テロとドルイド



■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:星屑隊のパイプ


 1年と少し前。交国はネウロンを発見した。


 ただ発見しただけではなく、ネウロンにプレーローマの脅威が迫りつつあることに気づいた。交国は後進世界ネウロンを守るため、軍を派遣した。


 ネウロンの大半の国家が所属する<ネウロン連邦>は交国を温かく迎え入れ、交国軍のネウロン駐留が正式に決まった。


 これによって交国はプレーローマの機先を制することに成功。プレーローマはネウロンから手を引き、脅威は一時去った。


 交国はネウロンを守った。


 力ある者の責務を果たした。


 しかし、守ったネウロンの内側に、新たな脅威が生まれた。


 交国軍のネウロン駐留はネウロン連邦が正式に決定した事なのに、ネウロンには連邦の決定に異を唱える活動家もごく少数ながら存在していた。


 彼らは一般人のデモや暴動を扇動しようとした。


 だが、平和を望む多くのネウロン人は彼らの言葉に惑わされなかった。


 交国がネウロンを守った事実は伝わっていたし、交国の支援でネウロンは一気に発展しようとしていた。


 難癖をつけてくる活動家は、ネウロン連邦どころか多くのネウロン人が交国を受け入れている事実から目を背けた。そして暴力的な手段を取ってきた。


 活動家達はテロリストとなり、交国軍人や軍施設を襲ってきた。


 彼らは大きな脅威ではなかった。


 一般人に毛が生えた程度の力しかないネウロンのテロリスト達は、交国軍人を闇討ちしようとしてもろくな結果を残せなかった。


 返り討ちにされ、牢屋に入れられるばかりだった。


 ネウロン人は弱い。


 弱いから守ってあげたのに、馬鹿なテロリスト達は現実を見ず、交国に歯向かい続けた。交国軍は粛々と対応した。


 所詮、後進世界こどものやることだ。


 適当にあしらっていれば、いずれ先進世界おとなを理解するだろう。


 交国軍はプレーローマ以外との戦いも続けてきた。テロとの戦いも日常業務に過ぎず、ネウロンのテロリストも1年とかからず鎮圧しきれるはずだった。


 でも、あの事件が起きて状況は一変した。


 ネウロン魔物事件。


 ネウロンのとあるテロ組織により、タルタリカがネウロン中に溢れかえった。あの事件によって、ネウロンに駐留していた交国軍も大きな被害を受けた。


 交国軍の被害は、テロリスト達の思惑通りだったんだろう。


 けど、被害はネウロンの一般人にも及んだ。……一般人の被害の方が圧倒的に多い大事件になった。馬鹿なテロリスト達は無差別テロを行ってしまった。


 それも世界規模の無差別テロ。


 彼らはもう自分達の主義主張すら忘れてしまっていたのかもしれない。


 幸い、被害が界外に及ぶことはなく、事件を起こしたテロ組織の関係者は全員捕まったと聞く。……でもネウロンは目を覆いたくなるような惨状となった。


 タルタリカの数はネウロンの全人口の半数を超えていたと推定されており、そんなものがネウロン中に溢れかえったことで多くのネウロン人が死んでいった。


 ネウロン総人口の9割がこの事件で死亡したと言われている。


 その「9割」の大半は「行方不明者」だけど……未だタルタリカが大地を我が物顔で歩いている現状を鑑みると、生存は絶望的だろう。


 ともかく、ネウロンは大きな惨禍に見舞われた。


 事件後も交国が支援を決定し、本格的な保護を始めなければ滅んでいた。


 事件はまだ終わっていない。タルタリカはまだ殲滅できていないし、「こんな大事件がどうして起きたか?」は誰も彼も気になるだろう。


 交国はタルタリカ対応をしつつ、早期に事件原因の発表を行った。


 事件はネウロンのテロ組織が起こした。


 そして、巫術師が重要な役割を果たしたと発表した。


