破壊消火
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「アラシア・チェーン中尉。入ります」
ドライバ少将に呼ばれ、<曙>艦内にある少将の執務室にやってきた。
通信ではなく、直接話したいという事でやってきたんだが……何の話だろうか。重要な話なのは確かだと思うが――。
「アラシア、すまないね。急に呼び立てて」
「いえ。交国軍に動きがあったんですか?」
「ネウロンにいる交国軍は、大方片付いたよ」
ドライバ少将は執務室の椅子ではなく、机に座っていた。
そして酒を飲みつつ、少し酔った様子で喋りだした。
「龍脈通信がね。回復したんだよ」
「ああ、やっと通信障害終わったんですか」
界外と連絡するための通信手段。龍脈通信。
広い多次元世界で重要な通信手段が、ネウロンでは使えなくなっていた。管理しているビフロストの奴ら、復旧作業が遅いよ、まったく……。
まあ、通信障害が発生したところで、やる事は変わらない。
ネウロンにいた解放軍は予定通りに蜂起した。他地域の解放軍も蜂起し、ネウロンと同じように戦果を上げているはずだ。
「交国軍、どうなってますか? もう瓦解してますよね?」
「してない」
「え? あっ……オークの真実、通信障害の影響で伝わってないんですか?」
予定では公共放送やニュースサイトをジャックし、交国の内外に広く知らせる予定だった。そっちも通信障害が起こっても断行する予定だったはずだが――。
仮に通信障害の影響で伝えられる場所が限られたとしても、大きな問題はない。解放軍の構成員は大勢いる。交国にはもう、オレ達の告発を止められない。
交国はもう終わりだ。
そのはずだが……ドライバ少将の様子がおかしい。
虚ろな笑みを浮かべつつ、ワインをラッパ飲みしている。こんな時間から酒を飲み、酔っている様子なのがそもそもおかしいが……何かあったんだろうか。
「オークの真実は、交国の内外に知れ渡っている。皆、真実を知った」
「それなら……交国軍もガタガタになるはずでは?」
まさか、解放軍の情報が信用されていない?
初動に失敗したのか。信用されなかったのか。
パイプみたいに、交国を盲信するオークが多かったのか……?
「いやぁ、みんな、
「ドライバ少将……?」
「何せ、
少将が可笑しそうに笑っている。
笑いながら頭を抱えている。
……あまり、楽しそうには見えない。悪酔いしているように見える。
特佐による玉帝襲撃?
なんだそれ。
オークの真実の話が、何でそんな事に繋がる?
「
「は、はあ……。そう、ですね」
「ボクらが蜂起する前から、通信障害が始まっていた! けど、ボクらは予定通りに蜂起して……予定通りに告発した! バカみたいにね!」
「…………」
「けど、あの特佐は
「…………?」
「あははっ! キミの頭じゃ、理解できないよねっ!?」
マジで理解が追いつかない。
というか、ドライバ少将の説明が下手というか……。
ま、まあ、酔っているから仕方ないのか?
「順を追って話してあげよう! あのね、まずね! 特佐が玉帝を襲撃したの!」
「カトー特佐の玉帝暗殺未遂事件ですか……?」
「違うッ!! 襲撃したのは
ドライバ少将は赤らんだ笑顔から一転、机を殴りながらキレた。
「カトーとかいう特佐の事件は、1ヶ月以上前の話だろ!?」
「え、ええっと……」
「僕らが告発する前日に、犬塚銀が動いたんだよ!! 僕らは通信障害の影響で、その情報を仕入れるのが遅れた!! その間にヤツが動いたんだ!!」
オレ達が動く前日に、何故か犬塚特佐が動いた。
しかも、玉帝を襲撃した。
カトー特佐による「玉帝暗殺未遂事件」を防ぎ、カトー特佐を拘束したと言われる犬塚特佐が……玉帝を襲撃した? 何のために?
「犬塚銀は、玉帝を襲ってさらったんだ! 生きたまま、交国中央評議会に連れて行き……ヤツを
「きゅ、糾弾って……なにを……?」
「さっき言っただろォ!? 理解が遅いなぁッ……!!」
ドライバ少将は酷く苛立った様子で頭を掻いた。
オークらしい禿頭を、爪で傷が出来そうな勢いで掻いている。
「犬塚銀は、玉帝を告発して糾弾したんだよぉッ!!」
「は…………?」
「ヤツは、『交国オークの真実』を告発したんだ!
