第2.2章:歌はもう、聞こえない【新暦1241年】
過去:侵略の轍
■title:
■from:交国軍・破鳩隊隊長のグラフェン中尉
『グラフェン中尉って、どこの生まれなんですか?』
『…………』
人懐っこい新兵に――ラート君にそう問われた事がある。
その問いに対する苛立ちを隠しつつ、私は「生まれも育ちも交国領<赤霞>だよ」と返した。
そう、私は交国領生まれの交国人だ。
ただ、その事に
今でこそ私の生まれた世界は<赤霞>なんて名前がついている。
けど、それは侵略者である交国がつけたものだ。
本来、あの世界は<オリッジ・ルー>という名前がついていた。けど、私が生まれる100年ほど前に交国が侵略してきた事で、オリッジ・ルーは消えた。
世界は存在し続けているし、環境も悪くない。逆に交国の影響で技術水準が上がり、様々な方面で発展したと言っていい。
でも、私は「交国の侵略行為」に納得していない。
国籍は交国人だけど、心はオリッジ・ルーの民のつもりだ。……一応。
交国は横暴だ。
彼らは適当な大義名分を掲げ、オリッジ・ルーに侵略してきた。抵抗する軍隊を民衆ごと虐殺し、抵抗運動をしている人々も殺すか強制移住させてきた。
オリッジ・ルーの文化を消し、「交国領・赤霞」という世界に改造していった。
公の文献では「オリッジ・ルー」という名前すら書かれなくなり、私達の世代には「オリッジ・ルー」という名前を知らない子も大勢いた。
キミ達の所為なんだよ、ラート君。
キミ達、交国人の侵略で……私達の世界はメチャクチャになった。
経済的に豊かになったとしても、文化はほぼ完全に死んだ。交国なんて侵略国家が来なければ生きていた文化や人が、交国の所為で死んだ。
私はそう思っている。内心ではそう思っている。
周囲の人々と衝突したくないから、黙っているだけ。
我が身可愛さに黙っているだけ。
私が抵抗したところで……何にもならないから。
生粋の交国人に何を言われても聞き流す。反論なんてしない。
上から目線で「交国は後進世界の文明化をして
私は交国が大嫌い。
……大嫌いなのに、表だって逆らえない自分のことも嫌い。
だから、無邪気に「故郷」について聞いてくるラート君の事も嫌いだった。
キミ達の所為なんだよ――という憎しみが、フツフツと煮えたぎっていた。
それを冷ましてくれるほど、ラート君は無邪気だった。
彼は本当にアホの子だから……本当に悪意なく聞いてくるんだよね~……。
悪意無しで無神経なこと聞いてくるから、内心ではピキピキだけど……悪意が無いのわかっているから、強く怒れないよ。あの子のこと……。
多分、ラート君も犠牲者なんだと思う。
生粋の交国人である彼も、交国の都合で戦わされている。
その自覚が無いのが痛々しい。
私がくだらない遊びをしていた歳にはもう、ラート君は軍学校に入れられてるからね。そのことに疑問を抱かないのは、交国の洗脳教育の成果なんだろう。
その事を考えると……ラート君を責める事は出来ない。
少し……ほんの少し、苛立つだけ。
『赤霞には、中尉みたいな鳥人さんがいっぱいいるんですか!?』
『ん~……。そうだね。元々、鳥人が多い世界だったから』
鳥人。
翼や羽毛といった鳥らしい特徴も持っている人類。
それが私達。
オリッジ・ルーには、鳥人が沢山いたらしい。
でも、それも昔の話だ。
交国領<赤霞>には……そこまでいない。
交国の所為でね。
100年以上前、オリッジ・ルーに侵攻してきた交国軍は鳥人を大勢殺した。技術力で劣るオリッジ・ルーの民は一方的に殺された。
虐殺だった……と聞いている。
公式の記録は残っていない。抹消され、口伝しか残っていない。
交国による支配が本格的に始まった後、抵抗運動をする人達もいた。その人達も大勢殺されたし……殺されずとも、酷い目にあう人達もいっぱいいた。
異世界に強制移住させられたりね。
逆に、異世界から鳥人以外が来る事も多かった。
オリッジ・ルーの鳥人は死ぬか強制移住で数を減らし、余所からやってきた異世界人によって人口バランスは激変。赤霞において鳥人は少数派になった。
いま、赤霞にいる鳥人は「交国」という難を逃れた人々。
ある意味ではね。
ただ、それが良い事とは……個人的には思えない。
私達の世界は交国の侵略によって技術水準が上がり、経済的に豊かになった。オリッジ・ルーの技術では病死していた人々が、交国の技術で助かった。