 具体的な方法はさすがに伏せられた。模倣犯が出たらネウロンに留まらず、多次元世界中が無茶苦茶になりかねない。


 交国政府は調査を続け、「巫術師は危険な存在だが、手で触れても大きな問題はない」と発表したが、大衆や兵士はそれだけでは安心しなかった。


 巫術師に触れられると、タルタリカになってしまう。


 巫術師は人の身体を乗っ取る。


 そのような風評は現在も多くの人々の心をざわめかせ、巫術師に対する不当な差別に繋がってしまっている。


 巫術が危険であることは交国政府も認めている。


 交国政府は巫術師への差別を煽るつもりはなかったのに、「交国政府が言ったから」という御旗を手に入れた大衆は、馬鹿げた差別を加速させていった。


 馬鹿げているけど、大衆が「弱い」のは当たり前のことだ。


「あんな大事件があって、事件に巫術師が関わっていたんだ。ここの人達に限らず……人々が『巫術師』に敏感に反応するのは当たり前の反応だよ」


「なにが当たり前だ……! くそっ、くそっ! くそっ……!!」


 改めてネウロン魔物事件について説いたものの、ラートはまだ苛立っている。歯をむき出しながら繊十三号の市街地を守る防壁を殴っている。


「巫術師と接するとタルタリカになるってのは、根拠のない噂だろ!? 俺なんてあの子達と結構接してるし、抱っこしたこともあるんだぞ!」


 ラートは「まだこんな小さな子供なんだ」と言いつつ、抱き上げた時の大きさを手で現していた。


 子供達のことを想っているようで、目はうるんでいる。


「あんな子供が、同胞にすら拒まれるなんて……おかしいだろっ!?」


「そうだね」


「なんで皆、根拠のない噂を信じるんだよ……」


「さあね……。怒りのはけ口が欲しいのかもね」


 魔物事件は本当に酷い事件だった。


 生き残った人々は心に深い傷を負った。


 家族や友人を亡くした人も多いだろう。


 交国軍が迅速に動いた事により、実行犯達は逃さずに済んだ。でも、テロリスト達の身柄はあくまで交国軍が確保しただけ。


 傷ついたネウロン人のはけ口として引き渡されてはいない。


 人や町どころか、国そのものが壊滅的な被害を受けたネウロンはテロリストを引き渡せるだけの力を持っていない。交国で管理すべきだ。


 生き残った人達は振り上げた拳を下ろす場所を失っているのかもしれない。


 だから、殴りやすい相手を差別する。


 それでストレスを少しでも発散する。


「魔物事件は謎も多い事件だ。模倣犯を出さないためにも情報が隠されたことで、余計に恐ろしく感じているんだろう」


 怒りと恐怖は、未だに彼らの判断能力を奪っている。


 ネウロンはもうメチャクチャだ。


 交国の支援により、いずれ再興するだろうけど……いま直ぐは無理だ。


 皆がラートみたいに巫術師の子達と接しているわけじゃない。


 皆がラートみたいに考えられるわけじゃない。


 タルタリカの恐怖に怯えながら、毎日を生きていくので精一杯のはずだ。


「交国政府も、『巫術師と接することでタルタリカになる』なんて話は噂話に過ぎないと断じている。科学的根拠はないと言っている」


「そうだ、それなのに……」


「僕も政府の発表を信じている。……けど」


「……けど、なんだよ」


「巫術師がまったく怖くないわけじゃないよ。彼らが特殊な術を使えるのは確かだし、それに――」


 あの光景を思い出す。


 タルタリカの死体を思い出す。


 思い出したくもないけど、あんなの見たら――。


「ラートだって何度か見てるでしょ」


「何がだよ……! ハッキリ言え!」


「タルタリカの中身・・だよ。アレを見たら生理的な恐怖はわくでしょ、タルタリカに対して。……タルタリカに対する恐怖から、関係するものに対する恐怖もちょっとは……湧いてくるでしょ……? 見た目だけじゃなくて、細胞も……」


