過去:最後の舞台



■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて

■from:交国軍・破鳩隊隊長のグラフェン中尉


 プレーローマ支配地域<エミュオン>への侵攻作戦。


 最初から「随分と思い切ったことをする」と思っていた。


 実際は「思い切った」どころの話ではなかった。


 交国軍の本命は<エミュオン>ではなく、<ラジハール>だったんだと思う。


 あくまで私の推測。軍部だって「エミュオン攻略軍は最初から囮でした」と言うはずがない。作戦が終わった後も、きっと認めないだろう。


 最初から何千人と死ぬ前提の作戦。


 いや、違うか。万単位で死ぬ前提の作戦。


 プレーローマは強大で、交国一国だけで勝てる相手じゃない。時には手段を選ばず……犠牲も厭わず、仕掛けるべき時もある。


 私達は犠牲それに選ばれた。


 運悪く。あるいは計画的に。


 エミュオン攻略軍の参加者全員を知っているわけではないけど、交国にとって「そこまで価値のない人間」が投入されたんだと思う。


 少なくとも神器使いは、界内の作戦には投入されていなかった。


 神器使いと違って、替えの効く兵士は投入されていた。私含め、大勢――。


『雲千隊との連絡は――』


『取れません。おそらく、もう……』


 計画通り進まない作戦。


 増えていく一方の犠牲。


 刻一刻と過ぎていく時間。


 現れる敵増援。


 ……最初から勝利を期待されていない陽動作戦。


 私達は実質、「死んでこい」と命じられた。


 エミュオン攻略が計画通りに進まなかった以上、敵の増援が本格的にやってくる前に……傷が深くなる前に撤退するべきだった。


 けど、あの時は別のプレーローマ支配地域への攻略作戦が動いていた。


 <ラジハール>攻略軍が動いていた。


 上の本命はそっち。私達は、ラジハールへの敵増援を食い止めるための陽動。だから撤退命令が出なかったんでしょうね。最初から切り捨てるつもりだったんだ。


『……私達はまだ詰んでいない。まだ生きている』


 仲間に犠牲が多く出ている。


 けど、幸い、本当に「死んでこい」と命じられたわけじゃない。


『勝てばいい。勝って生き残ればいい』


 死なないためには、敵を殺すしかない。


 撤退が許されない以上、戦うしかない。


 逃げるための方法は上に押さえられている。


 もし仮に逃げたところで、脱走兵として裁かれる。


 選択肢が無くても、諦めて死ぬのは嫌だった。


『…………』


 私には夢があった。


 それを肯定してくれる可愛い部下がいた。


 その事が脳裏をよぎると、「死ねない」という気持ちが強まった。


 その部下が……ラート君が、過酷な戦場でどんどん消耗していき、それでも仲間を守るために必死に戦っているのを見ていると……気持ちがさらに強まった。


 この子を死なせちゃダメ。


 この子を死なせたら、私は本当にダメになる。


 どこに行っても半端者の私だけど、私は確かにここにいる。


 ラート君や他の部下達の命まで手放してしまったら、私はもう全てを失ってしまう。そう思いながら戦っても、犠牲は避けられなかった。


 戦況は悪い方向へ転がり続けた。


 ラート君は壊れていった。


 犠牲になった仲間達の前で、子供のように泣きじゃくっていた。


 泣きじゃくりながら……多くの敵を殺していった。


