壊れた抜け殻
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:狙撃手のレンズ
「今日からしばらく、ここがお前らの宿舎だ」
副長に連れられ、基地近くの一角に連れてこられた。
整備長達が残っている宿泊所より小さな建物がある。副長についてきたオレ達は、いくつかの建物に分かれて宿泊しろ――って事らしい。
けど、ここって――。
「ここって、民間人の家じゃあ……?」
「彼らは解放軍の要請で退去してくれた。今は別のところに移っている」
「銃をチラつかせて、脅したって事ですか」
隊員の誰かがそう呟いた。
副長は声の方向を見たが、声の主はわからなかったらしい。舌打ちだけして、建物を指さし、「とりあえず荷物置いてこい」と言った。
仕方なく、建物の中に入る。
入ったものの……前の住民の荷物が結構残っていて、気まずく感じる。解放軍は「交国が悪い」の大義名分を……コイツらにも振りかざしたんだろうな。
オレ達も、もうその一味か。
そう思うとため息が出た。けど、オレ達は本当に解放軍になったわけじゃない。
ガキ共を助けるためには、解放軍兵士の肩書きがあった方が便利だ。
「…………」
グローニャ達と接触する機会を作るには、副長も欺く必要がある。
交国が本当に悪いとしても……ガキ共を
守ると誓ったんだ。
オレは守るぜ。約束を。
「レンズ軍曹。ぬいぐるみの材料とか持って来たんですか」
「ああ、回収して来た」
繊一号から逃げる時、この手の材料や作成の道具を持ち出す暇はなかった。
幸い、何とか回収できた。
「グローニャ達を取り戻した後、必要だ」
「確かに。あぁ……俺もそういう趣味作っておけば良かった」
「今からでも遅くねえよ。一段落したら、何かやること見つけりゃいい」
オレ達はまだ生きている。……スアルタウと違って、まだ生きている。
アイツは……もう、やりたい事できない。
アイツが生きたかった分も、オレ達は頑張って生き抜かなきゃいけないんだ。
「状況は最悪だが、ここを切り抜ければ……きっと、何とかなる。ぬいぐるみ作りみたいな趣味に打ち込む時間も絶対できる」
「そっスね。絶対……そういう時間、また作れますよね?」
「当たり前だろ」
小さく笑みを浮かべた仲間達と共に、荷物を置いて建物から出る。
……建物の外で待っていた副長のところに戻る。
副長も、相当カリカリしているようだ。腰に手を当て、厳しい目つきでオレ達を見ている。……なんでアンタ、そんな風になっちゃったんだよ。
オレ、アンタのこと……信じてたのに……。
隊長と一緒で、頼りにしてたのに……。
「…………」
「とりあえず、お前らは解放軍の兵士として真面目に働いてくれ」
「交国軍に特攻してくればいいんですか?」
「――――。そんなことさせるか、バカっ」
小馬鹿にするような笑みを浮かべつつ、副長に言葉を返した隊員に対し、副長が一瞬……息を詰まらせたように見えた。
けど、次の瞬間には叱っていた。
あんまり……力の無い声だったが。
「…………。機兵とか貰えるんですか? 装備がなけりゃ、仕事は出来ませんよ」
「それについてだが――」
「テメーら雑兵の仕事は、ゴミ拾いだよ! バァカ!」
「…………テメエか、プーリー」
副長の言葉を遮り、知ってるバカが話しかけてきた。
部下を引き連れたプーリーが、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。車で何かを運んでいる途中、通りがかったらしく……車から下りてわざわざ話しかけてきた。
「聞いたぞ、レンズくぅん。お前も解放軍の軍門に下るみたいだなぁ!」
「お前の部下になるわけじゃねえ」
「チッ! わかってるよぅ! けど、テメエらはつく人間を間違えた! アラシアは確かにドライバ少将のお気に入りだが――」
プーリーは「クックッ」と笑った後、汚い笑顔で言葉を続けた。
「テメーらは『ゴミ処理部隊』だ! 解放軍につくのが遅すぎたな!」
「…………」
「ネウロンにいた交国軍の兵士は、もう結構な数が解放軍に加入した! そいつらに武器兵器を振り分けたから、テメエらにやる機兵はねえぞ!? 欲しけりゃ自分で手に入れて来い!」
「ちなみに、お前は何の仕事してんだよ」
正直、あんま興味はないが聞いてみる。
「ハッ! そりゃあ、荷台に乗ってるもの見ればわかるだろッ!?」
「あん……?」
プーリーが近くまで乗り付けてきた車をよく見る。
運搬車だ。……荷台に人が乗ってる。
交国軍人みたいだが、拘束されている。殆どが怯えた表情を浮かべている。
「捕虜をどっかに送ってんのか?」
「その通り! どこに送るかは……ご想像に任せるよ! お前らもなぁ~、もっとゴネててくれりゃ運んでやったのによぉ~~~~!」
