過去:私の救い
■title:
■from:交国軍・破鳩隊隊長のグラフェン中尉
無邪気でアホな新兵に――ラート君に歌っているところを見られた。
彼は偶然、自主的に訓練していた帰りで……私の声に気づいてノコノコやってきたらしい。それでちょうど一曲終わるまで黙って聞いていたらしい。
私が歌い終わると、「うおおおおおっ!」と大声を出しつつ、バチバチと拍手しながら私のところにやってきた。
誰にも見せたくなかった姿を見られた私は、激しく動揺した。弱い自分を仮面で隠していたのに、その弱いところを見られて混乱した。
何か嫌なこと言われるんじゃないかって、不安に思っていた。
けど、ラート君はいつも通りアホだった。
無邪気に私の歌を褒め、瞳をキラキラさせながら「鳥みたいにキレイな声でした! メッチャ良かったです!!」なんて言ってきた。
『中尉、歌手になれますよ!!』
私が捨てた夢。捨てざるを得なかった夢を、気軽に言ってきた。
交国人のくせに、私の過去を抉ってきた。
殺意が湧いたけど、私の口から出てきたのは……ため息だった。
この子に悪意なんてないのは、わかっている。交国嫌いでもそれぐらいわかる。
無知すぎて、自分がどれだけ私の事を抉っているか無自覚なだけ。
噛み加減を知らない子犬のようなもの。……この子は悪くない。
だから、罵声は飲み込んだ。
素直に賛辞は受け止められなかったけど、さすがにそこでキレる事はなかった。……褒められたのが恥ずかしくて、軽く赤面はしちゃったけど……。
『ラート君。今日のことは秘密にしておいてね』
『えっ? なんでですか?』
『そりゃあ~……! 恥ずかしいからだよっ……!』
わかるでしょ。わかってよ、と思いながらそう告げた。
ラート君は「きょとん」としていた。彼は純粋に私の歌を褒めてくれて、「こんな特技を隠しているなんて勿体ない!」なんて言っていた。
そう言ってくれるのは嬉しいけど――。
『とにかく……! 秘密にしておいて! これは破鳩隊の隊長としての命令ね』
私は嫌いな交国に与えられた権限を振りかざし、口止めした。
ラート君はしきりに「勿体ない」と言っていたけど、「中尉がそう仰るなら……」と認めてくれた。あの時は一応、そう言ってくれた。
『秘密にしておけばいいんですよね?』
『そう。アホの子のキミでも、それぐらい出来るでしょ?』
『もちろんっ! 任せてくださいっ! あ、俺はまた聞きに来ていいですか!?』
彼はホントにアホだから、そう言ってズケズケと踏み込んできた。
ラート君は、その後も私の歌を聴きに来た
ホントに迷惑だった。ホントに嫌だった。
……あんなキラキラした瞳を向けられながら静聴されて、歌い終わるとベタ褒めしてくるんだからやりにくい! 恥ずかしいっ!
『中尉の歌、最高ですっ!』
『あ、ありがと……』
『もう一曲聴きたかったり~……』
『も、もー……! 今日はもう無理! 喉がイカれるっ!』
『あっ! で、ですよねっ……!』
拒絶すると、彼は叱られた子犬のようにションボリとしていた。
『…………その代わり、明日も歌ってあげるから。キミだけのために』
そう言うと、急にパッと表情を輝かせ、飛び跳ねて喜んでいた。
私の歌なんて、聞いていても面白くないと思うけどね。
ラート君は物心ついた時から軍学校に入れられて、訓練の日々を送ってきた子だから……娯楽に飢えていたのかもしれない。
大して遊んでこなかったから、娯楽に対する目も耳も肥えていない。だから……私なんかの歌で、アホみたいに喜ぶ。
彼の前で歌うのは恥ずかしいし、嫌だと思う事もあったけど……相反する気持ちも抱きながらラート君の前で歌い続けていた。
『やっぱ中尉の歌は素敵だなぁ……! 皆にも聞いてほしいっ』
『嫌よ……。私、誰かに自分の歌を披露するの、嫌いなの』
嫌いなのは本当。
歌を仕事にしたかったのにね。
……昔は嫌いじゃなかったはず。
嫌になっていったのは、故郷での暮らしが影響していると思う。
鳥人が歌っている。
へたくそな歌。
そこらの鳥の方が、まだキレイな声をしている。
そうからかわれて……人前で歌うのが苦手になった。苦手じゃなくても、交国の計画経済下じゃ職も自由に選べないから……どうせなれっこないとウダウダしているうちに、徴兵されて……。
『…………』
『中尉? ど、どうかしました? 俺、また何か怒らせること言いました!?』
『ハァ……。別にぃ~』
ラート君みたいに、純粋に褒めてもらったのなんて、いつぶりだったかな。
覚えてない。……そもそも褒めてもらえた事あったっけ?
『まあ、とにかく、私は人前で歌うの嫌いなの』
だから、皆には秘密。
私の気晴らしをとやかく言われたくないし、「頼りになるグラフェン中尉」の仮面を外されるのは嫌。絶対に嫌。だから秘密にしてと頼んだ。
『わかりました! 俺、口の堅さには自信あるんで任せてくださいっ!』
彼はそう言ってたけど――。
『ラ~~~~トくぅ~~~~んっ!?』
『ひぃ! ごっ、ごめんなさい中尉ぃ~~~~っ!!』
アホでバカで無邪気な彼は、ついつい皆にバラしやがった!
