第1.2章:寄る辺なき者達【新暦1192年】

過去:海虫駆除



■title:ミケリア・南シンドリア海にて

■from:マレニア軍・大佐


「大佐。偵察部隊が行方をくらませていた不審船を発見致しました」


「映像を出してくれ」


 艦橋のモニターに偵察部隊から送られてきた映像が出てくる。


 南シンドリア海の映像。


 島嶼部に潜む15隻の方舟が映っている。


 一見、ただの輸送船に見えるが……。


「ビフロストの輸送船団に偽装しているようですが、照会してもミケリアに来ているビフロストの方舟ふねは一隻もありません」


「…………」


「それと、映像を拡大すると――」


 島影に隠れ、停泊している船の映像を拡大していく。


 すると、甲板にみすぼらしい格好の人間が映っていた。


 殆どの人間が魚類のような特徴を持っている。


「殆どが浮浪者と大差ない格好をしています。外見も半魚はんぎょ――」


深人ふかびと、だな」


 我々のような「普通」の人間とは違う。


 元々は同じような容姿だったはずだが、彼らは混沌の海で長年に渡って生活しているうちに、魚類のような特徴を持つようになった人間だ。


 深人。


 混沌の海に愛され、呪われた種族。


 口さがない者達は、彼らを「半魚人」と蔑む。


 魚類の特徴を持つ彼らだが、広義の意味では「人類」に当たる。我々と意思疎通する手段もある。天使相手よりはよほど、話が通じる相手だが――。


「あれだけ大量の深人……。やはり、先の作戦で殲滅し損なった流民るみん犯罪組織<タンブルウィード>の残党かと」


「……女や子供、老人ばかりのようだな」


「我が軍の活躍で、タンブルウィードの戦闘員の大半は駆除できました。戦闘員が逃がした生き残りなので、戦力としては脅威では無い者達かと」


 戦力として考える相手じゃない。


 彼らは守られたのだ。戦闘員の家族だろう。


 つい先日、我々、マレニア軍は広域犯罪組織<カヴン>の下部組織の1つである<タンブルウィード>の船団を襲撃した。


 タンブルウィードは方舟の船団で混沌の海をうろつき、様々な世界で犯罪行為を働いている者達だった。


 我々と同じ人類連盟加盟国にも被害が出ていたため、人類連盟からも殲滅を期待されていた。マレニア上層部も「他国に恩を売る好機だ!」と言っていた。


 敵戦闘員の奮戦により、撃滅は出来なかったが……主立った戦闘員は全て殺した。残っているのは敵戦闘員かれらが必死に逃した弱者だけだ。


 各地に他の残党もいるだろうが、もう大きな脅威になる者はいない。


 あの船団にも、もう反抗の力は残っていないだろう。


「大佐。全艦、準備は出来ております」


「敵が呑気に停泊しているうちに、攻撃命令を――」


「…………」


 あんなものを殺したところで、虐殺にしかならない。


 タンブルウィードは人連加盟国の人間を何人も殺し、治安を悪化させた憎むべき敵だ。だが……彼らにも家族がいる。


 半魚人と蔑まれ、多くの世界から拒絶されていても、彼らも人間だ。


 危険な戦闘員は殆ど殺したのだ。


 残った女子供を殺すことに、どれほどの意味があるのだろう。


「大佐!」


「……部隊を送る。だが、使節としてだ」


「は……!?」


「ここはマレニア保護領のミケリアだ。彼らには退去してもらうが、穏便に出て行ってもらおう。多少の威圧は必要だが、攻撃は行うな」


「上の命令は、タンブルウィードの殲滅ですよ……!?」


「責任は私が取る!」


 虐殺に加担するわけにはいかない。


 虐殺を行えば軍上層部への道が約束されるとしても、そのような血塗られた道は御免だ。今回の作戦で軍を抜けて、田舎で畑でも耕そう。


 部下達は口々に上申してきたが、その全てを退けた。


「他の艦は動かすなよ。使節の部隊だけを奴らに接触させろ」


 奴らが界内かいないにいる以上、海門を開いて強引に入ってきたのだろう。来た時と同じく海門を開き、急ぎ退場してもらおう。


 混沌の海に逃げてもらい、そこから余所へ行ってもらう。


 命惜しくばマレニア領内には一切近づかず、どこか遠い世界で静かに暮らせ。……逃げた先でまた追われるのだろうが、そこまで面倒は見切れない。


 流民の数が多すぎる。


 マレニアで受け入れるのは不可能だ。


 ……だからといって、殺すのはあまりにも……。


「大佐。タンブルウィードの残党を発見したと聞きましたが――」


「……監査官殿」


 上が派遣した監査官が部下を引き連れ、艦橋に入ってきた。


 部下に「接待」をさせ、艦橋に近づけないようにしていたのだが……。監査官は警備の部下達を押しのけ、微笑しながら私の前にやってきた。


「今は作戦行動中です」


「その作戦行動を監査するために私がいるのですよ。……攻撃は行わないので?」


「全艦の配置が……まだ終わっていないので」


「ほう?」


「いま下手に攻撃を行えば、残党共は海門を開いて慌てて逃げ出すでしょう。上が殲滅を望んでいる以上、配置が終わるまでお待ちいただきたい」


 ネクタイの位置を直しつつ、嘘をつく。


 監査官は笑みを浮かべたまま、私の身体を舐め回すように見てきた。


 軍服に身を包んでいるとはいえ、乳房の辺りをジロジロと見られるのは気持ちが悪い。思わず、身体に手をやり隠しつつ、監査官を睨む。


「今更、怖じ気づいたのですか? 大佐ァ……」


「私は慎重に事を運んでいるだけだ。この場は専門家の我々に任せてほしい」


「失敗したらどうされるつもりで? 流民組織の残党は根切りしなければ!」


 監査官は大きな目をギョロリと動かし、両手の指を虫のように動かした。


大祖国マレニアのためにも、流民を……海虫共を殲滅するのです! 奴らを少しでもマレニア領内に入れてしまえば繁殖し、マレニアを脅かす!」


「全責任は私が取る」


「タンブルウィードの残党が、マレニア領内の犯罪組織と連絡を取り合っているのをお忘れか!? 窮した残党共は方舟を引き渡す代わりに、マレニア領内に潜り込む手筈を整えてもらっているのですぞ!?」


