第2話 ずる賢い悪党

 身体がフワフワと浮いている感覚に満たされた。てっきり激痛に襲われるとばかり思っていた幸子は即死出来たとホッとする。

 重力の力を感じない宇宙空間のような感覚、身体全体が心地よくとても気持ちいい。



 ――前にネットで見た死んだ時の脳内麻薬の分泌かな?性行為の何百倍も気持ちがいいっていう話だったけど、確かにそうだな〜。私の初めては苦痛しかなかった...



 嫌なことを思い出すが、不思議と気分が害することは無かった。それ程の快楽に身だけでなく心を預けていた。身体がドロドロに溶けるほどに感じ、このままずっとこうしていたいと強く思った。


 だが、次第にその快楽は引いていき、耳鳴りが聞こえてきた。頭痛が起きそうな程の甲高い耳鳴りに幸子は顔を顰めた。


 耳鳴りは時間と共に大きくなるが、次第に波があるかのように小さくなっていく。

 耳鳴りが引いてくると身体の感覚が戻ってきた。


 全身に冷たい何かが大量に当たっている。後頭部に何かが擽ったく当たり、何故か自然臭が鼻を刺激する。ザーッとシャワーのような音が聞こえ、身体の痺れは無くなり四肢の感覚も戻る。


 幸子はゆっくりと目を開けてボーッとしながら周囲を見渡すが、事の重大さに気が付きバッと上半身を起こした。



 「.......ここ...どこ?」



 幸子は雨が降る森林のど真ん中で制服のまま倒れていた。周りに人は居なく、どこを見ても木々しか見当たらない。幻覚かと思うが、雨の冷たさと地面に生い茂る草、そしてその下にある雨水で柔らかくなっている泥が現実だと幸子に言っていた。



 ――な、なんなのここ?学校でもない、病院でもない....もしかして...天国?ここが?私はどうしたら...



 「....ったく、一体なんの音だよ...確かこっちだよな?」



 雨音とは違う男性の声に幸子はいち早く反応する。声の方向の茂みはガサガサと揺れており、こちらへ向かってくるのは感覚で分かる。

 幸子は身を隠した方がいいと思ったが、足がまだ痺れて自力で立ち上がるのに時間がかかる。


 そうこうしている内に茂みの奥から一人の男性が現れた。茶色のフードを被っており、僅かに見える情報からして長髪で茶髪の大人のようだ。そしてフードからはみ出て両手に握りしめられているのは木製の弓と矢。



 ――何あれ....本物?あんなの映画とかアニメでしか見たことない...撮影か何か?



 「....君、一体ここで何してる?名前は何?」




 「へ?...えっと....前田 幸子です。なんか気がついたらここに...」



 「マエダ....ね...変わった名前だね。それに...その服装も変わってる。帝都ではそんな衣装が流行ってるのかい?」



 男性は近付くと、緑色の瞳で幸子の姿をジロジロと見ていた。幸子は咄嗟に胸元を両手で隠し、男性の目線が怖くてブルブル震えていた。



 「....あぁ、自己紹介がまだだったね。俺の名はギニス、森の狩人さ。行く宛てが無いなら俺の家に来ないか?大丈夫、手を出すような真似はしないよ。」



 「だ、大丈夫です。ほっといて下さい。自分の力で十分ですから...」



 幸子に当然行く宛てがあるわけが無い。右も左も分からないこの状況で尚、彼の誘いを断るのは昔のトラウマか本能的な直感が働いたからだ。

 足の痺れが治り、ゆっくりだがその場から幸子は離れようとした。



 「う〜ん....まぁ頑張ってと言いたいとこなんだが...ここはとても危険なところだ....よ!!」



 ギニスは何の警告もなく矢を放ち、矢は幸子の頬スレスレを通った。幸子は頬を抑えながらバッと振り返るが、ギニスはニコニコしながら矢を放った方向を指さす。


 そこに目線を合わせると、そこから白い狼...否、狼とは違う生物がヨロヨロと現れた。一見は狼だが、目はペンキに塗ったかのように赤く、手足は合計六つあり、蜘蛛と同化したような獣だった。

