弱者のための戦争



■title:<繊一号>の宿泊所にて

■from:整備長のスパナ


「整備長、すみません……」


「でも、オレらもバカなりに考えたんです」


「解放軍、俺らも参加してきます」


「あぁ……。わかってる。好きにすればいいさ」


 宿泊所のロビーに集まった星屑隊隊員らを見送る。


 スアルタウの告別式は、星屑隊にとって大きな契機になった。


 コイツらは、コイツらなりに考え、ブロセリアンド解放軍への参加を決めた。


「…………」


 馬鹿なことを――という考えが過ったが、あたしにコイツらの選択を批判する権利なんて無い。コイツらはコイツらで色んな事情や考えがあるからね。


 交国が隠してきた「オーク問題」は、大半の星屑隊隊員にとってバカデカい問題だ。通信障害や解放軍の影響で、交国政府の見解は聞けてない。


 その影響もあって、「あれはウソ」という証明も出来てない。


 皆も「言われてみれば……」と思い当たる節は多少あるらしい。ただ、それは小さな違和感程度のもので、こんな機会が無ければ深く考える事もなかった。


 こんな機会だからこそ、よく考えずにはいられなかったらしい。


 それに――。


「第8のチビ達の事も……気になるんで」


「俺達が解放軍に参加したら、ガキ共と一緒に動けるみたいです。副長がそう約束してくれたんで……俺らも行ってきます」


「…………」


 皆、自分達オークの問題を気にしている。


 けど、それと同じか、それ以上にガキ共の心配をしているらしい。


 オーク問題は真偽がハッキリしていないが、スアルタウの死は確定情報。ガキ共が解放軍に参加し、苦しい立場に置かれているのも確定した情報だ。


 副長が甘い言葉を吐いて、ガキ共を心配していた隊員の背を押したらしい。思わず顔をしかめつつ、副長に視線を向ける。


「…………」


 副長チェーンはただ黙って目を閉じていた。


 呼びかけると、あたしとの会話には応じず、一方的に「じゃあ、コイツらはオレが連れていきますから」と言ってきた。


「チェーン。アンタは……」


「オレはコイツらのこと、本当に大事に想っています。オレに兄弟はいないが……同じ境遇のコイツらのことを、兄弟のように想ってますから」


「…………」


「交国政府と違って、責任を持ってコイツらの面倒を見ます」


 そう言った副長に対し、パイプが詰め寄っていった。


 険しい顔で問いかけた。副長と、それに着いていく隊員に向けて――。


「皆……本気で交国軍を裏切るつもりなんですか!?」


「パイプ。先に裏切ったのは交国だ。お前も早く理解してくれ」


「……死にますよ。解放軍なんて、交国軍に蹴散らされるのがオチです」


 あたしもそう思う。


 だが、現状維持で何とかなるとも思えない。


 解放軍も「捕虜」のあたし達に対し、しびれを切らしている節がある。「何で交国の横暴さが理解できないんだ?」と言いたげにしている兵士が多い。


 解放軍の矛先は、交国だけではなく、捕虜に向けられてもおかしくない。……とりあえず解放軍に行くって判断は、完全に間違っているとは言えない。


 それにそもそも……交国を信じていいのか、って問題もあるからね。


 あたしも交国のことは、信じちゃいない。信じているフリをしてきただけだ。そうした方が無難にやっていけたからね。


「交国はもう終わりだ。オークという火種を虐げてきた報いを受ける時が来たんだ。ネウロンの外ではもう、オークという大火が燃えさかっている頃合いだよ」


「全てのオークが、副長達みたいに馬鹿だと思っているんですか?」


 パイプは「理解に苦しむ」といった様子で頭を振った。


 この子の場合、理解を拒んでいるだけの気もするが……そうなる気持ちもわかる。今までの常識が全部ひっくり返ったわけだからね。


 皆には隠しているとはいえ、「憲兵」という立場上……そう簡単には受け止められないだろう。委員会から銃を突きつけられてもなお、理解を拒むかもしれない。


「バカはお前だよ。パイプ」


「なんですって……?」


「やめな。仲間同士で」


 副長に食ってかかろうとするパイプの肩を掴み、止める。


