神器の残火



■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 一瞬、目と耳が死んだ。


「――――」


 雷鳴と閃光が襲ってきた。


 ヴィオラの警告をかき消すように、凄まじい雷の音が響いた。


 黒い雷光がフェルグスに向けて放たれていった。


 その雷光は繊三号の地面を一瞬で削り、蒸発させた。


「なん――――だ、いま、のは…………?」


 空気が焼け、帯電している。


 フェルグスがいた場所が、跡形もなく吹き飛んでいた。


 それどころか、その延長線上にあった島も形を変え、黒焦げになっていた。


 黒い雷が迸った空間。そこにあった全てが焼かれていた。




■title:繊三号にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「――流体を放ったんです」


 ラートさんの「何だ、今のは」という疑問に答える。


 あまりにも常軌を逸した光景を見て、思わずこぼれ出た問いだろう。


 けど、私は何が起きたか理解できてしまった。


 何故か、その知識が頭の奥から湧き出てくる。


「りゅ、流体を……指向性エネルギー兵器として放ったんです……!」


『そんなこと、可能なのか?』


「普通は、無理ですが……」


 流体は混沌によって造られる。


 混沌はエネルギーだ。


 機兵や水上船を動かし、方舟を浮かせるほど大きな力を持っている。


 エネルギー兵器として使用するのも不可能じゃない。可愛らしい言い方をすると「水鉄砲」のように使うのも不可能じゃない。


 打ち出されるのは「水」なんて生やさしいモノではないけど――。


「理論上は可能です」


 監視カメラの映像が乱れて、よく見えなかった。


 よく見えなかったけど、私の記憶が見えなかった部分を補完してくれた。


「羊飼いは、野太刀の刃に乗せて流体を放ったんです。雷のように……」


『あのサイズの兵器で、あそこまで破壊を巻き起こせるって……』


 ラートさんの声が僅かに震えている。


 震えさせたまま、言葉を続けている。


『それはもう、神器並みじゃねえか……』


 その通り。


 あれは神器だ。


 けど、本物じゃない・・・・・・


 あの神器が放つ本物の雷は、もっと恐ろしいもののはず。


 ……弱体化している? 私の知る雷光ものと違う。


 アレはもっと、鮮烈な光を放っていたはず。


 あんな……濁った黒色の光じゃなかったはず。


『というか、フェルグスはどこだ! アイツは無事なのか!?』


「あっ……! 大丈夫、ギリギリで回避したみたいです!」


 少し離れたところに混沌機関が転がっていた。


 その混沌機関に手足と胴体、そして頭が生えてきた。


 フェルグス君が機兵を再構成させた。


 多分、敵の流体かみなりが当たる直前で逃げたんだ。混沌機関だけを放り投げ、間一髪のところで難を逃れたんだ。


 危なかった。


 当たっていたら機兵の流体装甲程度、マグマに落ちた氷のように溶ける。実際、難を逃れた混沌機関以外は跡形も無く溶けて消えている。


 何とか回避してくれたけど……。


「どうしたら……」


 羊飼いはゆったりとした仕草で、剣を肩に担ぎ直した。


 フェルグス君が機兵を再構築するのを、悠々と待っている。


 余裕たっぷり。多分、さっきの一撃じゃ大して消耗していない。


 まだまだ同じことを出来るはず。


 ……フェルグス君じゃ、勝てない。


「…………でも、まだ負けてない」


 だったら、まだチャンスはあるかも。


 ここは繊三号。


 だから、まだアレが使えるはず……。


「おい」


「――――」


 背後から声をかけられた。


 ゆっくり振り返ると、銃を構えた軍人さんがいた。


 撃たれる。いや、違う、大丈夫。


 だって、この人は――。




■title:繊三号にて

■from:星屑隊隊長


「隊長さん!? どうしてここに?」


「……スアルタウ特別行動兵が、位置を知らせてくれた」


 銃を下ろす。


 この反応。ヴァイオレット特別行動兵で間違いないだろう。


 ……今のところ、おかしくなっている様子はない。


「大丈夫か? 羊飼いに連れていかれたと聞いたが――」


 大丈夫です、と頷かれたが、こちらは生きた心地がしなかった。


 まさか奴が先に船を狙うとは。私の考えが甘かった。


 ヴァイオレット特別行動兵と羊飼いは、何らかの関係がある。どちらもヤドリギを使っている。関わりがあるからこそ、この女を狙うのは予想出来たのに……。


「とにかく逃げるぞ。フェルグス特別行動兵が時間を稼いでいるうちに」


「ま、待ってください! まだあの子は負けてません!」


「騒ぐな。タルタリカが来る」


 ある程度は倒したが、まだ多数のタルタリカがいる。


 この女に私の権能ちからを見せるのも、よろしくない。


 無駄な交戦は避けたい。


「考えがあるんです。聞いてください、隊長さん……!」


「…………」


 ヴァイオレット特別行動兵が私の手を握り、懇願してきた。


 死体のように冷たい手で、私を止めてきた。




■title:繊三号にて

■from:狂犬・フェルグス


『クソあっぶねえなぁ……!』


 ヴィオラ姉に「避けて」って言われなかったら、ヤバかった。


 なんだ。今の攻撃。どうやった?