「だから……殲滅すればいいのだろう?」


 マレニア領内に大量の流民を入れる危険性は、私もわかっている。


 だから脅してマレニア領外へ逃げてもらうつもりだ。


 監査官相手には「殲滅する」と言い張っておき、作戦を失敗に終わらせる。だが抵抗する牙を持たない流民は逃がし、マレニアも守るつもりだ。


 人類連盟の腐敗に穢された祖国でも、守りたい気持ちは変わらない。だからといって……ろくに抵抗できない相手を虐殺するのは……。


「作戦行動の邪魔だ。監査官殿、艦橋から出て行ってくれ」


「そうはいきませんよぅ! ここで! しっかりと! 見張らせていただく!!」


 監査官は艦橋の一角を占有し、ふんぞり返った。


 部下達も監査官の動きに困っているが、誰もつまみ出せないでいる。


 まあいい……。既に部隊は動かした。


 後は密かにタンブルウィードの残党に「警告」を与えに行った部下達が上手くやってくれるだろう。私はそれが終わるまで時間稼ぎをしていればいい。


 残党達も、命は惜しいはずだ。


 我々に捕捉されていると知れば、マレニア領内での活動を諦めるはず。


 戦闘員かぞくを殺した私達マレニアが憎いと思うが……まだ幼い子供達のために懸命な判断をしてくれると信じたい。


「まったく……。お優しい大佐殿は、流民の危険性をまるでわかっていない!」


「わかっているとも。監査官殿、あなたは私の経歴を調べてこなかったのか?」


「ほほほ! もちろん知っておりますとも! 貴女が深人の種で出来た弟を、大事に大事にしていることも知っておりますよぅ?」


「…………」


 流民。


 難民の一種。


 彼らは様々な事情で故郷から出て、混沌の海を彷徨い続けている哀れな民だ。


 故郷の世界がプレーローマによって滅ぼされた者もいれば、界外から来た侵略者に追い出された者達もいる。


 長年に渡って流浪し続けている者も多いため、流民の二世に至っては故郷らしい故郷が存在しない。どの国の戸籍も持っていない可哀想な子達が多い。


 多くの流民達は悪くない。


 プレーローマや侵略者が悪いのだ。


 だが、だからといって「可哀想」な彼らに手を差し伸べてくれる者は少ない。皆、自分達の国や世界で手一杯だ。余所者ドリフターを受け入れる余裕はない。


 それでも何とか方舟等を手に入れ、流民達は混沌の海を放浪している。


 あの光無き漆黒の海を彷徨い続けている。


 根ざす土地を持たない彼らは、どこに行っても忌み嫌われる。マレニア軍のように平気で「流民虐殺」を行う軍も珍しくない。


 真っ当に生きるのが難しい環境のため、流民は犯罪に走りがちだ。


 犯罪でも犯さねば、食っていけないのだ。


 故郷を取り戻すために戦い、テロリストとして忌み嫌われる道を選ぶ者もいる。彼らの故郷を侵したのはプレーローマとは限らない。人類国家の可能性もある。


 罪を犯すからこそ余計に忌み嫌われ、「犯罪者は殺していい」という大義名分を作ってしまう。彼らは悪くなかったはずなのに、環境が彼らを「悪者」にする。


 多次元世界の負の連鎖。


 故郷を失い、どの国にも属さないからこそ後ろ盾がない。


 だから、流民を大量虐殺したところで、どの国とも外交問題にならない。


 ゆえに、多くの国が武力で流民に対応する。