 パイプは「仲間なんかじゃない! 裏切り者ですよ……!」と大声を出した。パイプらしくない大声だ。まあ……冷静じゃいられないか。


「ブロセリアンド解放軍は、泥船だ! このままじゃ……副長も皆も、死んじゃうんですよ!? 交国に刃向かったら殺されますよ!? 子供達も――」


「黙りな、ギルバート・パイプ軍曹」


「黙ってられないですよ! だって――」


「解放軍に行く気のないアンタは、まだ交国軍の軍曹だ。そしてあたしも交国軍の曹長だ。軍曹が曹長の指示に逆らってんじゃないよ」


 そう言うと、真面目なパイプは「ぐっ……」と呻きながら黙った。


 パイプも冷静さを欠いている。相手が副長だから手加減してもらっているとはいえ……あまり食い下がり過ぎると、パイプに疑いの目が向く可能性もある。


 パイプは憲兵だ。


 本人は隠し通せているつもりみたいだけどね。


 交国軍人の寝返りを歓迎しているブロセリアンド解放軍とはいえ、「交国軍事委員会の憲兵」に対しては厳しい措置を取りかねない。


 パイプには、少し大人しくしてもらわないと……。


「まあ、あたしゃ止めやしないよ。アンタらの好きにすればいい」


「整備長も、解放軍の軍門に下ってくださいよ」


「嫌だね。……そいつらのこと、頼んだよ。アラシア・チェーン」


「もちろん。オレは交国政府と違って、本気でコイツらのことを考えてますから」


 副長はそう言い、胸を張った。


「コイツらは勇気を出して、夢から醒めて現実と向き合って……解放軍参加を決めてくれた。その勇気に応えてみせます」


「勇気、ねぇ……」


「星屑隊は、ブロセリアンド解放軍の部隊として存続させます。オレも皆も全力で戦って、交国という巨悪を打ち倒して……幸せになってみせます」


「…………」


「部隊は前と同じ。前と同じように、オレ達は最高の部隊に――」


「前と同じなら、アンタの上にはサイラス・ネジがいるのかい?」


 あたしの問いかけに、星屑隊の全隊員が反応した。


 皆が副長を見つめ、その答えを待っている。


「……まあ、そうですね。そんな感じです……」


「…………」


 副長はそう言った。


 けど、誰もその言葉を信用しなかったはずだ。


「その様子だと、説得できていないようだね」


「……隊長もわかってくれますよ。あの人だって、オレ達と同じオークなんだ。同じ境遇である以上、『解放軍に入るしかない』って理解してくれますよ」


 解放軍に戦って交国軍と戦う。


 それしか、オレ達オークが人権を取り戻す方法はない。


 副長は熱っぽい口調でそう言った。言ったが、周囲の視線は冷ややかだった。


「整備長もパイプも、オレ達と来てください」


「僕は行きません……!」


「あたしも行かないよ」


「そう言わず。特に整備長、貴女は特別待遇で受け入れてもらえますよ?」


 悪くない話でしょ――などと言ってきた。


 何の話だい、とトボけておく。


「あたしゃ、しがない整備兵だよ」


「違うでしょう。ザクセンホート王国の第四十八王女、イェルド・ドゥルジ様」


 副長の言葉を聞き、思わず舌打ちしちまった。


 あんまり聞きたくない名前だ。とっくの昔に捨てた名前だからね。


 解放軍の情報網で色々と知っている副長はともかく、他の星屑隊隊員はキョトンとしている。「何ですかそれ?」と呟いている。


「聞いたことねえ名前……」


「王国ってことは、国だろ? どっかの国……」


「ああ、もう滅んだ国家だよ。あたしの故郷だったんだがね」


「整備長……王女様だったんですか!?」


「まあ……一応は。……いや、言いたいことはわかるよ? そう見えないだろう」


 ここにいるのは、油で汚れたヤニ臭いエルフだ。


 エルフ基準だと、まだ若い方だが……アンタらから見たら、あたしなんてババアだろう。実際、あたし自身も枯れ木の如きババアだと自認している。


「あたしゃ、もう王女じゃない。ザクセンホートが滅びたのはずっと前だからね」


「ザクセンホートは、交国に侵略されて滅びた国なんだよ。昔の事とはいえ……整備長のブリトニー・スパナ曹長……もとい、イェルド・ドゥルジ王女は、フェルグス達と似たような立場だったってわけだ。王族と庶民じゃ、根っこは違うが」


