過去:アンコール
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:交国軍・破鳩隊のラート
「くそッ! くそッ……! しつけえッ……!!」
皆のおかげで敵包囲は突破できた。
出来たのに……また追撃が来やがった!
索敵機や機兵がいる。振り切れねえ……!
「おっ! おいッ! 話が違うぞ!? お前なら楽に逃げられるはずだろ!?」
「だっ……大丈夫です! 舌を噛まないよう、黙っててください!」
後ろで喚いている中佐に言葉を返す。
敵を倒すしかない。敵を連れていったら、脱出経路を確保している部隊に迷惑がかかる。俺が……俺が1人でなんとか――。
『――――』
「…………!」
声が聞こえる。
無差別通信から、歌声が聞こえてくる。
俺が一番大好きな歌手の
「中尉っ……!?」
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:プレーローマの天使
「何だ? 敵が錯乱したのか?」
「歌声のようですが……」
戦場全域に歌声が響いている。
無差別通信を使い、小さな声が聞こえ続けている。
「……いや、ただの歌のはずがない。戦場で歌う馬鹿がいるものか!」
では、これはなんだ?
こちらの通信妨害に対抗し、何らかの暗号命令を出しているのかもしれない。交国軍が歌を暗号に使うなど、初耳だが……不可能ではないはずだ。
「発信源はどこだ?」
「こちらが包囲している交国軍です」
暗号だとしても、今更何が出来る。
無意味だ。貴様らはここで死ぬんだ。
無意味だが……耳障りだ。
「大至急、発信源を潰せ。全ての敵をすりつぶせ」
これ以上、交国軍に時間を取られてたまるか。
歌声の発信源だけではなく、全ての交国兵士を潰してやる。
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:破鳩隊・部隊員
「ハッ……! 敵も、オレら如きにマジになりやがって……!」
敵の包囲が檻のように張り巡らされている。
けど、オレ達はまだ負けてねえ。……ラートを逃がす事が出来た。
逃げたけど……ちくしょう! 中尉が選んだのラートかよ!
そりゃあ、確かにアイツは破鳩隊で一番若くて、一番可愛げがあって、中尉もアイツのことを弟のように見守っていたの気づいてたよ!
マジで妬ましい。中尉に、オレを選んで欲しかった。
まあ、選ばれても中尉が逃げないなら残るけどさ……!
「ったく……! 天使共! オレら相手にムキになって戦っておけよ……!」
中尉が選んだラートが生き残れば、実質、オレ達の勝ちだ!
正直妬ましいけど、それでも……中尉と最後までいられるなら悪くない。
……何とか中尉を逃がしたいが、あの状態じゃ……。
「…………」
まだ声が聞こえている。
中尉が歌い続けている。
小さな声で。
震える声で。
もう、まともに歌える状態じゃない。
けど、それでも……あの人はまだ生きている!
「邪魔すんなよぉ……! プレーローマ!!」
ウチの歌姫が命を張ってんだ。
泣き虫ラートのために、命張ってんだ。
じゃあ、オレらは中尉やラート以上に命張らなきゃダメだよなぁ……!!
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:交国軍兵士
「…………?」
無差別通信から声が聞こえる。
歌声だ。
震えている歌声だ。けど、「良い歌だな」という感想が脳裏を過った。
もっと静かな場所で耳を傾けたい。落ち着いた酒場とかで――。
くそっ……。敵の砲撃の音、うるさいな……。
「…………!? おい、どうした! どこ行くんだ?」
「ちょっと、うるさいの止めてくる……」
誰かが歌っている。
もっと聞いていたい。もっと、穏やかな気持ちで聞きたい。
敵が邪魔だ。……黙らせないと。
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:交国軍・破鳩隊のラート
「中尉っ! 中尉っ……!!」
グラフェン中尉の歌声だ!
聞き間違えるはずがない!
