コミュ障ぼっちがクラスの風潮の辛さに堪えかねて、文化祭の準備をサボったらどうなりますか?

 文化祭の役職を決める今日の七時限目。

 僕はいつもの様に、窓を眺めて、ぼけ〜っと物思いをしていた。

 今日の日もまだまだ梅雨のなかばにも入っていないぐらいなので、外は雨模様あまもよう。暑く明るい夏は着実に近づいている筈だが、どんよりとしていて、窓の外は暗い。教室の中だけ、発光ダイオード電灯のお蔭でかなり明るい。

 担任が、文化祭についての説明をしている。

 話を要約すると、この高校では、伝統的に、われら二年生は全クラス何かしらの劇をやる事になっている。そして、七月第一週目の金曜にある文化祭の為の放課後準備が、今日から始まる、との事らしい。

 

 とうとう担任が文化祭の説明を終えた。


 これから、ついに運命の、文化祭の役職決めが始まる。

 このクラスの中で僕はあまり良い立場にいなかった為、どんな仕事の担当になるのか内心ビクビクしていたが、クラス衆の相談の末、果たして、クラスの良心は、僕を劇の出演者にするなどといったひどい仕打ちはせず、結局僕は、劇に必要な工作物制作の班に割り振られる事となったのであった。

 

 よかった。これで楽にサボる事ができる……

 

 僕はもう、昨日の放課後あたりからずっと心が沈み込み、身は落ち込み、到底とうてい大勢おおぜいのクラスのメンバーたちと一緒に制作作業をする、などという気分では無く、またそれに加えて、このクラスの自分への寛容度が確実に下がっていつつあったので、自己防衛の為、どんな役職になったとしても、絶対にサボる心づもりでいたのだが、こうして「いてもいなくても多少の問題は無い仕事」に就けた事により、周囲に比較的害なくサボる事ができる様になった事に、これさいわいと喜んでいた。


 これからは、帰りのホームルームが放課後準備の後にばされるので、帰宅時間が遅まる。

 だから、これからの七時限目が終わった後、学生かばんや背負い鞄などの、帰りに持ち帰る荷物全てをこっそり持って、直ぐに僕の様なぼっちぐらいしか使わない別校舎の、人が滅多に来ず比較的綺麗であるトイレの和式個室の方に置いておき、そうして毎日最初にやる「今日の放課後準備の打ち合わせ」には顔を見せて、その後はやはりそのトイレの方に戻り、そこで読書や宿題、勉強、たまにスマホで休憩するなどしておこう。そして、腕時計でいい頃合いになったのを見計らって、帰りのホームルームに駆けつけよう……うんうん、完璧だ。

 今更な話であるが、ここでこうして僕が文化祭の手伝いを拒否する事に対して「あんたバカァ?!いくらなんでも、絶対にしなければならない作業をサボってに負担をかけてしまう様な事は、絶対にしちゃいけないんだよ!!?!?」という正義感の強さ故に僕のサボり行為を否定する思いが残っているのであれば、僕の身になって少し考えてみて欲しい。友達も味方もひとりもいない、そして人の意図を理解する事が出来無いというユニークな天性てんせいを持ち、そして周囲のあらゆる人間からイジメられ気味であるあなたが、の準備を善意で手伝っている最中、必要な事があって人に少し近づいただけでも「キモ」と言われたり、或いは必要の無いキツイ作業を無駄にやらされパシられてからあざわらわれたり、手伝う為にその空間にいるのに「なんでお前みたいなこんな気色の悪い奴がここにいるのか」という態度が周りの人から露骨に示されたりする事が毎瞬間繰り返されて行く状況下で、それを耐え忍び何週間にも亘り毎日毎日作業をしに行く事が、果たしてその正義感をつらぬくのに妥当であると思えるだろうか?これは、実際に経験してみなければ解らない事であろう。結果、それを実際やってみた僕の過去の経験からして、正義感や義務感をまもる為にそれをすれば、何度も何度も過呼吸を繰り返す様な事が起こり、そうして終わる頃までには必ず精神を深刻に病む事になる。浅薄な正義感で以て、こうした結果の分かりきっている蛮行を僕に行うのを強制するのなら、あなたも同じ目に遭ってみよう!これは已むを得ない緊急退避的行動なのである。本当に仕方の無い行為なのである……許してください……

 こうした(実に実にむを得ない)放課後サボり計画を、自己正当化の妄想と一緒にこの七時限目の間の物思いによって考え付いておき、そしてそれから数日間、実際に僕はそれを実行に移していた……



 それから次の週の初めの日。

 曇りではあるが外は明るい。梅雨はもう明けつつあるのであろうか。

 などと、常識的に考えて有り得ない、そのような本当に益体も無い事を思いつつ、今日の最後の授業であった六時限目の世界史の授業が終わった後、僕はいつもと同じ様に、直ぐに荷物を持ち出して、いつもの人が来ないトイレに置きに行った。

