無敵の兄弟



■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 繊三号攻略作戦から2日経った。


 俺が眠りこけているうちに、状況は随分と好転したらしい。


 怪我した俺は、今もベッドから出られないが――。


「テメー、マジで感謝しろよ。お前が生きてんのは、アルやオレがお前に血を分けてやったおかげなんだからな~?」


「いやぁ、マジで助かった! ありがとな~」


 フェルグスに礼を言い、頭を撫でようとしたら手を払いのけられた。


 アルとロッカとグローニャは、頭を撫でさせてくれた。


 なぜかヴィオラも「ススス……」と少ししゃがんできたので、軽く撫でる。触り心地よくてナデナデしまくってると、フェルグスにキレられた。


「テメー! ヴィオラ姉に気安く触ってんじゃね~!」


「ギャア~! 病人に乱暴しないでくれぇ~……!」


「いや、テメエは痛みなんてねえだろ」


「へへっ、まあな!」


 皆、無事だ。


 子供達が皆、元気そうな笑顔を浮かべている。


 こいつらはこいつらで、鎮痛剤使った作戦行動でヘトヘトだったみたいだが……怪我は負わなかったから、もうかなり回復したらしい。


「……お前ら、マジでありがとな。お前らがいなけりゃ、俺だけじゃなくて部隊の他の皆も死んでた。星屑隊が全員無事なのは、お前達のおかげだ」


 巫術師がいたからこそ勝てた。


 そう言っても、過言じゃないだろう。


 そしてヴィオラが機転を利かせて、「海門ゲートを使いましょう」と言いだしてくれなければ、羊飼いには勝てなかった。


 ……星屑隊と第8以外には、結構な犠牲者が出ちまったけどな。


 軍事作戦である以上、ある程度の犠牲は仕方ない。「仕方ない」なんて言葉じゃ片付けられない話なんだろうけど……。


「どうでもいいヤツも無事だけどな~。技術少尉とか技術少尉とか」


 フェルグスが後頭部で手を組みつつそう言うと、ちょうど技術少尉のヒステリックな叫び声が聞こえてきた。


 フェルグスに対してではなく、廊下でぶつかった交国軍人に対して叫んだようだが、フェルグスがちょっとビビった。皆がそれを見て笑い、場が明るくなった。


 ……こうやって、皆で笑える状況になって良かった。


「しかし……フェルグスとアルも俺に血をくれたんだな」


「そうなんですよ。輸血パックが直ぐに確保できなくて……」


 ヴィオラが頬に手を添えつつ、困り顔でそう言った。


 タルタリカが繊三号をうろついていた影響もあり、血がなかなか確保できなかったらしい。そこで、無事な奴から血を採る事になった。


 その時、アルとフェルグスも参加してくれたらしい。


「血を抜かれる時、痛くなかったか?」


「マジのガチで余裕だった」


 フェルグスはふんぞり返ってそう言った。


「羊飼いとの戦いも、オレがいなきゃ勝てなかった! もっとオレを褒めろ!」


「おう。よくやった!」


 実際、フェルグスがいなきゃ負けてた。


 混沌機関と流体装甲だけで機兵を組み上げるなんて荒技を始めてくれなきゃ、俺は羊飼いに殺されていただろう。


 けど――。


「実際、フェルグスは大活躍だった。けど、お前だけの手柄じゃねえぞ~?」


「お前も頑張ったって言いたいのかよ」


「違う。アルがお前を手伝わなきゃ、勝てなかっただろ?」


 そう言うと、フェルグスが「ハッ」とした表情を浮かべた。


「アルだけじゃない。皆のおかげだ。その皆にお前も含まれるけどな」


 ロッカとグローニャも活躍した。


 星屑隊の皆が活躍した。


 最後にヴィオラが海門を開いてくれなきゃ、俺達は負けていた。


 これは全員で勝ち取った勝利だ。


「も、もちろん、アル達のおかげって事もわかってる! わかってるからな!?」


 フェルグスは慌てた様子でアルに視線を向け、そう弁解した。


 アルは少し恥ずかしそうにしつつ、「ボクは、大したことは……」と言ったが、フェルグスは「そんなことねえ!」と叫んでくれた。


 そして、アルと肩を組みながら言った。


「お前がいたから勝てたんだ! さすが、オレ様の弟だなっ!」


「…………! にいちゃんっ……!」


「オレ達が一緒なら、どんな敵でも勝てる。オレ達は無敵の兄弟だ!」


 フェルグスはそう言い、満面の笑みを浮かべた。


 アルもそれにつられ、笑顔を浮かべている。


 最近……ちょっとだけ2人の仲がぎこちなかったけど、何だかんだでわだかまりも解消されたのかな? それなら良かった。


 明るく宣言するフェルグスの後ろで、ロッカが「無敵ねぇ……」と呟いた。呟きつつ、ニヤニヤと笑っている。


 それに気づいたフェルグスはムッとしながら振り返った。


「なんだよ、ロッカ。なんか文句あんのか?」


「いや、別に~? 確かにアルは強いかもな。なあ、グローニャ」


「んっ! アルちゃん、がんばってた! フェルグスちゃんも、お注射こわいのにガンバってた! グローニャ、見てたよっ!」