ドライバ少将が何かを放ってきた。
それを受け止める。携帯端末だった。
そこには、交国の公共放送が表示されていた。
交国中央評議会の議場に、玉帝と犬塚特佐が立っている。
玉帝は仮面をつけたまま突っ立っているが……犬塚特佐は眉間にシワを寄せ、その玉帝を問い詰めている。特佐が、玉帝を問い詰めている。
『玉帝……。貴様が交国のオークを軍事利用している証拠は揃っている』
『ええ……。先程、散々見せてくれたでしょう? よく調べ上げましたね』
『交国政府はオークの出生を管理し、
『その通り』
「…………?」
なにやってんだ、コイツら。
え……? この放送、交国本土どころか、交国の外にも放送されてないか?
そんな放送で……玉帝が自ら、『オークの真実』を認めたのか?
玉帝の手下であるはずの、特佐の手によって――。
『ですが、必要な事でした』
『開き直る気か?』
『そう受け取っていただいて構いません。ですが、交国が手段を選ばず戦っていなければ、プレーローマはとっくの昔に人類文明を滅ぼしていました』
『交国の軍事力が……対プレーローマの役に立ったのはわかる。わかるが、その軍事力をオーク達の犠牲によって支えていたんだぞ!? わかっているのか!?』
犬塚特佐は――オークの怒りの代弁者の如く――怒っている。
玉帝相手でも物怖じせず、立ち向かっている。
犬塚特佐が密かに集めていた証拠を突きつけられた玉帝は、「真実」を認めた。交国がオークを軍事利用していた件を、玉帝自らが認めた。
それどころか――。
『交国を支えるためにオークを生産していたのは事実です』
『生産だと……! 彼らは人間なんだぞ!?』
『私の子供のくせに、私ではなく彼らに肩入れするのですね』
『当たり前だッ! 俺と彼らは……
特佐が机を両手で叩き、大声を出した。
交国の敵を何人も屠ってきた特佐が怒り狂っていても、玉帝の様子は変わらなかった。人形のように立ち、淡々と言葉を続けている。
『違いますよ。貴方と彼らでは、製造目的が違います』
『貴様……!』
『それは、貴方だって把握しているでしょう?』
『…………』
『オーク達は前線を走る兵士です。痛みを知らず、糧食の味に文句も言わない。彼らは交国軍の中核を担う重要な戦力です』
玉帝は仮面を外しもせず、淡々と言葉を続けている。
『しかし、彼らだけでは足りない。全体を統括する優秀な指揮官が必要だった』
『それが、俺達……<玉帝の子供>か』
玉帝が頷くと、犬塚特佐は議場にいた部下に視線を向けた。
その部下が端末を操作し、議場のモニターに何かが映し出された。
人間の赤ん坊だ。
ただ、それは培養槽に入れられていた。
ホルマリン漬けでもされているように――。
『俺も含め、「玉帝の子供」は全て
『ええ。ちなみにいま映っているのは森王781号ですね? 犬塚銀、貴方の弟ですよ? 弟のこんな姿を全世界に晒すのはやめてあげなさい』
『貴様は……! 金をかけて
『ええ。貴方達は……<森王式人造人間>は指揮
犬塚特佐達が……玉帝の子供が、人造人間?
何を言っているんだ……?