な~~~~にが「口の堅さ」に自信ある、だ!
赤ちゃん並みにゆるゆるじゃない!!
部隊の皆に私の「気晴らし」が発覚し、皆に私の歌を聴かれてしまった。
ただ、まあ……思っていたほど悪い反応じゃなかった。
嫌み交じりの品評とか、「鳥人のくせに」って種族差別は出てこなかった。
彼らはラート君と同じように、純粋に楽しんでくれたようだった。私が歌い終わるまでラート君に倣って静聴し、歌い終わると大声ではしゃぎ始めた。
オマケに全員調子に乗って、「また聞かせてくださいよ!」なんて言ってきた。ラート君と似たようなキラキラした目つきだった。
故郷にいた時より、今の方が「鳥人への差別」を感じない。
故郷より一層、交国の真っ只中にいるのにね。
ウチの部隊の人間が全員良い奴だったのかもしれないし、環境の影響なのかもしれない。私の暮らしていた赤霞に暮らす一般人は暇過ぎて、どうでもいい差別ぐらいしか「暇つぶし」が無かったのかもしれない。
前線の兵士は、細かい事は結構どうでもいいのかもね……。
……正直、故郷にいた頃より居心地が良かった。
そう思う自分がちょっと嫌だったけど……皆の前で歌うのは悪くなかった。
それはともかく――。
『秘密って言ったでしょ!? な~~~~に皆にバラしてんのよ~~~~!』
『ひぃ! だ、だって、先輩達が……俺が中尉とコソコソしてるの怒るから……! 皆、「てめえ、オレ達の中尉とナニやってんだよ~!」って俺を締め上げてきたんで……! ご、ごめんなさい~っ……!!』
『キミも、ちょっと言いふらしてたでしょ』
『なっ……! なんの話ですかぁ~……?』
『言いふらしてたでしょ……!』
『うぅっ……! だ、だってぇ……皆にも、聞いて欲しかったしぃ……』
アホでバカなラート君は、笑顔で言葉を続けた。
『中尉の歌は最高だから! もっと多くの人に聞いて欲しいですっ!』
私が諦めた夢を、無邪気に無責任に推してきた。
ホント嫌い! ラート君みたいに、ズケズケ踏み込んでくる子。
嫌いなのに……私は突き放す事が出来なかった。
楽しかったもん。
ラート君達、破鳩隊の皆と一緒にいるのは心地よかった。
故郷で……家族と一緒にいる時より、心地が良かったかもしれない。
けど、彼らともいずれ別れる事になる。
私達が立っているのは戦場。
交国臣民と言われながら、交国の奴隷に過ぎない私達に職業選択の自由なんて……実質ない。ラート君達はその自覚もなく、無邪気に戦い続けている。
人類を守るためだとか、お国のためとか……正義のためとか言いながら……。
戦争が続く以上、私達は戦い続けなきゃいけない。
交国は、巨大な兵器みたいなものだ。
与えられた命令を忠実にこなす兵器のように……愚直に戦い続ける。
人類を部品として消費しながら、人類を守るために戦い続けている。
『…………』
私達の戦争は、きっとずっと続く。
私達が死んだ後も続くと思う。交国が滅びない限り続くだろう。
プレーローマは強大だ。交国ですらプレーローマに勝てない。
他の人類連盟加盟国と歩調を合わせ――お互いの目的をすりあわせつつ――戦い続ける事で、何とか戦線を維持しているだけに過ぎない。
最前線で戦い続けている私達は、いつか現実にすりつぶされる。
多くの兵士がそうであったように、私達もいつか戦場で死ぬ。
『私達は戦い続けるしかない。戦わないと生き残れない』
戦わなければ非国民として、交国内ですら排斥される。
もう、兵士として死ぬまで戦うしかない。
だから、私はもう歌手には――――。
『そんなの嫌です!』
無邪気な彼はそう言った。
『俺、もっとたくさんの人に……中尉の歌を聴いてほしいですっ!』
拳を握り、大声でそう主張していた。
ラート君は現実を知らない。
アホでバカで無邪気な子供だから、現実を理解していない。
多分、彼もいつか現実に潰される。
……まだ潰れていないだけ。
いつかきっと、私みたいに――――。
『歌手になる夢、諦めたつもりだけど……。もうちょっと頑張ってみようかな』
『…………! ホントですかっ!?』
『そのためには、戦争終わらせなきゃダメだけどね……』
私みたいになってほしくない。
ラート君は、ラート君のままでいてほしい。
私みたいにウジウジ悩む奴になって欲しくない。
ラート君のアホでバカで無邪気なところが、肯定される世界になって欲しい。
そう祈っていた。
現実の怖さをわかっているつもりなのに、私は彼の姿に1つの夢を見た。
ラート君の存在は……私にとって「救い」になっていた。
そんな彼と一緒に、私達は囮として戦場に投入された。
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