 ギニスの放った矢はその獣の横腹に刺さっていき、獣は程なくして倒れてしまった。



 「ここらにはこんな魔獣がウヨウヨいる。こいつに関してもまだ子供で、大人はこれの数倍は大きい。すぐにでもここに親が来るだろう。どう?それでも一人で行く?」



 ギニスに聞かれ、幸子は倒れた魔獣を見た。



 ――こんな生き物見た事ない....確か子供とか言ってたけど、こんなのに襲われたら絶対に生きれない...

 でも、この人に付いてくのも怖い....そもそも私は死んでるの?生きてるの?どうしたらいいか全然分からないよ....



 幸子は悩みに悩むが、ギニスへの恐怖よりこの恐ろしい獣に八つ裂きにされる恐怖が優り、ギニスについていくことにした。



 ――大丈夫...最悪は逃げればいいだけだし、情報も集めないといけないし...



 幸子とギニスはなるべく木々の下を通って雨を避けながら進むと、間もなくしてギニスの家へ到着する。

 家と言っても普通の一軒家ではなく洞窟そのものだった。大きな出入り口の中には日を灯したランプが並べられており、中を照らしている。


 ギニスは幸子に触らないようエスコートしてくれ、ギニスに対しての警戒心も少しだけ弱まっていく。



 ――ここにくるまで変なことは聞かれてないし、今も私が怖がらないように一定の距離を空けてくれてる....いい人なのかも...



 二人は洞窟の中を進んでいくと、木製の扉が二人を待っていた。どうしていいか分からずギニスの方を向くが、ギニスはニコッと笑いながら開けて進むようシグナルサインをしていた。


 幸子はギニスを信じて少し重たい扉を押し開けた。全部開けて中の光景を見ると、幸子は目を見開いてその場で固まった。



 そこは周りがゴツゴツの石で覆われている部屋でギニスだけでなく、多くの男性が寝泊まりしていた。その誰もがまともな生活をしていないようなだらしなさを感じる。

 上半身は基本裸な上に無償髭は勿論、うるさいイビキに汗臭さが部屋に充満していた。


 極めつけには壁にはズラッと凶器が並べられていた。ギニスの持っていた弓も勿論、剣や斧、見たことも無い武器も置いてある。



 「こ....ここは...」



 「おお!遅かったなギニス!!あのボロ女は高く売れたか?」



 部屋の中でも目立つ大男がギニスにそんなことを言った。幸子はバッと振り返ると、優しそうな印象を持っていたギニスはたちまちずる賢い悪党へと変わっていく。



 「全然金になんねぇよあんなブス。ってかお前ら顔狙いすぎ。ブスにブスが重なって逆に奴隷商人に文句言われちまったよ。」



 「おおそりゃあ悪かったな!何かアイツの顔見てると腹立ってよ〜。んで?今回はその女か?中々上玉じゃねぇか。何処で拾った?」



 「森で変な爆音したから様子見たら居たんだよ。どうしようかと思ったが、ただの小娘っぽかったんでな。」



 幸子をよそに耳を防ぎたくなりそうな話をされ、幸子は目眩を感じる。



 ――まただ....またこの感じ......嫌だ....もう嫌だ...



