8. 敗戦

 彼はまかった。十数年の太くも厚くも長くも無い夢を終えたのだった。奥山おくやまの木に頭を下げてわれの重みを詫びてからまかった。建物からの飛び降りでも無く踏切でも無く、公有林にて自らを終えたのである。迷惑を掛けたとしても、それが最小限度で済む様に。彼のどうにもならない先天性の性質。それを受け入れられない世界の人々。かのイケメンの言葉により遂に、幼少期より蔑まれてきて、既にいっぱいいっぱいだった彼の心は不可逆的にはち切れた。やろうと決心してからほとんぐにまかった。

 彼には生きる望みが無かった。辛い事を話しても誰も助けてくれないからだ。まれに言葉をもらったとしても、言葉だけでは何とも言えようが、実際に彼を助ける人間は誰ひとりとしてこの世に存在しなかったのだった。それで良い。結果として他者がえきな自分にリソースをかない故に、世界の効率に貢献出来たのだから。世界の人々が、邪魔にしかならない自分を必要としていないなら、自分から居なくなってしまおうと結論づけた。こういう事が頭に浮かんでからは、もう、どうにもならなかった。


 彼の終焉しゅうえんについては、誰も、それを妨げる手立てや、手のほどこしようは無かった。彼を救う事は不可能であったし、又そうするべきでは無かった。感情規範常識からして人間だった彼は、本当に、世の中に於いて全く、どうしようも無い人間でしか無かった。これで益々ますます世の不快が削減され、全ての人が楽しく明るく生きられる様になったのだった。彼がまかったのはまったくの善だった。


反義逆理は戦の道〈終〉

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反義逆理は戦の道 着日瞳 @tsukubuhitomi0

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