最後の日

最後の日

 リノは作業部屋でほうけていた。夢みたいな一夜だった。僕はクリスにとうとう手を出してしまって、それでもクリスは僕を抱いてくれた。セルシアさんのあれ、多分最初は狸寝入りだったよな。でも、おかげで正気に戻れた。二人で愛しあうやり方を選ぶ余裕ができた。まあその後も何度か怪我はさせたけど、あの位ならプレイの範疇だろう。

 さて、どうしようね、明日は。この記憶までを保存して、モジュール化して、この体は捨てようか。でもなんだかもったいない気もしてきたんだよな。せっかくクリスに愛してもらえた体なのに、捨てちゃうなんて。

 とりあえず準備はして、決行するかは、土壇場で考えよう。僕はそう保留して、リノモジュールを完成させた。


 武闘会が始まった。

 〈剣の仲間〉のレオン君は、どうやら視覚妨害をカミナに邪魔されずに使いこなせるようだった。それは問題ない。妨害対策ナノマシンを会場内に充満させた僕の敵じゃない。セルシアさんは多分、聴覚の方なんだろう。スキャンデータを読む限り、元々あの人は素の状態でも聴覚が著しく発達していた。そして今のところ、魔法を使って勝つようすはない。普通に剣の腕も立つ。

 クリスの持っている剣豪データ、こっそり僕にもコピーしておいて良かった。ただ疾いだけでは恐らく無駄に動きまわらされて終わるところだった。

 僕とクリスのブースト機能は、たいていの試合を一瞬で終わらせた。予選の試合に掛かった時間で決勝トーナメントの配置が決まる。一位がクリス、二位が僕。だからトーナメントでは決勝まで僕とクリスは当たらない。そして、セルシアさんは順調に行けば準決勝で、僕と当たる。

 絶対に負けたくない。

 レオン君が準々決勝で、新技を見せた。視覚妨害ではなく、影分身。自己の幻影に攻撃を誘導させて、虚を突く技だ。

「あんなこともできるのか……!」

 クリスが顔を引きしめる。僕らは王位継承者用のVIP控室のモニタから大会の試合を見ていた。クリスのブースト機能にはアイシングが必須だから、僕は手を冷たくしながら彼の面倒を見ている。モジュールを十全に動かすための技師の仕事だ、怠るつもりはない。しかしその技だけはしっかり目に焼きつけた。

「あれに対応するには僕の妨害対策ナノマシンから視覚以外の情報を受けとるのがいいね」

「リノなら勝てるってことか……」

「クリスにもできるよ。妨害対策ナノマシンの出力先は運動野に直だから、体が勝手に対応するかもしれないけど。送信先を僕だけじゃなくてお前にも設定すれば反映される。ナノマシンの方の書きかえは間にあわないから、お前の知覚IDを僕のにすり替えよう。それで有効になるはずだ」

 果たして準決勝戦、クリスはレオン君を一方的に追いつめ勝利した。

「リノ、今回もありがとー!」

「こんくらいお安い御用だよ。でもま、まさか僕のナノマシンが会場の空気中に無数に紛れてるとは思わないよね」

 レオン君は恐らくサンリアちゃんの力を使って文字通り飛んで逃げたが、そんなことをしても無駄だった。だって、彼の体を浮かせるその風の中にも、僕のナノマシンが含まれているのだ。

「リノは最高の技師だよやっぱり。知ってた。俺のメンテも毎試合バッチリしてくれたしねー。というわけで抱かせて?」

「馬鹿野郎次僕の試合なんだよ! マスかいて見てろ!」

 レオン君がサンリアちゃんの力を使ったということは、セルシアさんもレオン君とサンリアちゃんの力を使えるということだ。クリスのおふざけに付きあう余裕は、今の僕には無かった。

