異世界転移
第1話 呪いの儀式
神様なんてこの世に存在しない。神様は人の希望の象徴のようなものでただの幻想。そう思って生きてきた十七年の歳月の中、そんな少女は初めて神様に願った。
――お願いします神様。どうか上手くいきますように...コイツらがちゃんと苦しんでくれますように....
「な〜にボーッとしてるわけあんた?集中しなって〜。」
薄暗い室内、ボロボロの床や壁のタイル。ドア部の隅っこにはシャーペンのイタズラ書き。チカチカと消えかかりそうな電球が床に座り込んでいる灰色の制服を身に纏う少女の心を煽る。
ここは都内の公立高校。偏差値は周りと比べると少し高いくらいの一般的な高校。部活は体育系より文化系が強めで、目立つような悪い噂がない綺麗な学校。
そんな学校の別館、特別な授業や用事が無い限りあまり立ち寄らない場所。
今、そんな別館のトイレでは計四人の女子生徒がおり、その内の一人を自分の玩具の如く扱っていた。
小汚い床タイルに座り込んでいる黒髪の少女を煽るように喋った金髪の黒ギャルは、水で濡らしたタオルで少女の顔を思いっきり叩く。
水とタオルを叩きつけた音が小さい室内に響く。大した外傷はないが威力は強く、顔がもっていかれそうになりクラッとする。
少女が頭を抱えていると黒ギャルはタオルを広げて彼女の顔に押し付けた。濡れたタオルがピッタリと顔にへばりつき、息がすぐに出来なくなる。
酸素を取り入れようと生物本能で吸い込もうとするが、酸素ではなくタオルがより器官に密着するだけで苦痛にみちる。
「ムグッ!!...ムゥゥゥ!!」
「はい、ストップ。それ以上は死んじゃうよ、美羅。」
薄眼鏡を掛けている女子高生が声をかけると、黒ギャルはタオルを退けた。ゲホゲホと咳き込み、少女は蹲った。
そんな姿を見て黒ギャルはゲラゲラ腹を抱えて笑っていた。
「あははは!ごめんね委員長〜。もう少しで死ぬとこだったね。だけど、別にあんたなんか死んでも誰も悲しまねぇーけど。」
――そう....誰も私が死んで悲しむ人なんていない。逆に迷惑に思えて嫌がる人が多い。だって、私はそういう人間だから...
少女は苦しみながらも自分の人生を振り返ってみた。
少女、前田 幸子は裕福な家庭で生まれ育った。父親は幸子が産まれる少し前に亡くなっており、母親は裁判官。普通とは違いスケールの大きい仕事を担っている。そして実兄は有名な大学で好成績を収めるほどの努力家であり天才。地域からの評判はとても高かった。
そんな家庭にいる幸子だったが、彼女は特別に褒められるような実績はなかった。学歴も平均的で物覚えには時間がかかる。
小さい頃は低い成績によく親に怒鳴られていたが、今になっては怒鳴られるどころか関心すら持たれなくなった。
親は元々多忙で家を空ける日も多いが、帰ってきたとしても兄と二人で楽しく会話をして食事をする。そこに幸子の居場所はなく、食事は自分の部屋でコンビニ弁当が殆どだった。
兄はそんな幸子を気に止めることはしなかった。寧ろ自分のモチベーション維持のためにもっと酷くなればいいとさえ思っている。
家族から愛を貰えた覚えがない。幸子の分の愛は全て兄に小さい頃から注がれていた。
だが、幸子はそれでも諦めがつかずにとった方法は先生の評価だった。先生にいっぱい褒めてもらえれば親にも褒められると思った幸子は、授業に積極的に取り組み、生徒を取り締まった行動をする。
実際先生には褒めて貰えた。だが、それは自分自身の評価ではなく家庭や血族の評価ということに次第に気付く。それだけに留まらず、生徒達からの好感度は酷くなる。変に告げ口する幸子はただ嫌われていった。
幸子に友人と呼べる者はいなく、逆に避けられたり陰口を言われる始末。それでも幸子は諦めなかった。
――高校ならきっと分かってくれる人がいるはず
そんな気持ちもつかの間、高校に入って幸子の行動はすぐに嫌われ、瞬く間にクラスの嫌われ者。それはイジメへと発展した。
黒ギャルの笹井 美羅、太ってはいないが全体的に肉付きを感じられ、口元のホクロと派手な化粧が特徴的。
そしてポニーテールに薄眼鏡の六津井 千棘、高身長でスリム、そして白く綺麗な顔立ちの為、学校では高嶺の花のような存在。性格と共に顔からも漂うSっ気に同性からも人気がある。
そして茶髪のショートロングの如月 朱音、身長が低く巨乳の上にぽわぽわと天然っぽい雰囲気の為、男子からの人気は絶大な女子生徒。
この三人に一年以上もイジメの被害に合わされた。
最初は軽い嫌がせだったがそれは次第にエスカレート、強く抵抗しないのをいい事に物隠しから暴言、暴力へ変化。遂にはこの二週間前には三人の差し金で、知らない男性に性的暴行を受けた。
肉体的にも精神的にも限界が来ていた幸子は一週間前、放課後の図書館で異様な本を見つけた。本棚と壁の間にあった黒い本、幸子はそれを偶然見つけ手に取って中身を見てみる。
――タイトルがない...中身は....オカルトか....
