別離の兆し
武闘会に臨む
リノはブーストモジュールの改良に注力しはじめた。今まではリノと、せいぜいクリスのためだけのモジュールしか開発していなかったが、公開するとなれば万人に適合するモジュール製作が必要になる。彼は今まで稼いだ資金を使ってサーバー群を作業部屋に整備した。それから、琥珀宮に一度帰ると言ってクリスを仰天させた。
「なんでそんなに驚くんだよ。僕の実家だぞ」
「いや、そうだけど……大丈夫か?」
「なに? もう全部処分されてるとか? それならヘコむけど」
「いや、そんなことはされてない。全部いつお前が帰ってきても良いようになってる。人も最低限だけど配置されてる」
「……お前詳しいな?」
「な、何もしてねぇよ!?」
何をしたとは聞いていないんだけど、まさかこいつ、僕の部屋で。リノは軽蔑した視線をクリスに投げた。
「……作業部屋ではするなよ。僕がこれからも住む場所なんだからな」
「うん……」
クリスは遠い目をしている。こいつ、ここでも既にやったのか。いつの間に。馬鹿なのか? 馬鹿だったな。
「心配要らない。琥珀宮に戻るのは僕が二年前まで使ってたマシン群の回収だ。作業部屋の僕のベッド片づけてそこに置く。僕はお前のベッドで寝ればいい、二つもかさばって邪魔なだけだ」
「……せめて片づけるベッド逆にしない?」
「変わんねぇだろ。何がせめてだよ」
「ダメだよー! 俺のベッドでお前が寝るのはなんかダメ!」
「いや分かんねぇよ……日当たり的にも動線的にもそっちの方が良いんだけど」
「じゃあ俺がベッド交換するから。片づけるのも俺がやっとくから。」
「なんで……」
「大丈夫だから!!」
まあ、僕としてはどっちでもいいから、クリスがそこまでこだわるなら任せよう。リノはクリスを放置して琥珀宮に向かうことにした。
二年半ぶりの琥珀宮。さすがに少し勇気が要ったものの、リノを見て主人と判らない人間は置かれていなかった。
「そのサーバーも運びだして。この端末は僕が自分で持っていく。それからそっちのシミュレータと……」
『リノ、戻ったか』
リノが指示を出していると、入口から声を掛けられた。否、これは転写だ。リノの会話モジュールのようなものだ。
「……父様」
リノが振りかえると、部屋の入口に初老の男性アバターが立っていた。威厳だとか神っぽさだとかに振った、父の対外用の姿だ。本来の姿はもっと若い見た目をしている。
『大きくなったな』
「父様は相変わらずのようで」
『それはまあ、そうだろう。私が変わるのは不都合しかない。……今そちらに向かっている。この後時間を取れるか?』
「あんまり時間は無いよ。クリスを待たせてるんでね」
『クリスには伝えておこう』
リノは明確に顔をしかめた。そういう立場だと分かってはいたけれど、僕らの間の約束に越権行為をしないでほしい。神と人じゃなく、父と子として。
「……なんか用なの」
『親子三人で話す機会も必要だろう』
「ああ……そう」
母様もいるんじゃ、仕方ないな。リノは諦めて、自室での作業をさっさと片づけることにした。
兄と言えるくらい見た目の年齢が近くなってしまったカミナに連れられて、リノは金剛宮に足を踏みいれた。応接間に、白髪の混じりはじめた母、リンスが座っていた。
「リノ……! 大きくなったわね!」
「二年半ぶりだね、母様。背伸びたでしょ」
「そうね……、……」
母の視線がリノの喉に、遠慮がちに釘づけになる。
「母様、心配かけてごめんなさい。でも、僕にはこうする必要があったんだ」
「ええ……クリス君から聞いているわ。守ってあげられなくて、ごめんなさい」
母の目が潤む。リノは慌てた。傷つけたのは自分。親不孝なのは自分なのだ。
「良いよ。僕は今、生まれてから一番自由で幸せだから」
