第2.3章:我が征く道【新暦1237年】

過去:暗く狭い海の中


■title:エデン旗艦<アララト>にて

■from:炎陣・ファイアスターター


 物資補給のため、プレーローマの船団を襲って物資をいただく。


 その物資を持ってエデン旗艦<アララト>に帰還する。


「隊長は休んでてください。荷下ろし作業はこっちでやりますから」


 部下にそう言われたものの、「年寄り扱いするな」と言い、荷下ろしを手伝う。


 神器使いである吾輩は、常人と身体の作りが違う。身体能力がとびきり高いタイプの神器使いではないが、それでも吾輩が手伝った方が効率的だ。


「隊長のおかげで、かなりの量の物資を奪えましたね……! これでしばらくは補給無しでもやっていけそうです」


「だといいが……。ああ、エンジニア部の者に連絡しておいてくれ」


 浄水器のフィルターが危ういと聞いている。


 交換用の部品が、今回奪った物資や敵船の部品から手に入れられればいいのだが……最悪はどこかと交渉して手に入れるしかない。


 手際の良い部下達は「エンジニア部の奴らも、もう直ぐ来るはずです」と言ってくれた。到着を待ちつつ荷下ろしを続けていると――。


「こらっ! ガキ共~! ここでうろつくんじゃないっ!」


「荷物の下敷きになったら危ないだろ~?」


「む…………」


 部下が怒る声が聞こえてきた。


 声のする方向に歩いていくと、吾輩の部下達が――エデン第2実働部隊の隊員達が、荷下ろし場に紛れ込んだ子供達を叱っているところだった。


 実際、子供がうろちょろする場所ではない。


 しかし、子供達は――エデンが保護した流民の子供達は、荷下ろしの様子が気になって、コソコソと潜り込んできたようだ。


 吾輩もその様子を見に行くと、叱られてふてくされていた子供達が「オジちゃんっ!」と言い、ワラワラと吾輩のところへやってきた。


「ファイアスターターオジちゃん、おかえり~!」


「また悪い奴らやっつけてきたのっ!?」


「お土産は~?」


「ああ。それは――」


 部下の咳払いが聞こえた。


 ちゃんと子供を叱ってくださいよ、と言いたげだ。


 わかっている、と言う代わりに頷いた後、子供達に語りかける。


「土産はある。しかし、悪い子には渡せないな」


「「え~~~~っ!」」


「あたし達、悪い子じゃないもんっ!」


「ちゃんと良い子で待ってたもんっ!」


「荷下ろし場の立ち入りは禁じていただろう? 大人しく遊技場で待っていない子には、土産は渡せんなぁ……。ザンネンだなぁ~……」


 少しわざとらしい口調をしつつ、軽く脅すと、子供達は「良い子にする~っ!」と叫びながらバタバタと去って行った。


 遊技場に向かっていったようだ。


 先程まで子供達を叱っていた部下達も、彼らの様子を微笑ましそうに眺めている。……子供は我らエデンの希望だからな。


「さすが隊長。子供の扱いがわかっていらっしゃる」


「お前達にも、ああいう時期はあったからな。学ばせてもらった」


「え~。オレ達はもっと聞き分け良かったですよ? ねっ?」


「そうそうっ! 私達は~……そこまで、ワガママなんて~……」


「…………。スマンな」


「隊長……? 何で急に謝ってくるんですか?」


「いや……。お前達にはガマンさせ続けていると思ってな」


 子供達は我らの希望だ。


 吾輩の部下達も、吾輩の希望だ。


 しかし……部下このこ達を戦いに巻き込んでしまっている。


 出来れば吾輩の部下などにせず、どこか安全なところに逃がしてやりたかったのだが……流民を受け入れてくれる安全な場所はなかなか見つからない。


「お前達も痛いほどわかっていると思うが、エデンの台所事情は厳しい。そんなエデンの活動に……ずっと付き合わせているのが申し訳なくてな」


「はぁ~? なに言ってんですか、隊長!」


「オレ達は、望んで隊長に付き従っているんですよ?」


「エデンに救われた者として、隊長と一緒に戦うのは当然のことです!」


「いや、だがなぁ……」


 お前達は、他に選択肢がなかっただけだ。


 吾輩達の力が足りていれば、もっと……良い道を歩ませてやれたはずだ。


 もちろん、今でもお前達を「エデンの外」へ逃がす方法を模索している。可能な限り吾輩達テロリストの一員として顔は出さないよう努力している。


 ただ、中々……流民を受け入れてくれる「まともな場所」は見つからない。


 我々の楽園エデンは、未だ見つかっていない。


「オレ達の征く道は、ファイアスターター隊長が通った道です」


「どこまでもついていきますよ。貴方に拾われた命ですから……!」


「…………」


 そう言われるのが一番心苦しい。


 どんな事情があろうと、子供を戦わせてはならない。


 この子達はもう大人だが……吾輩にとっては子供のようなものだ。


 それなのに、吾輩達エデンを盲信させてしまっている現状が心苦しい。


 戦力として頼りにしてしまっている現状が嫌になる。


 エデンは本当に、弱き者を救えているのだろうか?


