手も足も出なくても



■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 俺は軍人だ。死ぬ覚悟は出来ている。


 俺が死んだところで、国が家族に手厚い保証を残してくれる。


 だから、何の不安も抱かず死ねる。


 そのはずだったのに、ヴィオラ達の顔が脳裏にちらつくと――。


「ち……畜生っ! こっちに来い! 羊飼い!!」


 自刃させられ、倒れていくレンズの機兵から羊飼いが飛び降りる。


 その羊飼いに向け、発砲する。


 何とか一発当たったが、弾かれた。


 機械みてえな身体をしているだけあって硬い。


 こんな豆鉄砲で倒せる相手じゃない。


 けど、少しは時間稼ぎ出来るはず……!


 今の俺は生身。機兵ほど頼りにならなくても、機兵みたいに乗っ取られたりはしない。少し……ほんの少しぐらい、時間を稼げるはずだ。


 アル達が逃げる時間を、稼げるはずだ。


 ひょっとしたら、ヴィオラも逃がせるかもしれない。


 ヴィオラが連れていかれた繊三号の地下には、隊長がいる。隊長がヴィオラを連れて逃げてくれるかもしれない。


「俺を見ろ! 羊飼い!」


 山羊頭のロボットがこちらに視線を向けてくる。


 手には大きな大太刀つるぎ。単なる剣じゃない。


 まさか、アレが隊長の言っていた「神器並みの武器」か?


 とにかく、アレは回避しよう。アレさえ避ければ、まだ何とか――。


『まだ抗うか』


 羊飼いが喋った。和語だ。


 俺やアル達と同じ言葉を喋っている。


 タルタリカと違って、言葉が通じる。


「――なんだ、お前」


 羊飼いの身体が蠢いたように見えた。


 奴の身体から、何かが湧き出てくる。


 羊飼いの纏っている襤褸の下から、蠢く黒い液体が出てきた。


 見覚えのある液体。


 けど、何でだ!? なんで、生身でそんなもの――。


「何で、生身で流体装甲・・・・を扱えるんだ……!?」


『…………』


 羊飼いの身体から湧き出てきた流体が、膨れ上がっていく。


 そして、1機の機兵・・を作り上げた。


 さっき、羊飼いが使っていた機兵の2倍近いサイズだ。


 アル達が使っていた流体甲冑でも、こんな真似できねえ。


「ふ、フレームも無しで機兵を自作したのか……?」


『ああ。巫術ならそれが可能だ』


 耳障りな機械音声で喋りつつ、羊飼いが跳んだ。


 俺の目の前に着地してきた。その振動で転びつつ、見上げる。


 敵が至近距離にいる。けど、こんな鉄砲で機兵を倒せるはずが……。


『巫術師達を連れている貴様らなら、知っているだろう。巫術師は流体を憑依で操ることができる。機兵の1機や2機、全て自作するのも不可能ではない』


「でも、そこまでのサイズを作れるものなのか……!?」


『私は、そこらの巫術師とは違う』


 羊飼いが流体で杖を作り、その石突きで地面を叩いた。


 立ち上がろうとしていたのに、その振動でまた転ぶ。


『我が身はそこらの方舟を凌ぐ混沌を貯蔵できる。謂わば、生きた混沌機関だ』


「――お前、誰だ。ネウロン人じゃないな?」


『――――』


 ただでさえデカくて威圧感たっぷりの機兵からだ


 そこから感じる圧が、一瞬、膨れ上がったように感じた。


 至近距離に雷が落ちてきたような圧を感じた。


「…………それが、テメエの本気の姿か」


『然り』


「つまり、さっきまでは手を抜いてやがったのか……」


『貴様らは私にこの力を使わせた。それを誇れ。機兵戦は貴様らの勝ちだ』


「そいつはドーモ……」


 羊飼いの機兵をよく観察する。


 どこかに弱点はないか?


「俺らの勝ちって事で、このまま降参してくれないか?」


『それは出来ない相談だ。逆に、貴様らが降参しないか?』


「はぁ?」


『貴様らの作戦行動により、使い勝手の良い下僕を亡くしたところでな。なんと言ったか……確か、フォーク中尉か? 奴の代わりが欲しい』


 だから降伏しろ。


 降伏して、こっち側につけと言いたいらしい。


『降伏したら、貴様らの命だけは――』


「――――」


 返答代わりに銃弾を放つ。


 当然、効かなかった。


 むなしい金属音を響かせ、敵の装甲に弾かれるだけだった。


『それが返答か』


「俺達は交国軍人だ。死んでも国を裏切ったりしねえ」


『フォーク中尉達は裏切ったぞ。少し脅しただけでな』


「じゃあ、俺のことも脅してみろよ」


 コイツには勝てねえ。


 けど、おしゃべりしてくれるなら好都合。


 時間を稼ごう。皆が逃げる時間を……。


 海の方からは、まだ戦闘の音が聞こえてくる。


 フェルグスや副長達が敵と戦っている。まだ生きている。


 生きているなら、逃げることが出来る。


「俺は、テメエの拷問なんかに屈しない。痛みが無いから拷問なんて怖くない」


『貴様は、奴らほど容易く屈服しそうにないな』


 羊飼いが杖を持ち上げた。


 石突きを俺に向けつつ――。


『無粋なことを聞いてすまなかった。では死――』


 羊飼いが杖を振った。


 斬りかかってきた機兵に対し、杖を振った。迎撃した。




■title:繊三号にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


『っ……!』


 杖で攻撃を弾かれた。失敗した。


 でも、ラートさんは守れた!