そういう「恩恵」も確かにあった。
でも、それは侵略の大義名分にならない。
しちゃいけないんだ。
もし仮に、「交国の虐殺」で死んだ以上に「交国に救われた人」が生まれたとしても……そんなの許されちゃいけない。当事者は絶対、許さないと思う。
私達は数字じゃない。
ちゃんと、生きている人間なんだ。
数字の多い少ないで判断しないでほしい。
まあ、でも……私は、虐殺から目をそらした人々の末裔だけどね。
抵抗せず、交国の支配をナアナアで受け入れてしまい……その結果、主権を失った。私達も「交国人」だけど、交国政府の意向に従わざるを得なくなった。
交国の支配は息苦しい。
交国の侵略によって
交国はプレーローマと戦い続けている。
プレーローマには
鳥人も翼を持っている。
だから、
交国が異世界から連れてきた人達に、「お前達は天使の手先だー」「天使と同じ翼を持っている汚れた存在だ~」なんて言われ、差別された。
鳥人と天使は違う。
天使達の冷たい光翼と、私達のふわふわの翼は全然違う。
それなのに異世界人達は鳥人を差別し始めた。
オリッジ・ルーの敗北は100年以上前の話なのに……交国の侵略行為に抵抗したオリッジ・ルーは「プレーローマに利する行為をしていた」と蔑まれ、元々住んでいた鳥人達はその責任を「差別」という形で問われ続けている。
私は近所に住む<2世異世界人>の男の子達に石を投げられたり、羽をむしられた事もあった。ひどい時は異世界人に「天使の手先め!」と根も葉もないことを叫ばれながら、レイプされかけた事もあった。
幸い、後者は未遂で終わったけど……鳥人への差別は他にも色々と受けた。
どれも嫌な思い出ばかり。……大半が故郷で積み上がった思い出ばかり。
交国政府はその手の差別を否定している。鳥人はプレーローマの手先ではないと言っているけど……殆ど言っているだけ。少数派になった鳥人を積極的に保護してくれるわけではない。
口ではきれい事を言っているけど、移住者と鳥人の間で起きた揉め事には、あまり積極的に介入してこない。両者間で協議して解決しなさいと丸投げ状態。
赤霞に移住させられてきた異世界人のはけ口として、「敗者」である鳥人はサンドバッグになる。……交国政府への怒りのはけ口として、私達が利用されている。
そんな差別が横行しているから、私は交国を恨んでいる。
赤霞が交国領で、私が「交国人」だろうと……帰属意識を持てないでいる。
交国さえ来なければ、あんな事にならなかった。
……内心でそう思っているだけで、積極的に抵抗してないけどね。
私1人、逆らったところで無駄でしょ――と諦めながら、ウジウジと悩み続けている。「交国人」にも「オリッジ・ルーの民」にも慣れない半端者だ。
テロリストになる覚悟もない。
<ブロセリアンド解放軍>みたいな反交国組織に参加する勇気もなく、不満を抱きながらも黙って俯いている。
私も……交国に負けた1人だ。負けるのがわかっているのに抵抗していた人達みたいに……立ち上がれない敗北者だ。
敗北の証として、私は身体の一部を失った。
『えっ! 中尉にも翼が生えていたんですか!?』
『昔はね』
『すげえ! なんで今は無いんですか? 鳥人の翼って、天使の翼みたいに消したり出したり出来るってことなんですか……!?』
『…………。切除したんだよ~』
『せ、切除!?』
『私は機兵乗りだから。機兵乗るのに翼は邪魔でしょ?』
ウソだ。
そんな理由で手術を受けたわけじゃない。
『なんかそれ……勿体ないですね』
『そう?』
『そうですよ! 中尉の翼、絶対にキレイだったでしょ。俺も見たかった……!』
ラート君は本当にバカだ。
悪気がないのはわかるけど、それでも苛つく。
無知は罪だよ、と言いたくなる事もあるけど……さすがに堪えた。
ラート君が悪いわけじゃない。
悪いのは交国と……交国や世界に抗えなかった、私の弱さだ。
私が翼を切除したのは、交国が生んだ「鳥人への差別」の影響だ。
私達は天使みたいに翼を隠せない。
翼があれば鳥人と丸わかり。一番大きな外見的特徴だからね。
……だから切除した。
交国政府が「差別対策」とのたまって翼の切除手術の援助をしていたから……差別されにくように、翼を切除した。生まれた時からずっと一緒だった翼を切った。
異世界人に襲われた時の恐怖に押され、鳥人の証を切除した。
負けたんだ。私も。
