可憐で健気
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:死にたがりのラート
レンズはイライラしながらやってきたが、それはバレットに対する怒りでは無かったらしい。遊技場で他の隊員とひと悶着あったみたいだ。
「オレは悪くねえ。筐体揺らして妨害してきたアイツらが悪い」
「そうかそうか。まあ、今度、機兵対応班でリベンジしにいこうや……」
「おっ、オレは負けてイライラして帰ってきたわけじゃねえからな!? アイツらが筐体揺らしたんだ!」
「わかったわかった」
背中を叩いて落ち着いてもらうと、「つーか、お前らまだここにいたのか」と聞かれたので事情を話す。
レンズは相変わらずどうでも良さそうに話を聞いていたが、あらかた話し終わると、パイプがレンズに質問を投げた。
「レンズ、確か妹さんいたよね?」
「可憐で健気なのが3人いる。……ん? なんで急にウチの妹のこと聞いてくるんだ? 色目使う気か? おっ? ウチの大事な妹に手を出したらブッころすぞ」
「いやいや……妹がいるなら、女の子が欲しがるプレゼントも詳しいかなぁ、と思って。ここにいるのはキミ以外、女の子に縁のない寂しい野郎共だから」
俺達はオークだから、普通は妹とかいないしな。
まあでも、俺は女の子に縁がある! ヴァイオレットと仲がいい!
仲、いいよな?
帰ったら、それとなく聞いて……。いや、引きつった笑みとか浮かべて「そうですね、友達ですよ」とか言われた日には申し訳なさすぎて死にたくなりそう。
「女の子が欲しがるもんねぇ。……ラート、なんでスクワットし始めたんだ?」
「何かしてねえと心配で狂う……! 気にせず続けてくれ!」
「お、おう……。その前に、そもそもの話をしていいか?」
「どうぞ!」
「本人達に聞けよ、欲しいものなんて」
脳を金槌で叩かれたような気分になった。
もっともすぎる意見だ。レンズのくせに! いや、
「オレはいつも妹達に聞いてるぞ。何が欲しいんだ? って」
「言われてみれば確かに……。聞いた方がいいかもしれないね。サプライズでプレゼントもらっても、いらないものだと困るよね。捨てにくいから」
「いやぁ……いま聞くのは無理だろぉ……?」
フェルグスは怒っているし、ヴァイオレットも遠慮しそうだ。
下手につついて拒まれた時が怖い。
俺の考えを告げると、パイプは「ラートの意見も一理ある」と言ってくれた。レンズはどうでも良さそうな顔で耳の穴をほじりつつ、口を開いた。
「そもそもネウロン人と仲良くしてどうすんだよ。アホらし。アイツらにプレゼント贈る金あるなら、実家に送れよ、実家に」
「もちろん実家にも仕送りしてるさ。あの子達には俺の小遣い使って贈り物するだけだよ。あと、部隊の不用品をちょこっともらったりするだけ」
「物好きだな。……女の子にやるもんねぇ……」
レンズは耳の穴に突っ込んでた小指を「フッ」と吹いた後、言葉を続けた。
「ウチの妹達の場合、ぬいぐるみが多いな。よくねだられるから送ってる。もしくは実家帰る時に持って帰ってる」
「ぬいぐるみかー……」
「繊十三号で手に入れるのは難しいかもね」
「レンズ軍曹はどこで手に入れてるんですか? 送ってるってことは、どこかで買って送ってるんでしょ? ネウロンにぬいぐるみ屋なんてあるんですか?」
バレットの問いかけに対し、レンズがなぜか「ギョッ」とした。
3人で視線を注ぐと、視線を泳がせた後、「つ、通販だよ」と言った。
「ぬいぐるみなんざ、ネット通販でいくらでも手に入るだろうが!」
「そりゃそうだ。でも、ネウロンで通販するのはなぁ……難しいかも」
「配送ミス多いらしいな。オレも一度やられたわ。時間もかかったしよぅ」
「うーん……ぬいぐるみ、ぬいぐるみかぁ」
手に入ればグローニャは喜んでくれるかも。
けど、直ぐに手に入れるのは難しいかもな。
どうしたものか――と考えていると、スアルタウとの会話を思い出した。
「……木彫りの人形とか、どうだ? 女の子への贈り物」
「木彫りだぁ?」
「グローニャは前に木彫りの人形持ってたらしいんだよ」
残念ながら、それは明星隊に捨てられたらしい。
家族にもらった大事な人形だったのに、可哀想に……。
それの代わりと言っちゃなんだが、新しい木彫りの人形を贈るのはどうだろう。そう考えながらバレットに「作れないか?」と聞いたが――。
「いや、さすがに木彫りは……自信ないですね」
「うぅむ、じゃあ俺が挑戦してみる。バレットに任せきりも悪いし」
「ラート軍曹、工作の経験あったんですか?」
「無いけど、まあ、ナイフあるし木材手に入ればいけるだろ」
そう言うと、3人から懐疑的な視線が飛んできた。
信用ねえな! まあ見とけ! 材料さえ手に入れば何とかしてやるよ!