『ラートさん! 逃げてっ!』


『ばっ……! アル!? お前、まだ逃げてな――』


 羊飼いが再び杖を振るった。


 けど、それはラートさんやボクに対してではなく、飛んできた砲弾に向けて。


『わああああああっ!!』


 グローニャちゃんが狙撃砲を持った機兵に魂を移し、操作している。


 壊れて歩けない機兵だけど、狙撃だけは出来てる。


 砲弾を弾いた羊飼いは、グローニャちゃんの機兵を倒しに行った。


 勝てないかもしれない。


 けど、ボクら3人なら、ラートさん達を逃がす事なら――。




■title:繊三号にて

■from:水が怖いロッカ


『ラート! パイプさんとレンズ軍曹連れて、逃げてくれ!』


 まだ使える混沌エネルギーをかき集め、銃を作って撃つ。


 ダスト4は真っ二つにされたけど、巫術を使えばまだ戦える。


 ショボい銃を撃つ事しか出来ないけど、まだ戦える。


 アルが憑依しているダスト3もボロボロだけど……それでも混沌をかき集めてギリギリ稼働している。こっちより多少マシみたいだ。這って移動している。


『ロッカ……! お前もまだ逃げてなかったのか!?』


『当たり前だろ!? ほらっ、この人も連れていけ!』


 ダスト4の中にいたパイプさんを、機兵の外に吐き出す。


 血まみれで気絶してるけど、まだ魂は観える。まだ生きている。


『レンズ軍曹の魂もまだ観える! まだ生きてる! 3人で逃げろっ!』


『いや、でも――』


『この場に残るなら、巫術師のオレらだろっ!!』


 グローニャの機兵が狙撃砲ごと破壊された。


 アルと一緒に射撃してるが、全然効いてねえ。


 つーか、オレ達の腕じゃ弾がろくに当たらねえっ……!


『あと無茶かもだけど、ヴィオラ姉も連れて――』


『無駄だ』


 羊飼いが戻ってきた。もう戻ってきた。


 杖を剣に変化させ、オレとアルを斬りつけてきた。


『ぐっ……!』


 元々ダメになっていた混沌機関。それにトドメ刺された。


 くそっ、混沌が無いと、機兵の形を維持することすら……!


『くそがぁッ!!』


 羊飼いの武器越しに、憑依を仕掛ける。


 敵の機兵を乗っ取って逆転――なんて事は許されなかった。


 触れることしか許されなかった。


『貴様ら風情が、私に勝てると思ったか』


『くそっ! くそぉっ!!』


 なにか……何か手はないのか!?


 倒された機兵をかき集めて――ダメだ、届かない。


 繊三号に憑依して抵抗――ダメだ、憑依対象モノがデカすぎて手に負えない。


 いや、でも、憑依自体は出来る。


 繊三号経由で、まだ無事な機兵を見つけて――。


『それは悪手だぞ。ネウロン人』


 繊三号に潜る。


 潜ったが、次の瞬間には、自分の身体に戻っていた。


「なっ……!?」


 まさか、繊三号から弾き出された?


 オレが繊三号に憑依した瞬間、敵も憑依してオレを弾き出した?


 ほんの一瞬しか憑依が持たなかった。


 オレの巫術じゃ、奴に勝てない。




■title:繊三号にて

■from:使徒・■■■■■■


『潔く死ね』


 巫術師共に援護されていた交国軍人に向け、刃を向ける。


 恭順しないなら、貴様らなど必要ない。


 殺すには惜しいが……飼い慣らす余裕もない。


『せめて苦しまぬように――』


 血まみれの仲間を担ぎ、逃げようとしていた交国軍人に刃を向ける。


 その刃に、妙なモノが映った。


『――――?』


 何かが空を飛んでいる。


 飛んでいるといっても、飛翔や浮遊の類いではない。


 投石機で発射されたような勢いで、何かが飛んでいる。


『……混沌機関・・・・?』


 先程、海で暴れていた敵船がいた方角。


 そちらから、何故か、混沌機関が飛んできた。



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:肉嫌いのチェーン


『副長! ロッカとグローニャがこっち戻ってきました!』


「よし! ロッカ、オレの機兵に来い! グローニャは船を頼む!」


 機兵に持たせた大砲で敵を撃ちつつ、叫ぶ。


 船はフェルグスが持たせてくれた。何とか再起できた。


 まだ敵艦隊がバカスカ撃ってきてるが、ここは何とかオレ達で凌ぐ。


 フェルグスはもういない。


 ここにはいない。


 船に生やした流体の腕で混沌機関を投げ、飛んで行った。


 敵船から奪った混沌機関に憑依し、繊三号へ向かわせた。


「――頼んだぞ、フェルグス」


 一か八かだ。


 もう、アイツに賭けるしかねえ。




■title:繊三号上空にて

■from:狂犬・フェルグス


 出来る。


 オレなら出来る。


 自分で放り投げた混沌機関の中で、そう考える。


 アルはラートの機兵に、流体甲冑みたいな脚を生やした。


 それで全力疾走して、模擬戦で勝って見せた。


 アルが出来たことなら、オレだって出来るはず。


 いや、アル以上の事が出来るはずだ。


 当たり前だ。


 だって、オレは――。


『オレはアイツの、にいちゃんだからなッ……!!』




■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


「なっ…………」


 繊三号に向け、飛んできた混沌機関。


 そこから大量の流体があふれ出した。


 その多くが飛び散り、雨のように落ちていった。


 だが、その中から巨大な手足・・が現れた。


 手足だけではなく、胴体も顔も生えてきた。


 人型だ。


 見たことねえ姿をしているが、似たモノなら今さっき見た。


 羊飼いが、自分の身から出した流体で機兵を作り上げたように――。


『待たせたな! こっから先は、オレ様に任せろッ!!』


 巨大な機兵が繊三号に着地した。


 フェルグスの声がした。


 アイツ……混沌機関と巫術だけで、機兵を造りやがった!




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