ボクにできること



■title:血で染まる大地にて

■from:死にたがりのラート


「…………」


『ラートさん』


「…………?」


 アルの声が聞こえた。


 俺は…………まだ、生きているのか?


 起き上がる。


 まだ、身体は動く。


 ちょっと、動きに支障がある。だが、まだ身体は動く。


「…………」


 あれ? 俺、なんで生きてんだ……?


『よかったぁ……。ラートさん、これでもう大丈夫……だよね?』


「…………?」


 アルの声が聞こえる。


 見えない。


 声は聞こえるんだが、見えない。


 見えなかったんだが……段々、目が慣れてきた。


 少しボヤけているが、見えるようになってきた。


「アル……?」


『うん』


 目の前で、機兵が片膝をついて待機している。


 機兵からアルの声が聞こえる。


 嬉しそうに「ここにいるよ」と言っている。


 戦闘はもう終わっていた。


 アルが機兵を使って、交国軍人を追い払ってくれたのか……?


「アル、ケガ……。ケガしてないかっ……!?」


『大丈夫だよ』


 アルは優しい声色でそう言った。


 俺とフェルグスで庇ったとはいえ、誘導弾が直ぐ近くで爆発したんだ。


 爆発の衝撃で内臓がイカれてるかも。


 辺りを見渡す。


 アルと、フェルグスはどこだ。


「――――」


 フェルグスもアルも、俺の隣で寝かされていた。


「え?」


 フェルグスは地面に横たわっている。


 血と土で汚れている。


 微かに動いている。息をしている。


「アル?」


『大丈夫だから』


 アルも、地面に横たわっていた。


 フェルグス以上に汚れている。


 アルは血まみれだった。


 顔は土気色になっていた。


『ボク、大丈夫だから』


「――――」


 アルが穏やかな声色で喋り続けている。


 戦闘はもう終わっている。


 なんで、自分の身体を使って喋らないんだ。


 ああ、そうか。周りを警戒してくれているのか。


「――技術少尉」


 少し離れたところにへたり込み、視線を逸らしている技術少尉に話しかける。


 その傍には、血まみれの医療器具が置かれていた。車に積まれていたものだ。


 大したものじゃない。応急処置が出来る程度のものしかない。


 ……それで、俺達全員を治してくれたのか?


「俺達を、治してくれた――――」


「アタシの所為じゃない」


「え?」


「やらないと殺すって言われたのよ……! そこのガキにッ!!」


 技術少尉が髪を振り乱し、そう言った。


 機兵を――アルの憑依している機兵を指さしつつ、そう言った。


 何故か、「アタシは悪くない」と喚いている。


『にいちゃんとラートさんは、もう大丈夫だからっ!』


「アル。お前は――」


『えへへ……』


 横たわったまま、ピクリとも動かないアルに触れる。


 心臓が動いてない。


 息もしていない。


「…………!!」


『ら、ラートさんっ……?』


 技術少尉に駆け寄り、胸ぐらを掴む。


 問いただす。


「アンタ……! 何しやがった!?」


「そいつが悪いのよぉッ!! そいつが、自分の血を使えって……!!」


 俺とフェルグスは死にかけていた。


 だから、アルは技術少尉に頼んだ。


 自分スアルタウを使えって。


 人間を、ニコイチにしろって――――。


「戻せ」


「ムリよぉ~…………!」


『ラートさん。落ち着いて……』


「俺に入れた血を!! 早く、アルに戻せッ!!」


「そいつはもう死んでるっ!! もう、ムリなのよぉッ……!!」


 嘘だ。そんなの嘘だ。


『ラートさん。ボク、どっちにしろ、死ぬとこだったから』


 守ると誓った。


『だからいいの。2人が無事なら、それで――』


 子供達も、ヴィオラも、守ると誓ったんだ。


 口約束だとしても、俺は……! 俺は本気で……!!


「アルを生き返らせろッ!!」


『ラートさん』


 悲鳴を上げる技術少尉と俺の間に、機兵の手が割り込んできた。


 そっと割り込んできた。


 誰も傷つけないよう、そっと割り込んできた。


 その手が血で汚れていても、それでも……すごく、優しく――。


『ボクが脅して、お願いしたの。技術少尉さんを、怒らないで……』


「アル。まだ……まだ何とかする方法があるはずだ!」


 お前はここにいる。


 確かにここにいる。


 魂は、機兵に憑依したままだ!


