炎舞の英雄劇



■title:解放軍鹵獲船<曙>にて

■from:解放軍幹部・ドライバ少将


「破壊消火っていうのはね、火事が燃え広がるのを防ぐ手段のことさぁ」


 そう言い、ワインの瓶を傾けたが、数滴しか落ちてこなかった。


 仕方なく瓶を傍らに置き、アラシアとの会話を続ける。


「火は燃え移るものだ。手早く消火しないと、どんどん火事が大きくなっていく」


 消火が間に合わなければ、火事は大きくなる一方。


 ならば、「延焼前に火元周辺の建物等を壊しておく」のが破壊消火だ。


 延焼する対象を潰しておけば、被害が大きくなるのを防げる。破壊消火によって壊す建物等の被害あるが……全て燃えるよりはマシだ。


「今回の場合、火事は『オークの秘密』って事ですよね……?」


「そう! あの秘密は炎上待った無しの話だ!」


 交国政府も、そこはわかっていたんだ。


 多分……誰よりも理解していた。そのくせ、オークを軍事利用した。


 バカデカいリスクより、軍事利用によって得られるリターンを優先した。そこは「馬鹿だねぇ!」と思ってたんだが……こんな手を打たれるとは思わなかった。


「破壊消火の『破壊』部分が、犬塚銀による告発だ」


「いや、でも……告発したら意味がないんじゃ……?」


「わからないかなぁ……! どっちにしろ、秘密は漏れていたんだよ! 解放軍が告発するから、遅かれ早かれの話だったんだよ~……!」


 アラシア君、頭の回転が遅くなぁ~い!?


 この程度のこと、わかってよぉ~……。


「オークの問題は、『誰が最初に告発するか』で印象がガラッと変わるんだ」


 本来、これは解放軍が明かす予定だった。


 交国政府はオークの人権を無視している。オークの権利を守ると言っておきながら、実際はプレーローマと似たような事をやってたわけだからね。


「解放軍が最初に告発したら、真偽は疑われるけど……最終的に沢山のオークが僕達を支持していたはずだ。交国政府がやってた事は事実だからね」


 火種が大火に進化してしまえば、交国政府でも止めようがない。


 奴らは自分達で作った火種オークで自滅する運命だった。


 けど……奴らは破壊消火を始めた。


「犬塚銀は『オークの代弁者』ヅラをして告発を始めたけど、実際のところは玉帝の指示で動いているはずだ」


「…………」


「そうする事で、玉帝は犬塚銀に主導権を握らせた。自分の操り人形である犬塚銀を『オークの代弁者』に仕立て上げ、世論のコントロールを始めたんだよ」


「犬塚銀は……ブロセリアンド解放軍と違い、『話し合い』によって問題を解決しようとしているんですか……?」


「そうだ。それも、交国の都合の良い形でね……!」


 オークの秘密はバカデカい火種だ。


 今までよく隠していた方だけど、イヌガラシ達が確かな証拠を掴んでくれたおかげで……ブロセリアンド解放軍がリーク出来る体制が整った。


 僕らは「交国が悪い!」という大義名分を掲げ、オーク以外も巻き込んで大戦争を起こすつもりだった。そのための準備に時間かかったけど……正義は僕らにあるはずだった。絶対に成功するはずだった。


