第3話 違法関所に影が差す

 街道の真ん中を塞いでいる関所へ、商品を満載した馬車が向かっている。

 馬車を操る商人は、前方に見える丸太で作られた雑な関所について訝しげにつぶやいた。


「こんなところに関所があったかな?」


 商人の記憶ではこの付近はどこの領との境と言う訳でもなくて、関所があるのは不思議に感じるが、街道の安全さが高まることは歓迎だと考え直し、直行する。

 その場所自体が危険地帯だとは、思いもしないで……。


 関所にたどり着いた商人の馬車を関所から飛び出してきたゴロツキたちが囲う。


「臨検を開始せよ!」

「臨検だぜぇ!」「良いモン運んでんな!」


 後から出てきた鎧騎士が臨時検査を命じると、ゴロツキたちが商品を引っ張り出して次々と回収していく。


「あのぅ騎士様、これはいったい……?」

「臨時検査の結果、禁制品の密輸が発覚した! お前の資産全てを没収した上で、牢に入ってもらう!」

「そんなばかな……! 禁制品なんて扱っておりませんよ!?」


 商人としても寝耳に水な話に仰天して騎士に詰め寄ると、突然に剣を抜いた騎士が商人を斬り捨てた。


「!?」

「逆上した商人が襲い掛かってきた為、仕方なく応戦! ……片付けておけ!」


 騎士の力で両断された商人を一瞥した悪の騎士は、ゴロツキに死体の片づけを命じ、関所に扮した略奪拠点に帰っていく。


「騎士様おっかねぇ!」

「さっすが騎士様はお手が速い!」


 そんな騎士の命令通りに無念の商人は、新たな犠牲者として穴に放り込まれた。


 

 しかし,このような犠牲者が積み上げられ続けることは許されない。

 悪の騎士にはシャドウナイトがやってくる!



 帝城の秘密区画に有る一室で男一人と女二人が集まっている。

 その質素な一室にはパチパチと燃える暖炉と、普段とは違うピアノが置かれていて旋律を鳴り響かせている。


 白い仮面を着けた金髪の男Rが曲を終え、立ち上がって礼をすれば、同じ仮面を着けた侍女Aとベクターが拍手をして称えた。

 

「ご清聴を感謝する!」

「仕事の話を聞きに来て、ピアノを聞かされるとは思わなかったけど良い演奏だよ」

「ここは完全防音になっていますので、夜間の音楽には最適です。 誰にも聞いてもらえないので、ベクターに披露したのかと」


 思わぬ良い演奏に喜ぶベクターへ侍女Aが突然の音楽会の理由を語る。

 侍女Aの暴露に対して、顔を背けて咳を一つしたRは、楽譜と並べてあった今回の仕事内容の書かれた紙を取り、ベクターに差し出した。


「今回の仕事は、違法に建てられた関所で略奪を働く、悪い騎士の処理だ」


 芝居がかった仕草でピアノの椅子に座り直し、足を組んだRはベクターに命じる。


「帝国の為、悪に堕ちた騎士を狩れ! シャドウナイト・ベクター!」


 椅子の後ろに侍女Aが立つのを見届けたベクターが、仮面の奥で蒼い眼を輝かせて答える。


「了解だよ」



 帝城の裏口から出た影の騎士は、標的の元へと夜の闇に紛れ走り出す。


 夜に眠る帝都の屋根を伝い飛び、疎らな警備の城壁をすり抜けて、街道では石畳に深い足跡の残るほどの凄まじい脚力で黒い風となり、影の騎士は標的の根城としている雑な関所にやってきた。


