戦い終わって
■title:繊三号にて
■from:星屑隊隊長
カトー特佐の遅い参戦により、繊三号での戦いは終わった。
羊飼い無しで抵抗を続けられるほど、タルタリカ達は強くはなかった。
一糸乱れぬ動きで動いていたのが嘘だったかのように、タルタリカ達は――あるいはネウロン解放戦線は――瓦解していった。
解放戦線によって制圧されていた繊三号以外の都市でも、タルタリカ達は敗北していった。戦闘すら発生せず、殆どのタルタリカが逃げ出したらしい。
戦前から戦後に至るまで、少なくない数の犠牲者が出たが……上は「ネウロン解放戦線の敗北」を喧伝している。確かに、そう言っても問題はないだろう。
首魁と思しき羊飼いは倒した。ヴァイオレット特別行動兵の機転により、<混沌の海>に追い出すことに成功した。
奴の力に反応したのか、大量の混沌が暴れ回ったのも確認されている。
……さすがにあれで倒せたと思いたい。
あれで生きていたら、羊飼いは本物の化け物だ。
ネウロン近海が荒れているため、死亡確認に行けてないのが恐ろしい。混沌の海での事だ。どちらにせよ、死体は見つからないだろう。
「…………」
我々は勝利した。
カトー特佐の参戦があったものの、これも1つの勝利だ。
連絡を取ると、久常中佐は非常に面白くなさそうにしていたが……さすがにもう文句のつけようがないだろう。こちらには一応、特佐がついている。
久常中佐では、特佐に対して物申す事は出来まい。
「……よくやった。レンズ軍曹、ラート軍曹、パイプ軍曹」
夜の医務室で、そう呟く。
繊三号の医務室のベッドには、
羊飼いに襲われた他の隊員らは軽傷で済んだが、この3人は酷い怪我を負っていた。特にラート軍曹が危うい状態だった。
大量の血を流し、死にかねないところだったが……今は大きないびきをかいている。いびきの音がうるさいのか、レンズ軍曹とパイプ軍曹の寝顔が苦しげだが……まあ、いいだろう。
朝になったら元気に喧嘩をしたらいい。それは生者の特権だ。
そう思いつつ、医務室の隅に視線を送る。
「…………」
ヴァイオレット特別行動兵が壁に寄りかかり、眠っている。
ラート軍曹らを心配して手術にも参加し、遅くまで看病までしていたらしい。キャスター軍医少尉らと共に、軍曹達を助けてくれた。
だが、この女は怪しい。
羊飼いもこの女も、ヤドリギを使っていた。
両者は何らかの関係があったはずだ。……今回の作戦でそれが明らかになる可能性を考えていたが、結局、大したことはわからなかった。
ヴァイオレット特別行動兵も、特別な何かを思い出した様子がない。
この女の正体はある程度、目星がついているが……どれも確定したものではない。確かなのは「悠長に見張っている場合ではない」という事だ。
そろそろ、この女を何とかせねば――。
改めてそう考えつつ、廊下に出る。
「…………」
この辺りには大量の死体が転がっていたが、今はない。
タルタリカは脳以外、溶けて消えた。掃除が楽で助かった。
人間の死体は、タルタリカが食い荒らしてくれた。それも私に都合が良かった。
羊飼いは本当にタルタリカを統率していたらしく、羊飼いが混沌の海に消えた後、人間の死体はタルタリカ共が食い荒らしてくれた。
おかげで、「本当は誰が殺したか」がバレる事はなくなった。
基地の防犯システムのデータも、どさくさに紛れて破壊済み。
ただ、本当に悠長にしている余裕はない。
あの女の件を早急に片付けねば――。
「――――」
暗い廊下の先。
そこから「コツ、コツ」と足音が聞こえてきた。
足音の主が曲がり角の先からやってきて、私の姿を見つけると「おう」と気安い様子で声をかけてきた。
心の揺れを隠しつつ、敬礼する。
「カトー特佐。……なぜこちらに?」
「
特佐はそう言って笑い、「まあ夜の散歩も兼ねてな」と言った。
この男はまったく信用できない。
……さすがに、私の正体に気づいたとは思えないが……。
「そんなかしこまるなよ、中尉。友人に接するように話しかけてくれ」
「それは、ご命令でしょうか?」
「堅苦しいなぁ~。軍隊式のやり方は苦手だよ」
特佐は笑みを苦笑に変え、「オレは新参者で流民だから、交国軍のやり方にはどうにも慣れないんだ」と言った。
「タメ口でいいんだよ。ええっと、サイ……サイ、なんだったっけ?」
「サイラス・ネジです。カトー特佐」
「サイラスね! 今度こそ覚えた!」
軽薄な笑みの
世間一般の基準なら「好青年」と言っていいのかもしれない。
だが、それは見た目だけ。
神器使いは見た目通りの年齢とは限らない。
カトー特佐の場合、確か……実年齢は60歳ぐらいだったはず。