 しかし、交国が先に告発を始めてしまった。


 それによって、事態のコントロールを図り始めた。……きっとそうだ。


「交国が悪いのは事実だ」


「だから、解放軍は戦争を起こし……交国を倒すつもりだった」


「そう、それだけの大義名分があった」


 交国が苦しめているのはオークだけじゃない。


 交国の支配地域では、交国の支配に納得していない者も大勢いる。そういうのは交国が念入りに潰しているけど、国がバカデカ過ぎて潰し切れていない。


「解放軍は一番大きな火種オークで火事を起こし、その火事のエネルギーを『戦争』に使おうとした」


「…………」


「けど……その感情エネルギーを掻っ攫われたんだよ……! 犬塚銀に!」


 奴はまず、玉帝の身柄を押さえた。


 交国本土にいる玉帝を襲撃し、誘拐した。


 そして議会に引っ張り出し、「オークの秘密」や「玉帝の子の秘密」を暴露し、玉帝にもそれを認めさせた。


「犬塚銀は玉帝に真実を認めさせたうえで……話し合いで解決しようとしている。愚民共は……まんまとそれに乗せられている……」


「…………」


 戦争に向かうはずだったエネルギーが、話し合いに吸い取られた。


 犬塚銀はブロセリアンド解放軍じゃない。実際は玉帝の命令で動いているはずだ。事態をコントロールするために、奴に白羽の矢が立ったんだ。


 愚民共はそれに気づいていない。


 犬塚銀が本気で「オーク達のために立ち上がった」と思っている。


「元々、犬塚銀は『交国の英雄』として人気があった。兵士だけじゃなくて……一般国民にも広く人気のある特佐だった」


「…………」


「そんな輩が真っ先に告発して、主導権を握って……『交国政府との話し合い』を希望したら、そっちにエネルギーが流れちゃうんだよ……! 僕らが利用しようとしていた感情エネルギーが、そっちに流れちゃったんだよ!」


「……犬塚特佐は、本当に解放軍兵士じゃないんですか?」


「違うよ! その証拠に、奴は交国に都合の良い『改革案』を提示している!」


 奴は「オークの置かれた環境改善」を求めてきた。


 そして、「玉帝に集約されていた権限分散」も求めた。


 しかし、玉帝の処刑や廃位は行わない。


「奴は玉帝を責めつつ、玉帝が『人類や交国のために戦っていた』という事は認めている。世論をコントロールするために、そういう言葉を意図的に使っている」


「…………」


「そうする事で、『玉帝は悪いことをしたけど、そうする事情もあった』という世論を作っているんだ」


「そのうえ、『犬塚特佐という英雄』が改革に動いてくれているという希望・・まで……ちらつかせている」


「そうだ。犬塚銀は、第二の揺籃機構クレイドルみたいなもんだよ」


 英雄を使い、世論をコントロールする。


 英雄を使い、愚民の感情をコントロールする。


 戦争に使われるはずだったエネルギーを、改革に転用する。


 改革といっても……どうせ上辺だけのモノだ。


 交国政府が有利な条件でまとまるだろう。


「どう転んでも『オークの秘密』は炎上する。炎上するけど……奴らは『出来る限りダメージの低い炎上』にしてきたんだ」


「その方法が、犬塚特佐による告発……」


「そうだよ……! 奴ら、無茶苦茶な手を使ってきたんだ!!」


「け、けど……交国政府は認めてしまったんですよね? 『オークの軍事利用』を認めてしまった以上、オレ達みたいなオークはどっちにしろ怒るでしょ?」


「怒るよ。実際、怒ってる奴が大勢いるみたいだ! けど……その怒りすらコントロールされちゃってんだよ……! 『犬塚特佐が何とかしてくれる』ってね!」


 奴らは本当にバカだ!


 犬塚特佐は、間違いなく玉帝の指示で動いている。


 今まで積み上げてきた「交国の英雄」というイメージを最大限利用し、今は「オークの代弁者」「正義の改革者」という仮面を被って動いている。


 バカ共はそれを支持する。


 最初の告発者が犬塚銀だったから、より一層支持を集める環境が整ってしまった。交国はメディアまで操り、犬塚銀と交国の印象操作を行っている。


「愚民は、楽な方に流れたんだ。『自分達の戦争』より『英雄任せの交渉』の方が楽だから……犬塚銀に丸投げし始めたんだよ!」


 奴らは考えたくないんだ。


 考える事や、戦うことを丸投げしたいんだ。


 頼れる人物に……英雄に!


「紛い物の英雄に頼ってんだよ、バカ共はさぁ……!」


「そんな……」


 交国政府は火だるまになっているが、その実、死ぬほどじゃない。


 交国支配地域で大戦争が起こるより、議会で代表者同士が話し合った方が遙かに被害が少ない。事態のコントロールも容易だ。


「犬塚銀の告発は、間違いなく玉帝によるマッチポンプだ」


 おそらく、こういう筋書きがあるんだろう。


 交国の英雄・犬塚銀が「交国の暗部」に切り込む!


 明かされた秘密は「オークの軍事利用」だけじゃない。


 犬塚銀も――玉帝の子供達も軍事利用されていた!


 犬塚銀も、オークと同じだったんだ!!


