揺籃の外
■title:滅びた村の跡にて
■from:狙撃手のレンズ
何とか繊一号から逃げ延びたが、夜の闇からは逃げ切れない。
辺りはもうすっかり暗くなっているが――。
「…………」
繊一号の方向にある空は、まだ微かに明るい。
市街地や基地の戦闘で発生した火事が、まだ鎮火していないんだろう。
それどころか、まだ誰か抵抗しているかもしれない。
オレ達は何とか逃げ延び、先に繊一号から脱出していた仲間達との合流に成功したが……ラート達とははぐれちまった。
ラート、スアルタウ、フェルグス……あとついでにクソ技術少尉との連絡が取れないままだ。隊長とヴァイオレットと副長含め、7人の安否がわかってない。
技術少尉以外は心配だが、アイツらを探しに行くのもおぼつかない状況だ。
繊一号から脱出に成功したとはいえ……ここは敵の勢力圏内。タルタリカの大群がいつ迫ってくるかわからない。
オレも含め、見張りを立てて周辺警戒しているんだが――。
「おい、お前らはもう寝ろ」
「レンズちゃん……」
一緒に逃げてきたグローニャとロッカに声をかける。
2人共随分と疲れた顔をしている。<曙>の艦内で酷いものを見せられ、精神的にも肉体的にもボロボロになっている。
コイツらが見たものは信じがたいし、信じたくないが……けど、2人の消耗っぷりを見ていると、根拠もなしに否定できない。
せめて「大丈夫だ」と、言ってやりたいが……。
「…………。オレ達が見張ってるから、お前らは寝とけ」
「でも……」
「大丈夫だ。オレ達を信じろ」
巫術師の観測能力は頼りになるが、無理させる状況じゃない。
落ち着かないと思うが、今は休めと促し、無理にでも寝かせる。
寝ておけば……悪い思考を回す必要もなくなるだろう。
「キャスター先生。ガキ共を頼みます」
繊一号で何とか合流できた獣人先生に、2人を預ける。
寡黙な先生はコクリと頷き、2人を寝床に連れていってくれた。
心配そうに振り返ってくるグローニャを見送った後、整備長のところに行って話をする。今の状況について話をする。
「繊一号の奪還。可能だと思いますか?」
「可能云々の前に、やる必要がないだろう」
煙草を吸いながら暖を取っていた整備長にそう言われた。
今の状況は、繊三号奪還作戦の時と似ている。
ただ、あの時と違って――。
「久常中佐は敵の手に落ちてんだろ? あのバカがいない以上、誰も『繊一号を奪還しろ』なんてバカな事は言い出さないだろう」
「それはまあ、確かに……」
「界外から増援来るまで隠れてりゃいいさ。そこら中にタルタリカいるから、隠れるのも大変だけどねぇ」
「……隊長達が敵に捕まっているとしたら、助けるべきでしょ」
久常中佐の命令はなくても、隊長達は助けに行くべきだ。
ヴァイオレットがいないと……ガキ共も落ち着かないはずだ。
そう主張したが、整備長は煙草を消しつつ、「無理だよ」と言った。
「装備の面では、繊三号の時より状況が悪い。スアルタウ達が機兵の奪取に成功したとはいえ、たった2機で何ができるのさ」
「2機で足りないなら、追加で奪えばいい」
こっちにはグローニャとロッカがいる。
アイツらにも協力してもらえば――。
「鎮痛剤、あるのかい?」
「あっ……」
「何もかも足りていないんだ。とりあえず、自分達が生き延びることを最優先に考えな。物資集めて、仲間と合流して、界外から増援が来るのを待とう」
現状、あたし達に出来ることはない。
副長はそう言った。
「いま繊一号に戻っても犬死にするだけだ。命は大事にしな」
「……はい」
「せめて、ラート達と合流したいとこだが――」
ラートにはスアルタウとフェルグスがついている。
アイツらは機兵の奪取にも成功していたし……機兵と合流しておきたい。いまタルタリカの群れに襲われたらひとたまりも無い。
地図を広げ、見つつ考える。
敵の手は他の町に伸びているかもしれない。だが、どこかで船を確保し、海上を逃げ回る。そうしているうちに界外から増援が来るはず。
それしか生き延びる道はない。
……グローニャ達を守るには、今は逃げるしかない。
「ラート達、大丈夫ですかねぇ……」
「さてね。敵に通信を抑えられている以上、合流予定地点に来てもらうしか――」
「整備長……! 軍曹っ! ちょっ……ちょっと来てください……!」
暗闇の中、バレットが慌てた様子でやってきた。
通信機と格闘し、ラートや副長達と連絡が取れないか試みていたはずだが――。
「通信が回復したのか? ラート達は――」
「いや、ラート軍曹達との連絡はまだ……」
バレットに「とにかく来てください」と言われ、ついていく。
通信機から聞こえる声に耳を傾ける。
『――我々は、<ブロセリアンド解放軍>である』
知らない声だ。
ブロセリアンドって、確か……もう滅びた国の名前だ。
オーク達の国家。それも、プレーローマの支援で生まれた国家。
『この放送を聞いているオークの交国軍人。今から話すことは、キミ達にとって認めがたい話だと思うが……全て事実だ』
「「「…………」」」
『キミ達が「家族」と思っているものは、ただの幻だ』
「…………なに言ってんだ、コイツ?」
『交国政府は、キミ達を兵器として利用している』
「…………?」
『本来、キミ達オークには味覚も痛覚もあった。だが、交国がオークを軍事利用するうえで不要と判断され、非人道的な手術で味覚も痛覚も取り除かれたのだ』
マジでなに言ってんだ。
陰謀論か何かか?
オークの味覚と痛覚が、手術で取り除かれた?
家族が幻?
オレの可愛い妹達が、幻だって……?
『キミ達は交国のオーク生産工場で生まれ、物心がつくと直ぐに軍学校に入れられる。強制的に交国軍人に加工されていく』
バカ言え。
オレ達は、自分の意志でこの道を選んだ。
…………。
選んだはずだ。
確か……ガキの、頃に……。
『軍人以外の選択肢は与えられない。キミ達は交国の尖兵として戦わされる運命以外、用意されていない』
「「「…………」」」
『交国政府にとって、キミ達は消耗品だ。屈強な身体を持ち、愛国心を植え付けられた忠実な兵士達。最後まで勇敢に戦い続ける、都合の良い兵器なのだ』
ワケわかんねえ。
『交国政府はキミ達の士気を保ち、脱走を防止するため、夢幻の家族まで用意している。キミ達が故郷と思っている専門の施設で、夢を見せられて――』
言葉はわかる。
けど、内容を理解できない。
意味がわからない。
「ハッ! 羊飼いの仕業か? 嘘をつくなら、もっと上手につけよ」
わからないけど、わかった。
要はオレ達に嘘を吹き込んで、交国から離反させたいんだな?
アホじゃねえのか?
こんなの、誰が信じるんだよ。
オレは笑った。
けど、整備長とバレットは笑わなかった。
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