機兵顕現



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:整備長のスパナ


「まさか本当に出来るとは――」


 ドローンから送られてくる繊三号の映像に見入る。


 繊三号で2機の機兵が対峙している。


 1機は羊飼いが単独で生成した機兵。


 もう1機は、フェルグスが混沌機関に憑依して造り上げた機兵。


 フェルグスは敵船から奪った混沌機関に憑依し、巫術で流体を操って機兵を造ってみせた。船舶用の混沌機関を使っているとはいえ、無茶をやってのけた。


 通常、機兵はフレームが無いと流体装甲を維持しきれない。


 フレームは人体で言うところの骨だ。


 フレーム無しの機兵って事は、肉だけで自立する必要がある。流体装甲が筋肉として身体を支えてくれているとはいえ、骨無しで戦うのはほぼ不可能だ。


 だが、フェルグスと羊飼いは、巫術によって骨無しの機兵を作ってみせた。


 巫術で常時、流体装甲を制御する事で自立しているんだろう。


 フェルグスの方にはヴァイオレットが設計したワイヤーをフレーム代わりに使わせているが……アレも元々は流体製のものだ。


 混沌機関以外、全てが流体で造られた機兵なんて初めて見た。


 それも、2機同時に見ることになるとは……。


「ネウロンのガキが、機兵の歴史を変えかねない事をやってのけたか」


 同じ事は敵もやっている。


 羊飼いは混沌機関すら無しに機兵を生成してみせた。


 だが、至った結果は同じ。


 ……少しは勝ち目が見えてきたのかね?


「っ、と……!! 危ないねぇ」


 ウチの船に、また敵の砲弾が着弾した。


 危ない危ない。揺れで端末を落とすところだったよ。


 部下共が「整備長! 観戦してる暇があるなら、ダメコンを手伝ってください……!」などと叫んでいるが、そりゃあ聞けない相談だ!


 今はこっち優先。


 機兵の常識を覆した2機の機兵の戦い。


 1人の整備士として、見逃すわけにはいかない。


「アンタらで何とかしな! ババアを働かせるんじゃあないよ!!」


「「「そんな無茶なぁ……!!」」」




■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 混沌機関が飛んできたと思ったら、それが1機の機兵に成った。