 今回の標的は騎士が一人と、手下のゴロツキが多数。

 関所を気取っているのか、夜間も明るく松明を灯していて何人かのゴロツキが歩哨をしている。


 そこへ黒い軽装鎧のベクターが近づけば、すぐに騒がしくなり、数人のゴロツキが上等な剣を抜き怪しんで声を上げた。


「こんな夜中に何者だ! 怪しい奴!」


 それに対して紅いナイフを抜いたベクターは切っ先をゴロツキに向けて答える。


「お前達に用がある者だよ」

「なにを~!」

『泣き叫べ』


 突然ナイフを向けられたゴロツキは怒り狂って剣を振り上げ、ベクターへ振り下ろそうとするが急に軽くなった剣を見ると柄しか残っていない。


「えっ? うっ!」


 発動句と共に叫び声をあげた紅いナイフ、鮮血令嬢バッドエンドがベクターの手で剣に食い込み両断したのだ。

 焦るゴロツキだが、影騎士の前で隙を晒した代償は大きく、皮鎧の胸へ口づけの穴を開けられて、膝を突き自らの鮮血に倒れる。


「なんだこいつ!」 「強いぞ?」

「騎士様! 強い野郎にコルテゴがやられました!」

「なんだと? こんな夜中に面倒ごとを起こしやがって……! 高くつくぞ!」


 一瞬の惨劇に恐れをなしたゴロツキ達だが、ボスがやってきた事に安心して建て直した。


「騎士様が来たからにゃ、おめえもお終いだ!」


 騎士の顔を確認したベクターは腰に差していた剣を抜いて宣言する。


「サー・カリスト、お前を騎士の名を穢した罪により処断する」

「シャドウナイトというやつか、だがこの数相手ではどうにもなるまい!やってしまえ!」


 宣言を受けた悪の騎士は手下のゴロツキ達に突撃を命令し、自らも兜の面貌を降ろし、剣を抜いて突っ込んでくる。

 その速さは騎士を超えたもので、その力を得るためにどれだけの悲劇を生み出したのか、計り知れないものがある。


 影の騎士と悪の騎士が剣を組みあってぶつかり合うと、その衝撃を受け止めた地面は割れて、凄まじい金属音が鳴り響く。

 影の騎士は複数人から攻撃されるのを避けるために、組み合いながら細かく移動して悪の騎士を盾にするように動き回る。


「クソ! ちょこまかと卑怯だぞ!」

「複数人でかかってくる相手に卑怯も何もないんだよ!」


 悪の騎士が怒りの声を上げると、影の騎士は当然な答えを返す。

 怒りで大振りになった剣を見逃さずに、影の騎士は受け流した。


「なっ!っぐ!」


 受け流されて地面に叩きつけられた剣が踏みつけられると、無防備な頭に対して渾身の振り下ろしが叩きつけられる。

 金属音が鳴り響き、悪の騎士が被っていた兜は、中心が歪み面貌が吹き飛んでしまった。

 強烈な一撃を食らった悪の騎士は、頭を押さえて部下に任せベクターに恨みの視線を向け、下がっていく。


「アレを使うぞ! お前達、時間稼ぎをしろ……!」

「は……はいぃ!!」


 何か禄でもないことをしそうな悪の騎士を追いたいが、必死のゴロツキに時間を取られたベクターの前に、アレとやらを持った悪の騎士が出てきた。

 悪の騎士が大砲に複数の宝石が付けられた物を抱えてベクターに向けると、砲弾代わりに火炎弾が飛び出して足止めしていた部下に当たる。


「燃えるぅ! っ!」

「戦争用の戦術魔道具だ! こいつで吹き飛ばしてやるぞ! シャドウナイト!」

「戦争用の装備なんてどこから引っ張り出してきたんだよ……!」


 燃え上がって叫び声をあげた部下へ、火炎弾の追撃で慈悲を与えてから、ベクターに宣言する悪の騎士。

 流石に、これには仮面に覆われていない口元に冷や汗を流すベクター。


 戦術魔道具としての威力を十分に発揮して、次々と飛び出す火炎弾に偽の関所は炎上、周囲は火の海に包まれた。




 燃えるモノの無くなった真っ黒な平原跡地で、砲を構え引き撃ちする悪の騎士とそれを追う影の騎士が戦い続けている。


 騎士を超えた二人の戦闘は、戦争と変わらない被害を周囲にもたらした。

 周囲に二人以外動くものは無く、ゴロツキ達は全滅してしまった様だ。


「しつこい! 素直に燃えておけ、この化け物!」

「シャドウナイトに、しつこいは誉め言葉だよ」


 そのような戦闘でお互いに無傷とはいかなかったようで、ベクターのマントは全焼しているし、悪の騎士の砲は先端が斜めに切り裂かれている。


 どんな戦いにも決着は訪れる。


 悪の騎士の砲が魔力切れを引き起こして空撃ちしたのだ。

 

 それを待ち望んでいたベクターは、一気に接近して発動句を唱えると紅いナイフを構えて突き出す。


「『泣き叫べ』鮮血令嬢バッドエンド……!」


 長い戦いに魔力切れを覚悟していた悪の騎士は、役立たずになった砲を盾にしようとするが、それを読んですり抜けたベクターにより、金属鎧の胸に口づけの穴が開き、鮮血の口紅で彩られる。


「金だ……金さえあれば……」


 砲を取り落とし、膝を突いた騎士は自らの鮮血が広がる地面に倒れた。


「君の穢した騎士の誇りは、お金では買えない物だよ」


 シャドウナイトの天誅であることを示す黒い封蝋の手紙を騎士の残骸に送り、一晩で作り出された戦場跡から、危険な砲を回収して立ち去るベクター。



 ここに違法関所は焼き払われた。

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影の騎士 ランドリ🐦💨 @rangbird

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