「は……はぁっ? ちゅ、注射なんか、怖くねえしっ……!」


「アルは『ボクの血、ラートさんに全部あげるから助けてください!』って速攻で血を抜いてもらってたけど……フェルグスはビビって最後に回ってたよなぁ?」


「おまっ! ロッカ……!」


「涙目にもなってて――」


「ロッカ!!」


 フェルグスは怒り、ロッカを追い回し始めた。


 ロッカは笑顔で逃げ回りつつ、病室に来てくれていたバレットを盾にし始めた。バレットはロッカとフェルグスに挟まれ、オロオロとしている。


 それを見て大笑いしていると、身体の奥で変な感じがした。


 痛みはない。


 痛みなんて感じない。


 けど、さすがに無理するのは良くないか……まだ安静にしてねえと。


「ラートさん、大丈夫ですか……?」


「おう。へーきへーき。全然大丈夫だよ」


 心配そうに見てくるヴィオラとアルに、力こぶを見せてアピールする。


 危うく死にかけたが、さすがにもう大丈夫。


 1、2週間で戦線復帰出来るだろう。オークは頑丈だからな!


「ヴィオラも、ありがとな」


「いえいえ、私はなんにも。大したことは」


「大したことしてるだろ! まさか、海門の操作方法まで知っているとは」


 繊三号に制御用の設備があったとはいえ、ほぼ1人で操作したはずだ。


 その事を褒めると、ヴィオラはなぜか複雑な表情を浮かべつつ、頬を掻いた。


「あはは……。な、なんか、できちゃいまして……はい……」


「ヴィオラ姉ちゃん、ラートさんのこと、ずっと看ててくれたんですよ」


 アルが身を乗り出しつつ、そう教えてくれた。


「看病だけじゃなくて、手術もヴィオラ姉ちゃんがやってくれて――。キャスター先生も『すごい』って褒めてました!」


「それはマジでスゲエな」


 キャスター先生は、他の怪我人の手当やら手術で忙しかったらしい。


 ヴィオラが「私がやります」と言って、ほぼ1人で俺の手術をしてくれたらしい。前に「手術した」って話を聞いた事はあったが、やっぱスゲエな……。


 アルとグローニャと一緒に、ヴィオラを「すごいすごい!」と褒め称えていると、隣のベッドにいたレンズが立ち上がった。


 わざとらしく大きな咳払いをしつつ立ち上がり、病室の外に歩き出した。


「おい、レンズ。どこに行くんだ。先生に安静にしてろって言われたろ?」


「外の空気を吸いに行くんだよ。ここはガキがうるさすぎる」


「ご、ごめんなさい……!」


 ヴィオラがペコペコと頭を下げ始めたが、レンズは――なぜか少しバツの悪そうな顔になりつつ――口を開いた。


「まあ、好きに騒げ。……今回の作戦、お前らがいなかったらオレ達は負けてた」


「えっ……」


「作戦成功の功労者なんだ。宴会代わりに、好きに騒ぎ――」


 などと言ってくれたレンズの側頭部に、枕がぶつかった。


 フェルグスがロッカに向けて投げた枕が当たったらしい。


 枕の持ち主であるパイプが「僕じゃないよ?」と身振りで示す中、レンズが「コラァ! ガキ共!!」と叫んだ。


 思わず笑ってしまうと、俺がレンズに睨まれた。


「なに笑ってんだコラ」


「いや……レンズも巫術師ドルイドを認めてくれたんだなぁ、って思っただけだよ」


「ふざけんな! 一生、認めてやんねーからなっ!!」


「レンズ軍曹さん、あんまり大声を出すと、傷が開きますよ~……?」


「うっせえっ! くそっ! 胸くそわりい!」


 レンズはイライラした様子で病室の外に向かっていく。


 だが、そんなレンズの前にグローニャが飛び出した。


 そういえば……レンズに対し、何か言いたげにしてたが――。


「ね、ねえ、レンズちゃん……」


「んだよ。オレは外に行くんだよ。ガキの相手する暇は――」


「この子を作ってくれたの、レンズちゃんって……ホント?」


 グローニャがシャチのぬいぐるみを掲げた。


 空気が固まった。


 その中心にいたレンズは、一瞬で青ざめたように見えた。


 ぎくしゃくした動作でグローニャを見つつ、「違う。だ……誰に聞いた、そのデタラメ……」という言葉を絞り出した。


「デタラメ吹き込んだバカを教えろ」


「…………? ラートちゃんが言ってなかった?」


 レンズが「バッ!」と俺を見た。


 銃が無くて幸いだった。アレは発砲してもおかしくない目つき……!


「ラート、テメエッ!!」


「おっ、俺じゃねえよ!?」


「でもでも、レンズちゃん、最初にここに来た時……機兵に乗りながら、ラートちゃんと……ぬいぐるみの話、してたし……」


「「ここに……?」」


 レンズとハモりつつ、首をかしげる。


 俺はマジで、グローニャに教えた覚えが無――。


「あっ!!」


「あぁッ!! おっ、お前……そういやオレの機兵に憑依してたな!?」


 繊三号に到着した時、俺とレンズは機兵を整備工場に持って行った。


 その後、敵の襲撃が発生した。


 その時、グローニャがレンズの機兵に憑依してて――。


 あの時か。あの時、グローニャも俺達の話を聞いてたのか……!