 実現不可能な綺麗事を吐いて、流民を利用しているだけなのでは?


 この子達を見ていると……そういう考えを抱かずにはいられない。


 オレは……本当に、「正しい道」を歩めているのだろうか。




■title:エデン旗艦<アララト>にて

■from:炎陣・ファイアスターター


 荷下ろしを終え、エンジニア部の者達と軽く打合せをする。


 略奪品の中に浄水器のフィルターの部品になるものがないか、言葉を交わしたが、手頃なものはなかったらしい。


「すまんな。吾輩の仕事が雑で」


「敵船を丸ごと奪ってくる事は、出来なかったんですか?」


「出来ればそうしたかったのだが……」


 吾輩の神器は、大規模破壊用の神器だ、


 混沌が尽きない限り、艦隊を展開し続けて火力で押し切れるが、敵船の拿捕は得意ではない。敵が降伏勧告に応じないと、暴力で黙らせる事しか出来ない。


 もっと上手くやってください――と叱られていると、別の作業を任せていたウチの隊員達がやってきて、エンジニア部の者達と喧嘩し始めた。


 ウチの隊長は命がけで戦って、出来る限り物資を集めてきたのに文句言うとは何事か――などと言い始めたので、間に割って入って止める。


「エデンの仲間同士で喧嘩はやめろ」


「でも隊長……! 前線で戦ったのは隊長なのに……」


「一緒に戦ってくれたお前達が怒るのもわかる。だが、ここは聞き入れてくれ」


 部下達をなだめ、廊下で待ってもらう。


 エンジニア部の者の中にも、「さっきのはこっちが言い過ぎ」と言ってくれる者もいた。喧嘩などせず、建設的な意見を交わす。


 浄水器のフィルター、あるいは浄水器そのものは手に入らなかったが……役立つものもあった。プレーローマ製の混沌機関を2機確保出来た。


「流民のアイランドに持ち込んで、物々交換を頼もう」


「相当、足下を見られそうですけどね……」


「必要なら、またプレーローマから奪ってくる」


 吾輩ならプレーローマの艦隊相手でも勝てる。


 相当強力な権能使いが出張ってこなければ、勝てる。


 ただ、プレーローマ側もエデンを警戒しているため、襲いやすい船団の情報はなかなか掴めない。今回のような幸運はそう簡単に巡ってこない。


 他の流民集団との取引も……最近はあまり上手くいっていない。


 エデンは少々やりすぎた。


 エデンはプレーローマだけではなく、人類連盟加盟国も叩きのめしている。


 人連加盟国の中には、弱者を虐げる「侵略国家ろくでなし」が沢山いる。弱者救済を掲げるエデンとしては、そういうろくでなし達も襲撃している。


 吾輩達は強い。ゆえに人連加盟国相手でも勝っている。


 勝っているが……勝っているがゆえに、人連はエデンの行動に政治的圧力をかけてくる。「エデンに手を貸す者は同罪」として他組織にも圧力をかけられる事で、エデンと取引してくれる組織あるいは国家は年々減少している。