 最悪の戦場で、彼の才能が花開いていくのを目撃した。


 ただ、ラート君1人が活躍したところで、戦況は――。




■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて

■from:交国軍・破鳩隊隊長のグラフェン中尉


 エミュオン攻略が、「壊滅」によって終わろうとしていた時。


 あの男が来た。


 玉帝の子の1人である「久常中佐」が来た。


 中佐は、私達に撤退命令を出してきた。


 自分を連れて逃げろと……。自分自身のためにそう命じてきた。


 本来、久常中佐にそんな命令を出す権限はなかった。


 久常中佐はエミュオン攻略軍の中で、唯一特別な存在だった。


 彼は玉帝の子。あくまでその1人だけど、私達とは立場が違った。


 だからといって、中佐に過ぎない彼に撤退命令なんか出せないはずだった。


 けど――。


『今は、私が現場の最高指揮官だ!!』


 久常中佐はそう言っていた。実際、その通りだった。


 彼の上には大佐がいたけど、その大佐は「不幸な事故」で死亡したらしい。


 久常中佐の必死な形相を見て、大体察した。


 あの男はやったんだ。


 自分自身のために、戦場の混乱に乗じて……。


 それを指摘したところで、意味はない。


 これは好機チャンスだ。部下達を無事に逃がす最後のチャンス。


 ……あと1時間早ければ、生き残っている部隊員は全員逃がせた。


 もう遅かった。


 久常中佐が思いきるのが、あと1時間早ければ……。


『貴様らは、ボクの護衛としてついてくるんだ!』


 それは不可能だった。全員は生き残れない。


 それぐらい、戦況は逼迫していた。


 逃がせるのは2人だけ。久常中佐ともう1人だけ。


『ラート君』


 私は彼を選んだ。


 久常中佐の護衛として、一緒に逃げるよう命じた。


 破鳩隊わたしたちが道を作るから、そこから逃げろと命じた。


『ちゅ、中尉は!? 先輩達は……!?』


『私達は、私達の持ち場で戦う』


 そう決めた。そう命令した。


 反対意見は出なかった。


 反対したかった隊員だって、いたと思う。


 けど、彼らはそれを飲み込み、ラート君を送り出してくれた。


 反対を口にしたのはラート君だけだった。彼は命令で黙らせたけど――。


『中尉の仰る通り、ラートが適任です』


『アイツならきっと、無事に逃げ延びてくれるはずです』


 そう言い、励ましてくれる隊員もいた。


 私の判断は……私情交じりのものだったのに。


 未熟な新兵ラートは地獄の戦場の中で、機兵乗りとしての開花させていた。ただ、まだ不安定だった。彼より強い機兵乗りは他にもいた。


 それでも私がラート君を選んだのは……私情だった。


 彼は、私の救いだった。


 他の部下達も大事だった。


 けど、一番大事なのは彼だった。


『…………。皆、ごめん』


『諦めないでください、隊長。まだ、終わってませんよ』


『……そうだね。ごめん』


 中佐とラート君を逃がすため、私達は戦った。


 大量の敵に囲まれながら、死が首元まで迫っている状況で戦い続けた。


『中尉。今まで……ありがとうございました。お先に失礼します』


 失礼しないでよ。恨み言ぐらい、言ってよ。


 なんでどいつもこいつも、さっぱりした様子で死んでいくの?


 オークだから? 痛みを感じないから?


