イェルド・ドゥルジ
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:整備長のスパナ
「今日は、あたしの処刑に来たのかい?」
「そんな事はしないよ! 解放軍と共に立ち上がろう、と勧誘しに来ただけさ」
ドライバは歯を見せるほど笑みを浮かべ、あたしに近づいてきた。
処刑じゃないにしても……部下達には武装させている。よほど臆病なのか、あたしを脅す目的なのか。どっちにしろ、あまり良い理由ではなさそうだが――。
「…………?」
ドライバの顔に、前に会った時ほど余裕がない気がする。
何か、焦るような事でもあったんだろうか……?
「王女。殆どの星屑隊隊員が立ち上がったのに、あなたはまだここにいるつもりなのかい? あなたが立ち上がるのを待っている者達が、大勢いるのに……」
「だからねぇ……。アンタらはあたしを過大評価しすぎなんだよ」
元王女とはいえ、あたしゃ第四十八王女だ。アホほどいた王族の中の1人に過ぎないあたしに、価値なんかない。
賞味期限どころか消費期限切れのババアエルフだよ。あたしが立ち上がったところで、誰も喜ばないしついてこない。
解放軍だって、それぐらいわかっているはずだが――。
「ザクセンホートの民だって、あたしの事なんざ忘れているよ」
「交国に滅ぼされた国の『王族』が立ち上がる事に意味があるんだ。被害者達が連名で立ち上がることに意味があるんだ」
ドライバは笑ったまま、「仮に交国が無視したところで、国際社会全てを黙らせることは出来ない」と言った。
「これは、あなたにとっても好機なんだよ? ザクセンホート問題だけなら『今更』って話で終わるかもしれないが、交国には『オーク問題』というホットな話題がある。皆で一緒に立ち上がれば、巨大な炎になる」
「ザクセンホートやオーク以外にも、『交国被害者の会』のアテはあるのかい?」
「もちろん」
「ひょっとして、その中にはネウロンの王族も含まれるのかい?」
ネウロンの国家は滅んだ。魔物事件と交国の干渉によって滅んだ。
けど、ただ1人生き残った「王族」が存在したはずだ。
メリヤス王国という、ネウロン連邦に名を連ねていた国家。そこの王女が1人、犯罪組織の手を借りて界外脱出していたはず。
その王女も「被害者の会」に入れるのはうってつけの人材だろう。……解放軍がわざわざネウロンで蜂起したのは、「ネウロンの王女」というアテがあっての話かもしれない。そう思いながら問いかける。
「さあ、どうだろうね? 解放軍を支持してくれたら教えてあげるけど」
「…………」
ドライバは、さすがに答えてくれなかった。
含みのある様子だが、判断しづらい返答だ。
「王族としての義務を果たしましょうよ、王女様」
「どうしてもザクセンホートの名を使いたいなら、その辺のエルフに勝手に名乗らせな。誰も見分けなんてつきゃしないよ」
「そんな事はない。少なくとも交国は正しく認識している」
「…………」
「だからこそ、あなたには委員会の憲兵がつけられていたんだ」
ドライバが自慢げに「知らなかったのかな?」と聞いてきたので、眉間にシワを寄せて「何の話だい?」と言っておく。
憲兵の話なんて
「あなたを見張っていた憲兵の身柄は、既に押さえている」
「それは誰――」
「サイラス・ネジだ」
「なっ……!?」
さすがに、驚く。
ネジが――星屑隊隊長が憲兵なのは
知ってるけど……アイツが捕まったのが意外だった。繊一号から脱出する際、羊飼いと戦闘をしていたらしいから……その戦闘が影響したんだろう。
解放軍如きが、ネジを捕まえられるはずがない。だが、羊飼い相手には……さすがに逃げ切れなかったんだろう。
「彼の目なら、もう気にしなくて良いよ」
「…………」
「ちょ、ちょっと待ってください! 隊長が憲兵……!?」
パイプが狼狽え、声をあげた。頼むから目立たないでおくれ……。
パイプの反応を見たドライバは、嬉しそうに笑って「まあそういう反応になるよね!」と言った。自分の思い通りの反応が嬉しいみたいだ。
「ともかく、星屑隊に潜入していた憲兵は取り押さえた。もう憲兵の目に怯える必要はない。共に立ち上がろうよ、王女様」
「あのね……
「あなたにはもう、失うものが無いだろう?」
「だからといって、アンタらにつくほど腐っちゃいないよ」
王女としては消費期限切れ。
解放軍みたいな
だけど、「ブリトニー・スパナ」としては、まだ腐っちゃいない。死んじまった旦那と息子との絆は、まだ生きている。……そのつもりだ。
「とにかく……あたしゃアンタら側につくつもりはない」
「やれやれ……。時勢の読めない御方だなぁ」
「ああ、その通りさ。だから、腐った元王女なんかに期待しないでくれ」
昔、何度か同じ期待を向けられた事がある。
あたしの立場を知り、「反交国のために立ち上がろう」と言ってきた者は複数人いた。中には血の繋がった相手もいた。
けど、あたしゃ全部断ってきた。
それどころか
あたしは、王女としては……本当にもう腐っているんだよ。
あたしが裏切った人達にとっちゃ、「ブリトニー・スパナ」としても腐っていると言いたいだろうけどね。そう思うのは自由さ。好きに糾弾すればいい。
「…………」
ドライバの話を適当にあしらいつつ、少しだけ探りを入れる。
どうも、解放軍は「ギルバート・パイプが憲兵」ってことは知らないらしい。
星屑隊隊長が「二課所属の憲兵」ってことは知っていても、パイプは普通の軍人と思っているようだ。……パイプが末端で新人だからかね?
