手段です。僕の能力では民の心までは治せませんから、心を知ることが大切なのです」
「……心か。ああ、それならたった今、そこの従者の心を壊した。もう、元に戻らない。『アザレア』に意見する時はリスクを考えろと、従者に伝えおけ」
ジルが言うと、シャンドレットの顔から笑みが消える。
「ああ、道理で──では、こういうのはこれきりにしましょう。僕が『アザレア』に従い、その人事に口出しする権利がないように、『アザレア』が僕の部下を処断する権利もないということに。そこは、お互い様でよろしいですか?」
「……、そうだな」
わずかな沈黙の後、シャンドレットは、また笑みを浮かべた。
「國久さんが亡くなられたことは、それほど驚くことではないのですよ。そして、ジルさんが気に病む必要もない」
「……それはどういう意味だ」
「そのままの意味です。國久さんの死は、"決められたもの"ですから。例え、貴方がその死に関わっていたとしても、それを気にする必要はないのです」
「……社長を俺が殺したこと、知ってんのか」
「いえ、今初めて知りましたが。……ああ、ええと、ごめんなさい。これでも貴方のことを慰めているつもりなのです。……すごく、辛そうに見えましたから。言ったでしょう、民の心の支えになることが、僕の務めだって」
「……ならなぜ、社長は死んだんだ。決められたことって、何だよ。なんで、なんであんな事になった!!まだ……よくわかんなくて」
ジルが唐突に思いを叫ぶと、シャンドレットは部屋の隅に飾ってあった赤いアザレアの花を一本だけ摘み、ジルに手渡した。
ジルはそれを受け取ると、改めてシャンドレットの顔を見つめた。
「これは"節制の花"──塔の封印に必要なもの?」
「10年前のお話になります。僕も未だ幼かったので、抜けている部分はありますが……。10年前、國久さんは大変苦労されながらも『アザレア』を結成し、塔の魔物を討伐する計画を立てました」
「──そこで、"また"仲間を全員失ったのです。塔の魔物──今は"塔の主"と呼ばれる存在に、全員殺されました。大変悔しかったと思います、しかし、自分一人では塔の主を討伐することはできないから、討伐できなかった時の"緊急時対応"として、塔の魔物を封印したんです」
「──その緊急時対応というものが、"自らの寿命を対価に、後世にわたり封印を施す"こと。いつか誰かが倒してくれる、その時まで。もちろん、命を対価としたものですから、能力者本人が亡くなった後も残り続けるようできているみたいです」
「命を対価って、それじゃあそこに飾ってある節制の花の束は……」
「1回目の塔の封印が終わってから、少しずつ、國久さんが遺していったものです。どのくらいの寿命を削ったのかは教えてくださいませんでしたが、この29本は紛れもなく──」
──これは、"呪い"だ。
俺は無礼な貴様に呪いをかけた。王の顔を仰ぐ度、貴様は、この無礼を思い出すのだ。
ふとジルの頭の中に、"誰かの記憶"が蘇る。
シャンドレットによく似た男が自分に向かって怒り散らしている記憶だった。
精神操作の能力によって相手を完全支配すると、その直前に、支配者と被支配者の記憶が混同することがある。
──しかし、ジルにはその記憶が誰の記憶であるかはわからなかった。
國久の死後、自分に反抗する全ての『アザレア』職員を能力によって従えたのだから。
「ああ。"呪い"、だな」
シャンドレットの言葉に、混じり合った記憶に基づいてジルが付け足した。
尤もシャンドレットは、國久の死によって気を病まないよう、ジルの慰めになる言葉を選ぼうとして詰まっていたのだが。
結局、ジルはシャンドレットの言葉を聞かず、『アザレア』の呪い──『アザレア』の責任者としての地位を、受け継ぐことを決意し、王宮を後にした。
ああ、どうしてこんなことに──
冬の寒空の下、白い息とともに言葉を吐いた。
────────
END
番外編【『アザレア』の呪い】 京野 参 @K_mairi2102
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