プーリーは笑顔を浮かべ、これ見よがしに銃を掲げた。
そして、捕虜を乗せた車に乗り込んでいった。
車が土埃あげながら発進していく中、副長に視線を送る。
「プーリーの野郎は、反抗的な捕虜の処刑部隊……って感じっスか」
「……そこまではしない。けど、お前らが運ばれる寸前だったのは確かだ」
硬い表情の副長は、もっとアレコレ言いたげだった。
けど、視線を切って無視する。
……いま、アンタに「感謝」する心の余裕なんてない。
オレの頭は……グローニャ達をどう助けるかでいっぱいなんだ。
ネウロン限定の話かもだが、ブロセリアンド解放軍は勢いがある。ネウロン旅団は壊滅したと考えていいだろう。オマケに敵には羊飼いがいる。
解放軍と羊飼いを出し抜いて、グローニャ達を救出するのは大仕事だ。……アイツらを助けるためなら、今は……副長に従うしかない。
あくまで、従うフリだが――。
「いま、お前達に与えられる装備は少ない。銃や車両、必要な道具は支給できるが……機兵や船までは用意できない」
副長が説明を始めた。
「さっきの
解放軍はこれから交国軍とやりあっていく。
だから、兵器は多ければ多いほどいい。
外部からさらに取り寄せるらしいが、既にあるものも有効活用していこう――という話が動いているようだ。
オレ達みたいに、ろくな武器を与えられず暇している連中は他にもいるらしいし……そういう奴らを遊ばせず、仕事を与えるつもりみたいだ。
「ネウロンには破損した兵器がいくつか転がっている。星屑隊はそれを回収して、整備兵に引き渡す。それで修理してもらった兵器を受け取る。機兵とかな」
「廃品回収っスか……。まあ、捕虜殺せって言われるよりマシだな」
「乗り気なようで何よりだ」
お互いに嫌味を言い合い、お互いにしかめっ面を交換する。
まあ、実際、比較的乗り気だ。一番良いのはグローニャ達と接触できることだが……とりあえず仕事をこなすしかない。
後々の『準備』を考えると、廃品回収の仕事は都合がいい。
「繊一号市内の機兵類は既に移動済みだが、繊一号の外にまだいくらか残っている。目星はこっちでつけたから、お前らはそこに行ってくれ。それ以外にも見つかりそうなら回収してきてくれ」
そう言い、副長は地図情報の入った端末を渡してきた。
この程度の情報、全員の携帯端末に送ってくださいよ――と言ったが、「交国軍のシステムなんか、ホイホイ使えるか」と返してきた。
「けど、こういうの無いとやってらんねえでしょ。情報伝達が遅くなる」
「代わりの端末もシステムも、近日中に用意する予定だ。お前らが持ってる端末も後々回収させてもらうぞ。交国に位置情報が丸わかりになっちまう」
「メンドクセぇ~……」
「家族の写真とか入ってんスけど……」
「そりゃ交国がテキトーに作った偽写真だ。お前らの顔を撮って、AIが作った家族を合成しただけの偽写真だ。もう捨てちまえ」
「…………」
副長の渡してきた端末を軽く見る。
あまり気が進まず、適当に見たら他の隊員に渡しておく。
「レンズ、お前が皆を仕切るんだぞ」
「は? なんでオレが……」
「オレは他の部隊の面倒も見ているんだ。星屑隊専属ってわけにはいかない」
副長はそう言い、「とりあえず移動するぞ」と言ってきた。
今度は基地に行き、兵器回収用の車両を渡してもらった。こんな作業車だけで回収してこいって……めんどくせえこと言うなぁ。
「作業用のものでいいんで、機兵貸してくださいよ。型落ち品とかあるでしょ」
「そういうのも全部出払ってんだよ。手作業でなんとかしろって話じゃないんだから、これで勘弁してくれ」
「タルタリカに襲われたら、どうすんですか?」
「もう襲ってこねえよ。バフォメットがよく躾けてるから……」
船はともかく、機兵無しで仕事しろってか。
星屑隊も随分とショボくなっちまったもんだぜ。
皆でため息をついていると、副長は「じゃあ、オレは他に仕事あるから」と言って去っていった。オレ達は今日から早速動け――ってことらしい。
「軍曹、どうしますか?」
「真面目に『任務』をこなしつつ、ガキ共の様子とか調べていこう」
大人しく副長を待っている暇はない。
あの人は、もうあんまり信用できねえ。
解放軍の説得も、多分無理だろう。
「回収任務は、テキトーにやってりゃいいのでは?」
「壊れた銃火器をこっそり確保して、後で使うんだよ」
「ああ、なるほど」
ガキ共を連れて逃げるとしたら、荒事になる可能性が高い。
武器はいくらあってもいい。機兵は難しくても、人数分の銃火器は欲しいところだ。あと、車両も欲しいな……。
「隠し場所なら、俺の尻穴使ってください」
「え。やだよ……」
「自信あります!」
「何の自信だよ……」
解放軍はろくでもない集団だが、星屑隊の仲間は頼りになる。
多分……多分、頼りになるはずだ!