ネウロンに解放軍の兵士がこっそり集められていたことから、軍事委員会内部にも解放軍の人間が入り込んでいるのは察していた。
そこ経由で隊長の件が漏れたのかね……。あるいは、パイプの件も把握しているけど、泳がせているのか……。いや、知ってたら捕まえておくか。
あの件も、把握していない様子だ。
まあ……知ってたら、あたしを誘ったりしないか。
■title:<繊一号>の宿泊所にて
■from:星屑隊のパイプ
「隊長が…………」
隊長が、憲兵……!?
そんなこと、知らない。聞かされてない!
整備長を――ザクセンホートのイェルド・ドゥルジを見張っている前任者が何人もいたことは知っている。ザクセンホートはずっと昔の国だから、そこの「元王女」を見張っていた人は、何人もいたはずだ。
けど、僕と同じく正体を隠して監視していた人がいたなんて……知らなかった。そんな話、誰からも聞かされていない。
隊長も、そんな素振りは見せなかった。
いや、でも、待てよ?
「――――」
僕が上に「サイラス・ネジは怪しい」と報告して、調査を頼んだ時……委員会の動きが少しおかしかった。隊長はおかしくないと委員会が言ってきた。
経歴の関係で詳しい素性は明かせないが、問題はないと言われてたけど……それって、「委員会の憲兵だから」って理由だったのか……!?
隊長のことは注視していたけど……憲兵って話が本当なら朗報だ。……隊長の身柄が解放軍に抑えられていなければ、心強い味方だった。
どうする?
僕はどうすればいいんだ?
星屑隊の隊員は、殆どが解放軍側に寝返った。解放軍の偽情報に踊らされ、交国に刃向かうことを決めてしまった。
頼りになる味方は、もういない。
監視対象である整備長は解放軍につかない様子だけど……この人に頼ったところで、この状況を切り抜けられるとは思えない。
ただ、整備長は……交国に逆らう気は無いんだな。本当に。
交国のことを悪く言っても、それでも大それたことをする気はない。この状況で解放軍幹部相手にここまで言えるなんて、この人は本当にシロなんだろう。
まあ、いまそれがわかったところで……あまり意味はないけど――。
「…………」
何とか、隊長を解放できないか?
憲兵仲間と合流できれば……あるいは……。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:肉嫌いのチェーン
「さて――」
宿泊所に入っていったドライバ少将を敬礼して見送った後、宿泊所から少し離れたところにある空き地に、星屑隊の仲間達を移動させる。
多分、ドライバ少将は整備長の説得に来たんだろう。
けど……少将でも説得出来ないかもしれない。
整備長は……ダメだ。あの人は完全に枯れている。弱者のために立ち上がる気概のない人だ。仮に解放軍についてくれたとしても、大した役に立たないだろう。
まあ、整備長の件はドライバ少将に任せよう。
「……誰か、ラートの様子はわかるか?」
「部屋に閉じこもってました」
「副長。アイツの勧誘は、さすがに止めてくださいよ……」
レンズ達に軽く睨まれる。
両手を上げ、「わかってる」と返す。
さすがに、今のラートは……ダメだ。アイツは休んだ方がいい。
スアルタウの件で、精神的にダメになっちまっている。
下手したら……バレットみたいになるかもしれない。
「スアルタウの死に関しては……オレにも責任がある」
「「「「…………」」」」
「オレは、隊長を助けるために……スアルタウとフェルグスをラートに丸投げしたからな。そのことで、さすがに責任を感じているよ」
だからこそ、オレは戦う。
スアルタウのためにも交国と戦うべきだ。
フェルグスもそれがわかっているから、解放軍入りしたんだ。……ラートも、少し休んで落ち着いたら、また一緒に戦ってほしい。
ラートは弱者のために戦える男だ。きっと、ラートも同志になってくれる。……
「とりあえず、星屑隊はオレが『隊長代理』として仕切り、存続させる」
「解放軍の部隊として?」
「そうだ。それで今後のことだが――」
「副長、んなことより『例の件』は――」
レンズがオレの言葉を遮ってきた。
無視しようと思ったが、他の奴らもオレをジッと見ている。
レンズと同じ目つきで……オレに約束の履行を迫っている。
「解放軍の星屑隊に、第8の奴らを合流させる件だな?」
「それが、オレらが解放軍に入る条件です」
「ガキ共を、ドライバとかいう人間のクズに預けられねえですよ」
レンズ達は、本心で解放軍に合流したわけじゃない。
コイツらは、未だにガキ共の心配を優先している。
「約束、ちゃんと守ってください!」
「…………無理だ」
その約束は、簡単に果たせないものだ。
そういう意味を込めて「無理だ」と言う。
すると、隊員らの視線に殺意がこもり始めた。
……お前ら、どんだけのあのガキ共のこと好きなんだよ。
所詮、他人だろ? ネウロン人で、オークですらない。
同族のオレより、アイツらの方が大事なのかよ……。
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