環境ストレス実験



■title:交国首都<白元びゃくがん>にて

■from:交国術式研究所所属・研究員


「クソがぁッ!!!!」


「……………………」


 珈琲を手に席に戻ってきたところで、叫び声が聞こえてきた。


 書類の束が壁に叩きつけられる音と、それ以外にも破壊音が聞こえる。その合間合間に「クソ」「クソ」「クソッ!!」と叫び声が差し込まれる。


 珈琲を一口だけ飲んだ後、立ち上がり、逃げる。


 逃げる途中、他の研究員も同じように席から立ち始めたのが見えた。


 さっきの叫び声……ウチの部長の癇癪は恒例行事だけど、最近は頻度がぐっと上がっている。皆、あの状態の部長と一緒に仕事したくないんだろう。


 近頃は本当に荒れているから、あの状態じゃなくても近づきたくないけど。


「部長、荒れてるなぁ……。最近は特に」


「最近と言っていいのかな?」


「癇癪起こすのが週一から一日に一度になれば、『最近は特に酷い』と定義してもいいでしょ。秘書の子とか、特に同意してくれると思うよ」


 席を立った研究者仲間とそんな会話を交わしつつ、休憩室に逃げる。


 部長は最近、何もかも上手くいっていない。


 上手くいっていないのは私達、<巫術研究部>全体だけどね。


 私達は<交国術式研究所>の職員として、<巫術イド>と呼ばれる術式の調査・研究に携わっている。


 巫術は大きな弱点を持っているけど、大きな可能性も持っている。巫術師達は自身の魂を人工物に憑依させ、操る特殊な力を持っている。


 あの力を上手く扱う事が出来れば、交国の力はさらに強くなる。


 ただ、クセの強い力だから「上手く扱う」のが難しいのが現状。


 上は巫術の軍事利用に期待している様子だけど……巫術が持つ弱点的に、軍事利用は難しい。巫術師共、鎮痛剤無しじゃ、まともに戦場をうろつけないし。


 いや、鎮痛剤アリでも、まともに実戦投入できる状態じゃない。


「巫術師から魂だけ完全抽出出来ればいいんだけどね。彼らが死の感知によってダメージを受けるのはあくまで脳でしょ? だから脳がなくなればいいんだ」


「魂だけ機械に閉じ込めて、肉体は潰すってこと?」


「そうそう」


「それはもう失敗したよ。一応、まだ検討はしているけど……」


 巫術師は肉体が死に至ると、魂もいずれ死に至る。


 肉体が死ぬと、魂まで直ぐ死ぬわけじゃない。


 けど、数十分程度の猶予じゃ活用は難しい。


「あくまで部品として活用するのは? 誘導弾みたいに」


「なるほど?」


 戦闘開始したら肉体は殺す。


 そしたらもう、頭痛に悩まされることはないかもしれない。


 数十分限定しか戦えない欠陥兵器に見えるけど、使い切りなら――。


「少し勿体ないな。訓練積ませて1回の戦闘で使い切っちゃうんでしょ?」


「そこな? 使い切るのは良いにしても、訓練の手間がな……」


 巫術師は機械部品のように量産できるものじゃない。


 通常の誘導弾より圧倒的な力を発揮できるなら、検討の余地はあるけど。


「う~ん、難しい。巫術の軍事利用、ほぼ不可能かも?」


「私もそう思うけど、部長が『可能です』って請け負っちゃって……前言を撤回しない以上は『可能』にしないと部長のクビが飛ぶよ?」


「それって僕達に関係ある?」


「関係大ありでしょ。巻き込まれて出世の道を断たれるかも」


 休憩室で右手の珈琲、左手に煙草を持ちながら仲間と意見を交わす。


 部長が大口を叩いた以上、成果が求められている。


 確かに巫術は可能性を秘めている。


 けど、軍事利用するには弱点が致命的すぎる。


「何とか『枷』を外せたら、弱点潰せるんだけどね。肉体を残したまま」


「巫術師達の『枷』、本当に外せるのかな……」


「外す方法は見つかっている。実例はあるでしょ」


「確かにあるけど……」


 巫術師は「死」を感じ取ると頭痛が発生する。


 この頭痛は、死亡対象が「人間」に近ければ近いほど、酷いものになる。


 巫術師として覚醒仕立ての子供ほど、敏感に死を感じ取り、大きなダメージを受ける。だからこそネウロンでは<保護院>で若い巫術師を保護していた。


 彼らは本当に「割れ物」だ。


 最悪、人が1人死んだだけで巫術師も連鎖的に死亡していく事になる。


 過去、巫術師が「どの程度まで死に耐えられるか」の実験を行ったけど……結果は酷いものだった。


 10名の被験者がいる隣部屋に、死刑囚を1人用意して不意に処刑を敢行。全員が一斉に頭痛を訴え、死への耐性が低い若い巫術師が実験開始20秒で心停止。


 その子供の死を感じ取った事により、他の被験者もバタバタと死んでいった。巫術師はちょっと……脆弱すぎる。


 でも、その実験でも「成果」はあった。


「巫術師達は、脳に強いストレスを受けると、『枷』にヒビが入る」


「うん……。あの『枷』は後付けの術式・・みたいだからね。死ぬほど・・・・強いストレスを受けた個体は『枷』の完全破壊も確認できたけど――」


 仲間の研究者が困り顔で「死んだら役に立たないよ」とこぼした。


 まったくもって、その通り。


 巫術を軍事利用するには『枷』の破壊は絶対だけど、本体の巫術師を殺してしまえば本末転倒だ。死体を術式媒体として利用できれば、それでも良かったけど……そういう事は出来ないしね……。