「お前――」


 ラートが信じられないものを見るような目で見てきた。


 その視線には怒りが籠もっていたけど、殴られたりはしなかった。苛ついた様子ではあったけど視線を逸し、「あれは巫術師と関係ねえよ!」と言った。


「関係あったら上が情報を寄越すはずだ。そうなってねえってことは……その……単なる偶然だよ! タルタリカのコアの事は……」


「ああ、わかってる。だよね。そうだよね。……でも、皆が皆、ラートみたいに良い方に考えられるわけじゃないよ」


 僕は子供達の事を「可哀想だ」と思っている。


 力のない大人達ネウロンに守られなかった被害者だと思っている。


 巫術という「未知」に対する恐怖は人並みにあると思っているけど、だからといってあの子達を遠ざけることまではしたくない。


 僕は弱い大衆になりたくない。


「巫術師の市街地立ち入り禁止は決定事項だ。覆せない」


「俺に諦めろって言うのか。俺は、アイツらと――」


「上官の決定に逆らう気かい?」


 ラートが表情を歪める。


 ラートだって軍人だ。上の命令に逆らうことが問題なのはわかっている。


 星屑隊は隊長や副長がおおらかだけど……他の部隊は……。


「隊長は守備隊の規則を尊重している。キミが問題を起こせば星屑隊の皆に迷惑がかかるだろう。軍事委員会もキミを裁くかもね」


 ここは大人しくするしかないよ。


 そう促す。


「情けねえが、俺はあの子達を町に入れてやれねえ」


 促したけど、ラートは一筋縄じゃいかなかった。


「でも、俺に出来ることはまだある!」


「……ラート、お願いだから揉め事は――」


「まあ聞け! この案なら問題ねえだろ!?」


 ラートの思いつきを聞く。


 暴走を始めるかとヒヤヒヤしたけど、悪くない次善策だった。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:不能のバレット


 ネウロン人のいる町なんて行きたくない。


 行きたくないけど、レンズ軍曹に誘われてるから行かないと……。


 あの人、意外と寂しがり屋だからな……。顔に似合わず友達と遊びたがる。機兵乗りとはいえ主に狙撃担当するからもっと孤高の人だと思ってたんだけど。


 寂しがり屋のくせに口は悪いし、態度も悪いから、大らかなパイプ軍曹や大雑把なラート軍曹ぐらいしか友達はいない。


 他の星屑隊の隊員とは結構つまらないことでケンカして、「アイツらとはもう遊ばん!!」「遊ばねえもんっ!!」とか意地張ってんだよな。


 ある意味、ラート軍曹以上にバカだと思う……。


 俺は……根性なしだからレンズ軍曹の誘いを断れない。


 口は悪い人だけど、そこまで度が過ぎたこと言うわけじゃないし……ここがネウロンの町じゃなければ気負わず「お供しますよ」って言えるんだけどなー……。


 ネウロン人いるから行きたくない。


 だから整備の仕事を口実に断ろうとしたものの、空気を読んでくれない整備長が「今日は大してやることないから、たまには羽伸ばしてきな」なんて言ってきた。


「ハァ……」


 本当にネウロン人と会いたくないのに、あの人はまったく……。


 身支度を出来るだけゆっくりし、繊十三号にもノロノロと近づいていく。苦しい時間が出来るだけ少なくなるよう、祈る。


「…………」


 周囲の視線が気になる。


 繊十三号の港には、ネウロン人の姿をチラホラと見かける。


 彼らが侵略者おれを見ている。


 視線で責めてきているように感じる。


 実際は、雑兵の俺なんか見ていないはずだ。でもどうしても視線を感じる。


 彼らが交国軍の銃を盗んで、物陰から俺に向けてきたらどうする? いや、複数人で俺を取り囲んで袋叩きにされるかもしれない。楽に死ねないだろう。


 帽子を出来るだけ目深に被り、身を縮める。


 ネウロン人の存在が気になって早足になってしまう。


 ああ、こんなことなら最初からレンズ軍曹達と一緒にいれば――。


「バレット! おい、バレットっ!」


「っ……?!」


 突然、大声で話しかけられた。


 殺される。そう思ったが、完全に杞憂だった。


 話しかけてきたのはネウロン人じゃない。ラート軍曹だった。


 傍にはパイプ軍曹もいる。


「ど、どうかしましたか? 軍曹」


「いや、ちょっとな! 相談事があってよ……!」


 ラート軍曹に肩を組まれ、連行される。


 こちらはレンズ軍曹との先約が――と言っても、「直ぐ済むから!」の一点張りで逃してくれない。レンズ軍曹と別ベクトルの面倒くささがある人だ。


 ……1人じゃなくなったから、少しは周囲の視線を気にしなくて済むようになった。結果的に助かったかもだけど……嫌な予感がする。


「で……なんですか? ラート軍曹って確か、第8の子らと一緒に遊びに行ったはずなんじゃ……?」


「スアルタウ達に、プレゼントを用意したいんだ」


「はぁ……?」


 話がわからず、パイプ軍曹に視線で助けを求める。


 パイプ軍曹はいつもの落ち着いた声色で、事情をかいつまんで教えてくれた。


 第8の子達は「巫術師だから」という理由で町に入れない。


 だからせめて、彼らを労うためのプレゼントを用意する。


 そんな話をしていたらしい。


「あの、それ、自分には関係ない話ですよね……?」


「意見ぐらい聞かせてくれてもいいだろっ!? 俺、ネウロンの子達の趣味とかよくわかんねえから、何あげたら一番喜んでくれるかわかんねーんだよ」


 そんなの俺も知らねえよ……!


