第3話 皆殺し


 それは幸子から膨大な魔力を感じたからだった。膨大で異様な魔力は部屋の空気を重くしていく。

 その魔力はあまりに大きく、山賊として活動してきた者達は直感で自分達ではどうしようもないと悟り、冷や汗をかいて手をプルプルと震わしていた。



 「お、おいギニス!なんなんだコイツ!!お前なんてやつ連れてきた!?さっさと始末しろ!」



 「く、クソが...クソッタレが!!個性魔法・重火力オリジナルマジック・ヘビークラッシュ!!」



 自分や相手の装備品を重くして攻撃力を上げるギニスの魔法、ギニスの短刀は橙色に光り、幸子に向かって斬りかかった。逃げたい気持ちを押し殺し、半ばヤケクソのように彼女を殺さんと刃を振り下ろす。


 拘束されている幸子はというと、前髪の間からギニスを睨み付けるだけだった。ただただ目の前の自分を騙して傷付けた憎い男を恨み続けると、幸子の身体から薄黒い霧が発生する。

 その領域にギニスが入るとギニスは一気に体調が悪くなり、空いてる手で口を塞いで膝から崩れると、短刀を勢い余って自分の膝に刺してしまった。



 「ガッ!!痛ってぇぇぇぇぇぇ!!!」



 「何やってんだてめぇ!!ふざけてんのか!?俺がやる!!」



 大男は前へ出ると、メリケンサックのような武器を纏った拳で攻撃する。しかし、ギニス同様黒い霧に触れた途端、脚が急につってしまったせいで攻撃は逸れてしまい、幸子ではなく倒れ込むギニスの後頭部に当たる。


 大男の拳とギニスの頭は大きな音を立てながら地面にめり込み、ギニスの身体は一瞬浮かび上がるがそこから動くことは無かった。



 「な、何で急に脚が」



 大男が困惑していると、さっきの反動により部屋の天井から上半身を埋めれる程の大きさの石が降ってきて、大男は石に押し潰れた。

 まるで意図的かのような事故に山賊達はパニック状態、誰しも頭が真っ白になっていた。



 「お、お前らなにやってんだよ!ってかなんで落石なんか!補強の結界魔法はどうしたんだよ!!」



 「こ、小型の魔物が消しやがってる!なんでこんな時に!やばいぞ!このままじゃ生き埋めになっちまう!!」



 先程まで賑やかだった一室が恐怖で違う意味で騒がしくなる。憎むべき者達の阿鼻叫喚が力を宿すのか、幸子は両手に力を入れると拘束具を意図も簡単に外した。

 まるで籠の中に捕まっていた猛獣が目の前で解き放たれたような現状に、山賊の一味は目の前の強大な敵より自分の命を優先した。すぐに崩れかかっている洞窟を出ようとするが、不運にも出入り口は崩れてしまい、岩が壁のように引き詰められて脱出は不可能だった。


 徐々に石の落石が増える。山賊の阿鼻叫喚が聞こえる中、幸子はひたすら憎んでいた。目の前の山賊がどうなっているかなど眼中に無く、山賊の存在自体を強く憎み、幸子から発生する黒い霧は部屋を覆い尽くしていく。




 大きな音を森に奏でながら山賊の住処である洞窟は、大量の砂埃を辺りに撒き散らして崩れた。

 完全に崩れて音が止み、辺りは雨の音しか聞こえない状況で、再び石が動く音が聞こえる。


 瓦礫の中から出てきたのは幸子だった。息が出来ず、必死こいて上へ上がったのだ。大きな岩に阻まれることなく、まるでプールにいるかのように難無く脱出する事が出来た。



 「ゲホッゲホッ!はぁ....はぁ...」




 幸子は再び雨に晒され、乾きつつあった髪と制服もビショビショになっていく。

 洞窟跡を見てみるが、幸子以外に出てきた者はおらず、生き埋めになったと幸子は確信する。



 ――死んで当然、あんなやつら苦しんで死ねばいい...でも、本当にこんなことになる必要あるのかな?....それに、さっきの身体に沸き起こった力、あれは一体....

 もしかして、これってその影響で?どうしよう!私のせいで人が!で、でも...



 幸子は罪悪感を感じるが、自分のされた仕打ちを思い出し踏みとどまる。自分がどうすべきなのか、幸子は混乱している頭で精一杯考えた。



 ――私は確かに彼らが憎かった。"死んでしまえばいい"と心の底から願った。だけど、実際目の前でこんな...ほっとけないよ....




 「あの、すいません!どうかなされましたか!?」




 瓦礫に触れようとした直前に優しい女性の声が聞こえて幸子はバッと振り向くと、そこには灰色ローブを被っている二人がいた。

 大柄の方と小柄な方がいて、小柄な方が幸子の様子を伺いながら近付く。



 「先程大きな音が聞こえましたが...大丈夫ですか?話せますか?」



 幸子はそれに応答しようとしたが言葉が詰まる。足元を見詰めながら拳に力が入った。



 ――きっとまた私を騙すつもりなんだ...もう嫌だ....騙されたり利用されるのは...なら、もう誰も信用しなくていい。誰にも近づいて欲しくない!!



