第三の矢



■title:繊三号にて

■from:使徒・■■■■■■


 衝撃。


 機兵のフレームに達するほどの衝撃。


『な――――』


 まったく警戒していなかった方向から、重い一撃が来た。


 背部のフレームが砕かれ、機兵のバランスが大きく崩れる。


 倒れる。


 なぜ? どこからの攻撃だ?


 敵の位置は全て把握していた。


 巫術により・・・・・、敵の位置は完全にわかっていた。


 繊三号の防衛設備も、位置を把握していた。


 繊三号ここを乗っ取った時、調査済みだ。


 残る敵機兵は4機のみ。


 しかも、そのうち1機は、ほぼ破壊している。


 狙撃手2人の位置も、完璧に把握していた。


 狙撃砲使いの攻撃は防いだ。


 もう1人の狙撃銃・・・使いの方は、撃てなかったはずだ。


 奴はいま、建物の裏に隠れている。


 壁抜きの狙撃ではない。そもそも、弾の飛んできた方角が違う。


 しかも、今の攻撃は――。


『狙撃による攻撃、だと……!?』


 厄介な狙撃砲使いとは、別の狙撃手による攻撃。


 3人目・・・の狙撃手による攻撃。


『――――』


 砲弾の飛んできた方向を見た。


 いた。


 確かに敵がいた。


 狙撃砲を・・・・構え、高台の上に伏せている敵がいる。


 破損している機兵だが、まだ稼働している。


 しかし、そこに魂は見えない・・・・・・


 誰も乗っていないのに、狙撃砲を撃ってきた。


『――まさか』


 狙撃砲を撃った機兵から、一本のワイヤー・・・・が伸びている。


 建物の裏側に隠れていた機兵の方角に向けて――。




■title:繊三号にて

■from:狙撃手のレンズ


「――よくやった」


 羊飼いが大きくバランスを崩していく。


 チビの使う狙撃砲が、敵の背部フレームを砕いた。


 人間で言うところの背骨だ。アレを失うと、身体を支えるのが困難になる。


 敵は良い眼を持っている。


 巫術師は全方位の魂を知覚し、全員の位置を把握している。


 だから、狙撃手おれたちの位置も把握し、不意打ちが成立しなかった。


 普通ならこの数で連携して仕掛けた時点で勝てるが、敵は普通じゃなかった。


 ……だが、敵にも死角が存在する。


 巫術観測は、あくまで「魂」の位置を把握しているだけ。


 魂の宿っていない「兵器」の位置はわからない。


 だから、オレ達は「敵の機兵」を利用する事にした。


 倒した機兵と、グローニャの憑依した機兵を「ワイヤー」で繋ぎ、それ経由の遠隔操作を行った。ワイヤー経由だと接近戦は難しいが、魂の位置を誤魔化せる。


 チビの魂は、狙撃銃を持った機兵の中にある。


 あえてチビの狙撃の腕前も見せて、狙撃組おれたちを警戒させる。


 意識をオレ達に集中させたうえで、ラート達に隙を作ってもらった。


 高台で死んだフリさせておいた敵機兵をチビに「有線ワイヤー遠隔操作」させ、敵が意識していなかった方向から狙撃砲をブッ放させた。


 2門目の狙撃砲は、このための仕込み。


 オレ達の狙撃を披露しておいたのも、このための仕込み。


 あとは――。


「ダスト3!」


 パイプが操作し、ロッカが憑依している機兵が動く。


 榴弾砲を生成し、敵に向けて連射した。


 オレ達も撃つ。敵にトドメを刺しにかかる。




■title:繊三号にて

■from:使徒・■■■■■■


 体勢を崩された。


 もう防御は出来ん。


 一気に飛んできた砲弾が、次々と直撃してくる。


 度重なる爆発で機兵が大きく揺れ、内部からも爆発が生じた。


『混沌機関がやられたか』


 機兵が力を失っていく。


 稼働するための力も、流体装甲を形成する力も失う。


 此奴はもう、屍になった。


 だが、しかし――――。




■title:繊三号にて

■from:水が怖いロッカ


『ダスト4! 敵が操縦席から逃げるぞ!』


「位置を!」


 ダスト4に――パイプさんに敵の魂の位置を教える。


 画面に光点を表示させ、それを狙い撃ってもらう。


 硬い地面をガリガリと削る機関銃の射撃。


 生身の人間なら、これで……!


「ロッカ君! 敵の魂は」


『――まだ見える』


 なんで?