 かつて助けた相手だろうと、「申し訳ありませんが、我々も人連に睨まれたくないので……」と取引停止してくる事もある。


 流民も例外ではない。


 海暮らしの流民ですら、陸のしがらみと無縁というわけではない。


 彼らにも彼らの生活があるので、仕方の無い事だが――。


「ウチと取引してくれるとしたら……カヴン関係の犯罪組織ですか……?」


「おそらく、そうなるだろうな」


 カヴンは犯罪組織。その関係組織も犯罪組織が多い。


 吾輩達はそういった者達と矛を交えることがあるため、カヴン内にもエデンを嫌う者が多い。ただ、カヴンも一枚岩では無いため、交渉可能な組織もいる。


 ただ、良い取引相手ではない。


 我々が奴ら以外に頼れる者が少ない事から、足下を見られがちだ。


 ウチと取引出来なきゃ困るでしょ――と、ぼったくり価格で取引されがちだ。


 その傾向は年々強くなっている。


 腹立たしいが……まあ、そうなる理由もわかる。


 我々は敵を作りすぎた。


 正義の味方のつもりだが、皆が我々の味方とは限らん。


 他組織との取引に関しては総長に任せているから、総長の判断を待とう――という話をしていると、廊下から言い争う声が聞こえてきた。


 エンジニア部の者達に詫びつつ、廊下に出る。


 見ると、今回の略奪品の前で、ウチの部下達と言い争う者達がいた。


 物資管理の担当者が、ウチの部下達と言い争っている。


「隊長が取ってきてくれた物資なのに、全部お前らが管理するって言うのか!?」


「当たり前でしょう。エデンの物資事情は厳しいんですから……」


「あなた達、ファイアスターター隊にバラ撒かれたら困るんですよ」


「ガキ共の菓子ぐらい、いいだろ!?」


「仲間同士で喧嘩するな、と言っただろう」


 再び、部下と相手方との間に割って入る。


 吾輩の部下達はもう大人だが、完璧に感情をコントロール出来るわけではない。


 皆、ストレスを抱えている。……ガマンばかりさせているからな。


 流民の生活は厳しい。ガマンが付きものだ。……皆、苦しんでいる。


 暗い海の中、狭い方舟で暮らす日々。1ヶ月先の食事すら危うくて、自分達が乗っている方舟も老朽化でダメになる危険性がある。


 皆がそれを認識し、不安になり……苛立つ。


 そして、手が触れる距離にいる仲間相手でも……些細なことで喧嘩をする。


 エデンの誰かが悪いわけではない。それなのに……。


「ファイアスターター隊長、こういう事は困ります」


「ダメか……? その……少し、少しでいいんだ。子供達用の土産を……」


 今回奪ってきたものは、ほぼ全てエデンに収めるつもりだ。


 ただ、子供達に少し、菓子をあげたかったのだ。


 子供は大人よりガマンが出来ない。


 本当はガマンなどして欲しくないが……吾輩達が不甲斐ないばかりに、ガマンさせてしまっている。だから、ほんの少しぐらい贅沢をさせてやりたいのだ。


「ああ、もちろんそちらからの『配給』という形でいい。遊技場で待っている子供達に、この籠に入った菓子を渡してやって欲しいのだ……」


「あのですね、お菓子だろうと大事なエネルギー源なんですよ? 配給計画はウチでキチンと決めているので、そういう勝手をされると困ります」


「…………」


「我々だって、イジワルで管理しているわけじゃないんですよっ? エデンの物資事情は本当に厳しいので、貴方の人気取りのために勝手をされると――」


「テメエ……! 隊長がそんな理由で動いていると思ってんのか!?」


「やめろ! 喧嘩は、やめてくれ」


 物資管理の担当者に掴みかかろうとした部下を止める。


 どちらも気が立っている。


 どちらの意見も、わかる。


 第2実働部隊の者達は、子供達がガマンしていることをわかっている。


 戦闘が無い時は子供達の面倒をよく見ているから、彼らがどういうものを欲しがっているかよく理解している。だからこそ、菓子ぐらい渡してやりたいのだ。


 帰りの船の中でも、子供達の事を話しながら……どの菓子をあげるか見繕っていた。彼らの笑顔を思い浮かべながら、皆も笑顔を浮かべていた。


 子供達は我らの希望。


 その希望が笑顔を浮かべてくれると、我々も嬉しい。


 ……物資管理担当者が厳しいことを言う理由も、わかっている。


 エデンの物資事情は本当に厳しい。ゆえにちょっとした例外を許していれば、誰も彼もが「私も欲しい」と言いだして、収拾がつかなくなる。


 彼らはそれを危惧しているのだ。


 彼ら自身、ガマンして切り詰めているからな。


 物資管理の担当者は、仲間内でも恨みを買いやすい。苦しい立場だ。物資が潤沢にないと、彼らは厳しいことを言わざるを得ないからな。


 彼らは敵ではない。仲間だ。


 それなのに、我々は……。


「悪かった……勝手をして」


 少しわけてもらおうとしていた菓子類を返す。


 ただ、子供達への菓子配給は前向きに検討してほしいと頼む。


 頭を下げて頼み、この件に関して許してもらう。


「隊長っ……! 隊長が頭を下げる必要なんてなかったのに……!」


「アイツら、横暴すぎますよっ」


「わかってやってくれ。彼らも苦しい立場なのだ」


 同じ仲間なのだ。喧嘩などせず、労り合ってくれ――と頼む。


 部下達から、微かに失望の感情を感じる。


 プレーローマや人類連盟の軍隊を蹴散らすファイアスターターが、物資管理担当者やエンジニア部相手にヘコヘコと頭を下げるのが気に入らないのだろう。


 内心、苦笑する。


 吾輩は所詮、その程度の男だ。


 お前らの事を想っていても……真の意味で救えていない。


 お前達にも、子供達にも……皆に笑っていてほしいのに。


 それが出来ていない。……不甲斐ない神器使いメサイアだ。


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