第23話

 組んだ足の上へ雛鳥を守るように禄花を抱きしめ奏臥が囁く。

「君は自由に君の望むところへ。私は君から離れない」

「……だからどこに塒があっても気にしないのか?」

「いいや」

「?」

「今までなら君、私に黙っていただろう。言ってくれたということは私に隠しごとをするつもりはなくなったということだ」

 それならいい。それだけでいい。

 呟いた奏臥の、禄花の腹に置かれた手へ手を重ねる。

「もう隠しごとはせぬよ」

 岩屋へ降り立った香鵬の背から、奏臥の手を取って下りる。こんな山奥に人など来ない。岩屋へ入りながら抱え上げられ、奏臥の首へ縋りつく。烏帽子を取って袍の襟を止めている蜻蛉を外す。褥へ下ろされ、袍を脱いだ奏臥の袴を解く。単衣を引っ張り早く脱げと催促すると手を掴まれた。

「君はこんな時も躊躇いがなくて困る」

 括袴の下括を解いて袴を脱ぐ。小袖の帯を解こうとして、やんわりと手を退けられた。首を傾げると涼しい顔で帯を解かれ、肩へ手を入れられて小袖が肌を滑り落ちて行く。

「お前もだろう? 兄上の前だというのにそわそわ落ち着かなかったのはどこの誰だ?」

 単を脱いだ奏臥の大口袴の紐を解きながらここ数日ですっかり形を覚えた逸物を撫でる。そこは既に萌して熱を持っている。小袖のみになっていつもの所作からは考えられないほど乱雑に足蹴にした袴が簀子へ落ちるのを目の端で捉える。奏臥の肩を押して仰向けに倒れた腰へ跨って微笑む。小袖の合わせ目から覗いた大腿部の筋肉を眺めて足の間へ割り込む。

「禄……っ」

 萌して頭を擡げた雄蕊を頬張る。温かさと湿り気を感じて身震いした。その振動さえ刺激になって増々口の中で形を変え怒張する蕊を、舌で押し潰すように喉の奥まで咥え込む。禄花の施しに対する奏臥の快感が伝わって来る。口の中で弾けそうなその熱は凶悪なほどの質量なのに、愛しくてたまらない。舐め上げて先芽へ吸い付き、一旦口から出して悠然と弧を描く裏筋を舐める。歯を立てぬよう気づかいながら唇でみっちりと育った幹を食み、張り詰めて突いたら破裂しそうな蜜房へ吸い付く。

「禄花……、っ」

「ぁは……っ」

 口の中で育って行く熱が愛しくて覚えず声が漏れた。ずくずくと怒張した蕊が疼くのが伝わって来る。見せつけるように舌を出してゆっくりと先芽から咥え込んで根元まで舐め下す。口蓋に蕊が擦れて腰がじんと痺れ、先日執拗に舐め吸われた乳首が疼いた。途端に禄花の快楽が伝わったのか奏臥の逸物がさらに熱を増して角度を上げ、口蓋から喉の奥を擦る。暖かく湿った口中で柔らかな舌と口蓋に擦られる淫楽が奏臥から伝わって来て無意識に腰が揺れた。

「ん、ふ……っ」

「――っ」

 奏臥の快感と禄花の快楽、双方向で伝わる感覚を夢中で貪る。熟してたっぷりと水分を抱えた果実みたいに張りつめた蜜房から薫陸の香りが放たれて口の中を満たす。とろんと腹の中に重たい感覚が落ちて、それが射精した奏臥から伝わる心地よい疲労だと知る。音を立てて先端に吸い付き、舌を出したままゆっくり口を離す。先芽と舌の間に唾液と蜜の混じった糸が引く。奏臥の足の間へ仰向けに寝転がって足を広げて見せた。

「ふふ……。ここに入れたらさっきよりもっと気持ちいいぞ?」

 人差し指と中指で蕾を割り開いて誘う。起き上がって覆い被さりながら、きめ細かな白い頬を薄桃に染めて奏臥が言葉を押し出す。

「……っ、君は」

「うん?」

「色がましい……っ」

「あはは……っ、嫌か?」

「好きだ」

「己れもだよ」

 ……入れて? 唇だけで囁くと滾った先芽を押し当てられた蕾がはしたなく吸い付くのが分かった。吸い付かれた先芽が脈打つ。その怒張した蕊がどこまで届くかを覚えた体が疼いてねだって腹の奥が切なくなる。それも全部、奏臥に伝わっているのだろう。粘液で濡れた襞が期待を示してきゅうっと収縮する。