 黒い感情が心の中に満ちると、再びあの時の力が蘇る。感情に染められる感覚、身体が軽くて身体能力が上がっているのが直感で分かる。

 幸子はゆっくり顔を上げ、近付いてきた小柄な灰色ローブを見ようとすると目の前には大きな拳が飛び込んできた。


 幸子は急接近してきた大柄の方に殴られ、後ろへ吹っ飛んだ。背中が木にめり込むように当たり、口から吐血。四つん這いに倒れ、意識が朦朧としていた。



 「ラー君!何やってるの!?」



 「....やっぱり危険だコイツ...凄い殺気にこの魔力。ロアに連絡して早くこの場から逃げろ....」



 「そんなことない!まだ話し合う余地はある筈よ!」



 小柄な方が大柄の方に詰め寄っているのを辛うじて幸子は視界に入れた。

 幸子は滝のように流血する鼻血を片手で抑えながら、フラッと立ち上がるとその痛みを憎しみに変えて、二人を睨み付ける。



 「私が....何したっていうの...何で皆私を攻撃するの....全員...全員私以上に苦しめばいい....皆呪ってやる!!」



 幸子から更に力が込み上がり、外へ放出する。たちまち周りの木々から生気が失われ、徐々に枯れていき、近くにいた魔獣達は鳴き声を上げながらその場を離れていく。


 大柄の方は構えて、幸子の相手をするつもりだったが、目の前にいる相手のスケールの大きさにどうしたらいいかビジョンが全く浮かんでいなかった。


 だが、小柄な方はこの短い時間の中で状況を理解した。どうすればこの場を収められるか、賭けに近いその答えに小柄な方は決意を固める。


 小柄な方は灰色ローブを脱ぎ捨てて姿が露になる。首から下げている十字架のネックレスが目立つ、紺色の修道服を着ている金髪のシスターだった。



 彼女は大柄の方の呼び掛けを無視して幸子の目の前まで近付くと、水色の綺麗な瞳で幸子をじっと見詰める。



 「まず、いきなり手を出したことを代わりにお詫びします。すいませんでした。

 私達は貴女の敵じゃありません。貴女と対話をする為にここへ来たのです。どうか、怒りを収めてはくださいませんか?」



 「そんなの信用出来ない!!どうせ私を良いように利用しようとしてるんでしょ!?...答えてよ。私の何がいけないの?私は何を直せば傷つかれずに済むの!?答えてよ!!

 もう痛いのは嫌だ!裏切られるのも嫌だ!!苦しめられるのも嫌なの!!」



 声をあげればあげるほど、幸子は自分の言葉に酔っていく。どんどん気分が黒く染まっていき、力が溢れてくる。



 ――信用出来ない....何もかも信じられない...もう殺すしかないよね....さっきのアイツらみたいに。

 そうだ、今の私にはそれが出来る。ここへ来る前の私には出来なかったことが出来る。殺しちゃえば変に悩まなくて済む...今まで散々苦しんできたから、今度は私の苦しみを憎しみをぶつけてもいいよね?



 「殺してやる...皆私が殺してやる!!」




 幸子は大きく一歩踏み出すと、シスターは冷や汗をかきながら後退りをして懐から短刀を取り出す。その短刀を見て幸子は確信する、騙すつもりだったと。

 シスターに対する怒りと殺意が頂点へ達しそうな所で、シスターは持っていた短刀を地面に刺した。


 シスターの行動の意図が読めずに幸子は呆然としていると、シスターは真剣な表情で幸子を見た。



 「....貴女がどんな目に遭ってきたか、私には分かりません。分かりませんが想像は着きます。酷く苦しんだのでしょう。信用出来る人はおらず、裏切られ続ける日々、信じることが嫌になってしまう。

 それでも私は言います。今一度だけ、私を信じて下さい。私がどうしても信用ならないなら、そのナイフか貴女の魔法で私を殺して下さい。その代わり、そこの男性の話は聞いてくれませんか?」



 「何でそこまで...そこで油断させて私を殺すつもりなんでしょ!?そんな手には」



 幸子は声を荒らげてシスターの言葉を否定しようとするが、シスターがいきなりその場で正座をして頭を地面に擦り付けるのを見て言葉が止まった。雨水で地面が泥になっているのを気にせず、シスターは何の躊躇もなく頭を下げた。


 「お願いします!これが人を信用する最後の時と思って私達の言葉に耳を傾けて欲しい!私達は敵対ではなく、ただ対話をしたいだけなのです!!私達を信用して下さい。私に貴女を救わせてください。お願いです!!」



 幸子は動揺していた。自ら頭を下げることはあっても下げられることは無かった。どうしていいか分からず、幸子の身体から徐々に力が失われて冷静になっていく。



 「な、なんなの...何でそんな」



 そこで幸子は強烈な目眩と吐き気に襲われる。視界がボヤけ、頭はかき混ぜられてるかのようにドロドロになり、自然と身体から力は消えて倒れてしまう。幸子はシスターに答えを言うことなく意識を失った。


 ただ、幸子は最後の最後に思っていことがあった。


 ――この人を信じてみたい。

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