 お願いだから……私を呪ってよ……。


『中尉! ここはオレ達に任せて!!』


『希望を捨てないで――』


 そう言って、希望いのちが散っていった。


 本来、希望は命と共にあるもの。死んでしまえば失われるもの。


 それなのに、彼らは自分達の命を犠牲にして散っていった。


 私の所為で。私が彼らを選ばなかった所為で――。


『中尉!!』


『――――』




■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて

■from:交国軍・破鳩隊隊長のグラフェン中尉


「――い! 中尉っ……!!」


「ぅ…………」


 目を覚ます。


 ……夢を見ていた気がする。


 可愛い新兵と戯れ、気分よく歌う夢を見ていた気がする。


 地獄の戦場で、私の所為で部下達が死んでいく夢を見ていた気がする。


 ……どれも現実に起こったことだ。


 私は敵の攻撃を避けきれず、気絶し、少し夢を見ていただけ。


 状況は変わっていない。終わっていない。


 私は……まだかろうじて生きていた。


「中尉……!」


「……大丈夫、まだ、生きて……るよ。少尉……」


 潰れた操縦席から、部下の声がする方向に顔を向ける。


 砲撃音がまだ聞こえる。私達はまだ敵の真っ只中にいる。


 敵の包囲網の中に……。


「…………」


 自分で操縦席から出られない。


 部下に引っ張り出してもらう。


 私はラート君と、ついでに久常中佐を逃がすために破鳩隊の皆と戦っていて……敵機兵と相打ちになったんだ。


 何とか敵は仕留めたようだけど、他の敵がまだまだいる。オマケに私の機兵の混沌機関は潰れている。まだ、味方はいるけど……私の機兵はもうダメになった。


「……少尉、ごめん、指揮引き継いで。私はここまでみたい」


「なに言ってんですか! 俺の機兵に来てください! 狭くて臭いかもですが、今回はガマンしてもらって……!」


「この状態じゃ、無理。足手まといよ」


 まだ生きているだけ。


 皮膚が焼けただれ、お腹には流体装甲の破片が突き刺さっている。


 下半身はまだ一応ついているけど、感覚はない。動きもしない。


 生きているのが不思議な状態よ。私、オークみたいに丈夫じゃないのに。


 何とか自決用の拳銃を貸してもらえないかな?


 操縦席を潰された時、拳銃も、どこかに……。


 いや、それも無責任か。


 皆を死地に追いやっておいて、「プレーローマに捕まって、敵機兵の生体部品とかになるのは嫌」と思いながら自決するとか……ズルいよね。


 けど、これだけは教えて欲しい。


「最後に、教えて。ラート君は――」


 咳き込む。


 喉奥からドロッとしたものが出てきた感触。


 胃液だけじゃない。鉄の臭いがする……。


「最後とか、言わないでくださいよ……!」


 私は……キミ達、オークみたいに丈夫な身体してないんだよ。


 女の鳥人だよ? 10代の少女に見間違えられる事もあるんだよ?


 それより、ラート君は――。


「ラートは1分前に包囲を突破しました! 敵の追撃も……隊長の奮戦で何とか振り切れたはずです! 敵は、こっちに食いついてますから……」


 そっか。


 良かった。


 ……まだ、希望が残っている。


 私の希望は飛んで行った。私の望み通りに。


 後ろめたい気持ちもある。


 けど、それ以上に「嬉しい」という気持ちが胸を温かくしてくれた。


「あと、よろしくね……」


「諦めないでくださいよ……!」


 少尉に担ぎ上げられる。


 どこかに連れていかれる。


 戦場の音が、少し、収まった。


 砲撃であっさり死なないよう、一時避難させてくれたらしい。


 あとは私を置いていってくれれば――。


 …………少尉が何か作業している音が聞こえる。


 何かの機材を、イジってる……?