「――っ、ふ……っ」

「あっ、あっ、あぅ……っ」

 一気に奥まで突き上げられて無意識に体が戦慄く。柔らかな内壁の襞を擦り上げられる悦楽、一番奥にぴたりと奏臥の蕊がはまった充足、引き抜かれる時の甘やかな余韻。温かく柔らかな襞に締め付けられる感覚、最奥の、奏臥の形を覚えた禄花が先芽に吸い付く感触、引き抜く時の追い縋る淫らな器官が与える快楽。

 全てが混じり合って溶けて行く。夢中で奏臥の腰へ足を絡めて自ら押しつける。

「あっ、いっ、ひ、ぃん……っ」

 逸楽が溶けて零れたような嬌声と短い吐息だけをだらしなく垂れ流す、身体全体が淫らな楽器になったみたいだ。奏臥の快楽と禄花の快楽が溶けて混ざってどちらのものか分からなくなって、背骨を食い破って脳髄を目指す凶暴なうねりに体を震わせる。指一本動かすのすら億劫になるほどの疲労が腹を中心に全身を満たして行く。少し遅れて下半身で何かが弾けた。薫陸の香りが漂い、襞の中で拍動を感じて奏臥の首へ手を回す。緩く打ち付けられる刺激に内腿が痙攣する。

「は……、ぁ、ぁあ……っ」

 まだ禄花の体は集められたさざ波のように繰り返し揺り動かす悦楽の余韻に翻弄されている。その感覚が伝わるのだろう。奏臥も眉を寄せて治まらない快楽を持て余しているようだ。

「禄花……禄花」

「うん……ふふ、想像以上にすごかったな?」

「君は、本当に……っ」

 潤んだ瞳で額を合わせ、奏臥の頬を両手で包む。

「もっとして?」

 抱き起こされ、向かい合ったまま膝へ乗せられ揺さぶられる。体も頭の中も書き回されるような快楽に思考を放り出す。時間の感覚がなくなるのは今までで一番早かった。丸一日は過ぎただろう。奏臥の胸へ頬を押しつけて独り言つ。

「しかし何故、奏は毒を放たぬのだろう」

 髻も外れた蝋色の髪を撫で梳く。奏臥は目を丸くして、それから禄花の背に手を回す。

「私は毒を自ら摂取していないから、純粋に細胞同士が毒を餌として活動し合っているだけだ。そこで完結している。君がその体になる前に摂取した毒を君の細胞は少しずつ排出しているんだ。そうでなければ、君が体内から出した花や薬草には毒がないことに説明が付かない。君が言ったのだろう? 摂取した水分は肌から蒸散している、と」

「……そんな理由か……」

「おそらく」

 体中の力が抜けて行く。目まぐるしく脳内を行き交う考えをそのまま口に出す。

「と言うことは、だ。無駄なことはせず大量の水を摂取して光を浴びて過ごして毒が抜けるのを待てばよかったことになるじゃないか」

「君がしていたのと真逆の生活だ。どうせ変化した自分の体内で毒がどのように分解されるか知るために致死量以上の毒を摂取したりして無茶をしていたのだろう?」

「そうか、体内で完結して調和が取れているのに外から毒を摂取したからそれを排出していたのか……何という無為な時間を……」

「そのお陰で私は君と出会えた」

「……そうだな」

 全てがそこへ繋がるのであればもういいか。そう思えたのもまた、奏臥に出会えたから。小袖のまま奏臥の胸の温もりを味わっていたいが、そうも行かない。奏臥もさすがに今回ばかりは手早く身支度を整えると、禄花の髪を結って芍薬を根元へ挿して満足気にしている。

「支度せねばな。或誼殿がお前を待っている」

 直垂を着込んで奏臥の頬へ唇を押し当てる。このまま或誼のところへ行くのは何だか惜しい気がして少し思案する。禄花の気持ちを見透かしたように奏臥は腰を引き寄せた。

「少し散策しよう。案内してくれるか、禄花」

「うん。どこへ行く?」

 文字通りこの辺りは禄花の庭だ。岩屋を出て杉の君を見上げる。不意に奏臥が岩屋の上を指さす。

「あの上は?」

「……そういえばうんと昔に一度上ったきり行ってないな。確かそっちから遠回りして行かなければ上れないから面倒で」

 岩屋の左奥、蛇行する細い足場しかない崖を上って行かなければならない。幼い頃に一度、上った記憶があるが詳しく覚えていない。特に何もなかったのだろうと今まで気にしたことなどなかった。