幸子は何の感情も抱くこと無くページを次々に捲っていく。本の中身が気になる訳ではなく、取り憑かれたかのように目を流すように通した。
すると、ある項目で幸子の目はピタリと止まった。それは"呪い"の項目。儀式やら悪魔との契約やら嘘くさいことがズラズラとかきなぐられて、普段の幸子なら鼻で笑って本を閉じるが、度重なるイジメと性的暴行による傷で幸子は正常な判断が出来ずにいた。
――このまま生きていたって意味が無い....家には居場所はないし、大学とか社会に出ても私を必要としてくれる人なんているわけが無い。...どうせ死ぬなら、あの三人が苦しむようにしたい....
図書委員がおらず、本のタイトルも分からないので幸子はその本を無断で持ち出した。
自分の部屋でゆっくり読み、儀式に必要なものを用意する。
数種類の草や虫の粉末、怨念を自分の血で書いた紙、そして対象者の一部。それらを白い布に包み、一気に飲み込む。
その上で、自らが自殺するというのが相手を呪う流れだった。
幸子は三人が死ぬことは望んでいなかった。自分と同じ、或いはそれ以上の生き地獄を味合わせたかった。
――この呪いでアイツらは苦しむ...これが嘘だったとしても私がイジメが原因で死んだってなれば普通の生活なんて出来やしない....いい気味だ...
儀式に必要なものは入手が困難な物もあったが通販等も利用し、時間は少しかかったが集めることは出来た。だが、"対象者の一部"がまだだった。制限時間はない、ゆっくりやれば安全に採取出来るが、幸子は一刻も早くこの地獄から抜け出したいがために今日、決行することを決めていた。
そんな幸子の復讐心を知らない美羅は幸子に勢いよく水を被せた。制服はビチャビチャで視界は水でぼやける。
「だからボーッとすんなって委員長〜。次はまじ殴るからね?ってか本当疲れた〜。ねぇ?たまには千棘もやんない?」
「私はいいや。面倒だし、今はそんなにイライラしてない。」
「じゃあさ!朱音は!?スッキリするよ!」
「う〜ん。私はそんな意地悪とか出来ないんだけどな〜。でもぉ〜美羅がそこまで言うならやってみよぉっと。」
おっとりした性格の朱音はビショ濡れの幸子に近ずきしゃがみ込むと、カバンから香水を取り出し原液を頭からかけた。
鼻が曲がりそうな強い匂いに幸子は思わず鼻をつまんだ。そんな苦しんでいる幸子を見ても朱音はニコニコとしていて、掌を幸子に差し向けた。
「はい、二万円。その香水五千円したんだよぉ〜?委員長がボーッとしてるせいでこんな事しなくちゃいけないから〜慰謝料で一万五千円の計算で!」
幸子はプルプル震えながら濡れた財布を取り出し、二万円を差し出した。親は一応小遣いとしてお金は渡してくれており、後は渡されている食費を節約してこんな急な要求に応えれるようにしていた。
「わ〜ありがとう〜。冗談のつもりだったんだけどぉ折角くれたもんねぇ〜。ねぇ二人とも、これからご飯食べに行かない〜?」
「いいね!その後カラオケもいこっか!千棘も来るでしょ?」
「えぇ。私も今そんな気分だったんだ。」
三人はずぶ濡れな幸子を置いてさっさとトイレから仲良く出て行った。
三人の笑い声が廊下から聞こえて幸子は怒りに震えた。"ただ気に入らないから"そんな理由でこんな仕打ちをした彼女らを幸子は憎み、決意する。
幸子はすぐに立ち上がり、トイレを出て廊下を歩いている三人に突進した。
三人が気がついた時には幸子は手が届く範囲まで接近しており、彼女らの髪を無理矢理引きちぎる。
「キャッ!!」
「ちょっと!何なの!?」
「痛ッ!何すんだよあんた!!」
そんな声は興奮状態の幸子には聞こえない。彼女らに自分の憎しみをぶつけるのに目の前がいっぱいだった。
幸子は無事三人の髪を取ることができ、すぐにその場を走り去った。
後ろから追いかけてくる足音、怒号が聞こえる。恐怖で足から力が抜けそうになりながらも、幸子はその髪を大切に握りしめ、別館の三階にある目的の廊下の突き当たりに着いた。
幸子はすぐにポケットから儀式の小袋を取り出し、三人分の髪を詰めて飲み込んだ。水もなく小袋自体もそこそこ膨れていたので喉はその異物を拒否していたが、嗚咽を吐き漏らしながら必死に飲み込んだ。
すると三人がやっと幸子に追いつき、怒りの表情で彼女に近寄る。そんな三人を見て幸子はフッと鼻で笑った。そんな妙な自信を感じる幸子に三人の足が止まる。
「.......あなた達を呪ってやる。」
幸子はボソッと呟くと、廊下の突き当たりに設置してあるボロボロの窓ガラスに飛び込む。
窓ガラスの派手な音が響き、幸子は外へと身を投げ捨てた。
目の前には綺麗な学校、そして目線を下げれば遠い地面。
まるで空を飛んでいるような気分を感じたがそれも一瞬、すぐに重力の力に引っ張られ、幸子は急降下。
巨大な力を感じ、内臓が空気圧で圧迫し吐き気がこみ上げる。そして急接近してくる地面に幸子は反射的にぶつかる直前で目を閉じた。
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