「しかし最悪、強硬手段っスか。怖いなぁ~……」
「解放軍に尻尾を振って、交国軍が来た時に仲良く叩き潰されるのがお好みか?」
「そりゃあ……嫌ですけど……」
「やるしかねえよ」
副長が常時オレ達と一緒にいないのは、なかなかに都合がいい。
繊一号周辺の兵器を回収しつつ……グローニャ達の動向も調べる。あと、回収した兵器類は隠して確保しておきたい。銃火器程度は多少、奪えるだろう。
多分、最終的に解放軍とやり合う必要がある。
いざって時の
「武器は何とかなりそうだが……」
「あとは水と食料……。それと医薬品も必要ですね」
「ああ。荒事になったら、ガキ共用の鎮痛剤は絶対に必要だ」
死を感じ取ったガキ共が、バタバタ倒れかねない。
最低限、1回分の鎮痛剤は確保しておきたい。
そんな事を考えつつ、繊一号から出発しようとしていると……繊一号の警備についている解放軍兵士から釘を刺された。
「脱走するなよ。予定時刻まで戻らない場合、脱走兵と見做してタルタリカを差し向ける。逃げ切れると思うなよ」
「へいへい、わかってますよ」
「それと、回収した兵器は全て提出すること。ネジ1本でも隠していたら、貴様ら全員連座で裁いてやるからな」
「へーい……」
心の中で舌打ちしつつ、繊一号から出発する。
出来れば機兵を奪いたいが、機兵を隠し持っておくのは不可能だ。銃火器をパーツごとにバラして隠し持っておき、後で組み立てるのが精一杯かもな。
「ね? 軍曹……やっぱり尻穴は必要でしょ?」
「クソまみれの銃とか触りたくねえ……」
「洗えばいいんですよ」
「そりゃそうかもしれんが……」
荒れた大地を走り、解放軍がピックアップした回収予定地点に向かう。
解放軍的に一番欲しいのは機兵だろう。だが、優先的に回収にいくなら……盗みやすい銃火器かね。機兵も、作業用の名目で1機ぐらい貰えるかもしれんが……。
ひとまず銃火器がありそうな場所に向かう。もちろん、「真面目にやってますよ~?」とアピールするために機兵の回収にも行くけどな。
「レンズ軍曹、ガキ共を連れて逃げるアテってあるんですか?」
「アイツらを解放軍から引き離す必要は、よくわかるんですけど……」
「とりあえず……ネウロンを逃げ回るしかねえだろ」
解放軍の方舟を奪うのがベストだ。
けど、方舟は敵にとっても重要だから、そう簡単に奪えないだろう。
「ネウロンを逃げ回って、交国の増援が来るまで持ちこたえるしかない。増援が来たら……『オレ達は交国軍だ』って合流すりゃ助けてもらえる」
「……ホントに助けてもらえるんですかね?」
「オレ達は解放軍に所属しちまったとはいえ、格好だけだよ。解放軍の情報とか売り込めば、一時的な裏切りぐらい……許してもらえるさ」
「いや、それ以前の問題ですよ。交国に戻っても……オレ達の家族はいないんでしょ? 交国政府は……オレ達を助けてくれるんですかね?」
「それは…………」
「それに……オレ達はともかく、ガキ共はどうするんですか?」
巫術師は前々から交国の意向で「特別行動兵」として戦わされていた。
解放軍からガキ共を助けても、交国に戻ったら……元の生活に逆戻りかもしれない。いや、それどころか、もっと酷くなる可能性もある。
「
「じゃあ……どうするよ? このままでいいって言うのか?」
解放軍は、巫術師を軍事利用しようとしている。
ガキ共とオレ達と引き離して「説得」していた卑怯な奴らだ。ガキ共は解放軍に復讐心を利用されて、悲惨な最期を迎えかねない。……そんなの許せねえ。
「そりゃ当然、このままじゃマズいのはわかりますよ。けど……交国政府って……ホントに信じていいんですかね?」
「…………」
「子供達の家族がマジで死んでて……交国政府はそれを知っていたのにウソついてたってなると……。あの子達、交国に戻っても……」
「それは…………そうかも、しれねえけど……」
少なくとも解放軍にいちゃダメだ。
奴らはテロリストだ。そして、巫術師を軍事利用するつもりだ。
交国は交国で、ヤバイのは確かだ。……オレ達の家族だって、解放軍が言うことが確かなら……マジで幻なわけだし……。
オレ達が道に迷った時、いつも隊長や副長が道を示してくれた。困難な状況でもあの2人がいたら、どうにかなった。……けど、今は2人共……。
「…………」
「キャスター先生……? なんすか?」
どうすればいいか迷っていると、先生がオレの肩を叩いてきた。
そしてボソボソと話しかけてきた。
「キャスター軍医少尉、なんて言ったんですか……!?」
「車の音がうるさくて聞こえん……」
先生、図体はデカいのに声は小さいんだよ……!