 「あの....私やっぱり出ていきます。すいません...」



 幸子はギニスを通り過ぎて立ち去ろうとするが、その直前にギニスは扉をそっと閉めた。幸子はブルブル震えながらギニスを見ると、初めて会った時のようにニコッとした。


 その瞬間、幸子のお腹に鈍痛が走る。ギニスが思いっきり殴ったのだった。幸子は膝から崩れ落ち、蹲った。

 そんな幸子を見たギニスは頬を赤らめながらプルプルと痙攣する。




 「あぁ〜....最っ高だな〜。お前はモロ俺のタイプだわ〜。弱っちくて愚かなことに俺を信じて、裏切られて心がボロボロ、その上身体までボロボロになった後の目が堪らないんだよなぁ。」



 ギニスは幸子の髪を掴み、無理矢理移動させた。



 「や、辞めてください!離してください!!」




 「辞めないよマエダちゃ〜ん。マエダちゃんは俺らの疲れを癒すのが今日からの仕事だし存在意義だからね〜。ぶっ壊れたら奴隷行きだから、そこんとこ覚えといて〜。」



 ギニスは幸子を壁に押し付けると、また腹を殴る。幸子から抵抗力が失われている隙に、ギニスは壁に吊るさっている金属の手錠で幸子の両手を捕られ、足がギリギリつく形に拘束された。

 そんな幸子の目の前にはギニスだけでなく、部屋にいた男性が次々に群がっていく。



 「中々綺麗じゃねぇかこの嬢ちゃん、ゴリアム皇国のやつか?」



 「へへ...堪らない身体してんな〜。こりゃあしばらく楽しめそうだな〜。」



 「何その服?民族衣装か?中々そそられんな〜。服は脱がないようにしようぜ〜。」



 幸子に向けられる気持ち悪い会話と目線、幸子は目を逸らして吐きそうになるが、ギニスはそんな幸子の顎を掴み、無理矢理自分に目線を合わせる。



 「....お前ら、今回は俺からだからな?前のやつなんてお前らが犯しまくったせいで全然楽しめなかったんだぞ。」




 「まだ怒ってんのかよ。まぁいいさ、でも俺らが楽しめなくなるまで殴んのなしな?俺達だってわざとじゃなかったんだからよォ〜」



 男達は奥へと移動していき、それぞれが飲み食いや睡眠を取り始めた。幸子とギニスの二人っきりの空間になり、怯えている幸子を見てギニスは興奮していた。



 「いい目だマエダちゃん。ごめんな〜、俺は犯すとかより殴る方が好きなんだよ〜。まぁ、これからしばらくお世話になるから、なるべく耐えてくれよォ〜?」



 ギニスは大きく腰を捻り、戻す反動を利用して幸子の腹を殴る。先程とは違って重く、内臓が耐えられないのかボトボトと吐いてしまった。



 「おいおい、こんくらいでギブアップすんなよ〜。まだまだ長いんだからさ。」




 それからギニスは顔以外を殴り始めた。まるでサンドバッグを殴るかのように容赦なく暴力を振るう。

 殴られる痛みも強いが、背にある石に肌がめり込むのも痛い。背を仰け反ってひたすら耐えようとするが、ギニスの攻撃が激しくその力すらも失っていく。


 どれだけサチコの腹が青くなっても、下から血を垂らしていても暴行は止まらず、何時間に思える長い時間で疲れたギニスはようやく手を止め、汗を拭きながら休憩を取っていた。

 幸子からは最早抵抗する力は残されていなかった。だが心の奥底ではマグマのように怒りが煮えたぎっていた。



 ――なんなの...なんなのよ一体!!なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないの!?親に褒めて欲しかった....ただそれだけなのに皆に避けられて...イジメられて....自殺までしたのにこんな始末...死ね....皆死んじゃえばいい!!どいつもこいつも憎くてしょうがない!!



 幸子は歯ぎしりをしながらギニスを睨み付けた。それに気が付いたギニスは鼻で笑い、それが更に幸子の心に火をつけた。



 「いい目だねマエダちゃん。まだまだ頑張れそうだ。」



 ギニスは立ち上がり、再び暴行を再会しようとするが、その拳は幸子に当たる直前にピタリと止まった。


 ギニスだけでなく部屋内にいた男達も全員が幸子に目線を向けて武器を既に手に取り、ギニスも後退りしてすぐに足元に置いてあった短刀を取って幸子に向ける。

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