「おい! 歌なんか聞いてる場合か!? 逃げるのに集中しろっ!」
「うるさい」
敵機兵の顔面を殴り、転倒させつつ、次の機兵に向かう。
うるさい。敵も、後ろにいる人もうるさい。
「なっ、なにがうるさいだ! ボクは中佐だぞっ!?」
「うるせえッ!! 黙ってろ!! 中尉の歌が聞こえねえだろうが……!!」
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:プレーローマの天使
「何なんだ……!」
声が止まない。
敵の殲滅はもう、終わっていてもおかしくないのに!
ずっと誰かが歌い続けている。
「何を手間取っている!? 何故、まだ奴らを潰せていないんだ!?」
「そっ、それが……。こちらの人類歩兵達の動きが鈍く……」
「敵の歌声が、人類歩兵の士気に影響しているようです……」
「馬鹿な……!」
いま前線にいるのは人類の歩兵。
プレーローマが支配下に置いた地域の者達を徴兵し、突撃させている。質は悪いがいくら死んでも問題ないから、ここでも使っているのだが――。
「誰か見せしめに殺せ! 殺さなければ殺してやると脅せ!!」
「既にそうしているのですが、それでも統制が乱れており――」
「それだけではなく、敵の統制が回復しています。こちらの包囲網の中で、まともに戦えていたのはあの機兵部隊だけだったのですが――」
もう勝負はついている。
こちらの勝ちは揺るがない。
だが、戦闘が長引きすぎている……! ここまで手間取るなんて――。
「<死司天>は何をしている!? まだ出撃していないのか!?」
通信を繋がせる。
増援として派遣されてきた以上、役目を果たせと促す。
もう何年もどこで何をしているのかわからないほど、戦っていなかった天使だが……それでも一度暴れ出せばかなりの戦力になるはずなんだが――。
「<死司天>! 何故、動かない!?」
『理由は先程も伝えた。ワタシに出て欲しいなら味方部隊を下げろ。私の権能に巻き込む可能性がある』
「いま前線にいるのは人類歩兵だ! 巻き込んでいただいて結構っ!!」
奴らは消耗品だ。
死んでも死んでも、農作物のように生えてくる。
だからこちらの砲撃にも巻き込む。奴らの死を前提として作戦を組んでいる。
死司天の権能に巻き込んでもらっても、何も問題もない。
『ワタシに出て欲しいなら味方部隊を下げろ。私の権能に巻き込む可能性がある』
「キサマァ……!」
巻き込んでもいいんだよ――と主張しても、死司天は動かなかった。
戦場をよく見渡せる場所に座り込み、
「あの戦無精がッ……!!」
「指揮官。権能持ちの増援です! 死司天とは別口で――」
「誰が来た!?」
新たな増援との通信を繋がせる。
オファニエル、と名乗った天使が早速戦場に飛び込んでいった。
砲弾の雨が降り注ぐ中、単騎で敵を蹴散らしていく。
いいぞ。この調子なら、まだ挽回できる……!
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:破鳩隊・部隊員
『こちら第2機兵大隊<典佃>。既に小隊規模になっているが援護させてもらう』
『こちら第12砲兵中隊。まだ撃てる。標的を教えてくれ!』
『生き残りの歩兵部隊をかき集めてきた。まだライブは終わってないよな? 指示をくれ。そっちの歌姫様を俺達に守らせろ!』
まだ味方がいる。
当初のエミュオン攻略軍と比べたら、殆どいない。殆どが死んじまった。
だが、それでも生き残り達が集まってくる。
久常中佐まで尻尾を巻いて逃げ始めた事で、統制の取れなくなっていた部隊が集い、プレーローマの猛攻に反撃している!
だが――。
「いいのか!? アンタら、このままじゃ逃げ損なうぞ!?」
『もう逃げ場なんかない。敵もこっちを殲滅する構えだ』
『死に場所ぐらい選ばせてくれ。最後に聞くなら砲撃より、歌姫の声が良い』
「アンタらとは気が合いそうだ」
生き残ったらアル注を奢ってやりたいぐらいだ!
そりゃ無理だろうが、だがそれでも……中尉の歌声は届けられる!