「今まで通り呼んでおくれよ。ドゥルジの名は好きじゃない」


 ザクセンホートは多次元世界にあった国家の1つ。


 主にエルフで構成された国家だったが……界外から来た交国軍に侵略された。


 交国の主張だと、「ザクセンホート王国は長寿族エルフが他種族を虐げ、支配している悪しき国家」だったそうだ。


 まあ、そういう面は確かにあった。


 エルフは無駄に長生きだから、権力の椅子に長年座り続けるんだよね。王族がそもそもエルフ多かったから、エルフに偏った政になっていたのは確かだ。


 国民の中にも、ザクセンホートの権力構造を――エルフの支配を嫌っていた者も大勢いた。彼らは界外から来た交国に期待していた。


 交国はその声を利用し、堂々と侵略してザクセンホートを滅ぼした。


「ザクセンホート王国も、ネウロンみたいに交国の好き勝手にされたんだ。住民の強制移住は当たり前。政治も、あくまで交国主導となった」


 副長の言葉は……まあ、正しいといえば正しい。


 交国に期待していたザクセンホート国民の多くは、裏切られた。エルフを追い出せば自分達がザクセンホートを自由に出来ると思っていただろうからね。


 まあ、そうじゃなくても大きな改革が行われ、自分達の暮らしがよくなると信じていただろう。実際、交国による大改革は行われた。


「交国はザクセンホート王国を滅ぼし、圧政を敷いた」


「確かに、交国は武力を使って厳しい支配体制を築いたよ。けど……先進国である交国の介入によって、ザクセンホートは豊かになったよ。一応ね」


 交国は強いうえに、多次元世界指折りの先進国だ。


 そんな交国による大改革は、ザクセンホートを豊かにした。


「ザクセンホートでは魔物事件みたいな事は起こらなかったから……今ではそれなりに発展している。経済も教育水準も昔より向上し、エルフ以外でも出世できる環境が整った。交国の武力侵攻は、良い結果も出したんだよ」


「王族の貴女が、何を言ってるんですか……!」


 副長が不満げにあたしを見てくる。


「交国の武力侵攻を、肯定するつもりですか!?」


「いいや。けど、ザクセンホートはもう交国に支配されている。ザクセンホートに関して、今更とやかく言ったところで遅いのさ」


 あそこに暮らす民も、交国の文化にどっぷりと浸かっている。


 多くの民がアップルパイを頬張り、実力主義の交国文化を当たり前のものと受け止めている。搾取もあるが、実力さえあれば搾取する側に回れる。


「実力主義の文化に疲れ果てている者も多くいるだろうが……ザクセンホートには交国の『功罪』が詰まっている。罪もあれば、功もある」


「その『罪』を問いただすべきだ」


「それなら、ザクセンホート王家の……ウチの家の罪もキチンと問いただされるべきだね。交国を全面肯定するわけじゃないが……ザクセンホート王国も、そこまで良い国じゃなかった」