「そうなのね。兄さ……モルガンはあなたに何か師匠らしいことはしてるの?」
「いろいろ仕事は貰えてるよ。そろそろ自分のブランド立ちあげようかと思ってる」
「応援してるわ、リノ。私もカミナも、いつでもあなたのことを応援してるから」
「ありがと」
カミナも頷いたが、リノは母親にだけほほえんだ。この母にとっては息子は僕一人、当然そうなのだろう。父にとってはどうかな? 何百人といただろう過去の子供達の中で、名前を覚えてもらっていただけで驚きなんだけど。いや、そりゃほぼ機械なんだから、記憶は確かなんだろうけど、僕の人格まで区別できているとはあまり思わなかった。
「そうそう、クリス君から聞いてる? あの子、次の武闘会に出るつもりらしいわよ。あなたはサポートに入るのかしら」
「え? 聞いてないよ。なんだあいつ抜けがけしやがって。それなら僕も出るよ」
「リノは……やめておいた方が良いんじゃないか?」
カミナが口を挟む。僕の体格は確かにお世辞にも良いとは言えない。身長はクリスより二十センチ小さいし、筋肉も最低限しかついていない。だが、筋肉量だけで勝ち負けを判断するなんて、野蛮な地上人類のすることだ。
「なんで? 僕、強いよ。なんも鍛えてないけど平気さ。僕は一級技術士なんだから。武闘会までには仕上げるよ。いつ開催なの」
「開催時期も知らずに出るなんて言う奴がいるか。……少し外せない予定があって、早めた。七月だ」
「もうすぐじゃん!?」
「その頃に、遠方から客人が来るのだ。彼らは若いが、才能がある。剣の才能というより、魔法の才能だ。だからぜひ武闘会に出場させたいと考えている」
「魔法……ねぇ」
確かにこの父は神様で、そういう概念を持つと聞く。しかしつまりそれは、未知の技術ということだ。技師としての父は恐らく、武闘会で戦わせ、他国の技術を盗みたいのだろう。
この世界では明確な国同士の潰しあいは絶えて久しい。だがそれは国同士の争いが無くなったことを意味しない。各国は折衝が上手くゆかず一触即発になった場合、一人、戦士を相手の国に送り込む。それ以上の戦力は出さない。個人同士の戦いに、国同士の趨勢を仮託するのだ。それはまるで古代における騎士の一騎打ちだった。
武闘会はつまり、その騎士を選出するための神聖な儀式だった。戦士達はどんな状況にも知恵を振り絞り、どんな手を使ってでも相手に勝つ力が求められた。とはいえさすがになんでもありでは危険すぎる。故にカミナの力で妨害行為は防がれるし、武器は近接武器一つだけ、医療モジュールが無かったら死んでいたと審判が降りた時点で敗北、と定められている。それでもそこで勝ちぬいた者は国を代表する戦士だ。クリスの父親もかつてそこで優勝し、次の武闘会で代替わりするまで実際に戦士として戦っていたことがある。現国王は戦士として敗北する前に国王となり、今に至っている。
クリスを次の王にさせるなら、優勝は必須だった。
「父様がそう言うってことは、その人達、国外の人だね?」
「そうだな。詳しくは言えんが。ただ、この近隣諸国ではない。だからこそ招きいれる価値がある」
「理解できたよ。その解析、僕がやる」
「やめろ。お前にそれは許可しない」
「なんでっ!」
突然の否定にリノは憤った。
「これは国の問題だ。お前は参戦するのだろう。であれば、度を超えた解析行為は妨害の一部だ。許可するわけにはいかない」
「……そう……」
リノは素直に引きさがった。確かに興味はあったが、それは自分がやらなくてもカミナが十全にこなす仕事だろう。それならば自分は出場者としての権利を剥奪されない程度に止めておこうと思った。例えば、武闘会が始まる前なら、やりたい放題だよな?
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