「ラートの工作の腕前はともかく……。ぬいぐるみや人形で喜んでくれるとは限らねえからな。マセガキなら化粧品とかアクセサリー欲しがるもんかもしれん」
「化粧品やアクセサリーかー……」
「ウチの
レンズが得意げに胸を張る。妹達のこと大好きなんだろうな。
オークで家族嫌いな奴なんて見たことねえが――。
「さすが妹持ちのお兄ちゃんだな。女の子が欲しいものをよく把握してる」
「わかんねえよ。好みなんて人それぞれだ。好みなんて『女だから』とか『男だから』って大雑把な枠じゃ判断しきれねよ。だからこそ本人らの意見を聞くべきだと思うが――」
レンズはそう言いつつ腕組みをし、「まあ、欲しがってるもの聞けるとも限らねえしな」と言った。
「気に入らなかったら、また別のもの用意するさ」
「まあ、テメーがそれでいいなら好きにすりゃいいけどよ。結局、プレゼントはトイドローンと木彫りの人形か。どっちも自作する、と」
「おう」
「材料のアテは――」
「そりゃ問題ねえ」
言い切ると、バレットが「まだ確定じゃないですが」と遠慮がちに言った。
木彫りの人形用の木材は、町にあるはずだ。復興用の資材が搬入されているだろうから、木材もちょっとはあるはず。
ドローンの部品を探した後、切れ端をもらえないか交渉しにいってみよう。
ダメなら斧でも借りて、ひとっ走りして郊外に取りに行くしかねえ。いい木材が取れるかはともかく……取るなら休みのうちにやらないと。
「よし、それじゃあ3人で材料買いに行こう」
「はい」
「うん」
「おい、パイプだけじゃなくてバレットまで連れて行くつもりか? オレが先に遊ぶ約束してたんだぞっ! ラートも最近、ガキに構って付き合い悪いし!」
レンズがスネ始めたので、二手に別れる事にした。
俺とバレットは買い出しに行く。
パイプにレンズのお守りを任せる。完璧な采配だ。
「さあ、レンズ。もう一度遊技場に行こう。僕もリベンジに協力するよ」
「よっしゃ! 勝ちまくって土下座させてやる!」
ドスドス歩いていくレンズと、その後をゆっくりついていくパイプを見送った後、バレットに「んじゃ行くか」と言った瞬間のことだった。
ぽつり、と降ってきたものが、俺達の禿頭を濡らしてきた。
それは次第に勢いを増していき、ザアザアと辺りを濡らし始めた。
「うげっ……。雨かよ」
「天気悪かったですからね……。とりあえず、町に入りましょう」
「おう」
市街地に入ると、雷の音まで聞こえ始めた。
結構降りそうだな……。大荒れの天気にならなきゃいいんだが。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「う~! 雷やだぁ……! ヴィオラ姉、雷止めてぇ~……」
「雷はさすがに無理かなぁ……」
雷が怖くて抱きついてきたグローニャちゃんの頭をヨシヨシと撫でる。
三角座りして沈んでいたアル君も、枕を抱きしめながら「ヴィオラねえちゃん……」と震え声を出しながら近寄ってきたので、一緒に抱きしめる。
寝転んでいたロッカ君も空を気にしながらそわそわした様子で起き上がって近寄ってきた。フェルグス君も「アル、だいじょうぶだぞ!」と言いながらちょっぴり震えているので、2人も招き寄せて一塊になる。
「おっ、オレ様は別に雷なんか怖くねえけどアルが怖がってるから傍にいるだけだからな! そこんとこ勘違いしないでくれよっ!」
「お前だって怖いくせに……」
「んだとぉ? ロッカ、外に出――」
年長の男の子2人が軽くケンカしようとしていたところ、雷が落ちてくる音がした。皆が「うわぁ!?」とビックリし、ケンカも止まる。
「大丈夫大丈夫。避雷針あるから平気だよ」
ぷるぷる震える4人を抱きしめながら声をかけ続ける。
……今日は散々な1日だなぁ。
今日だけじゃない。酷いにも程がある日々は続いている。
ラート軍曹さん達のおかげで多少、何とかなってるけど……根本的な解決はできていない。少しは希望が見えてきたけど、この先どうなるかわからない。
この子達は、いつまで苦しめられなきゃいけないんだろ。
神様は助けてくれない。
ネウロンの人達がどれだけ祈りを捧げても、叡智神は助けてくれなかった。
そんな神様、信仰する必要あるのかな……。
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