混ぜるな危険
三人は店を去った。この後雷様に会いにいくらしい。あの三人が、恐らく国外の〈剣の仲間〉。サンリアちゃんは不思議な形の剣を持っていた。レオン君の剣は普通の片手剣のようだった。セルシアさんの剣は見当たらなかったけれど、あの大きい楽器が怪しい。三者三様で面白い。僕のクリスが巻きこまれないなら、気軽に応援できたんだけどね。
僕はクリスに、あるオモチャを渡すことにした。武闘会で危険なのはきっとセルシアさんだろう。あの人の情報が欲しい。なんとかして武闘会の前に、あの人を解析してやる。
その夜、クリスが帰ってきた。珍しく歌なんか歌っている。
幸せな国とはなんだろう
事故や病気は無くなろう
それでも闇は残るだろう
雲の上でもまだ足りぬ
これより上は堪えられぬ
陽の眩しさに目が灼ける
夜の冷たさに手が凍る
求めるほどに逃げてゆく……
「聞いたことない曲だな。どうしたの?」
「これはねー……さっきセルシアさんが即興で作った曲。なんか、頭に残っちゃったんだよねー」
「なるほどね……」
この国に来たばかりだというのに、なかなか正鵠を射ている。詩人としては有能なようだ。
「……クリス。セルシアさんってどんな人?」
「んー、お金貰えるならなんでもしてくれそうな人」
「ひっど……」
「本人が言ったんだよー! そういう商売だったんだって」
「それでお前がコロリとやられたワケね」
「……リノちゃん、妬いてます?」
クリスがまた僕に抱きついてくる。僕は忙しいってのに。
「妬くわけないだろ。お前が誰と遊ぼうと妬んだことあった? 女の子なら僕にも友達とか紹介しろって思うけど、野郎はいいよ、興味ない」
「俺のことは大好きなのにね」
「体の関係は持つ気はないけどね」
「……大好きなのは否定しないのか?」
「否定してほしかったの? 相変わらず変態だなお前」
「酷くない? でもそんなリノちゃんが好き」
「じゃ、僕のことが好きなお前に頼みがある」
「ええ!? なになに、なんでもするよ!」
僕はプリンタでドラッグパッチを三枚出力してクリスに渡した。
「これ、機を見てセルシアさんに使って? 僕に頼まれたことは内緒ね。どうせあの人誘って遊びにいくでしょ、お前」
「う、うん……それはまあ、行こうと思ってたけど……。これ大丈夫なやつ?」
「いや? まだ新しくて医療モジュールも対応できてない、法規制されてないだけの、バチバチにキマるやつだよ。三枚あるのは抵抗された時のための予備。使ったら介抱するとか言ってここに連れこんで。僕はあの人の情報が欲しい」
「……割と倫理観無いよね、リノちゃんって」
「やだなぁ、それは僕とお前だけの秘密だぞ?」
クリスに上目遣いでウインクしてやると、クリスはぎゅっと目を閉じた。
「……もう何も見ない。今の絵を俺の墓場まで持っていく」
「あー、もうやだこの馬鹿……」
僕は目を閉じたままのクリスの唇にキスをした。クリスがぱっちりと目を見ひらく。
「えっ、今口に……」
「ほら、今のが報酬。先払いだから、よろしくね」
うおーっ!とクリスは吠えた。
僕はしまったなぁ、と思った。
リノモジュールの準備を始めてから、クリスに触れたくてたまらなくなっている。確かに以前の僕なら好きだとか簡単に認めなかったし、キスやサービスもしなかった。弱気になっているのだろうか。やっぱり一度だけ、抱かれておくか?
クリスは森の調査を終えたらしい。森の拡がり具合を計算して、あと何年持ちそうかを雷様に報告したと言っていた。そして大会一週間前に、そろそろセルシアさんにカマしてくるぜ!と意気揚々と作業部屋を出て、そこから四日、帰ってこなかった。
さすがに四日は長すぎる。え、もしかして、失敗した?
五日目、僕はクリスのボディメンテモジュールを呼びだした。酩酊状態だ。慌てて迎えにいくと、クリスとセルシアさんは二人とも全裸で虚空を見つめながら薄暗いホテルの廊下に放りだされていた。僕は状況を察した。クリスお前、予備を自分に使ったな?
「あーあ、ガンギマリじゃん。数日でこんななる? 普通。勘弁してよね」
僕はとりあえずセルシアさんにヘッドセットを被せなおした後、クリスとセルシアさんの口の中に指を突っこみ、上顎にドラッグと対になる解除パッチを注入した。
「──っ、あー……効いたァ…………」
クリスが呻く。
「だっさいなぁ……」
僕は鼻で笑ってやった。お前までそんな醜態晒す必要無かっただろ。するとクリスはガバリと僕に抱きついてきた。いつものこととはいえ、全裸はキツい。
「うわっ!? ちょっと、もう大丈夫なはずだよ! まだおかしいフリなんて通用しないからね!」
「分かってる、愛してる、リノ、んちゅー」
「うわーやめろー! 臭い! 汚い!! 水風呂で頭冷やせクソ野郎!!」
僕は気づくとクリスを床に叩きつけていた。
「こらこら……僕の前でイチャイチャするのやめてもらえますか……」
セルシアさんが力無く笑う。今のがイチャイチャに見えた? こいつも頭大丈夫か?
「おにーさんもだよ……何がどうなって二人素っ裸でこんなとこにポイされてるんだよ……」
白々しく心配してやる。いや、なぜ全裸なのかは素直に謎がすぎるけれど。
「女の子達と楽しく遊んでるところで何か多分食べた? 飲んだ? 吸った?かして、そこからはちょっと自信ないです」
「無防備!!」
「いやー、うん……次から気をつけますね……」
「ラリッてるセルシアさんもーさいこーだったよぉ」
「……こいつの仕業?」
いちいちクリスがカンに障るが、セルシアさんの信用を得るためだ。ちゃんと芝居は続ける。
「あー、んー……まあそうかも?」
「なんか……ごめんね……。こいつに入れてあるモジュールがあんまり長いこと酩酊状態示してたから来てみたんだけど。もうちょい早く来るべきだったか」
「なーに、心配してくれたのー? リノも混ざるー?」
地面にひしゃげたクリスが手を延ばしてくる。お前、本来の目的を忘れていやしないか? ふざけてるんじゃないんだよ。
カラン……
と鐘をひとつ鳴らし、冷たい目でクリスを見おろす。クリスは我に返ったのか、床で震えはじめた。
「……すんません」
「うん。次うざ絡みしたら捨てて帰るからね」
「ハイ……」
「あと国外の客人に変なパッチ使わないで」
「ハイ……でもセルシアさんが」
「言いわけ無用」
「ハイ……」
これ以上今のこいつに喋らせるとボロが出る気がする。僕はとりあえずクリスを黙らせた。
「大方宿代が切れて部屋から追いだされたんだろうけど……まず風呂に入らないとだからまた一部屋借りたから。ほら二人とも荷物と服持ってそこの部屋入って。さっさとシャワって出てきて」
「あの、リノさん……クリス君と一緒にシャワーはちょっと」
「お前ホントに何したの!?」
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