「えっ!? 見抜きいいんすか!?」

「あー!! 今のは違うやめて同類にしないで」

 完全に余計なことを言った。僕は顔をしかめた。

「おとといの晩は最高だったねー! 終わったらまたセルシアさんも呼んで三人でイチャイチャしようねー」

「地獄絵図やめろ!」

 僕はセルシアさんのことなんか、これっぽっちも好きじゃないのだ。クリスはそのあたり、無神経というか脳天気すぎる。

 僕が溜息をつきながらアイシングを終えようとすると、クリスは僕の腕を引っぱり無理矢理抱きよせて、額に噛みつくような乱暴なキスをし、そのまま耳元で囁いた。

「……おい。セルシアさんに負けたりしたら、許さないからな」

 僕はフンと鼻を鳴らした。

「……負けるわけないだろ。お前の相方はこの国で最強なんだよ」

 クリスは僕をぎゅうと抱きしめた。もうこのまま、離れたくない。呼びだしの鐘が鳴った。



 僕のブースト掛けた攻撃を、セルシアさんは全て捌いていた。

 クラッキングか? しかし、僕の周囲のファイヤーウォールは何も反応していない。

 僕と同じブーストの類か? しかし、スキャン情報には何も載らない。

 そもそも、セルシアさんのデータはおとといすべて読んだはずだ。確かに、この人は異常に耳が良い。でもまさかそれだけで、僕の動きを読みきれるのだろうか?

 ついに僕の剣が押しかえされる。僕は距離を取り、敢えて余裕の表情を見せた。

「驚いたよ、セルシアさん。この僕のブーストに、生身でついてくるとはね。大した聴覚だ」

「やはり、ご存じでしたか。僕くらい耳が良いとね、その人の心の声まで聞こえてくるんですよ」

「……なんだって?」

 読心ということは、やはり盗聴されているのか?

 僕は妨害対策ナノマシンの一部をファイヤーウォールの補助に充てて、周囲の防御を一段階高めた。セルシアさんは何かを聞きわけたのか、少し訝しげな表情を浮かべる。これでも読まれるならもっと防御を上げたいけれど、そうすると妨害対策の電磁スキャンに使っている分が足りなくなる。それはレオン君の影分身をセルシアさんも使ってきた場合に対処できなくなることを意味する。さっきの読心の発言はフカシかもしれない、その為に実際発動しかねない技に対する防衛策を捨てるのは悪手だろう。読心されてでも、立ちむかうしかない。それに僕には、奥の手もある。

 僕が覚悟を決めて打ちこんだ瞬間、バーン! と何かが破裂するような激しい衝撃が頭を襲った。一瞬にして防御モジュールが打ちけしたが、思わず後ろにふらつく。僕には知覚できなかったけれど、妨害対策ナノマシンが僕を動かし、セルシアさんの追撃を防いだ。影分身とは違う想定外の攻撃だったものの、やはり、残しておいて正解だった。

 すぐさま僕は距離を取り、セルシアさんを睨む。

「危ないな……、おい、やってくれたな?」

「おかしいな、そんな反応できるような半端なダメージじゃなかったはずだけど?」

「残念だけど対策済みだよ。音響兵器が使われてそうな入力はカットされるんだ」

「それでいて、僕の声は聞こえてるってわけか。さすがの腕前ですね」

 セルシアさんが顔をしかめる。持久戦を覚悟したのだろう。僕も今ちょうど、そうなるかもなと思ったよ。

 だから、終わらせる。

「次がある以上、お互いにこれ以上の消耗戦は避けたいだろうからね。悪いけど使わせてもらうよ」

「なにを……、……っなん、だ、」

 遠隔操作で、セルシアさんのドラッグパッチを再燃させる。セルシアさんは突然目を回したようにふらつき、うずくまった。

「これ、は……ぐ、うぅー……」

「はい、チェックメイト」

 僕はセルシアさんの無防備な首に、トンと剣を置いた。勝利の判定が僕に入る。

「リノ、ちゃん……もしかして、あの時の」

「できればこんな勝ち方したくなかったけどね。あなたに負けるわけにはいかないんだよ」

 僕はしゃがみこみ、だらしなく緩んだセルシアさんの顎に指を突っこんだ。口蓋の解除パッチを起動してやる。すぐに正体を取りもどしたらしく、あの温厚そうだったセルシアさんが僕をすごい目で睨んできた。その敵意に自然と僕の口許が吊りあがる。

 ふふ、いまさら気づいたの? お前も僕の掌の上だったんだよ。

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