「大佐ァ。貴女はまだ幼い時、流民の犯罪組織に故郷を襲撃された!」


「…………」


「奴らは貴女の故郷を焼き、男を殺し、女を犯した! 貴女もお父上を殺され、お母上も穢されたァ。流民が憎くて仕方ないはずでしょ~~~~?」


「私が憎むのは人ではなく、罪だ」


 父を殺し、母を害した者の事は……憎い。


 だが、だからといって全ての流民を憎むべきではない。


 母上自身が「憎んではいけません」と言った。私にそう教えてくれた。


 流民の血を継ぐ弟を大事に育て、私に愛を教えてくれた。私も母の考えに胸を打たれ、弟のことを家族の一員として大事にしてきたつもりだ。


「ハッ。あばずれ。流民の弟と不義を行っていてもおかしくないですなァ」


「私の事は好きに言え。しかし、家族おとうとへの侮辱は許さん」


 監査官に詰め寄る。


 次、家族への侮辱を吐いたら手が出てしまいそうだ。


 家族のためにも、出来る限り控えるつもりだが――。


「監査官殿。私は流民の犯罪組織に家族を奪われたが、流民に家族を救われた事もある。彼らの――<エデン>の存在もあるから、流民そのものは簡単に憎めんよ」


「<エデン>ねェ。正義ヅラをしていますが、彼らも犯罪組織――いいえェ、エデンはテロ組織ですよォ!? そんじょそこらの流民よりタチが悪い!」


「驚異なのはわかる。人連もエデンには手を焼かされているようだからな」


 だが、彼らエデンのおかげで私達は死なずに済んだ。


 父上を殺した流民達の手が、父上達に隠されていた私に伸びてきた後、無事でいられたのはエデンが助けに来てくれたおかげだ。


 犯罪行為に走る流民もいる。


 だが、逆もいる。


 エデンのように、正しい行いをする流民組織もいるのだ。


「ともかく、今回の殲滅作戦。私は真摯に挑んでいるつもりだ」


「…………」


「監査官のあなたがウロウロしていると、部下達が萎縮してしまう。彼らに平時通りの活躍をさせたいなら、艦橋から出て船室に――」


「た、大佐! 敵艦への砲撃が・・・始まりました!」


「――――」


 目の前の監査官が「ニィ」と笑みを深めた。


 その笑みと状況にぞっとしているうちに、状況は一気に悪化していった。


 私が待機命令を出していた味方艦隊が、次々と海中から浮上。


 ろくに抵抗できないタンブルウィードの残党に向け、砲撃を開始。誰1人逃がさないために敵艦による海門展開まで妨害し始めた。


「大佐ァ。なにを驚いているのですかァ?」


「貴様――」


「皆、海虫共に大祖国を侵されないよう、必死に戦っているのです! 根切り……根切りが必要なのですよォ!」


 監査官はケタケタと笑い、身体をくねらせながら立ち上がる。


「先の作戦でタンブルウィードの戦闘員共を殺したのは誰ですかァ!? 貴女であり我々です! 生き残り共はその家族ですよォ!?」


「っ…………」


「家族を殺された者達の恨みは、海より深い! 貴女にだって身に覚えがあるはずだ!! ここで……ここで根切りにしておかねば、残党のガキ共が成長した後、マレニアに牙を剥くのは確実ですよォ!?」


「貴様、貴様っ……!!」


 私の統制が不十分だった。


 おそらく、監査官の息のかかった者達が動き出したのだろう。


 虐殺が始まった。


 始まってしまった……!