「とりあえず、いま迫っている敵を何とかしてきます! 絶対……絶対に迎えに来ますから、ここでラートと話をして待っててください!!」


「えっ……?」


『中尉? グラフェン中尉!? ご無事ですか!?』


 ラート君の声が聞こえる。


 少尉め……。彼と通信繋げやがったのか。


 いま、彼と話すと……虚飾の仮面がボロボロになりそう。


 ずっと頑張ってきた。「強いグラフェン中尉」の仮面を維持するために。


 既にボロボロなのは、自覚している。


 けど、それでも……大事な部下の前で、まだ虚勢を張りたかった。


「……無事に決まってるでしょ。今もバリバリ戦ってるとこ」


 生きてるよ。今のところは。


 身体の芯が冷たくなっていく中、声を絞り出した。


「私の心配より、自分の心配しなさい……」


『で、でも……中尉っ……!』


 包囲網を突破したとはいえ、ラート君はまだ助かったわけじゃない。


 エミュオンは敵の支配地域。


 界外まで逃げ、交国領に辿り着かない限りは「生還できた」とは言えない。


 敵は今のところ私達を優先しているけど、私達が片付いたらラート君の方も危うい。いや、逃げた機兵を不審がって、追撃の部隊が出ていてもおかしくない。


「……先に行ってて。絶対、追いつくから」


 果たせない約束という自覚はあった。


 けど、彼を少しでも安心させられるなら――。


 故郷に良い思い出はないけど、破鳩隊ここは違う。良い思い出ばかり。


 信頼のおける部下達がいて、危なっかしいけど可愛い部下もいた。


 皆、私を肯定してくれた。


 ……罪悪感もあるけど、嬉しいという気持ちをいっぱいもらった。


『中尉、ホントに無事なんですか……!?』


「中尉サマの言うことが、信用できないの……?」


『そっ……! そんな、ことっ……!』


「大丈夫……。私だけじゃなくて、皆も無事だから……」


 ウソを重ねる。


 ラート君はバカでアホだけど、それでも察していたはず。


 だから、彼の声も震えている。


「先に帰ってて。私達も、ぜったい、帰るから……」


 もし帰れたら、夢の続きが見たい。


 まだ皆と一緒にいたい。


 歌手にもなりたい。


 やりたいこと、いっぱいしたい。


 部下を死なせておいて……どの口で、って言われるだろうけど――。


「――ラート君?」


 彼の声が聞こえない。


 通信先からは、雑音ノイズしか聞こえない。


 まさか、ラート君に何かあった?


 パニックになりかけていると、少尉の声が聞こえてきた。他の仲間達と共に機兵に乗り、抵抗を続けている少尉から通信が届いた。


『敵の通信妨害です! ラートはきっと無事ですっ!』


「そう……だよね。無事……だよね……?」


『はい! ただ、秘匿回線ではもう、連絡を取る方法が……!』


「…………」


『無差別通信なら、何とかこっちの声は届くと思いますが――』


「返事は無理だね~……」


 というか、絶対に返事しちゃダメ。


 ラート君は久常中佐という荷物を背負って逃走中。


 こっちの無差別通信に応えたら、敵に捕捉されやすくなる。


 まあ、でも、彼は無事なはず……。


 前途有望な機兵乗りだし、きっと……大丈夫。


「…………」


 大丈夫じゃないのは私達だけ。


 でも、私の胸に渦巻いているこの恐怖なら、私がガマンするだけでいい。


 こんな状況に付き合わせてしまった部下には、申し訳ないけど――。


『そうだ……! 返事なくても、いいんですよ!!』


「…………?」


『中尉、歌ってください! 戦場全体に届くように!!』


「はぁ……?」


『ラートは中尉の歌が大好きでした! 当然、オレ達も好きですけど――』


 こっちの声を届ける事は可能。


 会話出来なくても、こえは届く。


『だから歌ってください、中尉! ラートのために……!』


『頼みます! あいつ、まだ尻の青い若造なんですっ! ぜったい……ぜったい、ぷるぷる震えて、怖がっているはずです!! 実質、1人で行動中ですから……』


『アイツを元気づけてやってください、中尉!!』


 皆して、無茶言うんだから。


 私、死にかけなんですけど。


 吐血だってしてるんですけど。


 大きな声なんて、絶対に出せない。


 けど――。


『…………』


 声を張らなければ、少しは歌えるはず。


 それが、あの子のためになるなら、私は……。


「……ごめん、皆…………しばらく、つきあって……」


『了解!』


『任せてください! 死守しますっ!!』


『何曲でも付き合いますよ! 俺だって聞きたいですもんっ!』


『泣き虫ラートを安心させてやってください!』


 いける。


 できる。


 絶対に歌える。


 だって、得意だもん。虚勢張るの。


「――――――――」




■title:プレーローマ支配地域<エミュオン>にて

■from:プレーローマの天使


「交国軍は、まだ始末できないのか?」


 無謀にもエミュオンにやってきた交国軍。


 奴らはもう半死半生の状態だが、まだしぶとく抵抗している部隊がいるらしい。


 間違いなく、エミュオン攻略に来た交国軍は囮。


 交国軍の本命はラジハールだ。今もラジハールに交国軍が攻め込んでおり、危機的状態のため、早くエミュオンの敵を片付けて応援に行きたいところだが――。


「チッ……。奴に繋げ」


「はっ!」


 あまり頼りたくないが、仕方ない。


 <癒司天ラファエル>様の寵愛を受けている奴の世話にはなりたくないが……使えるものは使わせてもらう。


 エミュオン防衛は成功するだろうが、ラジハールが落ちるのはマズい。


 交国に好き勝手させないためにも、この場の敵を早急に片付けねば――。


「<死司天>、増援としての役割を果たしていただきたい」


『…………』




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