 オレにも出来ねえかな?


『死ぬところだっただろーが! ボケ!』


『貴様は死なんだろう。本体は船にあるのだろう?』


『そういやそうだな』


 うん、舐められてるな、コレ。


 さっきの攻撃は何とか回避出来たけど、機兵を作り直す時に追撃されてたら負けてた。けど、アイツはゆったり立っているだけだった。舐めやがって、クソが。


『まだやれそうか?』


『当たり前だ!』


『そうか。そのわりに、形成がさらに甘くなっているぞ』


『…………!』


 混沌機関は無事だ、さっきの攻撃はギリギリ避けた。


 けど、流体装甲を形作るのが上手くいってない。


 ビビってんのか。オレ……。


 くそっ……マジでなんだ、さっきの攻撃。


 相手は機兵のはずなのに、雷を飛ばしてくるとか反則だろ。


『この程度で心を乱すな。少年』


『…………』


『巫術は心を骨肉とする業だ。かなめとなる心が怯え震えれば、巫術で制御する流体装甲からだまで震え溶けていく。萎えた手足では戦えんぞ』


 身体は何とか再生成できた。


 けど、剣が……。


 ダメだ。さ、さっきより、剣を造るのが下手くそになって――。


『て、敵に助言するとか、舐めやがって……!』


『……失礼した。昔日せきじつの癖だ』


『なんで追撃してこなかった! もう、お前が勝ってただろうが!』


『癖で稽古をつけていただけだ。だが……別の動機もある』


『はぁ……!?』


『貴様、悪くない腕をしている。こちらにつかないか・・・・・・・・・?』




■title:繊三号にて

■from:使徒・■■■■■■


 この少年は磨けば光る原石だ。


 鍛え甲斐があるだろうし、戦力として期待できる。


 それに、動機もあるはずだ。


『貴様ら、ネウロン人が置かれている窮状は理解しているつもりだ』


『…………』


 交国という巨大軍事国家が、ネウロンに攻め込んで支配している。


 交国はそれらしい大義名分を掲げているが、全て嘘だ。奴らは何らかの目的でネウロンにやってきて、ネウロン人を支配している。


『貴様、特別行動兵という奴なのだろう? 家族から引き離され、交国の都合で無理矢理戦わされているのだろう?』


 生まれたての子鹿のように足を震わせている機兵に近づく。


 近づき、帯電した剣先で機兵のアゴを持ち上げる。


『私側につけば、助けてやるぞ。貴様も、貴様の家族も』


『裏切れってか』


『そうだ。裏切りがバレないよう、ここで死んだ事にしろ』


 偽装など、どうとでも出来る。


 他の巫術師共々、私の配下として戦え。


『貴様らには交国を裏切る動機がある。そうだろう?』


『へっ……。それ、いいな。悪い話じゃなさそうだ!』


『そうだろう。私が、貴様らネウロン人の力になってや――』


 左手を動かす。


 こちらの操縦席に向け、放たれた剣先を握り、止める。


『少年。言動が一致していないぞ』


『ボケが!』


 眼前の機兵が剣を捨て、新たな剣を生成して斬りつけてきた。


 受け止めるまでもなかった。剣としての機能が十分に出来ていない。


 私の装甲に当たり、砕ける硝子の刃だった。


 剣は折れたが、少年は未だ折れていないらしい。


 私を押しのけ、飛び退り、ドロリと溶ける機兵の指を突きつけてきた。


『そりゃテメエも同じだろうが!』


『…………』


『テメエ、ネウロン人のことなんて、どうでもいいと思ってんだろ!? 本気でネウロン人のために動いてくれてんなら、こんなムチャやらかさねえだろうが!』


『多少、頭も回るようだ』


 そうだ。ネウロン人など、どうでもいい。


 2名、救わねばならないネウロン人もいる。


 だが、それは契約ゆえ致し方なく救うだけだ。


 私が真に救いたいのは、あの子だけだ。


『ただ、ここで私側につくなら生かしてやるのは本当だ。私は貴様らを利用するが、貴様らも私を利用すればいい。それだけの話だ』


『テメエは信用できねえ』


『交国人よりもか?』


『……一部の交国人の方が、まだ信用できる!』


 少年が硝子の刃を構える。


 勝敗はもう見えている。


 惜しい人材だ。


 昔日はともかく、今のネウロン人は雷轟わたしを恐れている。


 私相手というだけで弱るはずだ。その枷も少し弱まっているようだが――。


