誰が癒えぬ傷を負ったか

 ついに残すは決勝戦、僕とクリスの試合のみになった。

 セルシアさんはめちゃめちゃキレていたようだったけれど、今はなぜか吹っきれた顔で準備中のフィールドに乗りこみ、雷様の席の隣であの楽器を抱えて独唱会を始めている。

「……なにやってんのさーセルシアさん……これ金取れるやつじゃん……」

 クリスがモニタを見ながらぎこちなく笑う。緊張している。

「良いじゃない、彼らしくてさ。それより、お前の準備がまだ終わってないんだから、もっかいここ座ってよ」

 僕は左手で端末を操作しながら、右手で隣の席を叩いた。

「いいよーリノありきのブーストなんだから、リノと戦う時は無しで当然なんだよー」

「そんなの僕のプライドが許さない。座れ。僕無しでブーストできる様に調整したから。あんまりソース整理する暇無かったから多少僕の声のシステムボイスが聞こえるかもしれないけど」

 ……という建前の、リノモジュールだ。やっぱりお前に入れておきたい。だってこれが、僕の。

「えぇ……愛かな?」 

 そうだね。愛だよ。ごめんね。

「……嫌な愛され方してんね、お前」

 お前はこんなもの突っこまれるとは思ってないだろう。

「リノから愛されるならどんな愛され方でもいい!」

 クリスはそう言いながら素直に僕の右に座った。

「……ふーん」

 その言葉は、前も聞いたな……。初めてブーストを使ってクリスを持ちあげて、僕がクリスに力で負けなくなった時。僕の愛はお前が想像しているよりいびつで、あの時のクリスにはとてもじゃないけど晒せなかった。

 今は違う。おととい僕達は初夜を迎えた。本当の欲望を剥きだしにして、互いを征服した。どんな愛され方でもいいっていうお前の言葉を、今なら信じられる。だから、良いよな? これから僕がしようとしていること、許してくれるよな?

 そういえば、愛してるって、まだ言ってないね。言うならやっぱり、別れの時かな。


 決勝戦が始まった。

 ごめんね、クリス。やっぱり僕は、お前が苦しむさまが、どうしようもなく好きみたいだ。クリスがブーストを使いつづけると、発熱量が激しいために顔が上気し、汗だくになって、息も上がり、見苦しいったらない。実際には完成している冷却機能を起動してやらなかったのは、そのざまを見たかったからだった。

(雷様のお気にいり。僕の事が大好きなクリス。僕の光の英雄)

 このみっともない彼が優勝し、そのまま次期国王に登りつめる姿を見てみたかった。これが普通の武闘会なら、十分にありえる未来だった。

 しかし、賞品があの、雷の剣だった。

 その行く先はつまり、名誉の死。

 あるいは、本当に剣の使命を果たす時が来ているのかもしれない。優勝して、雷の剣を得て、世界を救う旅。

(……冗談じゃない)

 握る剣に力が籠もる。なにもかもカミナの思い通り、なにもかも自分には与えられない。あいつのせいで僕の人生いつまでもこうなのか!

 クリスはまだ体力に余裕はあるが、それでも苦しそうだ。こっちは体力がない分、思考の余裕が無くなってきている。

 一旦距離を取らなければ。そして、どうするか決めなくては。

 クリスの剣を弾き、彼の胸を蹴りとばし、そのまま後方に宙返りして離れる。クリスの目は真剣だ。私情を挟まず純粋に、この勝負に打ちこんでいる。それはまさに、素晴らしい英雄の素質だった。


(……だったらやっぱり、最大限傷をつけてやるくらいしか。僕が最期にできる贈り物は僕なりの愛で……そして僕が最期に貰う贈り物は、お前の絶望だ、クリス)


 クリスの攻撃が大振りになってきている。さすがに冷却無しでここまで稼働させるのは無理がある。これ以上戦わせると、医療モジュールがブースト機能を排除しにかかるだろう。

 僕は剣に圧されたフリをして、わざと一瞬前をがら空きにしてみせた。クリスが迷うことなく突っこんでくる。


(馬鹿だなぁ、お前。こんな罠に引っかかるほど、限界だったのか?)


 僕はふわり、と両手を広げ、ほほえんだ。

 クリスの剣が僕の胸を刺しつらぬく。

「……っあ、やば」

 水を打ったような静寂の中、クリスが声を上げた。怯えているね、可愛い子。大丈夫、そのままおいで。僕はブーストを効かせたままクリスの両腕を掴み、引きよせる。

 クリスの左腕のツボを圧した。そこは仕込んで眠らせておいた、ブーストの冷却機能を稼働させるポイントだった。

 クリスは突然冷水を被ったように顔面蒼白になった。冷却機能のせいだけではないだろう。

 僕はほほえんだまま、クリスの剣を抜かずに自分の首の方に力ずくで押しあげた。内臓が、上下に切りはなされる音。

 そのままクリスの手にキスをする。

 ぐ、がは、と声を上げて僕はその上から大量の血を吐いた。ふふ、良いぞ、間に合った。最後の舞台装置。僕の喉が治った証拠だ。


「リノ、お前……声が、」

 クリスが僕の声に気づく。

 嬉しい。やっぱり僕のことを一番分かっているのはお前だ。

「……クリス。僕の命の恩人。僕の英雄……」

 声が震える。本当は淋しい。でも、僕は決めたんだ。今度こそちゃんとお前の前で死ぬって。今度はお前の手で死ぬって。お前に、僕を殺させてやるって。

 離ればなれになるのは嫌だから。こんな運命、嫌だから。こんな世界で僕一人が生きるのなんて、絶対に、嫌だから。

 僕はお前の消えない傷になりたいんだ。


「愛してる、ぐっ……、ありがと、」


 担架が運ばれてくる。クリスは周囲などお構いなしに、僕から手を離さなかった。僕も、クリスの手を離せなかった。体の力がどんどん抜けていくけれど、この手はとても温かくて、優しくて、僕を抱いてくれた、あの手で。

「リノ、おい、早まるな、やめろ……」

 泣いているね、クリス。その顔、大好きだよ。最高の贈り物をありがとう。あとなにか言っておくこと、あったかな。


「……今まで……、黙ってて、ごめん……」

 色んな意味で、ね。


 僕はとても面白い冗談を最期に言えた気がして、幸せに包まれるみたいに、笑顔で目を閉じた。

「馬鹿……、馬鹿野郎ーーーッ!!!」

 クリスの声がかすかに聞こえる。

 ああ、そうだ。僕は天才で、馬鹿野郎だ。

 あいつの世界から逃げたくて、でも結局、

 あいつと同じ土俵で勝って出しぬきたい気持ちを抑えられなくて。

 大好きな人と、死ぬまで一緒にいたくて。

 なぁ、カミナは、少しでも傷ついたかな?

 お前はどれくらいの傷を負った?

 滅多に見られない、お前の焦る顔、絶望する顔。

 もっと見ていたかったんだけど、

 死ぬ時って案外瞼が重くてさ。

 最後に聞いた声、どんなだった?

 お前に愛を囁くための、とっておきだったんだぜ。


 みんな、僕のこと、ずっと覚えていてくれるかな。


 リノ・カミナリノじゃない僕、リノ・ライノの名前を。

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