 それから、直ぐに始まるであろう、今日の放課後準備の打ち合わせに間に合う様に、超特急でクラス教室に戻った。

 既に打ち合わせは開始されているっぽくて、班ごとに分かれたクラスメイトが、今日の予定と全体の見通しについて、集まって話していた。

 僕は工作班の集まりの所に入り込み、「遅れてごめん。トイレに行っててさ」という口先くちさき八丁はっちょうのごまかし言葉を言って、遅れて来た事を詫びた。

 工作班の、僕を除いた四人の人たちは、僕がサボっている事に当然気付いているので、苦々しい顔を露骨にしながらも、一応形としては僕の登場に文句自体は言わず、受け入れた。

 既に終わった分も、遅れて来た僕の為にもう一度説明し直し、今日の打ち合わせを工作班は再開する。この時ばかりは、毎回いつもとても申し訳無く思うのだが、僕はもうこのクラスにいるべき存在で無いぐらいには、クラス衆のみんなの風当たりが強くなっている為、嫌な雰囲気のうづくクラスからのがれる為に、サボらない訳にはいかんのだ。許してくれ、と心の中だけでは思っていた……


 今日は、劇で使う、大きな背景板の色を塗る作業をやるらしい。

 どうやら、空き教室から持ってくる必要があるみたいなので、人手、特に物を持ってくる男性マンのパワーが要るらしい。そういえば工作班のメンバーは、僕以外全て女子生徒であった。今まであまり手伝わず、申し訳無い気持ち一杯だったから、今日これだけは手伝う事にした。


 階がひとつ下の空き教室から、他の四人の工作班のメンバーと力を合わせつつ、ひとつづつ、部材を持ち運んで行く。成る程、これは人手がいる訳だ。


 運ぶ事数分。

 こうして全部の部材を運び終わった。

 机と椅子が隅っこに置かれて、作業スペースが十分に取られた教室に、部材が広げられる。

 

 僕は、サボらなければならない。

 しかしながら、今日一日の作業の終わった後にも、部材を元の空き教室に戻す必要があるみたいなので、まあ、搬入と後片付けだけは手伝おうかな、と念じつつ、

「ちょっとお腹が痛くなって来ちゃった。トイレに行って来てもいい?」

と、定番の作業脱出の言い訳を言い、心置き無くサボれるいつものトイレに向かおうとする。


 その時、劇の主演を務める出演者である、例のイケメンが、劇に使う服を教室に忘れたみたいで、教室に入って来た。

 厄介な人が来たな‥‥と僕は思い、出来るだけ彼の視界に入らない様、こっそりと、教室から抜けていく……

 僕は廊下に出て、当然いつものトイレの方にサボりに行く。

 イケメンが服を得て教室から出て来た気配がする。やや騒がしい廊下だが、まされた僕のぼっちイヤーには分かる。

 アレ、ちょっと駆け足?

 そのままイケメンは、僕のみぎどなりにつけた。

 なんだかなあ。と思いつつも、気にせず僕は歩く。厄介だな。どこに行ったかがわかると問題だ。ちょっとだけかいしようかな。などと思い、廊下を歩き、クラス教室のある通りから外れ、空き教室が並んでいるかくに来た。