聞き取れなくて困っていると、先生はあたふたと端末を触った。
文字を入力し、それで言いたいことを見せてきた。
「とりあえず、情報収集しよう……?」
「情報を集めて、逃げるか留まるかを判断する。逃げるなら、どこに向かって……どういう形で逃げるか判断しよう……」
「なるほど。……まあ、先生の仰る通りだ」
「色々と考えるのは、情報が集まった後でいいって事ですか」
先生は「判断の保留かもだけど」という言葉を見せてきたが、先生が言ってる事は正しい。今はとりあえず動くしかねえ。
道に迷っていても、歩き続ければ……いつか何とかなるはずだ。
あんまり悠長にしている暇はねえけどな……。解放軍の捕虜として宿泊所に押し込められる状況より、今の方がマシのはずだ。
そんな事を考えていると、バレットが話しかけてきた。
「レンズ軍曹。ちょっといいですか?」
「どうした?」
「回収なんですけど、歩兵用の銃火器ありそうなとこ優先ですか?」
「ああ。その方が盗みやすいからな」
「個人的には……機兵も回収しておきたいんですが……」
「整備兵として気になるか。けど、後々の事を考えると銃火器を優先したい」
バレットも腹をくくっているのか、「わかってます」と頷いた後、「でも……回収したい機兵があるんです」と言ってきた。
「この近くには……おそらく、スアルタウが操っていた機兵があるはずです」
「そういやぁ……そうか」
「回収したところで解放軍に取り上げられるとしても……あの子が最期に憑依していた機兵なら……遺品、みたいなもんですから」
「あ~…………。そっか。そうだよな……」
スアルタウは繊一号から逃げる時に死んだ。
ラート曰く、スアルタウが使っていた機兵は破損して動かなかった。回収して直しても動かない可能性があるが……それでも……。
「……出来れば見つけてやりたいな」
「はい」
銃火器だけ回収していたら、解放軍に怪しまれる。
取り繕うためにも、スアルタウが使っていた機兵も探そう。
見つけたところで壊れた抜け殻だが……それでも、見つけてやりたい。
「どこにあるか、目星つくか?」
「3箇所に絞り込みました。おそらく、このどこかにあるはずです」
バレットは副長が渡してきた端末を軽く掲げつつ、そう言った。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「くそっ……!」
適当に理由をつけて星屑隊の奴らから離れる。
バカ共がオレを責める視線を思い出し、むしゃくしゃする。思わず路地裏に転がっていたゴミ箱を蹴飛ばしてしまった。
転がったゴミを踏み砕きつつ、進む。
悪いのは交国だ。それなのに……なんでオレが責められなきゃいけないんだ。
復讐を選んだのはフェルグス達だ。解放軍は奴らに手段と機会を用意してやっただけなのに……なんでオレが責められなきゃいけないんだ。
そもそも、星屑隊の皆も交国の被害者なんだぞ。
整備長とキャスター先生はともかく、他は全員オークだ。レンズ達も……隊長も、交国に騙されていた被害者なんだぞ。
解放軍は皆の夢を覚まして、現実を教えてやった。立ち向かうべき真の敵が誰か教えてやったのに……なんで解放軍やオレを信じてくれないんだよ。
なんで、オレが……。
オレは、お前らのことを想って……。
「…………なにやってんだ、オレは……」
解放軍が動き出せば、全部解決すると思っていた。
それなのに、何なんだ……この状況は。
ウンザリしていると、端末が通信を知らせてきた。
応答する。どうもドライバ少将が呼んでいるらしい。
「何かあったのか……?」
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