年上の灰色の男
年上の灰色の男
クリスが変なのを拾って帰ってきたな、とリノは思った。彼がここ数日森に行っていることは分かっていた。クリスに仕込んであるボディメンテモジュールは、僕が見ようと思えばどこに居ても彼の居場所と健康状態を送ってくる。プライバシー? そんなもの、僕の飼い犬には無い。
モルガン工房宛にカミナから一報が入る。クリスが今から連れていく三人の客人に協力してくれ、と。拡張現実が使えないから、ヘッドセットを準備しておいてほしいと。このご時世そんな人間いるのかと僕は驚いた。故障だろうか。モルガン本人は未読無視するつもりらしい。まあ差出人がカミナなのだから仕方ない。クリスが来てから説得させよう。
下が賑やかになった。客人達が来たようだ。ヘッドセットを三つ持って店に降りる。クリスの声がする。
「叔父貴、リノはどこ? 俺はリノに会いにきたんだけどー!」
……もう酔っぱらってやがる。なにかテンションの上がることでもあったのだろうか。声を掛けようとして、客人には聞こえないのだと思いなおした。
カランッ……
鐘を鳴らす。客人達は一斉にこちらを向いた。
オレンジ色の髪の女の子。狐色の髪の少年。灰色の髪の男性。多分女の子と少年は僕より年下で、男性はクリスより年上だ。
あ、でもこいつ、美人だ。見たことのない、ガラスみたいに瞳孔のない銀色の目をしてる。多分こいつにクリスが引っかかったな。相変わらず面食いな奴だ。
「リノー! 会いたかったよー!」
クリスが飛びついてきたのでブーストで受けとめる。百九十センチの巨体で子供みたいな動きをするんじゃない。
「なに、クリス、できあがるの早くない? 師匠、僕にも何か作って。度数は強くても大丈夫、減りの悪いやつで良いよ」
モルガンに注文すると彼は頷き、棚を物色しはじめた。
「クリス、離れてよ。この人達にヘッドセット渡したい」
クリスは答えない。一晩会わなかっただけでこんなにべったりになるのは珍しい。
「……もしかしてなにか、やましいことでもあるの? あの灰色の人?」
僕が問いかけると、クリスは腕をぴくりと震わせた。僕はふん、と鼻で笑ってやった。いまさらこの程度で嫉妬などしない。
「ま、お前面食いだもんね。引きずるからいいよ」
ブーストを掛けてクリスを背負ったまま三人の客人の前にヘッドセットを置く。
「クリス。ヘッドセットつけてって伝えて」
「ヘッドセットつけろって言ってるよー」
客人相手に随分ぞんざいだな、と思ったがクリスなりの処世術なのだろう。こいつはこうやって人懐こくするりと相手のふところに入るのがうまい。三人はそれを聞くとめいめいにヘッドセットを手に取った。なるほど、言葉は通じるらしい。
ヘッドセットの着用を手伝い、キャリブレーションを案内してやる。ヘッドセットを被ったなら、僕の声はもう届いているはずだ。雷様特製パッチを当てると、客人達は嬉しそうに辺りを見回す。外国で自分の国の文字が読めると安心するのだろう。そういう気配りがカミナにできるとは思っていなかった。人間らしいところも残ってるじゃないか。
拡張現実で僕らの公開情報を読んだのか、少年が声を上げる。
「クリス十八じゃねーじゃん!」
「たはーバレたー!」
僕の荷物が背後で大声を出す。
「え、どうして分かったんです?」
灰色の男が少年に尋ねた。
「クリスの顔に書いてあるぞ」
「顔? ああ……なるほどこれか」
「なんでそんなすぐバレる微妙な嘘をついたのよ……」
女の子が呆れたようにクリスにツッコむ。
「実は今日誕生日でさー」
「それも嘘だよ。クリスはそういう奴」
多分、明確に年下だとアピールして灰色の彼に気に入られようとしたんだろうね。
「リノちゃんひどい! 俺は害のある嘘はつかないよー! ただの冗談さー」