 昔の方が良かった事もある。


 けど、多くの人間が王国むかしに戻りたがらないはずさ。


「交国は横暴だよ。けど、その横暴さに救われた者もいる」


 交国はザクセンホートの地で、大改革を行った。


 それはあくまで「交国に都合の良い大改革」だったが、ザクセンホート王家の失政で不遇な立場にあった者達の中には、大改革で救われた者も大勢いる。


「武力侵攻を肯定するわけじゃないが、今更――」


「貴女も交国の被害者だ。貴女には王族として立ち上がる義務がある」


「ザクセンホートに交国軍が来たのは、200年近く前の話だよ」


 新暦1055年の事だった。


 怠惰で傲慢なエルフ達が支配していたザクセンホート王国は、野蛮で先進的な交国軍になすすべもなく粉砕された。


 多くの将兵が死に、土に還っていった。


 何の罪もない子供達も、戦争に巻き込まれて死んでいった。


 けど……もうずっと昔の話なんだよ。


 長寿族の支配する国だったとはいえ、交国による大改革はとっくの昔に終わっている。あそこはもう「交国化」している。


「あたしの知るザクセンホート王国は、もう存在しない。今更立ち上がったところで、今を生きる者達にとっては……あたしらの方が侵略者なんだよ」


「貴女は、武力による現状変更を肯定している」


「200年近く前の話なんて、もはや『現状』じゃないよ」


「ザクセンホートにも、交国の支配に反抗する人はいるはずだ!」


「ああ、確かに昔はいたさ。交国は横暴だったからね。……けど、今のザクセンホートにはいないよ」


 潜伏していた第一王女あねさまが反交国組織を率いて立ち上がった事もあった。けど、それもずっと昔の話さ。


 その時ですら……大多数の民は交国側についたよ。


「今も昔も、ザクセンホートに『長寿族エルフの支配』なんて需要がないんだ」


「いいえ、絶対、今でもいますよ!」


「……アンタは、昔のザクセンホートを知らないから、そんな事を言えるんだ」


 エルフ達は傲慢だった。


 彼らが優れていたのは寿命だけだったのに、その寿命を上手く使ってザクセンホートを牛耳っていた。親族を要職につかせ、王国を支配した。


 エルフ以外の民から税を絞り、出る杭は打っていた。


 政治を腐敗させ、無駄に長生きな自分達の権力基盤の維持に腐心していた。国の土台が腐っているのに、国を再興させるための努力を怠った。


 あたしも、そんなザクセンホート王家の一員だった。


 王家そのものが、国にとって「腐った林檎」だったんだ。


 本来、その腐った林檎は国民に取り除いてもらうべきだった。「異世界」なんてなければ、そうなっていたのかもしれない。


 ザクセンホート王家のエルフ達は、自分達が取り除かれないように努力するのだけは上手かったから……それもなかなか難しかったけどね。


 異世界から、交国という化け物国家がやってくるまでは――。


「交国は今まで何度も侵略戦争を繰り返してきた! 弱者を虐げてきた! 交国の支配地域には、オレ達オーク以外にも沢山の火種が眠っている! 貴女なら、その1つを火事に昇華できる」


「今更、そんなことして何になるんだい?」


「交国に虐げられた弱者が救われます」


「そのために、戦争を起こすのかい? 交国のように」


「ええ。力による現状変更に対抗するには、武力しかありませんから」


「その戦争で、また弱者達が死ぬよ」


「戦争でも起こさないと、より多くの弱者が犠牲になるんですよ?」


 副長の言葉にため息が出る。


 けど、そう言いたくなるのもわかるよ。


 アンタの意見が「絶対に間違っている」なんて……あたしには言えない。


 言えないけど――。


「ともかく……あたしは解放軍に加担するつもりはない。交国を全肯定するつもりもないけど……解放軍につくつもりは無い」


「王族としての責務を忘れたんですか?」


「今のあたしは、交国人の夫と息子がいた未亡人ババアだよ」


「王族の血を汚すために、無理矢理結婚させられ――――」


「黙りな」


 副長の胸ぐらを掴む。


 あたしの事は、何とでも言えばいい。


 所詮、あたしは保身のために立ち上がらなかった王族だ。


 けど――。


「あたしの旦那と息子は、あたしが望んで作った家族だ。聞きかじりの知識しかない解放軍信者如きが……あたしの大事な家族を汚す台詞を、二度と吐くな」


 副長を突き放す。


 不満げな顔をしている。


 正義の兜を被り、視野を狭くしている。


 本来、アンタはもっと……広い視野を持っていただろう。


 正義にすがらないと、壊れてしまう過去があるのは知っているが――。


「あたしにはもう、失うものなんてない。解放軍が用意した絞首台だろうが断頭台だろうが、ホイホイと乗ってやるさ。それともここで銃殺するかい?」


「解放軍はそんな野蛮なこと……しませんよ。オレ達は交国とは違う」


「ふん……」


「……失うものがないのは、オレ達も同じですよ」


 副長はそう言い、乾いた笑みを浮かべた。


「まあ、オレ達の場合……失ったというか、最初から無かったんですけどね」


「…………」


「最初から、大事なものなんて無かったんだ。交国の都合で作られて、交国の都合で戦う……。偽りの夢で操られていた被害者なんです」


「…………」


「戦って、勝ち取って、ようやくオレ達は『失うもの』を手に入れられるんです」


「…………」


「自己保身のために国も民も見捨てたアンタと違って、オレは戦いますよ。いま生きている兄弟オーク達のために全力で戦います。これから生まれてくる兄弟達のためにも……命がけで戦って、勝って、交国を滅ぼします」


「……そうかい」


 副長は隊員達を連れ、出て行った。


 それと入れ替わりに、解放軍の人間がやってきた。


 生理的に嫌なヤツが来た。部下を引き連れやってきた。


「やあ、イェルド・ドゥルジ王女! 僕達と一緒に交国を滅ぼそう!」


「……帰んな、ドライバ大尉」


「ドライバ少将だ。そこ重要だから、間違えないでね?」


 あたしは、確かに元王女だ。


 けど、王女としては明らかに消費期限が切れてんだよ。


「腐っているからこそ、蝿がたかるのかねぇ……」


「何か言ったかい?」


「いや、別に……」



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