 我々は研究者であって、死霊術師ネクロマンサーじゃない。


「かといって、鎮痛剤を与えすぎるとストレスも減ってしまう」


「鎮痛剤で無理矢理戦わせていれば、遠からず廃人と化してしまう」


「鎮痛剤有りで死を感じ取らせていたら、ある程度耐性がつくのはわかってる」


「けど、その耐性は大したものじゃない。不意に1人、2人死ぬぐらいなら『何とか耐えられる』程度の耐性でしかない」


「そうなんだよねぇ~……」


 無いよりマシだけど、我々が欲しているのは「過酷な戦場に耐えられるだけの耐久力」だ。一般社会で生きていける程度の耐性じゃない。


 鎮痛剤を打てば、戦場への投入も可能。


 ただし、鎮痛剤の打ち過ぎは身体へのダメージが大きい。


「基本は鎮痛剤で誤魔化す。けど、それで誤魔化しきれなくなったら肉体を潰すってのはどう!? 名付けて『最終決戦ラストランモード』!」


「学校でネーミングセンスを学ばなかったの?」


 呆れつつ、色んな意味でため息をつく。


「ウチの部の予算減らされそうなのに、鎮痛剤を何本も使ってられないよ」


「金がかかる子達よねぇ……。鎮痛剤もタダじゃないのに……」


「ね」


「部長の考えたアプローチに問題があるんじゃない? もう何人も巫術師を使い潰してしまっているのに、正式な成果はまだ0人でしょ?」


「まあね……」


 巫術師に「適度なストレス」を与える。


 そのための環境の1つとして、「ネウロン」が利用されている。


 いま、ネウロンには<タルタリカ>という魔物達が跋扈する戦場と化している。


 交国軍でも末端中の末端の「ネウロン旅団」が対処中だけど、タルタリカは数多く存在している。現状のネウロン旅団では全駆除の日は遠い。


 その戦場ネウロンに巫術師達も投入中。


 巫術師は魔物事件を起こした原因だからー、とかテキトーな言い訳を用意し、巫術師達もネウロンで戦わせている。流体甲冑けっかんへいきを与えて戦わせている。


 この人為的ストレス用意により、『枷』を外そうとしてるんだけど――。


「巫術師実験部隊、どこもろくに成果を出してないんでしょ?」


「タルタリカ自体は、ある程度狩ってるよ。巫術師もゴロゴロ死んでるけど」


「タルタリカ殺したところでね。それは真の成果じゃない」


 私達が欲しいのは「弱点が無くなった巫術師」だ。


 被験者全員死亡は困るけど、『枷』を外せないのも困る。


 現場の研究者共はなにやってんのよー、と愚痴を交わす。こんなところで愚痴を交わしたところで何の意味もないけど――。


「まあ、ネウロンでの『環境ストレス実験』に期待するべきじゃない。本土こっちの『ストレス実験』の方が……まだ成功率高そう~」


「どっちも成功率ゼロでしょ。今のとこ。死亡者を除けば」


「まあね。あーあ……明智博士がいてくれればなぁ~」


 この場にいない人の名を呟くと、同僚に首をかしげられた。


 コイツ、あの「明智博士」を知らないのか。


 でも見た事はあるはず。


 特徴を口にすると、「あぁ、あの人か」と得心した様子で頷いた。


「何年か前の研究会に、財前教授の助手として参加していた別嬪さんね。……けど、あの人が『博士』? そういうあだ名ってこと?」


「まあ、一種のあだ名かな。実際は教授より立場上の人だし」