「では、あの上へ行ってみよう」

「うん。少し道が悪いから這蛇で上るか?」

「それでは散策の意味がない。徒歩で行こう」

 時間はある。そう言われてふと思い至る。禄花はすでに百年、そうであったから当然と言えば当然だが奏臥ももう、食事を必要としないのだ。睡眠も食事も必要ない生の時間は長い。その長い時間を十年過ごした奏臥は、それでも穏やかに今、「時間はある」と言う。禄花を狂うほど苦しめたその長い時間も、これからは奏臥と一緒ならば悪くないと思える。

「では行こう。禄花」

「うん」

 危なげなく先を行き、禄花へ手を差し伸べる奏臥の手をしっかりと掴む。少し進んでは立ち止まり振り返り、手を差し伸べる。奏臥の手を掴んで進む、を繰り返す。一刻も進んだだろうか。杉の君を目印に上り、岩屋の上に立って裾野を望む。幹の方は見慣れたその杉の、高く茂った枝葉の部分をじっくり眺めたことはなかった。

「連理木だったのか……」

 覚えず唇から零れた。まるで守るように、慈しむように、背中から抱きしめているみたいに一回り細い木をもう一方の木が包んでいる。まるで手を繋いでいるかのように、抱き込まれた細い木の梢がもう一方の木へと飲み込まれて完全に同化していた。

 禄花が百年見ていたのは、その細い木を抱きしめている方の幹だったのだ。岩屋へ貼り付くように立っていたので死角になっていたこと、根に近い部分はほぼ同化してしまっていたことで気づかなかった。杉の木と同じに奏臥が禄花を背中から抱きしめて耳元で囁く。

「いつかこんな風に君と一つの木になりたい」

 腰へ回された腕を押さえ、頬を合わせる。背中を預けて仄かな白檀を吸い込む。

「うん」

 奏臥の腕の中で体の向きを変え、清雅なかんばせを両手で包む。爪立ちになって額を合わせ、澄んだ若苗色を覗き込む。

「愛しいひとたちを見送って、己れたち二人だけになって、いつか二人とも本当に植物になる日が来たら。一緒に抱き合ってその時を過ごそう。それまでもずっと、己れの傍に居てくれよ?」

「うん」

 いつも通りに短い返事だ。けれどそのかんばせは春の陽射しを受けて融け出した雪の中に芽吹いた花のように、解けて咲く。堪らなくなって奏臥の頬を撫でた。

「お前は本当に、どうしてそんなに幸せそうな顔をする」

「君と居られることが幸せだから」

 奏臥の頬を撫でた手を掴まれ、指先へ口づけをされる。

「禄花は?」

「うん?」

「幸せか」

「己れの最低な人生の百年が全てお前に出会うためだったなら、その価値があったと思うほどには」

 己れのしるべの君。囁いて唇を合わせる。

 私の芍薬。ずっとこの腕の中に咲いていてほしい。奏臥の睫毛が禄花の瞼を撫でる。

「いつまでもどこまでもどんな時も、私が君の帰る場所の標になる。君を待つ。この杉の梢が、百年ずっと君を待っていたように」

「ではこれからはここが己れの家だな」

 背中へ手を回し、奏臥の胸へ頬を押し当てる。仄かな白檀を吸い込んで目を閉じた。

「おかえり」

 短い返事に覚えず声を上げて笑う。百年暮らしても、都も塒も禄花の故郷ではなかった。けれど。

「ふふふ、ただいま!」

 答えると奏臥の手が禄花を抱きしめる。だけど、これからは。

 どこへ行こうと、ここが禄花の棲み処。さぁ。奏臥と二人、どこへでも、どこまでも。奏臥が禄花の手を引いて歩き出す。振り返り、都を目路へ入れる。視線を戻すと杉の梢の影と二人が手を繋いだ影が並んでいる。杉の影は歩き出した二人を見送るように仲睦まじく伸びていた。

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君を待つ梢のように 吉川 箱 @yuki_nisiyama

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