変わらぬ二人
成人認定
「……ナノ技の記事、読んだよ。僕を生かしたのは、お前だな? クリス」
リノがそう言うと、クリスはその場にへたりこんだ。リノには、クリスの絶望が手に取るように感じられていた。この大馬鹿者め、とリノはほくそ笑んだ。やはりクリスはこのくらい僕から離れていなくては。僕の理解者顔して隣に立とうなんて許さない。これ以上お前が隣にいると、僕はダメになってしまう。
言葉を交わせなかった今までの時間は、本当に夢のようだった。全部クリスに甘えて、僕はただ生きているだけで喜んでもらえた。でも僕は本当はもうとっくに、いつもの僕だ。夢から覚めて、こいつの夢も覚まさせて、新しい僕らの関係を作っていこう。
「……読んだのか、リノ・ライノ」
「実は、とっくに読んでいたんだよ。クリス、何をそんなに怖がっているの? 僕はもう半年前に読んでいた。そして今まで何をしていたと思う?」
「半年……、お前……それはお前がナノ技読みはじめた頃じゃ」
「うわぁ、さすがクリス、僕のことは記憶力いいね!」
リノが屈みこみ、クリスの頭を撫でる。手持ち鐘に髪が挟まってクリスはちょっと痛がった。
「じゃあ、お前、なんともなかった……?」
「なんともなかった。だって僕は生まれかわったんだ。クリス、お前が前の僕を殺して、新しい僕を生かした。赤ん坊からやり直したんだ、覚えてるでしょう?」
「覚えてるさ……大変だったしな」
クリスはリノの頬を触った。
「新しいお前、なのか。リノ・カミナリノは死んだのか」
「うん。僕はリノ・ライノ。お前だけのリノだよ」
リノが少し頬を染めてそんなことを言うものだから、クリスは次の瞬間、リノを抱きよせていた。
十五歳になっても可愛くて小さな、俺の天使。今度こそ絶対に守る。思いきりの良すぎる、頭の切れすぎるお前が……死を選ぶことの、二度とないように。
「……リノ。キスしていい?」
「は? 無理、キモい。壁でも抱いてろ」
リノがするりと蛇のようにクリスの腕から抜けだす。
「なんでだよ! 今絶対そういう雰囲気だったでしょ!」
「思いあがんな脳味噌下半身野郎。僕はお前のために存在しているけど、それはお前になんでも許したわけじゃない。セックス相手は外で見つけてこい。僕はお前に抱かれる趣味はない。僕をそういう目で見るんじゃない」
「下の世話までさせたくせに」
「ああ、お前が老いぼれたらお返ししてやるよ」
「そういうことじゃないよ、もー!」
正直に言うと、リノは怖かったのだ。体を許したら、僕を守る最後のダムのようなものが決壊して、僕の人間性は終わる。そんなもの、クリスに背負わせられない。こいつは逃げだした僕の代わりに、この雲の上の世界の王になる男だ。カミナにも気に入られている。僕が安定したら、この部屋を出て、多分数年後くらいにまた開かれる武闘会で優勝して、人気者になって、偉丈夫のカッコいい王様になる。僕はクリスのリノだけれど、クリスは僕のクリスにならなくて、いい。
クリスはリノがリノ・ライノとしてモルガンの店で働きはじめたことをきっかけに蒼天に帰り、しかしちょくちょくリノの様子を見にスラムまで遊びにくる生活を続けていた。じきに高等学校を卒業した彼は成人と認められ、鑑定士の資格を取り、よく言えばフリーランスとして、悪く言えばふらふらと日々を過ごしていた。出自のいい彼は美術品を見る目もあり、リノが彼のために色んなモジュールを作るおかげで透視なんかもできて、鑑定士の仕事に不自由はしなかったが、あまりそれを頑張って稼ぐという感覚は無く、どちらかというと市井のさまざまな人と交際を持ち、その中でなんでも屋みたいなことをしていた。
リノはクリスより先に成人扱いになっていた。卒論を書いて高等学校卒業認定を受け、モルガンの店で働き始めた段階で、年齢に関わらず成人と認められる仕組みだった。一応クリスから国王に話を通して、リノのライノという名乗りを公式に認めさせたことについても、リノ自身は特に深く感謝するわけでもなかった。自身の公開情報なんて、いくらでも改ざんできるのだ。
そんなことより、とリノはクリスを睨んだ。こいつ最近彼女ができたと自慢ばかりだ。僕は店から出ないから出会いなんかほぼ無いのに。店に来るのはモルガンの馴染みのおっさんばかりで、そちらの方面ではなんの楽しみもない。
「僕にも女の子の紹介とか合コンとかないの?」
「えー、うーん……リノはなぁ……」
「なんだよ」
「……俺じゃダメ?」
「え? クリス性転換したかったの? なんだそういうことなら早く言ってくれれば良かったのに」
「違う違う違います!」
クリスは慌てて否定し、後日合コンを設定すると約束した。
が、その約束は果たされなかった。リノの写真を見せた途端、彼女が情緒不安定になり、三日音信不通になったあと一方的に別れを宣告されたとクリスが店で報告して泣いた。そんなヤワな心の持ち主じゃ、クリスには見あわないから別れて良かった、とリノは冷めた目で彼を見ていた。
程なく次の彼女ができた。リノにも興味津々で、今度一緒に遊ぼうと言っているという。リノは嫌な予感がしたが、果たしてクリスの彼女二号はクリスの見ていないところでリノに迫ってきた。あいつ、女をどういう基準で選んでいるんだ? リノは呆れながらきっちり証拠写真を残しつつ、完全受け身で犯されたと、事後クリスに報告した。クリスは面白いほどヘコんで泣いた。
それからクリスはしばらくして立ちなおると、最初からリノと並んで歩いて俺を選んでくれる人を見つければ良いんじゃね?と思いたったらしく、彼の気が済むまでリノは夜の街を連れまわされた。まあだいたい皆リノに寄ってきたし、クリスに寄った女もリノが少し色目を使うとすぐに堕ちた。どいつもこいつもゴミばかりだ。
やっぱりクリス、女運無さすぎないか。リノはクリスに同情した。ほぼほぼその原因は自分にあると自覚してはいたものの、クリスがリノを手ばなすとは思えない以上、クリスの彼女にとっても避けては通れない試練だろう。クリスの好みもだいたい把握できた。顔と、胸だ。そんなだから性格選べてないんだよな、とリノはクリスの絡み酒に付きあいながらこっそり溜息をついた。ま、そのうち、数打ちゃ当たるだろう。セックス相手は外で見つけてこいと言ったのは自分だ。合わない相手とはワンナイトでおさらばして、次を当たればいい。
やがて、クリスはリノの前で自分の女の話をしなくなった。別に遊ばなくなったわけではないようだが、特定の彼女に入れこむことをしなくなったらしい。つまらないな、とリノは思う。クリスの彼女を追いはらうの、楽しかったのに。
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