 そこで、相変わらず僕のみぎどなりにいたイケメンは、

「オマエは、○○だったよな?そこの空き教室に入って、話をしようか」

と僕に提案してきた。


 この提案、断りたい……


 しかし、僕の意思に反して、イケメンは左手を僕の肩の方に回して、強制的に空き教室に入る様、押してくる。

 どうやら、拒否出来ない様だ……

 僕は観念して、直ぐそこにある空き教室に、男二人、入ったのだった。


 今度もまた告白されるのかいな……とロクでも無いサンプル数n=1の推定をしつつ、僕は、そこに立つ。

 待つまでも無く、イケメンは僕に言葉を発して来た。

「聞いたぞ。オマエ。なぜ文化祭の準備を手伝わない?」

 僕は、当惑した。サボる為の理由を、こうして面と向かって聞かれると、何を言っていいのか分からず、イケメンに答えにもならない返答をする。

「それは、まあ、その、なんていうか……事の成り行きでなってまして……」


 僕の言葉を聞いた後、イケメンはうんざりした様な雰囲気を出し、まるでゴミを見る様な目をして、僕に長い説教じみた言葉を言ってきた。

「はあ……オマエは人間ひととしてやらないといけない集団行動最低限の事すらできないのか?お前は、一匹いっぴきおおかみ気取きどっているのか?いつもこうやって、サボりに向かう。人手ひとでが必要なんだぞ。文化祭の準備は。しかも、オマエがサボっているのは、この準備の時だけでも無いよな。体育の時は、トイレでサボる。他の時も、暇さえあればサボっている。無駄な単独行動を取る。オマエは、どうせ、『サボってボッチでいること』にでも、誇りを見出しているんだろう?こうして、友達がいる奴の事を『群れてる下等な奴ら』とでも見下げておいて、サボりながらオマエのさもしい自尊心でも満たす為に、そうした単独行動をやっているのかも知れんが、オマエなんていう、マトモに周りに配慮も出来ず、他人に迷惑をかけても平気でいて、オマケに自分勝手に出て行く様な存在は、一匹いっぴきおおかみでは無く、せいぜいわずらわしい一匹の蚊だろ。オマエは、そうやって、いっつもボッチで行動して、人間ひととしての最低限な事を、いつまで経っても学習しやしない」

 イケメンはなおも続ける。

「オマエは、きっと高校に入るまでも、そうやって行動して来たんだろ?だからこんなままだ。何度も何度も今、オレがやってる様に、人から注意されてこなかったのか?優しさから、オマエがまともな人間になって欲しくて、そいつらは『こういう』事を指摘して来たのだろうに、オマエはロクにそうした人の気持ちを考える努力もせず、何も自分を変える事が無かった。今の様に、サボる努力不足だけはオマエはおこたらず、自分の中にある悪い事はいつまでもそのままにして、そうやって、迷惑をかけられても何も言ってこない様な、優しい優しい周りの人たちの中で、オマエさんはずっとあぐらをかいてきたんだろう。これまでの人たちはオマエに我慢してきてくれただろうが、今度は違うぞ。オマエにオレたち周りはいっつも迷惑させられているんだ。今度こそオマエは変わるのか?どうせ変わらねえだろうなあ。オマエはずっと迷惑なまま。その様な事でオマエは後の人生で、マトモにやっていけるとで思っているんか?オイ」

 イケメンは、言葉をひととおり発し終わり、僕の返答を待つ様子を示した。


 確かに文化祭準備をひとつも手伝っていないのは、あまりにも正論過ぎる指摘だから反論しようがない。でも、僕は、もう、本当に、それサボる以外の手段を取ることができなかったのだ。それが僕の限界であったのだ。僕は自らの性質せいしつ上、孤立を選択せざるを得なかったのだ。それに、僕も色々言われてしゃくさわったので、反論しようがあるところを、いらついた心ばかりで何とか反論し出した。

「確かに、今まで、文化祭の準備を手伝わなかった事に際しては、これは流石にどうかとも、申し訳無いとも一応自分でも思ってはいるが、その前に、お前は今他人ひとの事を虫に例えたよな。これは何なんだ?他人たにん見下みさげているのはあんたの方ではないか。それに、いつもやたらと無視してきたり、体育の時に故意にボールを当ててきたり、悪口を言って来たりしている、クラスの奴らの、僕に対する風潮を抑えず、僕を孤立に追い込んでいる事については、何と言うんだ?あんたも、僕のぼっち化に、こうして手を貸しているでは無いか。しかし、第一、僕はただ、周囲の事はそんなに、『普通の人』程には気にしておらん。『普通の人』程他人たにんを気に出来ないからこそ、別に他人たにんを『群れてる奴ら』とか思っちょらんのだよ。むしろ立派な、そんちょうすべき賢い奴らだと僕は思っちょる。大体、僕は自分がどうしようもない人間なのは自覚しわかっているんだ。だからもし、僕が実際に他人ひとを気にする事が出来る人間だったら、その分みじめな自分の事が浮きりになってきて、そんな事を自覚していたならば、僕は今頃深刻に病んで首を吊ってるぞ。僕はこういう事さえ出来ない、そんな人間なんだ。だから『サボる』という行動しか取れない。しかし、こんな僕の事を『努力不足』だと?そんなのは、世の中には自分が思うよりも『多様』な人がいると知っていない人間のセリフだ。オマエは歩けない、身体が不自由な者の前で言えるのか?『お前が歩けないのは努力不足だ』そうして今までそいつが努力しているかどうかも知らないくせに『お前が努力も何もしていないのはオカシイ』って。勝手に他人の事を決め付けられるなんて、お前はどれほど偉いりょうけんなのか?それかお前は万物ばんぶつとおせる超能力者にでもなったつもりか?僕は今までに周囲に馴染なじめる様に、小学校の時から、一度もこころんだ事が無い訳がなかろう!集団行動の出来る様、努力はして来たに決まっているだろう!これが僕の限界なんだ!どうしても人間関係は構築できず、周囲に嫌な思いをさせて、疎まれて、孤立して、僕は……僕は……僕だって、本当は正常な人間関係が築けるなら、きづきたいに決まっているだろう!そうしてサボらず、文化祭の放課後の準備に精を出して、青春したいに決まっているんだ!はあ……」