「魂があるってことは……身体を修復したら、きっと、何とか……!」


「無理よっ! 本土の研究でわかってる……! 巫術師は、身体が一度死んだらもう、どうしようもないのっ! そいつの魂も、あと数分で消えて――」


「黙ってろ!!」


『ラートさん……。怒らないで……。おねがい……』


 何か……何か方法があるはずだ!


 俺が生き残って、アルが死ぬなんて有り得ない。


 そんなのダメだ! ぜったい、ダメだ!!


「アル……。アルっ! おっ……俺の身体を使え!!」


 俺の身体に憑依しろ。


 なんとか……それで何とか……。


「俺の身体をやるッ!! だから……!!」


『人の身体に憑依するなんて出来ないし、出来てもやらないよ』


 アルはずっと、穏やかな声で喋り続けている。


 機兵の手でそっと俺に触れつつ、優しく語りかけ続けてくる。


 なんで、そんな優しく出来るんだ。


 俺は交国人なんだぞ。


 交国人おれたちがネウロンに来なきゃ……何もかも……!


『ボク、大丈夫だから』


「大丈夫じゃねえから、言ってんだよッ!!」


『信じて』


「アル! 頼むっ……! 俺の言う事、聞いてくれっ……!」


『ありがとう。ラートさん。今まで、ずっと――』




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


『マーリン。にいちゃん達の傍にいてあげて』


『みぃん……』


 死体ボクの隣にいたマーリンにお願いする。


 ボクはもう、傍にいられないから。


『アル! 待て……! 待ってくれ』


『ラートさん。ボク、ホントに大丈夫だから』


『大丈夫なわけないだろ!?』


 ラートさんが泣きそうな顔で迫ってくる。


 機兵の指にすがりついてくる。


『なんで……なんでっ! そんな風に振る舞えるんだよ!?』


『へへっ……。……ボクも、ちょっとは……強く、なったのかも?』


『アル……! 頼む――』


『それに、さっき、夢を見たんだ』


 にいちゃんとラートさんの手術してもらっている時。


 少しだけ、意識が飛んじゃった。


 寝てたんだと思う。


『良い夢だった』


 夢の内容は覚えてない。


 けど、良い夢だった記憶はある。


 にいちゃんと一緒で……ネウロンも、平和なままで……。


 ……平和な夢だった気がする。それで十分。


 欲張っちゃダメ。


『ボクは大丈夫だから、心配しないで』


 怖い。


 しにたくない。


 ホントは、脚が震えそうなほどこわい。


 ……こわいけど、「大丈夫」って言う。


 言わなきゃ。


 ラートさんを心配させたくない。


 最後まで、守らなきゃ。身体だけじゃなくて、心も。


『大丈夫だよ』


 つらくても、大丈夫。


 苦しくても、大丈夫。


 大丈夫じゃなくても大丈夫って言い張ればいいって、教えてもらった。


 強がっていれば、大丈夫になるって……教えてもらったから。


 ラートさんに教えてもらって……ボク、少しは……強くなったから。


『心配しないで』


 ラートさんがボクの立場なら、絶対に同じことを言う。


 にいちゃんがボクの立場なら、絶対に同じことを言う。


 2人共、「大丈夫だ!」「へっちゃらだ!」って言う。


 ボクも、2人みたいになりたかった。


 もう、無理かもしれない。


 けど……まだがんばる。


 ボク、まだ……魂だけは生きてるから。


『へっちゃらだよ!』


 ラートさんが泣いてる。


 ラートさんはもう大丈夫なのに。なんでかな……。


 多分、優しいからだと思う。


 ずっとずっと……ラートさんは優しかった。


 優しいラートさんがいてくれるなら、にいちゃん達も、きっと……。


『アル! 頼むから……! 俺の言う事を、ちゃんと……!』


『ボク、お話したい』


 にいちゃん、まだ寝てる。


 にいちゃんも、大丈夫だろうけど……無理に起こしたくない。


『楽しいお話、しよ?』


 つらいのは、いやだ。


 こわいのも、いやだ。


 だから、せめて……楽しいお話をしながら――。


『――――』


 ダメかな。


 ダメっぽい。


 それは欲張りだ――って言われているみたい。


 世界に。敵に。その証拠に――。