『オレ様は、テメエなんかの言いなりにならねえ!』


『そうか。くつわを並べられぬなら、後は刃を交えるのみ』


 構える。


 神器を――いや、燼器を構える。


 燃えがらに過ぎない紛い物を構える。


 貴様らにはこれでも十分――。


『――――』


 少年が動いた。


 私を中心に、弧を描くように動いた。


 立ち位置を変えてきた。


 繊三号の中心部を・・・・背負う形に、立ち位置を変えてきた。


 その位置は良くない。


 その位置に対し、燼器は使えない。


 ……仕方が無い。地道に殺すか。




■title:繊三号にて

■from:星屑隊隊長


「そうだ。フェルグス特別行動兵。その立ち位置を可能な限り維持しろ」


『わ、わかった! けど隊長、これ何の意味があるんだ!?』


「説明する時間が惜しい。とにかく、敵の攻撃を凌げ」


 ヴァイオレット特別行動兵を連れ、目的地に急ぐ。


 急がねば。


 フェルグス特別行動兵では、羊飼いには勝てん。


 勝てんが、時間稼ぎぐらいは出来るだろう。


「た、隊長さん、繊三号の中心方向を背負って戦えって……どういう意味が……」


 息を切らして走っているヴァイオレット特別行動兵が問いかけてくる。


「敵が、繊三号をまだ利用したいから……繊三号に過度な破壊ができないように……って意味なんですか!?」


「そういう理解でも構わん」


 実際は違う。


 我々はいま、繊三号の中心部に向かっている。


 敵が切り札を再び放った時、それが繊三号の中心部に向けてのものになると、我々が死にかねない。正確にはヴァイオレット特別行動兵が死にかねない。


 おそらく、敵にはそれが出来ない。


 敵は、この女を殺したくないのだ。


 殺したくないからこそ、さらったのだろう。


「急ぐぞ」


「はいっ!」


 急ぐ必要があるから、ヴァイオレット特別行動兵を肩に担ぐ。


 階段を呑気に下りている暇はない。


 3階分ほどを飛び降り、ショートカットする。


 肩から女の悲鳴が聞こえたが、気にしないでおく。


 急がねば負ける。……私では羊飼いに勝てない。


 この女の策に乗るしかない。



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「…………」


 敵のさっきの攻撃、船に直撃したら持たねえな。


 けど、まだやられるわけにはいかない。


 繊三号で隊長達が戦っているんだ。……隊長を助けねえと。


 そのためには――。


「キャスター先生。ガキ共を連れて、繊三号に向けて逃げてください」


 砲撃は少し、弱まってきた。


 船に戻ってきたロッカとグローニャも戦ってくれた事で、少しは敵を減らせた。


 けど、どっちにしろこの船は長く持たないし、あんな馬鹿火力カミナリで狙われたら一瞬で溶けて死ぬ。だが、全員で船を放棄する余裕もない。


 誰かが敵を受け持たないと。


 そして、ガキ共にまだ戦ってもらわねえと――。


「巫術師がやられると、抵抗できる戦力がいなくなる。オレ達が殿として残るんで、ガキ共を連れて繊三号内部に逃げ込んでください! あ、流体甲冑も忘れずに! 繊三号には小型のタルタリカもいますから……!」


 先生には短艇を使って、ガキ共と一緒に繊三号に向かってもらう。


 ガキ共を少しは長く生き延びさせて、戦わせる事が出来るはず。


 上手くいけば……ガキ共は隊長達と一緒に生き残れるだろう。


「よっしゃ! 野郎共! 先生達を守りつつ、敵を出来るだけ引きつけるぞ!」


『つまり、オレらには死ねと』


「悪いな! 付き合ってくれ」


『付き合うなら女の子がいいっスよ~!』


『貧乏くじ、引かされちまったなぁ……』


『まあいいですよ。隊長とガキ共のために、副長に付き合いますよ』


「悪いな」


『副長! 船を横に! ガキ共を逃がすなら、俺らが盾にならねえと!』


「確かに! まだ動けるな!?」


『任せてください!』


 まだ死ぬつもりはない。


 最後の最後まで足掻いてやる。


 逃げろ、第8巫術師実験部隊。


 逃げて勝て。お前らも泥臭く足掻け。




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