天才の所業
クリスが配置換えしたリノのベッドで寛いでいると、リノが帰ってきた。カミナに引きとめられたからだろうか、かなり機嫌が悪い。
「おいクリス、武闘会に出るらしいな」
違った。俺のせいだった。しまったという気持ちが顔に出たらしく、リノはこちらを睨みつけてくる。
「……早いうちに言おうとは思ってたよ? 俺も日程聞いて参加するって申しこんだとこだったんだ。リノに隠すつもりなんか無かったよ」
「昨晩でも今朝でも幾らでも話せただろ。お前の参戦を母親から聞く僕の気持ちにもなってみろ」
「ごめんなさい」
ここは素直に謝るに限る。リノはたいてい俺の言い分なんか聞かない。自分で自分が悪いと思っていることにはあまり言及せず、自分に非がない箇所だけを非難してくる。だから俺は謝るしかない。全く、賢くて我儘なお姫様だ。
「まあいいよ。僕も出ることにしたから。それまでにブーストを仕上げる。稼働時間と出力を伸ばして、体の負担を減らす。医療モジュールとの勝負はしたくないからな」
「マジでか……モジュール妨害受けたらどうするの?」
「妨害は無いだろ、妨害禁止はカミナの権能だぞ。それに打ち勝つ奴がいるとは思えない」
「分かんねぇぞ? 例えばお前ならできるだろ」
俺がそう指摘すると、リノはしばらく黙ってニヤリと笑った。
「……できる。僕はカミナのモジュールを解析してある。もちろん前回のだから、あいつもアップデートしてくるだろうが、試合が進めば対応できるはずだ」
「ほら見ろ。なら、他にもできる奴がいるかもしれない」
「カミナと、僕の他に? そんな奴この国に……、……」
「どうした?」
突然リノがおし黙ったので俺は先を促した。
「いや、この国にはいないだろうけど。カミナ、国外から客人を呼んでいるらしい。そいつらにも参戦させるって言ってた。魔法を使う連中なんだと」
「ま、魔法……魔法とは、大きく出たな」
「カミナが言うからタチが悪い。あいつ自身が魔法使いのようなものだしな……」
神名、雷様の名の通り、カミナは自在に電場を操る。雷様が存在するからトニトルスのナノマシンは機能を十全に果たすし、雷様が存在しなければこの国は一瞬で無法地帯となる。リノが製作するモジュールも、結局雷様の権能ありきのものが多い。この街の大気中にすみずみまで漂うカミナのナノマシン群。この街では当たり前のように存在するそれは、いまだ他国では再現すらできていない、魔法の技術だった。
俺やリノが結局国外を渋るのもそこだ。例えば医療モジュールは大幅に機能を落とし、体内のナノマシンを治療箇所に移動させることができなくなる。たまたまそこに存在していたナノマシンだけで治療を施すことになり、自然治癒力に毛が生えた程度の機能しか持てない。体内移動の不要な局所モジュール、リノの思考モジュールや会話モジュール、国外に出た時に使うであろう翻訳モジュールなんかは問題ないだろうが、ボディメンテすらままならないのは、それに慣れきった俺達には厳しいものがある。
俺はリノを見た。こいつなら、雷様の権能をいつか完全に解析し、その魔法を技術に落としこめるに違いない。
……そうなった時が、こいつが真にカミナの影から解放される時なのだろう。
「……リノちゃーん、ハピバー」
俺は恐る恐るリノに声を掛けた。最近のリノは機嫌が悪い。武闘会が近づいてきていて、そこをブーストモジュールの発表会にしようと画策しているらしい。俺にも導入して、二人で勝ちあがる算段のようだ。それは確かにきっと最高の宣伝になるだろう。それに向けて今は最後の詰めの段階なのも分かる。でも俺の、いや、せめてリノ自身の誕生日は忘れないでほしかった。
「……え? なに、もう五月?」
「五月どころか六月になりそうだよ〜! 気づいて! ほら! 俺の公開情報! 十九歳になってるよ!」
「ああ、そりゃ僕の方が誕生日遅いんだから僕の誕生日が来たってことはそっちも歳食ってるだろ」
リノはなに当たり前のこと言ってんの?という顔で流そうとする。
「あの……お祝いとか、しませんか」
「していいよ」
「左様ですか」
俺は作業部屋にバースデーケーキとシャンパンの出前を取った。机の上に並んだものを見て、リノが眉をひそめる。
「甘いもんに酒合わすのってシュミ悪いよね」
「去年のリノちゃんは喜んでくれたのに……」
「そうだっけなぁ。とりあえず、はい」
リノが作業部屋の食器棚からグラスと皿、フォークとナイフを取ってくる。一応文句を言いながらも食べてくれるらしい。有難すぎて涙が出る。俺は不平不満を封印して、なるべく手ばやくお祝いを済ませようと決意した。
リノはよほど限界だったのか、いつもの酒豪っぷりが嘘のようにシャンパン一本で眠ってしまった。普段酔いつぶれるのは俺の方だから、なんだかすごく特別なプレゼントを貰った気分だ。陶器のように滑らかな頬は赤く、寝息を立てる唇がとても色っぽい。起きている間はブーストで抵抗されるけれど、今なら悪戯をしてもバレないのでは?
俺はリノの顔に手を延ばした。
パシッと叩かれる。
「……え?」
リノの顔を確認する。熟睡中だ。念の為、顔の死角から背中を触ろうとする。リノの右手が的確に俺の手をはたき落とした。
「どうなってんの??」
眠っているリノとしばらく攻防を続け、埒が明かんと俺は馬乗りになろうとした。リノは眠ったままずるりと起きあがり、謎の態勢から俺に回し蹴りを入れた。側頭部にクリティカルヒット。なにこの生き物。ついに人間をお捨てあそばした? 俺はそのまま半笑いで気絶、もしくは寝落ちした。
翌朝、リノは俺を起こし、面白いデータをどうもありがとうと言った。わざわざそう言うということは、俺はどうやら嵌められたらしい。
「あれ何だったのー?」
「妨害対策のプログラムだよ。僕が知覚できない状態でも体が動けるようにした。眠らされても大丈夫」
「どういう仕組みなんだ……」
「空中に僕のナノマシンを散布したんだ。それで知覚して、体を動かす」
「意識が無くても?」
「うん。便利でしょ」
「便利だけど、ここでは使わないでくれ」
「なんで? あれがなかったらお前、僕を襲ってただろ」
「ぐぬ……、……一緒に寝られなくなるだろ、危なくて」
「ああ……、それは確かに。じゃ、ここでは感知範囲を限定しとこう」
「どこまでがアウト?」
「尻と唇かな」
「気をつけます」
俺は密かな楽しみである毎朝の首筋へのキスを取りあげられずに済んで、内心安堵した。
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