『ラートさん。にいちゃんと一緒に隠れてて』


『アル?』


敵が来た・・・・


 真っ直ぐこっちに向かってくる。


 音が聞こえる。機兵の音。


 まだ、生き残りがいたんだ。


『ボクが全部やっつけるころすから、隠れてて』


『アル! 待て! 待ってくれ――!』


 立ち上がる。


 敵のところに行こう。


 ラートさん達の近くで戦ったら、巻き込んじゃうかもしれない。


『エレインさん』


『わかっている。使え』


『ボク、まだ何も言ってないよ?』


『お前の言いたいことなど、全てわかる。好きに使え』


 ボクだけじゃ勝てないかもしれない。


 けど、エレインさんの力を貸してもらえば――。


『私の力を使え。私がここで消えてしまっても構わん』


『ありがとう』


 ボクには心強い味方がいる。


 だから大丈夫。


 敵が見えてきた。


 機兵10機。


『ごめんね。エレインさんの言う通り、最初から戦えば良かったんだ』


『言うな。……敵の中にも、ラート軍曹のような者がいるかもしれない』


 そう考えたんだろう、と言われた。


 その通りだった。


 けど、そんなことを考えちゃったから、ボクは守れなかった。


『その考えは甘いが、おかしなことではない』


『…………』


『おかしいのは世界だ』


 その世界に立ち向かう。


 敵のところへ行く。


『お前達の甘さやさしさを否定する世界の方がおかしいのだ』


 じゃあ、世界と戦わなきゃ。


 にいちゃんと、ラートさんを守るために――。




■title:血で染まる大地にて

■from:繊一号から脱出した交国軍人


 サングラスをかけた一般人と別れ、敵のところへ向かう。


 巫術師の所為で、多くの仲間を失った。


 だが、まだ戦える。


『一体、どうなっているんだ!? 繊一号で何があった!?』


「敵襲だ。直ぐそこにも敵がいる」


 繊一号の外に出ていた部隊が来てくれた。


 繊一号の異常を察知し、戻ってきてくれた。


 敵機兵は1機のみ。


 こちらには頼れる機兵なかまが10機もいる。


「敵が仲間を呼ぶ可能性が高い。早く、片付けるべきだ……!」


 仲間に後ろを任せ、先に車で突っ込む。


「…………くたばれ、巫術師ドルイド


 よくも、我々の仲間を……!




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


 走っている途中にてきがいたから、踏み潰した。


 ただの車。それでぶつかろうとしてきた。


 機兵ボクにやられるなんて、わかっていたはずなのに。


 なんで突っ込んできたんだろう。


 ……どうでもいいや。


『次……』




■title:血で染まる大地にて

■from:交国軍人


「何だ、コイツ……!?」


 敵はたった1機。


 馬鹿デカい大剣を振りかざし、それを盾に突っ込んでくる。


 普通ならまともに動けないはずなのに、こちらの数段素早い……!




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


 しにたくない。




■title:血で染まる大地にて

■from:交国軍人


「くっ……! なんだ、その動きは……!?」


 突っ込んできた敵が、信じられない速度で大剣を振り抜いた。


 その一撃で1機がやられた。


 操縦席を横薙ぎに切り裂かれた。


『くらえッ!!』


 仲間が砲弾を放った。


 当たれば、機兵といえども無事では済まない一撃。


『――――』


 砲弾それが、野球のボールのように打ち返された。




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


 いやだ。




■title:血で染まる大地にて

■from:交国軍人


『がああああああああッ!!?』


「血も涙もない化け物め! オレが相手だ!!」




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


 死なせたくない。




■title:血で染まる大地にて

■from:交国軍人


「ウソだろっ!?」


 こいつ、ホントに機兵か……!?