 なんて可哀想な英雄様! 可哀想なのに……英雄様はなお戦う!


 同胞オークのために、支配者と正々堂々戦う! しかも野蛮な手段なんて使わず、理性的な話し合いをしている! ステキ! 抱いて!!


 ……愚民達は、そういう物語を信じている。


 そういうシナリオだったんだ。交国政府は僕らオークを軍事利用するどころか……茶番劇の材料にしてきた。バカ共はそれを信じている。楽しんでいる。


 主演は犬塚銀。


 監督は玉帝。


 観客は全員バカ……って感じさ。


 解放軍は「劇場の外で騒ぐアホ」扱いさ。


 英雄の劇に夢中の民衆バカにとって、真実を真っ当な立場で訴えている解放軍は……邪魔者だ。「劇を楽しむ邪魔だ!」と白い目を向けてくる。


 正しいのはボクらなのに……民衆がバカすぎて、状況を理解してくれない!


 劇的で正しくて楽しくて……救いのある劇の方を求めている! つらい現実より、管理された夢の方を信じてしまっている。


「交国は変わる。英雄・犬塚が変えていく」


「…………」


「民衆は、英雄を支持するだけでいい。そしたら英雄が何とかしてくれる」


「…………」


「けど、彼らは知らない。英雄すら、玉帝の操り人形なんだ」


 全て玉帝のシナリオ通りに進んでいく。


 劇場にオークという火が放たれ、火事が発生するけど……それも演出の一部。


 英雄・犬塚は颯爽と現れ、火事を消すどころかオークすら救ってみせる。


 偽りの「救い」を与え、観客は大興奮。オーク達ですら英雄劇に熱狂する。


「他国の奴らも犬塚銀支持に偏っている」


 犬塚銀の告発は交国の外でも大きく取り上げられている。


 交国外にある交国傘下のメディアが中心となって、「平和的革命」と見出しをつけて報じている。犬塚銀と玉帝の主張、どちらも取り上げている。


 交国の内外で連日、この問題が議論されている。


 犬塚銀は正しい。オークは可哀想だ。けど、玉帝が行ったこともわかる……と両者の主張について公平に論じている。表向きは公平に論じている。


 議論の土台が、交国政府によってデザインされている以上……公平な議論なんて存在しない。どうなっても交国政府に寄り添う内容になっていく。


「人類連盟の常任理事国にとっては……チャンスなんじゃ? 奴らにとって交国はライバルですから、この機会に蹴落とすんじゃ……」


「そうしたい奴もいるだろうけど、犬塚銀が冷静な話し合いを続けてるからね。この機会に交国に侵攻したりしたら批判されちゃうのさ」


 危機につけ込む卑怯者としてね。


 交国が対プレーローマ戦線で活躍してきたのは事実。


 その交国が滅ぶと、それはそれで困る奴が大勢いる。


 アホみたいなデカさの国だから、交国が滅ぶとそれ相応の経済危機が発生する。他の常任理事国にとって交国はライバルだが、交国が滅びたらそれはそれで面倒なのさ。……犬塚銀の影響もあって、上手く介入する大義名分もないんだ。


 本来なら……解放軍の蜂起で他国も巻き込むつもりだった。


 解放軍の主張が正義! 交国が悪い! だから常任理事国われわれも解放軍を応援するし、支援もするよ! と奴らを巻き込む予定だった。


 ウチの元帥が……そういう計画を組んでいたんだ!