「あの、軍曹っ! 自分は……ネウロン人のことが……」


「んっ?」


「……正直、きら……いえ、苦手です。関わり合いに、なりたくない、です」


「おっ……。そうか。そういやそうだったっけか」


 軍曹は理解を示してくれたようだったけど、次の瞬間には笑って「まあ、意見ぐらい聞かせてくれよ!」と言ってきた。空気読めよ。


 まあ、ネウロン人と話をするよりマシか……。


「お二人は何がいいと思っているんですか?」


「僕は書籍。漫画版・犬塚伝とかいいんじゃない?」


「あ、パイプ軍曹も犬塚伝、読んだことあるんですか?」


「子供の時に読み漁ったよ。特に小説版は未だに愛読書」


 犬塚伝は娯楽作品だが、ほぼ実話が元になっている。


 ただ、主人公の犬塚銀は現役の交国軍人だからなぁ……。


 ネウロン人に勧めるのはどうかと思う。ネウロンに関わりある人じゃないけど、ネウロン人は交国軍人の話を読まされるのは嫌だろう。


「それに、ネウロンに漫画文化は無かったはずです」


「それが何か問題に繋がりそう?」


「馴染みがないと、漫画の読み方もわからないんじゃないでしょうか?」


 そう言うと、パイプ軍曹も「言われてみれば……」と肯定してくれた。


「まあ、直ぐに慣れてくれるとは思いますが……。ラート軍曹の案は?」


「俺はオモチャがいいかなぁ、って思ってる。パイプはどっちがいいと思う? 漫画とオモチャ!」


「うーん……。書籍なら電子書籍でしょう? 端末どうします? 軍の備品はさすがに回せませんし、特別行動兵にそういう端末渡していいもんなんですか?」


 パイプ軍曹の案に引っかかったので、意見する。


 軍曹は「紙の書籍じゃダメかな?」と言った。


「ダメとは思いませんが、紙ベースの書籍って置いてるとこ限られるでしょう。ネウロンは復興中のうえに実質戦時下ですから、そういった娯楽の品をわざわざ取り寄せているとしたら……まだ繊一号ぐらいじゃないですか?」