交国に。世界に。
怖かったから……
強姦未遂前までは自信を持って「私はオリッジ・ルーの民」と思っていたけど……翼を切除した事で、私はオリッジ・ルーすら裏切った半端者になった。
交国人にもなれなかった。
翼を切除した事で差別されづらくなったけど、ゼロになったわけじゃない。移住者達は――余所者のくせに――私達を厳しい目で見続けてきた。
移住者からの差別が減ったけど、同族である鳥人に蔑まれる事が増えた。
鳥人にとって翼は誇りの象徴。それを交国の思惑通り切除してしまうとは何事かー、などとわかったような口を利く人達もいた。
そういう人達は大抵、男だった。女の私ほど差別されてなかった奴ら。交国に反感持ちつつ、表だった行動は出来ず……交国人にヘコヘコと頭を下げている奴ら。
夜、酒場で鳥人同士集まって愚痴を言っているだけの、可愛らしい反抗者達。
……私の同類。
違うのは翼の有無と、性別かな。
まあ……彼らは口ばっかりだから、私を襲ってこない分、気は楽だったけどね。適当に受け流せばいい酔客みたいなものだもん。
ともかく、私は交国に馴染めず、故郷でも浮いた存在になった。
背中は軽くなったけど、翼の重さ以上の虚しさを得た。
後悔した。翼を切除した後で、後悔した。
交国や世界に屈してしまった自分が嫌でたまらなかった。
そんな時、交国支配地域の徴兵計画によって徴兵された。
交国に支配された私達は豊かになったけど、自由を失っていた。
なりたいものはあったけど……徴兵された時、「ああ、もう無理なんだな」と思って、また心をポッキリ折られた。
折られ過ぎて……段々とムカついてきた。
私が弱いから折られたんだ。
そう考えるようになり、強くなって皆を見返してやろう――と訓練に励んだ。
ひょろっとした身体で訓練についていくのは大変だったけど、努力で補った。
身体の強さで勝負するのは難しい。小手先のテクニックで多少は勝ちを拾えたけど、私の身体は恵まれたものとは言いがたかった。
オーク達のように、戦闘に適した身体じゃなかった。
だから、機兵乗りを目指した。
機兵に乗ってしまえば、男も女も関係ない。
翼の有無も関係ない。
機兵乗りへの道を希望し、何とか実力を認められ……機兵乗りになれた。
交国軍の主力であるオーク達ですら、全員がなれるわけではない機兵乗り。戦場の花形。そこまで上り詰めると鳥人の私でも一目置かれるようになった。
その後は幸運にも恵まれ、機兵部隊を任されるようになった。
私以外、全員がオークの野郎共なのは正直怖いけど……その恐怖心を知られるのが一番嫌だから気丈に振る舞った。
……振る舞えていたのかな?
ウチの野郎共、良い奴ばっかりだから……私が多少弱いところを見せても、見て見ぬフリをしてくれてたかもしれない。
交国人は嫌い。
交国のオーク共も嫌い。ガキみたいなセクハラ何度もされたし。
けど、嫌いじゃない奴もいる。
ラート君とか、他の部隊員達の事は……そんなに嫌いじゃない。
私が隊長って事情もあるかもだけど、ウチの部隊員は……皆、良い奴なんだよね。セクハラはしてこないし、話もちゃんと通じる。
訓練や実戦で実力を見せれば、ちゃんとそれを評価してくれる子達だった。
彼らの事は嫌いじゃないけど……素の姿を見せるのは嫌だった。
頼りになる機兵乗りの「グラフェン中尉」の仮面を被り、皆と接してきた。……仮面の奥にある素顔を見られるのが怖かった。
交国を憎み、ウジウジ悩んでいる「鳥人の女」という素顔を隠して接してきた。
その仮面を保つために、「歌」が必要だった。
歌うのが大好きだった。
……歌の仕事に就くのが夢だったけど、それは儚い夢に終わった。
それでも、趣味で歌うのは自由。……歌うのは楽しかった。
だからこっそり、1人で歌って息抜きをしていた。
あくまでこっそり。
したたかで頼りになる隊長サマである「グラフェン中尉」が、小娘みたいにニコニコで歌っている姿なんて、部隊の皆には見せたくなかった。
皆も見たくないでしょ――と思っていた。
隊長サマがそんなのだったら、ガッカリするでしょって思っていた。
そう思っていから、ラート君に見られた時は血の気が引いた。
私が1人こっそり、楽しく歌っている姿を見られた時、「終わった」と思った。
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