 見た事のない型だ。<逆鱗>に似ているが、似ているだけで別種に見える。


 けど、あの機兵から聞こえた声は、聞き覚えがある。


「お前、フェルグスだよな!?」


『おう! 遅くなった! 羊飼いこいつはオレがボコってやるから、お前らは逃げろ! ヴィオラ姉の事も忘れるんじゃねえぞ!?』


「逃げるって…………」


『いや、つーかお前、大丈夫か!? 結構、血が出てるけど……!』


 確かに。けど、大丈夫だ。


 痛みはない。痛むことがない。


 まだ身体が動いているから、大丈夫……の、はずだ。


 俺の身体より――。


「その機兵は何だ!」


敵船てきの混沌機関を奪って造った!』


 そう言ったフェルグスが、流体の剣を生成した。


 ただの剣じゃない。


 機兵と同程度の大きさの、馬鹿デカい大剣を生成した。


『名前は……カレトヴルッフ! オレ様専用の機――』


 喋っていたフェルグスの機兵が、海側に向けてブッ飛んだ。


 羊飼いの機兵に斬りかかられ、大剣で防御したが――敵の剣を受けているうちに、思い切り蹴られてブッ飛んで行った。




■title:繊三号にて

■from:使徒・■■■■■■


『おい! 人が気持ちよく語ってるのに、不意打ちしてくんじゃねえ!』


『…………』


 新手の機兵は、海に落ちるギリギリ手前で着地し、体勢を立て直してみせた。


 馬鹿げた大きさの大剣を繊三号に突き立て、それで無理矢理減速してみせた。


 斬撃で殺すつもりだったが、凌がれたか。……それなりに出来るらしい。


『テメエ、コラッ! 聞いてんのか!?』


『何者だ、貴様は』


『質問を質問で返してんじゃねーーーーッ!』


 私とは違うが、似た方法で機兵を創造してみせた。


 心臓部に船舶用の混沌機関を使っている。だが、それだけであんなものを――骨無し機兵を造り上げるなど、並大抵の巫術師ではない。


 同じ事を出来る巫術師を、私は私以外知らん。


 私の教え子ドルイド達も、あんな真似は出来なかった。


 牙を持っていた頃の巫術師達でも、私以外にあんなものは作れなかった。


『先程の軍人達で終わりと思ったが――』


 使い勝手の良い研石が現れたようだ。


 では、遠慮無く使わせてもらおう。




■title:繊三号にて

■from:狂犬・フェルグス


『っ……!?』


 羊飼いが剣を投げてきた。


 ギリギリ回避。でも、避けたはずの剣がこっちの左腕を切り飛ばしてきた。


『セコい技、使いやがる……!』


 剣に流体の糸がついていた。


 アレを巫術で操って、空中で剣の軌道を変えやがったのか。


『けど、腕ぐらい直ぐ直せるんだぜっ!?』


 流体で左腕を再構成する。


 混沌機関さえ無事なら、何度だって再生してみせる。


『では、混沌機関しんぞうを頂こう』


 再生中なのに詰め寄ってきた。


 右腕だけで大剣をブン回し、敵の剣を弾く。


 弾いた――と、思ったけど……!


『うおっ……!?』


 逆だ。こっちの剣が弾かれた。


 剣でこっちの大剣を受け流された。


 相手の剣も多少は弾けたけど――。


『――――』


 敵が剣を握っていない方の手を、スッと伸ばした。


 手を剣に変えて、機兵オレの胸に突き刺してきた。


 胸の部分の装甲、結構硬くしてたつもりだったけど、ごっそり抉られた。


 抉られたが――。


『そこにはねえよ! 混沌機関ッ!!』


 弾かれた大剣を力業で引き戻し、勢いよく振り下ろす。


 敵はそれを避けて下がっていった。惜しい。もうちょっとで斬れたのに。


『混沌機関さえ破壊されなきゃ、何度でも再生できる。テメーが混沌機関狙いで攻撃してきても、混沌機関の位置を変えればいいんだろ!?』


『……言うは易いが、よく出来たな』


 オレ様専用機カレトヴルッフは、混沌機関以外、流体で出来ている。


 敵の攻撃が混沌機関を壊しそうになったら、混沌機関を移動させればいい。


 さっきは胸のとこに混沌機関を置いてたけど、今は腹に逃がした。機兵が真っ二つになろうが、混沌機関に当たらなきゃ問題ねえ! オレ様天才すぎる……!


 混沌機関さえ無事なら、何度でも仕切り直せるぞ!


『器用な奴だ。だが、かなり無理をしているようだな』


『はあ!? 無理なんかじゃねーしっ!』


『では、その不細工な機兵からだは何だ』


『ゲッ……!』


 機兵全体の装甲が、「ドロッ」と溶け始めている。


 形を維持しきれない。


 巫術で直した端から、ドロドロ溶けていく。


『貴様程度の巫術では、骨無し機兵を扱いきれん』


『チッ……!』


『拙い巫術で強引に機兵を形作っているが、維持しきれていない。貴様の機兵は、しぶといだけのハリボテだ。分不相応の機兵からだを造る未熟者――』


『うるせえッ! オレ様に勝ってからほざけッ!!』


 踏み込み、羊飼いに斬りかかる。


 全力で斬ったが、楽々回避された。


 それどころか首を飛ばされた。


『っ……!!』


『機兵を維持するので手一杯か? 踏み込みが甘いぞ』


『うるせー! 今日編み出した新技だから、まだ慣れてねえだけだッ!』


 斬られた部分を直す。


 やっぱ、この方法ってムチャかなー……。


 いや、もうこの手しかねえ。


 羊飼いに勝つには、並大抵の機兵じゃダメなんだ!


『――――』


 想像イメージしろ。


 アイツに勝てる最強の機兵からだを。


 この身体は流体。いくらでも作り直せる。


 戦いながら、もっと強く作り直していけばいい!


『来やがれ、山羊野郎!』




■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 フェルグスが羊飼いと切り結んでいる。


 フレームの無い機兵を縦横無尽に動かし、立ち向かってくれている。


 だが、優勢とは言いがたい。


 フェルグスの振るう剣は、相手にろくに当たっていない。


 フェルグスの機兵が一方的に攻撃されている。


『おい! いてっ?! クソラート! さっさと逃げろ!』


「逃げろって、お前……!」


 お前だけで勝てるのか?