 そう言い、説明を続ける。


 明智博士。交国の歴史に名を残した研究者ではない。


 けど、交国の「裏の歴史」には明智博士の存在がちらついている。


「交国の術式研究の基礎は、多分、あの明智博士が手がけたもの。私達がいま研究している巫術だって基礎研究は明智博士が大きく関与している」


「本当に?」


「ホントよ。ウチの部長が明智博士に対しては全然頭が上がらない様子だったし、術式研究所に残る重要文献の多くは明智博士の筆跡で書かれてるもん」


 交国術式研究界の要人である財前教授やイルキントン教授ですら、明智博士には敬意と信頼を向けていた。


 明智博士はあくまで裏方として動いている様子だけどね。


「あの人がいないと、おそらく、交国の術式研究はここまでのモノになってない。混沌機関や流体装甲だって、あの人無しじゃあ……」


「そんな偉人なら、何で表舞台に出てこないの?」


 私が並べた「明智博士の功績と思しきもの」を聞いた同僚は、もっともな意見を口にした。「なぜ、明智氏は自分の成果として発表してないの?」と聞いてきた。


「さあ? 裏で密かに立ち回るのが好きなんじゃない?」


「変な研究者……」


「多分、明智博士は凡人に認めてもらう必要ないのよ。あの人は……おそらく、何を研究するにも玉帝が全力でバックアップしてくれるから……」


 成果を公にする必要はない。


 交国の最高指導者に認められ、実際に確かな実績があるから、新しい実績を作る必要がない。顔を売っていく必要性が皆無なの。


巫術研究部ウチは今でこそ、部長の意向もあって人体実験バンバンやってるけど……明智博士に何度も差し止められているみたいなのよ」


「なんで?」


「私がチラッと聞いた話によると、博士は『そんなの無駄』と断じたらしい」


 実際、部長提案の人体実験はろくに成功していない。


 ストレスによって巫術師達の『枷』にヒビが入っているけど、完全破壊に成功したのは死んだ巫術師の『枷』だけ。だから成果は得られていない。


「明智博士は本当に優秀な研究者だったみたいだから……あの人が力を貸してくれれば、もう『枷』を外せていてもおかしくないけど……」


「実際に頼むことは出来ないの? 少し、アイデアを貰うだけでもさ……」


 同僚が悪い笑みを浮かべ、「助言をもらって、僕達で部長を出し抜いてしまおうよ」と提案してきた。


 魅力的な案だけど、それは無理ね。


「明智博士、どうも行方不明みたいなのよ」


「そうなの? 休暇バカンス中とかじゃ……?」


「いや、博士はネウロンに行ってたみたい。それも魔物事件前から――」


 噂では、博士はネウロン魔物事件に巻き込まれた。


 生死不明だけど、生身でタルタリカの大群に襲われたとしたら……さすがに術式研究界の大天才だとしても、無事では済まないだろう。


 本人が亡くなっていたとしても、研究ノートぐらい残っていればなぁ。


 そう思いつつ、いい加減、自分のデスクに戻る事にした。あまり長くサボっていると、ネウロン送りになっちゃう!


 あの無能なくせに、口ばかり達者なエンリカ・ヒューズのように――。




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