 何で、今ので死んでない。


 相手は操縦席から出てきたのに、弾を食らっている様子がない。


 もう機兵の装甲に守られていないのに。


 生身じゃ、銃弾の嵐なんて耐えられないのに。


 いや、何とか即死は避けたのか?


「じゃあ、これで……!」


 ダスト4が流体装甲でハンマーを作り、それを敵に向けて振り下ろした。


 銃弾以上の圧が、敵を押しつぶす。


 押しつぶす……はず、なのに……!!


「――――」


『――――』


 ぎぃん、と金属音が響いた。


 ハンマーが地面を殴った音じゃない。


 何かで、受け止められた・・・・・・・音だ。




■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


『見事』


 砲弾と銃弾が作る煙の中から、人間らしき姿が現れた。


 襤褸ぼろ着込んだ長躯。


 隙間から覗く鈍色の肌。


 金属製の「山羊の角」のようなものを頭部に生やした人間。


 いや、人間…………なのか?


機兵戦は・・・・貴様らの勝ちだ』


 ロボットのように見える人型それが、濁った機械音声で声を発している。


 大きな野太刀つるぎのようなもので、ハンマーを受け止めながら喋っている。


 有り得ない。


 機兵が流体装甲で作ったハンマーだぞ。


 生身で、受け止められる重量じゃ――――。


『だが、戦は私が勝つ』


「…………! ダスト4、下がれ!!」


 遅かった。


 敵はスルリとハンマーの下から逃れ、剣を振るった。


 その一刀で、ダスト4は真っ二つ・・・・になった。




■title:繊三号にて

■from:狙撃手のレンズ


「パイプ!? おい、ウソだろっ……!?」


 生身で機兵を一刀両断って、なにやったんだ。


 叩き切られたダスト4が2つに分かれ、両側に倒れていく。


 その足下にいた羊飼いが――いない。


 まずい。ダスト4に気を取られて見失っ――。


『レンズちゃん! 逃げて!』


「…………!!」


 チビの声を聞き、背後に飛ぼうとした。


 だが遅かった。


 機兵がオレの動きを追随しない。


 機兵の肩部に生身の羊飼いが立っている。


 高速で走ってきて、オレの機兵を支配下に――。


「…………! チビ! 逃げろっ!!」


 オレの機兵が勝手に動き、チビの機兵に向かって射撃する。


 狙撃砲の一撃が建物の外壁を粉砕する。チビはかろうじて避けたが、羊飼いは逃げるチビに狙いをつけている。オレの機兵を勝手に使って……!


「くそっ……! オレごと撃て!」


 自分の端末を使い、通信を繋ぐ。


 だが、返ってきたのは弾丸ではなく、泣き言だった。


『む、ムリだよっ! レンズちゃん殺しちゃう!』


「んなこと言ってる場合――」


 チビが建物の残骸を避け、跳躍したところに砲弾が命中した。


 格好の的になっていたチビの機兵が弾け飛ぶ。


 アイツは憑依していただけだから、死んでないが――。


「くそっ……」


 終わりだ。


 もう、まともに戦える機兵がいない。


 ダスト3もダスト4も大破した。


 ラートの声は聞こえるが、パイプからの応答がない。


 敵もそれがわかっている。


 わかっているから、オレの機兵の流体装甲で剣を生成し始めた。


 切っ先が操縦席のオレに向くよう、剣を生成し始めた。


「――――」


 脱出はできない。


 操縦席が開かねえ。


 けど、まだ出来ることはある。


「第8、命令だ。副長達と逃げろ」


『な、なんで!?』


 作戦は失敗した。


 全力を尽くし、全力を使い切った。


 もう、羊飼いに抵抗できるカードは存在しない。


「副長。後は頼みます」


 ガキ共の本体は船にある。


 憑依を解けば、直ぐに戻れる。


 これだけやってダメだったんだ。


 さすがの久常中佐も、オレ達を「裏切り者」だとは思わないだろう。


「ああ、それとな、チビ――――いや、グローニャ」


 大事なことを伝えておかないと。


「さっきの狙撃、良かったぞ。お前は良い狙撃手に――」




■title:繊三号にて

■from:死にたがりのラート


 羊飼いの振るう凶刃が、ダスト2の操縦席を貫いた。


 レンズの通信こえが途絶え、それきり聞こえなくなった。


 パイプの声も聞こえねえ。


 グローニャが「やだ」と泣き叫ぶ声は聞こえる。


「…………」


 俺の機兵も、もう戦えない。


 羊飼いの攻撃で混沌機関が傷を負ったらしく、まともに流体を生成できない。


 流体を纏っているだけの金属の塊になりつつある。


「アル。お前も船に戻るんだ」


『ら、ラートさん……! ぼっ、ボク、まだ戦え――』


 小銃を手に、操縦席から飛び出る。


 俺はまだ生きている。


 相手もまだ生きている。


 敵の機兵は破壊した。生身と生身の戦い……といっても、勝てる気はしない。


 生身で機兵を破壊するバケモノ相手だ。


 けど、アル達が逃げる時間稼ぎぐらいは出来るはずだ。……そう思いたい。


 ヴィオラも連れて逃げたいが、そこまで望むのは高望みしすぎかなぁ……?