 とても勝てるようには見えない。


 フェルグスは相当無理して機兵を維持しているらしい。


 流体装甲はタルタリカの屍肉のようにドロドロに溶け始めている。いつ、全身がバラバラになってもおかしくない状態に見える。


 流体を注ぎ足して無理矢理維持しているようにしかみえない。


 羊飼いのように、上手く機兵を作れていない。


 洗練された動きと、欠片1つこぼさず身体を維持している羊飼いとは違う。


『アル! クソラートについていけ! 逃げるの手伝ってやれ!』


「――――」


 羊飼いに破壊された俺の機兵を見る。


 アルが憑依している。まだ少しは動くみたいだが、もう武器形成もままならないようだ。フェルグスの機兵以上にドロリと溶けてしまっている。


 ロッカが守ってくれたパイプを担ぎつつ、アルのところに急ぐ。


「アル、こっちに……。俺の携帯端末に憑依するんだ!」


 この機兵はもう駄目だ。


 だが、繊三号内には、まだ使える機兵があるはず。


 戦闘で相当破壊されているが、まだ混沌機関が生きている機体があるはず。


 ダスト2の操縦席でまだ生きているらしいレンズを助けつつ、何とか戦える機兵を探そう。その機兵を動かして、フェルグスを援護する。


 羊飼いに勝つには、この方法しか――。


「げっ……!」


『ら、ラートさん? 何が――』


 レンズのところへ向かっていた足が止まる。


 タルタリカだ。化け羊共が近づいてきている。


 俺達が戦っていた時は、遠巻きに包囲しているだけだったが……距離を詰めてきている。包囲したまま距離を詰めてきている。


 どうも、今のこいつらは羊飼いを中心に包囲網を形成しているらしい。


 その羊飼いがフェルグスとの戦闘で移動しているから、タルタリカ達も移動しているみたいだ。ギラギラした瞳で俺達を睨みつつ、ゆっくり移動してくる。


「そ、そこ……。退いてもらう事は――」


 無理そうだ。


 近づくと、気持ち悪い鳴き声を返してきた。


「アル。レンズの魂の位置、覚えてるか?」


『覚えてます。まだ見えます。ちゃんと生きてます!』


 破壊されたダスト2は、タルタリカ達に足蹴されている。


 だが、レンズの魂はまだ消えていないらしい。


 まだ助けられる。タルタリカと羊飼いを何とかしなきゃ駄目だが――。


「どこかに無事な機兵は……!」


 無い。


 残骸が転がっているだけ。


 タルタリカが邪魔で、戦闘中の羊飼いの傍もあまり離れられない。


 フェルグスにタルタリカを蹴散らしてもらうのは……無理だろう。


 羊飼い相手に防戦一方だ。まだ倒されていないだけ、十分やってる。


 アイツが倒されたら、もう希望は――。


『誰か、聞こえますか!?』


「…………! その声、ヴィオラか!?」


『ラートさん!? よ、良かった! ご無事でしたか……!』


 ヴィオラの元気そうな声が聞こえて、少し安堵する。


 生きているのはわかっていた。


 アルがずっと、地図上にヴィオラの魂の位置をプロットし続けていたからな。


「そっち、いまどういう状況なんだ!?」




■title:繊三号にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「なんか私、地下に連れ去られて……。それでさっき、繊三号の住民さんに助けてもらっ――あれっ!? サングラスのお兄さん!? どこ行ったんですか!?」


 さっきまで傍にいたサングラスの胡散臭いお兄さんがいない!