「あ~、確かに」


 犬塚伝は人気作品だから、交国なら色んなところにある。あるけど、ネウロンは交国の保護下に置かれて日が浅いからなぁ……。


 ネウロンにも本はある。


 あるけど…………いや、この話は思い出したくない……。


「……独自に取り寄せるのも手ですけど、日数かかりますし、ネウロンは配送ミス頻発してるみたいですよ。機関士がボヤいてました」


「じゃあラートの案が良さそうかな?」


「どうでしょうねえ……。オモチャなんてもっと置いてないと思いますよ? 娯楽の品より水・食料や建材や武器優先で運んでるでしょうし……」


「世知辛すぎねえか?」


「滅んでねえだけマシと思ってください……」


 どうしたもんか、と言って顔を見合わせる軍曹2人。


 ネウロン魔物事件は多次元世界全体を見れば、ちっぽけな事件だ。けど、アレでネウロンは滅びかけたし、交国の支援無しでは存続できないのが現状だ。


 そもそも交国が来なければ、こんな事にはならなかったかもしれないが……。


「…………」


 遠目に見た第8の子らの姿が脳裏によぎる。


 さびしげで、頼りない小さな背中を思い出してしまう。


 たまに泣き声も聞こえていた。あれが怖くて眠れないこともあった。ラート軍曹があの子達と交流し始めてからは、笑い声の方が多くなったが――。


「…………。手作りしますか」


「「えっ?」」


「自分は、半人前ですが整備士です。粗末なもので良ければ……自作できます」


 取り寄せていたら時間がかかるし、届くかすら怪しい。


 もっと大きな街に――繊一号に行けばオモチャや本もあるかもしれないが、繊一号に寄る予定は聞いてない。しばらく先の話になるだろう。


「妙案だ。妙案すぎるぞバレット! お前、さすがだな!」


「いや、まだ絶対出来るとは言えないですよ……。星屑隊で不要になった機材からパーツ抜くとなると、整備長達の許可もらわなきゃですし……」


「そこは俺が頭下げるから任せてくれ!」


「そもそも、贈り物する許可は取れるんですか? 相手は特別行動兵ですよ」


「ああ、それは副長に確認済み。別に問題ないってさ」


 パイプ軍曹が携帯端末を見せつつ、そう言ってくれた。


 第8を監督している技術少尉はとやかく言ってくるかもしれないが、そこは「星屑隊の備品を貸し与えているだけです」で誤魔化すつもりらしい。


「ではオモチャを自作するとして、何を作りましょうか?」


「逆に何が作れる?」


「大したものは作れませんが、そうですねー……」


 携帯端末使い、ネットで設計図を探す。


 材料が限られるから、まったく同じものは作れそうにないけど……足りないものは別のもので代用しよう。ウチの隊で譲ってもらえそうなパーツの在庫を思い出しつつ、ある程度の目星をつける。


「トイドローンとかどうですか?」


「そんなもん作れんのか!?」


「いや、あくまで子供のオモチャです。手のひらサイズのショボいものです」


 半人前整備士が作ったものだから、性能はよろしくない。


 見た目も期待しないでほしい。


 けど、後進世界のネウロンの子供ならこういうオモチャで遊んだ経験なんて無いだろうし……それなりに楽しんでくれるんじゃないかな……?


 軍曹達に後押ししてもらいつつ、整備長と連絡を取る。「廃棄予定のパーツなら好きにちょろまかしていいよ」と言ってくれた。それを聞いたラート軍曹が嬉しそうに笑った。


「よし……! お前らのおかげで何とかなりそうだ!」


「いや、まだダメです。船にある不用品だけじゃ足りないんで、町で……ちょっと、買い出しする必要はありますね……」


 町に入りたくないけど……仕方ない。


 あとは繊十三号のような復興途中の町でも手に入るだろう。


 繊十三号の中に入るのは初めてだから、どこにどんな店があるかわからないけど……そこは軍曹達に聞く。軍曹達にはアテがあるようだった。


「あいつら、喜ぶだろうなぁ……。それに今まで特に交流なかったバレットがわざわざ作ってくれたって知ったら、ビックリするだろうな! ビックリしながら喜ぶと思う! 仲良くなってくれそうな人が増えて――」


「ラート軍曹。自分の名前は絶対に出さないでください」


「なんで!?」


「言ったでしょ……俺はネウロン人が苦手なんです」


 関わりたくない。


 あの子達には……すまないと思っているし、可哀想だとも思っている。


 仲良くなりたくないし、向こうもきっとそう思うはずだ。あの子達に近づくと、余計に悪夢を見るようになる。


「トイドローンは作ります。けど、俺が作ったってことは絶対に明かさないでください。それを約束してくださるなら……頑張ってみます」


「うーん……でも、なぁ……。頑張ったヤツはちゃんと褒められるべきで――」


「まあまあ、ラート。バレット本人がそう言ってるんだ。彼の意志を尊重すべきだよ。僕らがとやかく言うことじゃない」


 パイプ軍曹が、悩ましげに唸るラート軍曹の肩を叩く。


 俺の存在は明かさない、ってことで約束してくれた。


 胸を撫で下ろすが、今度は別の不安が湧いてきた。


「自分で言い出しておいてなんですけど……自分が作ったトイドローンなんかで喜んでくれますかね……?」


「喜ぶに決まってんじゃん! 大人の俺がもらっても嬉しいぜ!?」


 ラート軍曹は大人って言っていいんだろうか。


 図体はデカいが、ガキみたいな顔でキャッキャと笑ってる人だしなぁ。


「プレゼントなんて俺の自己満足になるかもしれねえ。特にフェルグスなんて俺のこと嫌ってるし……俺はアル達の期待も裏切っちまったからな」


「ネウロン人とは、簡単には仲良くなれませんよ……」


「でも、アイツらになんかしてやりたいんだ!」


 ラート軍曹はいつも通りの暑苦しさでそう言った。


「だってアイツら、命がけで戦っても褒美らしい褒美もないんだぜ!? 技術少尉にイジワルされてる所為で、家族への電子手紙メールすら出せない状況なんだ。出せたとしても多くて月1回ぐらいらしいしさぁ……!」