「なかなか……上手くいかねえもんだなぁ」


 星屑隊と第8は、最高の仲間だった。


 けど、それでも届かなかった。




■title:繊三号にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「っ……。いたた……」


「おおっ! お目覚めですかな? 大丈夫ですかな?」


 傍で誰かの声がしたけど、それに応える余裕がない。


 後頭部がズキズキと痛んだ。


 ここ、どこ……?


「大丈夫ですかな? まさか、また記憶喪失になったとか?」


「ぃ、いえ……。ええっと……」


 身体を起こす。誰かに助け起こされ、上体だけ起こす。


 どこかの通路に寝かされていたみたい。


 記憶は……ある。ちゃんとある。


 フェルグス君と出会って以降の記憶は、ちゃんとある。


 そ、そうだ! 私達、敵と戦ってて――。


「痛っ……!」


「おや、頭が痛むので?」


 近くから聞こえる男性の声に「はい」と返す。


 そうだ、思い出した。


 私は星屑隊の隕鉄ふねに乗っていたんだ。


 そしたら羊飼いが襲ってきて、船が攻撃されて……。


 羊飼いが甲板に飛び乗ってきた時、船が揺れて、私は転んで……。


「た、多分、転んだ時に頭を打って……」


「おおぅ、それで気絶されていたのですか? 危ないところでしたなぁ」


「あの、ここ……。どこですか?」


 船じゃない。


 どこかの地下通路みたいだけど――。


「ここですか? 繊三号ですよ」


「えっ!? 船じゃなくて?」


「ええ、ええ。巨大な浮島の繊三号ですよ。交国の都市であり、基地だった場所です。いまは慮外者に乗っ取られていますがぁ~……」


 私を助け起こしてくれた人が言うには、私はタルタリカに咥えられ、ここに連れてこられたらしい。


「タルタリカは――」


 視線を動かすと、通路の先に倒れたタルタリカを見つけた。


 倒れたまま動かない。


 流体で出来た身体が、ドロドロに溶けていきつつある。


 死んでいる? 何で?


「ああ、アレですよ、アレ! アレがあなた様を咥えてきたのです! しかししかし! 間抜けなことにスッ転んで頭を打って死んだのですよ! お陰の様々であなた様が助かったのですから、運が良かったですねぇッ!」


「貴方が助けてくれたんじゃ……?」


「いやいやいやいやッ! ボク如きにそのようなこと……! 出来ませんよぅ」


 傍で喋っている人は、どうも男の人みたい。


 黒くて丸いサングラスをかけた胡散臭い風体の人――いや、助けてくれた人に対して失礼な表現だ。とにかく、男の人みたい。


「ボクはか弱い一般人ですからねぇ」


「は、はぁ……」


 か弱い、というわりに大柄な人だった。


 身長、2メートルぐらいありそう……。


「あ、あの……。いま、外はどうなっているんですか?」


「ふむぅ。どうやら、交国軍人様が戦っておられるようですねぇ」


 サングラスの人は頬に手を当てつつ、呑気な声色でそう言った。


 微かに戦闘の音が聞こえる。まだ、誰か戦ってる。


 船は無事? 繊三号で戦っていた皆は?


「も、戻らないと……」


 立ち上がったものの、立ちくらみがして倒れかける。


 けど、サングラスの人が「おっとと!」と言いながら支えてくれた。


「いま、外に行くのは危ないですよっ!」


「で、でもっ……! 皆が戦っているのに……」


「あなた様が戻っても、足手まといですよぅ」


「っ……」


 そうかもしれない。


 私は子供達のように巫術が使えない。


 ラートさん達のように、戦う技術もない。


 けど、このまま何もしないなんて……。


「あなた様は、自分が出来ることをしなさい。自分の知識を活かしなさい!」


「知識を……?」


「ええっ、そうです」




■title:繊三号にて

■from:【占星術師】


「あなた様だけが出来る事があるのです。よぉく考えなさい」


 でなければ、助けていない。


 でなければ、仕込み・・・をしておかない。


 俺のために踊れ。死体女ヴァイオレット




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る