軍事利用されていたのはオークだ。玉帝も、それを認めている。
『ちなみに犬塚銀。貴方は失敗作だったのですよ』
『…………』
『ただ、そのまま腐らせるのは勿体なかった。試しに末端の兵士として交国軍に投入したところ……貴方は私の予想を超えた』
突っ立って喋っていた玉帝が、ようやく動いた。
パチパチと拍手し、「我が子」に語りかけている。
『失敗作の貴方は、交国軍で兵士としての才能を発揮しました。貴方のおかげで森王式人造人間の評価基準をアップデート出来ました。まあ、一兵士として生産するには資金がかかりすぎるので、一般兵はオークで十分ですが……』
『アンタは、国民も……子供も欺いた』
『そもそも、貴方達と私に血縁関係などない。優秀な個体は「
交国の歴史上、たくさんの「玉帝の子供」がいた。
公に認知されている子供は、交国軍に限らず、要職についていた。
重要な役割を担っていた。
特に交国軍において、玉帝の子供は持て囃された。交国の指導者の子が、親に代わって前線まで来て将兵を鼓舞する姿は、兵士達を喜ばせた。
玉帝自身は危険な戦場に出向かず、「
けど、実際は血の繋がった子供じゃない。
他人の子を養子にしたどころの話じゃない。作られた存在。
国家運営に便利だから、名義だけ貸して利用していただけ。
『――――』
犬塚特佐は机に手をついたまま、目を見開き、俯いていた。
黙って玉帝の言葉を聞いていた。
『――――』
再び顔を上げた時には、その表情から怒りが消えていた。
真摯な表情で玉帝を見つめていた。
『アンタが、俺達を愛していない事なんて……とっくの昔にわかっていた』
『…………』
『けど、ここまでの事をしているなんて……最近まで知らなかった。アンタの不正を調べているうちに……芋づる式に、何もかも……わかってしまった』
『貴方は再び、私の想像を超えてきた。素晴らしい事です。誇っていいですよ』
優秀なのは良いこと。
交国にとって、人類にとって良いこと。
機械のような為政者は、何の感情も込めずに犬塚特佐を評価した。
『そこまでして……戦争に勝ちたかったのか?』
『当たり前でしょう? 負ければ全てが終わるのです』
『…………』
『私は、為政者として必要な決断をした。貴方達が私を責めようが、私は後悔していません。誰かが決断しなければ交国どころか……人類も負けていた』
『…………』
『犠牲を恐れていれば、人類は負ける。私の事なら好きに憎みなさい! しかし、人類を敗北に導くのは許しません!』
ようやく、玉帝が声に感情を込めた。
……本当に込めているのか?
わからない。
そもそも、この状況が理解できない。
オレは……何を見せられているんだ?
『アンタが人類のために悩んで決断したのは、わかってる……! けど、だからといって……こんな風に誰かを犠牲にするなんて、間違っている!』
『…………』
『俺はいい! 俺だって交国を守りたい! 人類を守りたい! アンタの命令だろうが、人類の勝利のためなら命を投げ出してやる!!』
『…………』
『だが、オークを巻き込むのはやめろ!! 人造人間の俺達とは比べものにならない数のオークが犠牲になっているんだろう……!? それはやめろ!!』
『……代案を出しなさい。人類を守るための代案を』
『お前の不正の証拠とは違うんだ。そんなものまで……直ぐに出せるものか』
犬塚特佐は玉帝を真っ直ぐ見つめつつ、さらに言葉を続けた。
『しかし、改革は行ってもらう!』
『…………』
『俺はオークの皆と近しい存在として、貴様と交国政府に要求させてもらう! オークの待遇を改善しろ!! 彼らを軍事利用するなど、俺は許さん!!』
『それをやって、人類を守れると?』
『オークも人類の一員だ! 彼らのことも守るべきだ!!』
『…………』
『俺は、必ず全てを守ってやる! オーク達だけではなく、交国も人類も守ってやる! アンタが「甘いやり方」と批判しても、俺達は……俺達の人権を守りつつ、人類を勝利に導いてみせるッ!!』
『…………』
『皆を守り、プレーローマも滅ぼしてやるッ!!』
「…………なんですか、これ?」
耐えきれず、ドライバ大尉に問う。
なにが、どうなっているんだ。
端末から視線を上げ、ドライバ少将を見る。……少将は落胆している様子だった。何もわからないオレを見て、しらけているように見えた。
慌てて言葉を探す。
「い、犬塚特佐は……解放軍の一員なんですね!? 頼れる味方なんですね!?」
「ちがう。ヤツは玉帝の犬だ」
「いや、でも……犬塚特佐が告発したんでしょ? 玉帝の不利になる情報を」
それも、解放軍が蜂起&告発放送をする1日前に。
オレ達は通信障害の影響でそれを知らなかったが……犬塚特佐はオレ達より早く、交国に
交国はそれだ大ダメージを受けた。
……受けたはずだ。
誤魔化し切れず、認めてしまったはずだ。
「告発したのが犬塚特佐でも、結果は同じですよね?」
「ちがぁう……。1日のズレが……致命的なんだ」
「交国は、告発でガタガタになったはずです! 犬塚特佐がそうした! その特佐が解放軍の仲間じゃなかったら……なんなんです?」
単なる善意の告発者?
そんな馬鹿な。そんなはずない。
何か、裏があるはずだ。
ドライバ少将は「ぐいっ」とワインをラッパ飲みした後、酒臭い息を吐いた。そして、「
「あのねぇ……。これはねぇ、交国政府による
「破壊……消化……?」
「つまり、
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