「カトー特佐。改めて、お礼を言わせてください」
「ん?」
「あなたが来てくれなければ、私は部下達を失っていました。神器使いであるあなたの力がなければ、この戦いにも敗れていたはずです」
「世辞はやめてくれ、サイラス。敵の親玉はお前達が倒したんだろ? オレはちょこっと残党狩りを手伝っただけさぁ」
「敵の首魁らしき『羊飼い』は、運良く、海門から混沌の海に追い出せただけです。……奴の死体は確認出来ていません」
ヘラヘラと笑っていた特佐が、廊下の壁に手をつきつつ、少しは真面目な顔つきになった。その顔で「生きていると思うか?」と問いかけてきた。
「オレはその『羊飼い』を直接見ていない。……そんなに強かったのか?」
「はい」
羊飼いは恐ろしい相手だった。
巧みな巫術と、高い戦闘技能。
神器そのもの、あるいは神器に準ずる力まで持っていた。
ネウロン中のタルタリカを統率している素振りすらあった。
その羊飼いについて重要な情報は隠しつつも少し言葉を交わす。今は倒せたことを祈るしかない。あるいは、再び出会わずに済む事を祈るしかない。
「ところで、差し支えがなければ教えてほしいのですが――」
「うん? なんだ?」
「なぜ、特佐のあなたがネウロンに?」
「
どういう事情で近くにいたか。それはさすがに教えてもらえなかった。
だが、やはり偶然立ち寄ったわけではないらしい。
「ネウロンで謎の勢力が暴れていて、ネウロン旅団だけじゃ手に負えないから討伐してこいってさ。近所にいたオレがパシられただけさ」
特佐は少し面白くなさそうに鼻を鳴らした。
カトー特佐はろくな男ではないが、<神器使い>の1人だ。たった1人でもかなりの戦果を上げられる事を考えると、妥当な増援だろう。
「ただ、収穫はあったな。悪い意味で」
「収穫?」
「……アンタらの部隊、何で少年兵を使ってんだよ」
先程まで軽薄な笑みを浮かべていた男とは思えない、鋭い眼光。
返答次第では「タダではおかない」という圧を感じる。
……この男、特佐のくせに何も知らないのか。
「彼らは、軍事委員会の監督下にある特別行動兵です」
「特別行動兵だぁ? それって囚人や政治犯への刑罰として行われるものだろ?」
「軍規違反者にも適用される制度です。ただ、彼らについては――」
彼らの事情について説明する。
特佐は眉をひそめて聞いていたが、一通り説明を聞き終わると舌打ちした。「上は何やってんだ……!」と怒りに満ちた声を漏らした。
「特別な術式を使えるから危険。だから特別行動兵にして、監督下に置くだと? 馬鹿馬鹿しい! 先進国とは思えない蛮行だぞ、これは」
「…………」
「サイラス。お前、今のままでいいと思っているのか?」
「と……仰いますと?」
質問を質問で返すと、舌打ちされた。
舌打ちの後、特佐はアゴを触りながら「あの子達の扱い、何とかしてやらないとな」などと呟いた。いかにも善人らしいことを呟いた。
反吐が出そうになった。
エデンのテロリスト如きが、偉そうに――。
■title:繊三号にて
■from:交国軍特佐・カトー
悪い意味での収穫があった。
術式使いってだけで、子供を囚人兵扱いだと?
巫術って術式が危険なものだとしても、この扱いは明らかにおかしい。
先進国の交国らしくないモノだ。
いや、違うな。実に
玉帝はこの件、知っているのか?
「…………」
無表情のサイラスを見る。
他人事のような顔しやがって。子供達を戦わせて、コイツの心は痛まないのか?
上の命令に
思考停止してるクズめ!
どんな理由があっても、子供を戦わせていいわけねーだろ……!!
「…………。本国に戻ったら……玉帝に聞いてみないとなぁ。ネウロンの子供達が交国軍にどう扱われているか、ちゃんと知っているかどうかを」
「ご存じだと思いますよ」
「わかんねえぞ? 玉帝は現場を知らない」
ずっと交国本土に引きこもっている。
仮面をつけて、執務室で書類とにらめっこしている奴だ。
交国なんて巨大軍事国家を運営し、大きくし続けている手腕は認めてやる。けど、対処すべき事案が多すぎて、ネウロンで起きてること知らねえのかも……。
知ってるにしろ、知らないにしろ、どんな返答が返ってくるか見物だな。
「こんな非道、許されるはずがない」
「…………」
アテにならない無能中尉の脇を通り、再び歩き出す。
どこかに、まともな交国軍人はいないのか?
子供達の窮状に心を痛め、寄り添ってあげている奴は――。
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