「――――」




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


「バレット?」


 技術少尉によるイジメがヒドいのに、このうえ同胞のネウロン人にすら拒絶されるってヒドすぎるだろ――と語っていたところ、バレットが固まっていることに気づいた。


 驚いた様子で目を見開いている。


「どうかしたのか?」


「いや……そんなことになってるんですね」


「そうなんだよ。だからこそ、何かしてやりたくてさ……」


 繊十三号に入る約束を不用意にしたのは、俺が悪かった。


 よく考えて、よく調べれば可能性に気づけたはずだ。


 フェルグスの言う通り、出来もしない約束をした俺が悪い。そんなつもりじゃなかったって言っても、言い訳にしかならねえ。


 アルのガマンしている顔が頭から離れねえ。ロッカのちょっとガッカリした顔も同じだ。グローニャの「やだ」って声も耳から離れねえ。


 フェルグスの言葉も、胸にグサッときたぜ。


「娯楽らしい娯楽もないみたいでさ。夢を見るぐらいしかやることないって」


「夢なんて、娯楽でもなんでもないでしょ」


「だよなぁ……」


 アイツらにちゃんとしたものを与えたい。


 気晴らしに町で遊ばせてやりたかったが、それすら許されない状況はハッキリ言ってクソだ。気に入らねえ。けど、パイプが言うように無茶を通そうとしても隊の皆に迷惑かかるだけだ。


 俺に力がねえから、アイツらをちゃんと笑顔に出来てない。


「だからさぁ、せめて何かいいもの贈ってやりたいんだ。パイプもバレットもすまねえな。この貸しは便所とか部屋の掃除で返すから、力を貸してくれ」


「わかりました……」


「僕に出来る範囲で頑張るよ。で、ラート、全員同じものでいいの?」


「ん? ダメなのか?」


「うーん……駄目とは限らないけど……」


 パイプは腕組みしながら首をひねり、「男の子はトイドローンで喜びそうだけど、女の子はどうなのかな」と言った。


 確かに、一理以上ある。


 グローニャとヴァイオレットって、何あげたら喜んでくれるんだ?


「女の子って何が好きなんだ?」


「「さあ?」」


「お前ら、灰色の青春送ってそう」


「はあ? ラートもでしょ……。女の子の友達いる?」


「……ヴァイオレット!」


「いや、向こうはそう思ってないかもよ?」


「思ってないと思いますよ」


「て、テメエら……!」


 えっ、実際どうなんだろ。


 少しは親しくなっただろ? 実質友達でよくね!?


「少なくともお前らより仲良いよ! ヴァイオレット相手なら」


「じゃあ、彼女の好きなものは?」


「子供。年下の子に『お姉ちゃん』と呼んでもらうと喜ぶ」


「ラートさぁ……。名誉毀損で訴えられるよ?」


「ホントだよ!? 信じてくれ!!」


 パイプが無茶苦茶胡乱そうな目つきになってる。


 バレットに助けを求めると、スッ……と視線をそらされた。


 ほ、ホントに見たんだ。聞いたんだ……。アイツは終身名誉姉なんだ……。


「そう言うお前らは女友達いんのかよ!?」


「いない」


「いません」


「ほーら見ろっ! 俺と似たようなもんじゃねえか!」


「いや……そりゃあ全員似たような進路だし……。軍学校入って訓練に明け暮れて……周りにはオークばっかりでしょ? オークって男しかいないし、誰も彼もむさ苦しいハゲのマッチョばっかりだし……」


「そうそう。教官もオッサンばっかりで鉄拳指導されて――」


「母親以外の女性の顔、殆ど覚えてませんね……。軍学校の対抗戦で相手校に女の機兵乗りいて皆でソワソワしてたけど、機兵でどつきあって、生身は遠目に見るだけで、甘酸っぱいイベントなんて何も発生しなかった」


「「あるある」」


 俺ら全員、灰色の青春送ってんじゃん! 肌が灰色な所為なのか?