「流民は殺すべきです! 大祖国のために! 人類のために!! それにこれは利益のある行いなのですよォ!!?」


「利益だと……!?」


「残党共はチンケな輸送船とはいえ、方舟を15隻も保有していますゥ! 船は破壊しても、混沌機関を確保したら再利用できる! マレニアを強くできる!」


 マレニアには混沌機関の自主生産能力がない。


 整備すらまともに出来ない。


 ゆえに、他国に頭を下げ、混沌機関を譲ってもらっている。


「海虫共を殺し、混沌機関を持ち帰れば上も大喜びですぞォ! 交国のようなおごり高ぶった者達に頭を下げずに済みますからねェ!!」


「そんな事のために……」


「…………!? 大佐! 味方艦艇の砲撃が、敵に届いていません!」


 私の部下の報告を聞き、監査官が「きょとん」と呆けた顔を見せた。


 私も、部下の報告が理解できなかった。


 監査官と向き合うのをやめ、攻撃の様子をよく確認する。


「ここ、ここです! 敵船団を守る形で水の壁・・・が……!!」


「な…………」


 水の防壁がいくつも立ち上がり、砲撃を止めている。


 止めきれずとも威力を大きく減衰させている。


 水の防壁は壊れても壊れても修復されていく。残党達の周りには大量の海水がある。その海水によって新たな防壁が立ち上がっている。


 島嶼部に上陸し、採取活動を行っていた流民達まで守る形で水の防壁が展開し、流民達が無事に避難を行っている。逃げ惑っているが、こちらの攻撃がまともに届いていない。


 それどころか――。


「第2、第4攻撃部隊が反撃を受けています! 次々と撃墜されて――」


 上空から敵船団を狙おうとしていた攻撃機が落ちていく。


 敵船団から飛んでくる何かに撃ち落とされ、数を減らしていく。


 タンブルウィードはある程度の戦闘能力を持っていたが、それは戦闘員が健在だった時の話だ。落ち延びてきた残党にまともな力は残っていない。


 奴らが乗っているのは方舟だが、抵抗するための火器もろくにないボロ船だ。軍用機を容易く打ち落とせるだけの力など、あるはずが……。


「――拡大しろ。何かいる」


 敵船団のうち1隻。


 その甲板上に気になる人影が見えた。


 それは1人の少年だった。


 個人武装を携え、こちらを睨んでいる。


「大佐、まさかアレは――」


「間違いない。神器使いだ」


 おそらく、あの少年が神器を使って抵抗している。


 水の壁も、攻撃機撃墜も彼の仕業だろう。


 神器使いならアレぐらい出来てもおかしくないが――。


「タンブルウィードに神器使いはいなかったはずです」


「だが、神器使いがいると考えた方が現状を理解できる」


 このまま攻撃を続けても、大した成果は得られないだろう。


 それどころか、さらなる反撃を喰らう可能性すらある。


 攻撃を仕掛けている部隊に退くよう命令したが、監査官がツバを撒き散らしながら止めてきた。さすがに邪魔なので警備の者に無理矢理連れていかせる。


「我々も海上に出る。味方の後退を援護するぞ」


「はっ!」


 そうこうしていると、さらに状況が動いた。


 我々にとって、最悪の方向に――。


「大佐! 後方に新手の方舟が浮上してきました!」


「接近に気づけなかったのか……!?」


 我が艦の後方の海。


 その海面を割り、軍用の方舟が浮上してきた。


 マレニアの方舟ではない。


 だが、タンブルウィードの伏兵でもない。


「――――」


 新手の方舟の甲板にも、怪しい人影があった。


 それは鯨の相を持つ深人だった。


 恰幅のよい大男で、個人武装・・・・を手に、海水で濡れた甲板に立っている。


 あれはマズい。


 マレニアどころか、人連でも最上位の危険人物。


 海の怪物。海の支配者。


「新手に向け、攻撃を開始しろ! 奴は――!!」




■title:ミケリア・南シンドリア海にて

■from:<ロレンス>首領・伯鯨はくげいロロ


「バァカッ! 気づくの遅えよ……!


 吠えろ、神器解放ケートスッ!!」




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