「クリスってゲイなのか?」
少年が切りこむ。この子、面白いな。確かに僕らはそう見えてもおかしくない。
「いー!? いきなりなに!!? 藪から棒すぎない!?」
荷物がさっきからうるさい。ここいらで僕のポジションを明確にしておかないと。
「あ、僕は男は嫌です」
「リノちゃんはハシゴ外すのうまいね!? 可愛いね!! 俺もゲイじゃないです。好きな人がたまーに男の時があるだけでーす!」
「さっき僕にナンパ吹っかけてきたのは?」
「せせセルシアさんリノの前で言わないでくれるかなぁ!? それはもちろん! 好みだったからだよ!!」
やっぱりね。僕は肩を震わせた。多分、笑ったんだと思う。で、灰色の彼の名前も覚えた。セルシアさんっていうんだね。
その後も会話は続き、ようやくクリスが荷物役をやめた。ふと気づくと、レオンという名らしい少年が僕のことをじっと見ている。クリスもそれに気づいたようだ。
「あー、レオン君もリノに惚れちゃったー? サンリアちゃんに怒られるぞー」
「ちっ違えよ! いやサンリア関係ないけど! どうやって喋ってるのかなって気になっただけだ」
「ああ、僕はほら、喉を怪我していてね。声が出せないから会話モジュールをインプラントしてるんだ。脳内のニューロン活動をスキャンして言語化して電子音声出力に送信してくれるやつ。僕は技師だからいろいろモジュール作っては自分の脳で試してるんだよね」
ニューロンの下りは嘘だ。モジュールに全置換しているなんて、この国でも言いふらせることではない。他国の人間なら、尚更だ。
「喉、治せばいいのにねー。リノは頑固なんだよー」
そりゃ、この傷はお前との絆の証だからね。治すわけない。
「治す必要性を感じないんだよね。脳スキャン即出力だと、音声出力よりも余程高速にマルチタスクにこなせるから。この会話だって実際かかってる時間の半分くらいで脳の出力は終了してて、君達のヘッドセットの調整やお酒の味に意識を傾けることができる。むしろ皆こそ僕の真似をすればいいのにと思うよ」
これくらいの嘘、僕には何の苦でもなかった。
「はー……ん、すげえなー……」
「レオンはご覧の通り、口より頭の回転の方が遅いからきっと意味ないわね」
サンリアと呼ばれた少女が笑いながら言う。ヘッドセットの下から顎を指で支えていたセルシアさんが口を挟む。
「原理は分からないけれど、でもそれって、会話の途中で相手の反応や不測の事態で声を潜めたりトーンを変えたり中断したりはできるんです? ああ、できそうかな、考えさえすれば上書きされるのかな。でも、やっぱり歌とは相性が悪そうですね。歌は自分の声が体を震わせることや相手と響きあいリズムになることを楽しむものですから。
せっかく耳に届くのは鐘の音よりも美しい声なのだし、ぜひ治せるなら治していつか僕と一緒に歌ってほしいな、金糸雀と見まがうあなた」
おおっと、セルシアさんはそういう奴か。僕は一歩たじろいだ。そういえばこの人、大きい楽器らしきものを背負っている。歌唄いに偏見はないけれど、とりあえずこの人は貞操観念の低いタイプらしい。
「流れで口説くな!」
サンリアちゃんがセルシアさんに肘鉄を入れる。
「まーたリノがモテてるよ。妬けちゃうわー」
クリスがなぜか自慢げに僕の方を見る。なんだその顔は。
「なんで男しか寄ってこないのかなぁ、このお店のせいかなぁ」
「おいおい、俺の店辞める気か?」
モルガンが片眉を吊りあげる。
「冗談。師匠から離れたら面白い仕事絶対減るもん。追いだされても居座るよ」
これは本気だ。ただ、もしかしたらもうすぐ死ぬかもしれないけど。その準備をしていることは、誰にも内緒だ。
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