 少し遠くの通路から「そろそろ逃げまぁす! お元気でぇ~!」という呑気そうな声が聞こえてきた。


 絶句しそうになりつつ、通信機の先から聞こえてきたラートさんの声に応答する。あの人、多分、一般人だろうし……これ以上、巻き込んじゃダメだよね。


「とにかく、私は大丈夫です。ラートさん達は――」


『俺達は羊飼いに負けた。けど、今はフェルグスが戦ってくれている』


「フェルグス君が……?」


 基地の端末をハッキングし、繊三号地上部の監視カメラの映像を漁る。


 知らない機兵2機が戦闘している。


 その傍でタルタリカに睨まれ、右往左往しているラートさん達の姿を見つけた。


 状況は大体わかった。


 見た事ない機兵のうち1つはフェルグス君が混沌機関から造った。もう1機は羊飼いが造ったって事でいいんだよね。


 どっちも無茶苦茶してる。けど、理屈の上では出来るか……。あんな大きなものを巫術で維持しつつ、なおかつ戦うのは大変だろう。


 羊飼いはともかく、フェルグス君は四苦八苦してるみたい。


 監視カメラの向こうで、フェルグス君の機兵がバランスを崩した。


 流体を垂れ流し、ドロドロだった右脚が――自重を支えきれず――砕けてしまった。それで倒れてしまったけど、なんとか転がって敵の攻撃を回避した。


 壊れた右脚を無理矢理再生させているけど、あんな戦い方……長くは持たない。


 いつ全身バラバラになってもおかしくないし、混沌の消耗も激しいはず。あんなペースで混沌を消費していたら10分と持たないかも。


 ただ、アレだけボロボロでも、フェルグス君にはあの戦い方が合っているみたい。少しずつ……少しずつだけど、コツを掴んできているように見える。


 羊飼いの方が圧倒的に優勢みたいだけど、それでもギリギリ持ちこたえている。


『フェルグスも、よく頑張っているんだが……』


 ラートさんが苦しそうな声を漏らす。


 ……あれ? ラートさん、結構、血を流してない……?


『ヴィオラ、何でだ?』


「えっ?」


『羊飼いもフェルグスも、やってる事は同じのはずだ。なのになんで羊飼いは機兵を維持できている? フェルグスの機兵はボロボロなのに――』


「巫術師としての腕前の差です。それが大きいと思います」


 それ以外の要素もあると思う。


 経験の差もあると思う。


 フェルグス君があの力業をなんとかこなせているのは、流体甲冑で戦ってきた経験が生きているんだと思う。


 流体甲冑だと狼型の身体を作ることが多かった。今は人型の身体を形成している。でも、基礎は同じだから以前の経験が生きている。


 流体甲冑を使っていた時とはサイズが全然違うから……完全に人型を維持できていない。かといってサイズを小さくすると力負けする。


 羊飼いが持つ経験は、フェルグス君とは比べものにならない。


 向こうは、あの姿で戦い慣れている。


 あの姿で・・・・何体もの敵を葬ってきたんだから――。




■title:繊三号にて

■from:使徒・■■■■■■


『ネウロンの巫術師は、退化したと思っていたが――』


 中々に楽しませてくれる。


 この巫術師、おそらく少年だろう。


 牙を抜かれた家畜の楽園で育ったわりに、才能を持っている。


 昔のネウロンで育っていれば、我らの同志として重宝されていただろう。


 ひょっとすると、使徒の一翼に加わっていたかもしれん。


 色々と拙いが、磨けば光る原石だ。


『少年。貴様、剣の師・・・は誰だ?』


『はあ!? 何の話だよ!?』


 身体をドロドロと崩しつつも、果敢に挑んでくる少年。


 それをあしらいつつ、問いを投げかける。


『その剣、誰に教わった。そう聞いている。師匠は誰だ?』


『いねえよそんなもんッ! いるわけねえだろ!?』


『…………?』


 我流なのか?


 何もかも拙い巫術師だ。


 だが、おかしい。


 この少年は、闇雲に剣を振っているわけではない。


 明らかに体系化された剣術を使っている。


 こんなもの、師も無しに少年が至れるわけが――――。




認識操作開始ナイトノッカー考察妨害ミスディレクション




『……………………?』


 私は何を考えている。


 ここは殺し合いの場だぞ。


 いま、考える必要はない・・・・・




認識操作ナイトノッカー休眠状態移行スリープモード




『少々、遊びすぎたな』


 雄叫びを上げ、斬りかかってきた少年の大剣を切り飛ばす。


 その勢いのまま、柄で殴り飛ばす。


 流血の如く流体を撒き散らしながら飛んで行く機兵を見送る。


『貴様の足掻きに敬意を。……この太刀で終わらせてやる』


 野太刀つるぎを機兵の指で挟み、切っ先まで指を走らせる。


 流体を練り直す。


『――我は武士なり。侍る者なり』


 詠唱を開始する。




■title:繊三号にて

■from:狂犬・フェルグス


『っ……!』


『我は光なり。闇夜切り裂く灯火なり』


 身体を巫術で繋ぎ止めつつ、着地する。


 早く立て直さないと。


 敵の雰囲気が変わった……!


『我は守護者つるぎなり。後来切り拓く者なり』


 嫌な空気だ。


 雷が鳴り出す前の、重い空気に似ている。


 奴が何か、ブツブツと呟いている。


『我は破壊者いかずちなり。災禍斬り伏せる者なり』


 羊飼いが剣を肩に担いだ。


 今までは、あしらわれている感じがした。


 でも、今の感じは違う。……敵のスイッチが入った感じがする。


『罪人よ、音に聞け――――我は神鳴かみなり


 いいぜ、来いよ。


 逆に斬り倒して――――。




■title:繊三号にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「――ダメ! 避けて!!」




■title:繊三号にて

■from:使徒・■■■■■■


『燼器解放』




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