 けど、犬塚銀に掻っ攫われたうえに……元帥も、交国に捕まって……。


「犬塚特佐は……本当に、玉帝の指示で動いているんですか?」


「間違いないよ。そうとしか考えられない」


 奴は「自分達の出生の秘密」を自分で調べたと言い張っている。


 ただ、玉帝の指示による告発なら、証拠は玉帝から貰えばいい。提示した証拠を玉帝が認めてしまえば、解放軍の告発より信憑性が高まる。


 信憑性という「正義」が、犬塚銀の正当性と発言力をさらに強化する。


 舞台の上で炎と踊る犬塚銀を、バカ共は無邪気に応援している。


 解放軍ぼくらを、劇場の外に追い出して……除け者にして……。


「たった1日の差なんですよね? 犬塚特佐と、解放軍の告発は……」


「そうだ……。けど、その1日が命運を分けた」


 僕らは通信障害の中、限られた地域で告発を行った。


 何があっても告発と蜂起を行うよう……元帥に・・・、指示されていたから……。


 けど、その前日に犬塚特佐は「問題の中心」に切り込んでいた。


 報道によって、国民はそれを知っている。通信障害でそれが届いていなかった者達も、時系列を確認したら「なんだ、犬塚特佐が最初じゃん」と気づいてしまう。


「逆だったら、状況は変わっていた……かもしれない」


 犬塚銀がいくら「英雄」だとしても、後追いの告発なら状況は変わっていた。


 解放軍の告発後なら、「交国政府が慌てて犬塚銀を告発者にしたんじゃないの?」と疑う奴がもっと増えていたはずだ。


 でも、実際はそうならなかった。


 それどころか……解放軍ぼくらは炙り出された。


「たった1日の差って……なんか……おかしくないですか!?」


「…………」


「龍脈通信の障害の件といい、なんか……作為的なものを感じます」


「そうだね……」


 それぐらいは、キミ如きでもわかるか。


 僕らが巻き込まれた通信障害は、おそらく……大部分が交国の起こしたものだ。


 僕らも多少は障害に加担したけど、ここまで大規模になると思ってなかった。


「交国政府は通信障害を起こすことで、僕らに情報格差を作った。何も知らない僕らを意図的に蜂起させたんだろうね」


「……解放軍を一網打尽・・・・にするために?」


「ハハッ……。そうかもね!」


 多分、解放軍内部にスパイがいたんだ。


 スパイから情報を聞いた玉帝は、解放軍の蜂起日にアタリをつけた。


 そして、1日前に「犬塚銀による告発」を開始した。


 結構ギリギリになったけど……効果は十分だった。


「奴らは火事をコントロールし、さらに反交国勢力の炙り出しに成功した。僕らは……まんまと奴らの計画通りに動いちゃったのさ」


「で、でも、犬塚特佐も交国の被害者なんですよね……!?」


「…………」


「犬塚特佐もオレらみたいに作られた存在なら、玉帝の言う事を聞く理由……ありますか!? オレ達と同じ軍事利用されている存在なら……!」


「玉帝の子は、僕達とは違う……」


 奴らは「超高級品」だ。


 本当に人造人間だとしても、1体作るのに莫大な資金を費やしているだろう。


 だからこそ、それなりの立場を与えている。


「その辺の女の腹を使ってテキトーに作られたオークと違って、<玉帝の子>は特別な存在なんだよ! オークがバタバタと死んでいく中、玉帝の子は後方で優雅に指揮している特権階級のクズ共なんだ!!」


 奴らは作り物でも、相応の立場を得ている。


 犬塚銀だって……所詮、支配者側の人間だ!


「解放軍の蜂起は…………」


「予定通りとは行かなかった。犬塚銀に……全て掻っ攫われた」


 僕達オークの掴むはずだった栄光が盗まれた。


 犬塚銀という偽りの英雄に奪われた。


 いや、「交国にとって都合がいい」って意味じゃ「真の英雄」かもね!


 僕らは奴らに蹴落とされた。


 主役の座を奪われた。


 それどころか……解放軍のリーダーである元帥まで捕まえられた。


 他の幹部達も……連絡が取れない奴らが多い。


 解放軍の要は、既に破壊されている。


「犬塚銀は今頃、玉帝の焼いたアップルパイでも食べてるだろうね……!」




■title:交国首都<白元びゃくがん>にて

■from:英雄・犬塚


「さあ、銀。貴方のために焼いたものです」


「…………」


 目の前に焼きたてのアップルパイが置かれた。


 甘い砂糖の匂いが鼻腔をくすぐってくるが、反吐が出そうだった。


 隣に座っているカペルは天使の輪っかをチカチカと瞬かせつつ、焼きたてのアップルパイをチラチラ見ている。……俺と違って食べたがっているようだ。


「此度の英雄役、見事でしたよ」


「嫌味か貴様……!」


「…………? いえ、本心からそう思っているのです」


 だからコレを焼いたのですよ、と言った玉帝がアップルパイを勧めてくる。


 人を……くだらん茶番劇に巻き込みやがって……!