 僕は、もうこれ以上言いたくなかった。己の生まれ持ってしまった、コミュ障ぼっちの根源的な要因、無能さの宿命がありありと自覚され、哀しくなって来るからだ。しかし、イケメンが、心底しんそこ僕の事を救いようが無い人間と見て馬鹿にしている様な気持ちと、わづかな不服と疑問を表情で示していた。

 イケメンは何も言って来ないので、僕はとうとう、話し続けた。

「僕は自分が世の中に求められる『普通』の基準から見れば遥かに下回るおかしい人間で、こうして努力不足の無能に見える事ぐらい、理解わかっているんだよ。そもそも世の中から見てこんな恥ずかしい人間、自分でもとっくの昔に変わろうと思わない筈がないだろうが!自分が変わりようが無いから、仕方が無いから、そうして自分の考え方の方を変えて、常識を、を、世の中のあらゆる偏見の集合体の感覚を、こうして麻痺させて、自分の事を恥ずかしいとは思わなくして、それでもなお、この僕を『世の中で尊重される多様な人間のひとり』として認めようとしない、こんな世の中であっても僕は邪魔にならぬ様、最大限適応しようとして、それでもうまく出来なくて、こんな行動をとっているんだよ!過去に、自分が最大限に努力して努力して、それでも改善が不可能だったから、僕はこんな人間なんだ!僕がこれまでに『この性質』のせいでどの様な目に遭ってきたのか、お前は知ってるのか?」

 僕は語気を荒げて言う。

「◇◇(イケメンの名字)!お前こそ、そうやって、自分たちがうまくいっているから、世の中の大多数が出来るからといって、大勢の価値観を世界の全員に押し付けて、それで人生が、世界の人間ひとりひとりの生活が、んなうまく行くと思ってるのか?お前みたいな、平気で他人に偏狭な価値観を押し付けられる様な人間ならそう思ってるだろうなあ?」


 イケメンの、僕を馬鹿にした様な表情は変わらない。案のじょうそう思っている様に、他人の心がロクにわからない僕には感じた。

 僕の言葉を全て聞き終わった後、イケメンは心底しんそこうんざりきわまった事を顔で示して言った。

「わかったよ。わ〜かったよ。オマエのリクツはよ〜くわかったから、オレも一緒に付いていって謝るから、とにかくクラスに戻って、『僕はあなたたちクラスメイト全員に迷惑をかけました。今まで本当にすみません』って、謝りに行こう。それか、アレか?オマエがさっき言った『ボクは××者です。××者様に向かって周りに配慮する様に努力しろとはナニゴトだ!』って言ってやるか?」

 もうたくさんだ。もう無理だ。僕はもうこのイケメンの言葉が聞き終わるや否や、少しでも手伝うのを止めてそのまま帰る事と、をやる事を決心し、自分がいつも歩く時にやる様に、ぼっち特有の足音を極限まで立てない歩き法を使って廊下を駆けて行った。


 イケメンがもう追いかけて来る事は無かった。

 僕は塩辛い涙を流した。

 もう僕はダメだ。ダメなんだ。この世では生きていけない……

と世界の終わりの様な事をついには思った。

 そうしている内に、いつものトイレに着く。


 僕は、個室のトイレに入るや否や、安心して、今まで我慢してきた感情が爆発して、過呼吸になった。荷物の中に紛れていたビニール袋を、ぐ様口に当てる。

「大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。僕は大丈夫だ」

 僕は言霊ことだまの呪文じみた事を唱えて、それを収めようとする。しばらく息を止めて、ちょっとの間だけ、過呼吸になった息を吸い込む。これを繰り返した。やがて過呼吸は止んだ。

 僕は、いくらか物思いをして精神を整えて、しゅうぜんで取り乱さない程度には気持ちを落ち着かせた後、さっきイケメンの言葉を聞いて決心した通り、その足取りのそのままに校門を出た。


 帰りの会が終わっていない事など、僕にはもうどうでもよかった。脳内物質に満ち溢れて無敵となった僕が、もう後に懸念する事は無い。

 校舎が見えなくなってからは、足音を立てないで歩いていたのと打って変わって、ずんずん、ずんずんと歩いた。かと思うと軽やかな足取りにもなった。どちらにしても、常にわくわくした気分で歩いていた。鼻歌なんかも歌っている。今日で懸念事項の全ては解消されたのだから、僕が心配する事は、もう一切無い。何も無いんだから、今日は、めづらしく自然観光でもしに行こう。


 きっと、今日は人生の中で最も素晴らしい一日になる。

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