 しばし、軍学校時代の汗臭い思い出に花を咲かせていると、「お前らなにやってんだ?」と言いながら副長がやってきた。


「バレットが懐かしくクソったれな母校の名を口ずさんでいたが……。特行兵のガキ共へのプレゼント云々の話は無しになったのか?」


「いや、いま作戦会議中でして! 副長も俺らの輪に入りますか?」


「やだよ、汗臭い……」


 3人で肩組んで作ってた円陣に副長を迎え入れようとしたが、嫌そうな呆れ顔で拒否された。付き合い悪いな~!


 ともかく、副長にも詳しい事情を話す。


 副長が守備隊に話をつけてくれねえかな~……という期待も込めて話したが、それはさすがにダメだった。副長は隊長側についた。


「――で、バレットがトイドローン自作してみる、ってか」


「ですです」


お前バレットも整備兵として成長してんだな。嬉しいぞ」


 副長が快活に笑い、俺達の禿頭をベシベシと叩いてくる。


 バレットは少し自信なさそうな顔を浮かべ、「部品揃うかって問題もあるんですけどね」「足りなかったら模型にでもしようかと」と言った。


 それを聞いた副長はどこで足りない部品仕入れるか聞いてきて、俺達が知らない店も教えてくれた。


「界外から仕入れた中古の機器置いてる店だ。そこにも行ってみな」


「ありがとうございます、副長! で、もう1つ相談なんスけど」


「うん? 手短にな。オレはまだ仕事あるから」


 副長がそう言うと、パイプがアゴに手を当てつつ、「副長、今日はアル注するって言ってませんでした?」と聞いた。


 副長は大きなため息をつき、「急な仕事を頼まれたんだよ。有能だと人に頼られてつらいね~」とおどけた様子で言った。隊長に何か頼まれたのかな?


「で、相談って?」


「女の子への贈り物、なにあげたら喜びますかね?」


「オレが知るかよ。合成酒でもやれば?」


「ワァ……とても参考になる意見ダナー」


「副長、特別行動兵とはいえ未成年のアルコール摂取は法律で禁止されてます」


「冗談だよ! パイプは星屑隊らしくない堅物だな~」


 そうかなぁ……。隊長は堅物だと思うけどなぁ。


 他は皆のびのびしてて、隊長達の目がないとこでじゃれ合いながら拳を突き合わせてたりするから、確かに堅物は少ない方だけど。


 副長からは部品の仕入先以外の実のある情報は聞けなかった。「じゃあオレ行くわ」と言い、市街地に入っていく副長を見送る。


「贈り物に酒はさすがに……」


「法的にダメだよ。個人的にもお酒の何がいいかもわからないけど……」


 パイプが「アルコールなんて体調崩すだけだよ」とボヤく。


 俺達は味覚が死んでる。他種族のように味を楽しむという感覚が死んでいる。


 ただ、酔うのは不可能じゃない。身体が強いからアルコールへの耐性も強いけど、強い酒を飲んだり<アル注>したら気持ちよ~く酔えるらしい。


 絶対に気持ちよくなれるとは限らないし、人それぞれ好みがあるが――。


「特にアル注。あんなの正気の沙汰じゃないよ」


「それ、副長の前で言えるかぁ~?」


「さすがに言えないなぁ……。まあいいや、この隊なら強要されないしね」


「うんうん。人それぞれ好きに楽しめばいいさ」


 しかし、女の子2人への贈り物どうしようかな。


 いっそのこと星屑隊唯一の女性に――整備長に相談してみようか? などと話をしていると、市街地からヤツが帰ってきた。


「おっ、レンズだ。もう帰ってきたのか」


「ふくれっ面になってるね」


「……自分、レンズ軍曹に呼び出されてたんでした……」


 そういや、遊ぶ約束してたんだっけか?