「テメエの書いたシナリオは……クソだ! また、国民を騙しやがって……!」


「テロリストの書いたシナリオよりマシでしょう?」


 玉帝は仮面を被ったまま、器用に紅茶を口にした。


「私は娯楽に疎い者ですが、臣民が求めているのが英雄譚だと知っています」


「…………」


「解放軍を主役に据えたところで、血みどろの悲劇になるだけ。臣民はそれに巻き込まれて死ぬより、気楽な娯楽作品の方が良いとわかっているのです」


「英雄譚だろうが悲劇だろうが、諸悪の根源はテメーじゃねえか」


 それなのにすました顔で権力の座に座り続けている。


 周りで火事が起きているのに、その火事すら支配する傲慢さを抱きながら――。


「私が悪いと理解していてもなお、貴方は私に逆らえない」


「…………」


「貴方も『交国の正義』を理解している。貴方のように私を批判しつつ、冷静に動ける人材はなかなか良いものです。これからも人類のために働いてください」


「クソ女が……!」


「それはさておき、冷める前に食べなさい。アップルパイを」


「いらねえよ!!」


 隣に座っていたカペルが俺の声にビビり、「わひゃ」と悲鳴を上げた。


 それに詫びた後、「代わりに食っていいぞ」とアップルパイを勧める。


 勧めたが――。


「駄目に決まっているでしょう。それは銀のために焼いたものです」


 玉帝がピシャリと言って止めてきた。


 カペルが涙目になりながら落ち込み始めたので、玉帝を睨む。胸ぐら掴んで「何もかもテメエの思い通りになると思うな!」と言おうと思ったが――。


「貴女用の菓子は、別に用意させました」


「わっ……! わっ……!」


 玉帝の言葉が合図だったかのように、六段のティースタンドが運ばれてきた。そこには菓子やら軽食やら、アレコレと載せられている。


 小さなカペルが食べきれる量ではないが……内容はカペルの好みを押さえている。前に近衛兵がカペルの好みを聞きに来たのは、このためか。


「適当に用意させておきました。全て食べる必要はありません。好きなものだけ、好きなように摘まみなさい」


「あっ、ありがとうございますっ! 玉帝さま~……!」


「貴女は『私のアップルパイ』を食べさせるほどの活躍は、まだしていません。しかし、貴女は貴女で仕事をしている。いずれ貴女用のアップルパイを焼く事もあるかもしれませんが、今日のところはこれを食べなさい」


「はいっ!」


「ジュースのおかわりは?」


「あっ、えとっ、だ、だいじょぶですっ」


「いや、貰おう。カペル、遠慮するな」


 玉帝が用意させた菓子を、カペルが嬉しそうに頬張り始めた。


 まあ、この子が嬉しそうなら……いいか。


 カペルには出来るだけ良い物を食べさせているが……他の部下の手前、作戦行動中はそこまで贅沢させてやれない。


 部下共が菓子類をちょこちょこ与えているし……菓子類を食べさせまくっていると太るしな……。


「俺も、アップルパイよりそっちの方が良かったな」


「は? 私が全力で用意したアップルパイが気に入らないのですか?」


「何度同じもの出されたと思ってんだよ……!」


 飽きるんだよ!! 同じものばっか出されたら!!


 文句を言うと、玉帝はムッとした様子で言葉を投げつけてきた。


 玉帝的には「同じもの」ではないらしい。試行錯誤して改良したアップルパイなので、前回のものよりさらに美味しくなっているらしいが……違いはわからん。


 アップルパイはアップルパイだろ……。


 玉帝の顔面に投げてやりたいが、カペルがいるのでやめておく。


 今回の茶番劇に対して色々と思うところはあるが……カペルがいるし、大人しくアップルパイを食べる。……やっぱり前との違いがわからん。


「ところで銀。先程の言葉を訂正しておきます」


「あん?」


「今回は、私のシナリオではありませんよ」


「じゃあ、誰だよ」


「機密事項です。そこまでは、さすがに言えません。言う必要がありません」


「チッ……!」


 じゃあ、誰だ? 大体、察しはつくけどな。


 おそらく、かいみずがねの兄貴だ。


 あるいは……両方かもな。あの2人は、この手の工作の専門家だ。



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