「中尉! アンコールです! オレ達もまだまだいけます! 守れますよ!」
混沌機関が破損し、機器が警告音を鳴らしている。
このままだと機関が爆発しかねないと警告している。
だが、それは問題ない。中尉を巻き込まない位置にいる。
敵を巻き込んで、少しでも削れれば問題ない!
「中尉も! まだまだ歌えますよね!?」
『……あったりまえでしょ~……』
返ってくる声は、随分と弱々しくなっている。
いつものグラフェン中尉じゃない。
だが、それでも……まだ歌える。
まだ生きている。
オレ達は死ぬ。
だが、それでも歌ってくれ。
アンタの声で、ラートの背中を押してやってくれ。
生き残ったところで、つらい想いをするであろう若造に、少しでも救いを――。
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:プレーローマの天使
「貴様らは、もう詰んでいるのだぞ……!」
貴様らの敗北は覆らない。
それなのに、敵は異常な士気を維持している。
敵機兵が突っ込んでくる。
複数の砲撃の直撃を受けてもなお、突っ込んでくる。
こちらの機兵部隊が流体の槍を複数刺した事で、ようやく止まった。
その場で自爆し、複数の機兵を屠りながら、ようやく止まった。
「な…………なんなんだ、お前達は……」
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:交国軍・破鳩隊のラート
中尉の歌声が聞こえる。
まだ聞こえる。
まだ生きている。
けど、何かを吐くような音も聞こえた。
中尉はその音に関して「ごめんね」と言いつつ、それでも歌い続けた。
苦しそうだった。
とても無事な状態だとは思えない。
けど、まだ歌っている。
歌っているけど――――。
「ぅ……! あぁぁっ……!」
歌声に、どんどん雑音が混じっている。
中尉のキレイな歌声を、砲撃の音がかき消していく。
それでもあの人は歌っている。
途切れ途切れながらも、声を絞り続けている。
その声が、どんどん……どんどん、聞こえなくなっていって――。
「やだ……! いやだっ……!! 中尉ぃっ……!!」
歌声が遠ざかっていく。
雑音や爆音すら、聞こえなくなっていく。
それでも、中尉が歌い続けているのがわかった。
けど、歌っている途中で――――。
「あああぁぁぁぁっ……!!」
ぷつん、と何も聞こえなくなった。
敵を片付け、振り切って、中佐に黙ってもらっても聞こえなくなった。
もう何も聞こえない。
歌はもう、聞こえない。
■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて
■from:<死司天>
『死司天……! あなたの職務怠慢は、ラファエル様にも報告させていただく!』
「ああ」
『三大天の寵愛を受けているからといって、何もかも許されると思っていたら大間違いだぞ!? 必ず……必ず、裁いてもらうからな!?』
「ああ」
現場の指揮官が何か言っているが、聞き流す。
幸い、歌声はもう止んでいる。
味方部隊が退かず攻撃に参加できなかったため、静観している間の暇つぶしとして敵部隊から聞こえる歌声に耳を傾けていたのだが……聞こえなくなった。
気になったため、戦場跡を進む。
歌声の主に興味がある。
敵の鎮圧は終わっている。敵味方双方の「人間」が大量に死亡し、プレーローマ側が防衛に成功した。勝ったのだが、現場指揮官は色々と不満の様子だ。
それは別にいいのだが――。
「あれか」
交国軍が抵抗していた場所。
その中心に、半壊した3体の機兵がスクラムを組んで固まっていた。
どの機兵も操縦席に攻撃を受けている。流体で作られた槍を突き刺され、機兵乗りは皆殺しにされたようだ。……だがそれでもスクラムを組み続けていた。
何かを守るように――。
「…………」
機兵達が守っている場所をよく見ると、女の交国軍人がいた。
翼は無いが、鳥人のようだ。
攻撃の熱で全身を焼かれ、腹には流体装甲の破片が深々と突き刺さっている。
死んでいる。
だが、通信機をずっと握りしめ続けていた。
すがりつくように通信機に口を寄せ、事切れている。
おそらく、これが歌声の主だろう。
「何故、戦場で歌っていたんだ?」
疑問を投げかけた。
当然、返事は無かった。
死体は喋らない。それが摂理だ。
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