 機兵大の人間が、大暴れしているような――。


 いや、こんなのもう、人間ですらない。




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


 こわい。




■title:血で染まる大地にて

■from:交国軍人


「たッ! 助けてくれッ!! 操縦が!! 違う!! オレが撃ったんじゃ――」




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


『はッ……! はッ……!』


 違う。


 怖くない。


 怖くないんだ。


『お前らなんかぁッ……!!』




■title:血で染まる大地にて

■from:交国軍人


「お前は、人間じゃない」


 異形の機兵が大剣を振りかぶる。


 流体と血に塗れた大剣が、オレの脳天に――。




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


『次ぃッ……!!』


 ボクが、守るんだ……!!


 にいちゃんを、ラートさんを……皆を守るんだ!!




■title:血で染まる大地にて

■from:交国軍人


「こっ……! 降参だッ! やめろッ! やめろぉッ!!」


 機兵は戦闘不能。


 機兵を放棄し、逃げているだけなのに……!


「やめろォーーーーーーーーッ!!」


 敵が、壊れた機兵を投擲してきて――。




■title:血で染まる大地にて

■from:スアルタウ・マクロイヒ 契約保険残数:0


『…………』


 ラートさんの声が聞こえる。


 敵、倒さなきゃ。


 敵、殺さなきゃ。



『…………』


 機兵の拳で、操縦席を殴り続ける。


 硬い。


 ごつっ、ごつっ、と叩き続ける。



『…………』


 気づいたら、もう敵は動かなくなっていた。


 殺した。


 潰れた操縦席の中に、魂が観えなくなっている。


 殺した。


 ラートさんが、なぜか泣いている。



『…………』


 少し、眠い。


 また……意識が飛びそう。



『…………』


 まだ、ダメ。


 次、寝たら……もう、戻れない。



『…………』


 まだ、伝えてない。


 まだ……にいちゃんと、おわかれ、できてない。



『…………』


 守らなきゃ……。



『…………』


 にいちゃん、眠ったまんまだ。


 でも、それでも……まだ、ちゃんと魂が観えて――。



『iea'y……』


 声が、上手く出ない。


 機兵のスピーカー、もう、壊れて……。



『…………』




■title:血で染まる大地にて

■from:死にたがりのラート


「…………」


 機兵のバラバラ死体が転がっている。


 機兵すら破壊する竜巻が来たような惨状だった。


 惨状の中心に、アルがいた。


『iea'y』


 アルの操る機兵が立ち上がり、歩き出した。


 フェルグスの方に向け、歩き出した。


『iea'y』


 敵はもういない。


 アルの機兵以外、動くものは何もない。


 アルは俺達を守ってくれた。



『iea'y<duuew@……』


「…………」


 俺は守れなかった。


 守ると誓ったのに、何も…………。



『…………diqhue』




















■title:血で染まる大地にて

■from:フェルグス・マクロイヒ 契約保険残数:0


「…………」


 目が覚めた。


 オレは…………気絶、してたのか……?


 傍にラートがいた。


 生きてる。


 ホッとした。


 ラートが一番、危なかったはずだ。


 けど、生きてた。生きていてくれた。



「…………」


 アルは?


 そう聞こうとした。


 けど、声が上手く出なかった。


 立ち上がろうとした。


 アルを探すために。



「…………?」


 脚が・・、上手く動かない。


 変なの……。


 まあ、いいや……。



「ぁ、ぅ…………」


 なんとか、声を出せた。


 しわがれて、潰れてるみたいな声だったけど、声は出る。



「ぁ……ル、は……?」


 返事はない。


 ラートは何も言わない。



「……ぇレいン……?」


 返事はない。


 エレインがいない。


 呼んでも、出てきてくれなかった。


 マーリンが「みぃん」と鳴くだけだった。



「…………?」


 なぜか、オレ達の傍に機兵が倒れている。


 たくさん攻撃されたのか、ボロボロになって倒れている。


 けど、倒れていないものがあった。


 それは大剣だった。


 ボロボロの機兵が使っていたのかもしれない。


 地面に突き刺さった大剣だけが、堂々と……真っ直ぐと立っている。


 墓みたいだ。


 そう、思った。



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