 怒り顔のレンズを見て、バレットの顔色が悪くなっていく。


 マズいな……キレたレンズはまあまあ面倒くさいぞ。




【TIPS:アル注】

■概要

 アルコール注射の略称。交国のオーク達の間で流行っている嗜好品。


 交国のオーク達は味覚がなく、食事は「単なる栄養摂取」と考えている者が多い。中には香りに楽を見出す者達もいるが、彼らにとって飲食は他種族よりウェイトが低い行為となっている。


 しかし、酔うことはできる。


 オーク達は常人より頑丈な身体を持っているため常人より酔いにくいが、酔いにくいだけで量や質を調整することで酩酊できる。


 そのため飲酒は交国オーク達にとって数少ない食の娯楽となっているが、より強い刺激を求めた1人の酒カスオークが「せや! 血管にアルコール入れれば手っ取り早く酔えるんや!」とアルコール注射を行って死亡した。


 このニュースは交国の内外で笑い話として報道されたが、これによって多くのオーク達が「アルコール注射……その手があったか!」「注射なら直ぐ酔えるし、少量の酒で済むから財布に優しい!」と気付きを得た。


 かくして有志のオーク達がネット上であーだこーだと議論し、アルコール注射を行っても比較的死ににくい配分を発見し、ネットで発表したことで交国のオーク達にアルコール注射こと「アル注」が広まっていった。



■バカげた集団自殺

 アル注は少量で財布に優しく、速攻で酔えることから主に交国軍のオーク達の間で流行していった。これは一種の度胸試しとしても流行った。


 比較的死ににくい配分が発見されたとはいえ、あくまで「比較的死ににくい」だけで死人は出た。屈強な身体のオーク達がバタバタと死ぬことは交国軍内部にとどまらない社会問題と化した。


 危険性は広く周知されたが、「安くて速くて気持ちいいアル注」を求めるオーク達は後を絶たなかった。


 タチが悪いのは「個々人が勝手に楽しむ」に留まらなかった事だ。アル注愛好家達は周囲にもアル注を推奨し、時にアルハラを働いた。


 交国軍で特に流行ったため、軍の階級を盾としたアルハラは非常に凶悪なものとなり、オーク以上に他種族がバタバタと死んでいった。


 交国の支配者たる<玉帝>は流行するアル注についての報告を聞いた後、しばし絶句した後に「馬鹿なんですか?」と感想を漏らした。そう言った改めて「馬鹿なんですか……?」と漏らした。



■アル注禁止時代

 玉帝はただちに<アル注禁止令>を発した。軍事委員会に強く指示し、アル注を行った、もしくは強要した者は殊更厳しく罰するようにした。


 しかし、オーク達はアル注にどっぷりハマり、「やめらんねえ! 止まんねえ!」と陰でアル注を楽しんだ。軍事委員会はキレた。


 アル注中毒者達はアルハラこそ多少控えるようになったが、禁止令が発されてもまったく懲りず、それどころか「おれのかんがえた最強アルコール注射」を各々考えて陰で広めるようになった。軍事委員会はブチギレた。


 この状態は31年続き、最終的に交国政府が折れた。


 交国政府は「アルコール注射を止めるのは不可能」「酒を禁じてもアルコールなら何でも注射するバカが後を絶たない」と判断し、折れた。


 交国政府はアル注禁止令を「完全禁止」ではなく「条件付き許可」とした。


 その条件というのが、政府の研究機関で開発された「用法用量を守れば大体問題ないアルコール注射」を使うことである。


 これによってアル注による死者は激減した。


 激減したがゼロにはならなかった。アル注愛好家達の中には「おれのかんがえた最強アルコール注射」を考え始めたり、アルハラをする者は変わらずいた。禁止時代より格段に死者は減ったが、それでも彼らはそこまで懲りなかった。


 交国軍では現在でも違法なアル注によって死んだ者が年間数百人出ている。これは交国軍の総数から考えると1%にも満たない数だが、死因が死因だけにまともな軍人達の頭を悩ませ続けている。


 オークが多く出入りする軍施設にアル注射専門医を派遣し、アル注バーを開設し、安全なアル注を推奨しているが、死者ゼロの年は未だない。



■全てのオークがアル注好きではない

 交国のオーク全員がアル注好きではない。アル注を常用している交国軍のオークは全体の10%ほどと言われている。


 時折使うものはもう少し増えるが、全員がアル注愛好家ではない。


 ちなみに、現在のネウロン旅団所属オークの42%はアル注愛好家である。この数字は他所の戦線と比べると圧倒的に多い。



■余談

 交国の支配者たる玉帝はアル注禁止令を解くことを決めた日、側近達に「これは交国政府の敗北です。恥ずべき事態です」と語った。


 そう語った後、珍しく早退し、バカに敗北したショックで丸1日寝込んだ。



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