 し、しまった……!!


「テメエ、オレ達の話を盗み聞きしてたのか!?」


「う、うん。ねえ! ホントにこの子を作ってくれたの!? レンズちゃんっ!」


「ぉ、オレじゃねえヨッ……!?」


「うそ! 作ってくれたんでしょ? グローニャ、ちゃんとお礼を――」


 レンズは狼狽え、叫び、病室の外に飛び出ていった。


 グローニャはシャチのぬいぐるみを抱えたまま、それを追っていった。


 待って~! と言いながら追っていった。


 気になって皆で追いかけた。


 すると、2人が基地内のベンチに座り、話しているところを見つけた。


 グローニャがニコニコの笑顔を見せながら、ぬいぐるみをギュッと抱きしめながらレンズに話しかけているところを見つけた。


 ぬいぐるみのことで、レンズをたくさん褒めているみたいだった。


 褒められているレンズは、すごく恥ずかしそうな顔をしていた。


 けど、それは悪くない顔だった。


 レンズはのぞき見している俺達を見つけ、「なに見てやがんだ、テメエら!!」と叫び、追ってきたけど……悪くない顔をしてた。


「待ちやがれ、ラート!!」


「な、なんで俺だけ追ってくるんだよ~~~~!?」


「バレたのは、テメエの所為だろうがーーーーッ!!」


「でも、グローニャは認めてくれただろ!?」


「うっ……!!」


「バレて良かったじゃねえか!?」


「うっ、うッ――――うるせえーーーーッ!!」


 しばらくレンズに追いかけられたが、まあ、良かった。


 ちょっと傷が開いて、隊長と副長に見つかって怒られたが……全力で被害者ぶってやった! レンズ君が悪いんで~~~~すッ!!


「チクショー! ラート!! 覚えてやがれーーーーッ!!」


「やーだよっ!」


 レンズを置いて、病室に戻る。


 そこでヴィオラに「傷が開いてるじゃないですかー!!」と怒られたけど……!


 悪くない。


 こういう緩い雰囲気も悪くない。


 ……俺達、ホントに勝てたんだなぁ。




■title:繊三号にて

■from:狂犬・フェルグス


「ラートさん!! 貴方、死にかけた自覚がないんですか!!?」


「ヴィオラ、落ち着け。お前の傷が開くぞ……!」


「私はケガなんてしてません!! ほらっ!! 傷を見せて!!」


「ひぃっ……!」


 クソラートを怒ってるヴィオラ姉が怖いから、病室に近づかずにコソコソ逃げる。アルと一緒に、繊三号の地上部まで逃げてきた。


 色々と大変だったが、オレ達の勝ちだ。


「アル。よくがんばったな。さすがはオレの弟だぜ」


「えへへ……」


 アルの頭をワシワシと撫で、いっぱい褒めてやる。


 アルは本当によくやった。マジでオレの自慢の弟だぜ。


 アル以外の皆も、よく頑張った。勝てたのは皆のおかげだ。


 勝ったところで、特別行動兵オレ達の扱いはそんな変わらないけど――。


「……ホント、よくがんばったよ」


 アルもオレも、がんばったぞ。


 がんばって良かったんだよな?


 ……羊飼いあいつの誘いに乗らないのが、正解だったんだよな……?


「…………。あ、そういえばアル」


「うん? なあに? にいちゃん」


「お前、あれから声は聞こえたか?」


「声?」


「アレだよ。羊飼いと戦ってる時、変な声が聞こえただろ?」


 主に男の声が聞こえた。


 今は聞こえないけど、あれは頭に直接響く変な声だった。


 その声について聞くと、アルは首を横に振った。


「やっぱ、お前も聞こえなくなったのか」


「うん……。にいちゃんと機兵に憑依してる時は聞こえたけど……」


「あれ、何だったんだろうな」


 皆に聞いたけど、皆には聞こえていなかったらしい。


 聞こえていたのはオレ達だけみたい。……アルにも聞こえていたから、オレだけに聞こえる幻聴こえじゃなかったみたいだけど……。


 勝てたのは、アイツのおかげでもあるのかな?


 何者だったのか聞きたかったんだけどなー……。


 名前すら聞けなかったし……。


「…………」


 謎の声はもう聞こえない。


 でも、別の鳴き声は聞こえてきた。


「みぃ、みぃ~ん」


「おっ! マーリン! お前、どこ行ってたんだ?」


「繊三号をウロウロしてたの?」


 呑気な鳴き声を出しつつ、飛んできたフワフワマンジュウネコを抱っこする。


 勝ったところで、オレ達の立場は変わらねえ。


 立場を示す首輪チョーカーもつけられたまま。


 けど、ここにご褒美がある。


 デブだけど可愛いマーリンを、いっぱいナデナデできるご褒美だ!


 アルと一緒に、フワフワのコイツを楽しんでやるぜっ!




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