拒絶



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 特に問題も起こらず夜が明けた。繊十三号には予定通り到着できそうだ。


 甲板に出て、清々しい空気を胸いっぱいに――。


「……めちゃくちゃ曇ってんな。空」


 清々しいとは言い難い空模様を眺めていると、フェルグス達もやってきた。繊十三号を「甲板から見ようぜ!」と誘ったところ、ついてきてくれた。


 まだ町は見えないが、そろそろ港が見えてくるはず……。


「町! どこっ!? パパとママいるかなぁっ!?」


「おっと……! グローニャ、そんなとこで走んな。海に落ちるぞ?」


 甲板の端で駆け回ったり、飛び跳ねていたグローニャを捕まえる。


 捕まえると「もっと高いとこから見たい!」と言うので、肩に乗せてやる。きゃいきゃいとはしゃいでいるのが微笑ましくて、こっちもつられて笑顔になる。


「フェルグス! ロッカ! もうすぐ町が見えるからな!」


「はいはい……。何でお前がはしゃいでんだよ、クソオーク」


「ん……」


 ツレないこと言うフェルグスも町が気になるらしく、少しそわそわしている。


 船室にこもってばかりのロッカも、今回ばかりは甲板に上がってきた。


 町のある方向を教えてやると――甲板の端に近づかないようにしつつ――ジッと町の方向を見つめ始めた。


 ヴァイオレットとアルは……ちょっと遅れてきた。


 少し元気のないアルにヴァイオレットが寄り添い、背中をさすっている。


「アル。大丈夫か? 風邪でも引いたのか?」


「うーん……? いや、なんか今日、変な夢を見て……」


「変な夢?」


「ヴィオラ姉ちゃんが……ボクら4人を抱っこしてニコニコで歩いてたり、名誉弟大会に出場させられそうになったり……人が飴のように溶けてたり……お空にフワフワマンジュウネコの群れが飛んでたり……。とにかく、変な夢です……」


「要するに悪夢か」


 変な夢を見てからまだ本調子じゃないらしい。


 ヴィオラ曰く、熱とかもないらしい。大丈夫だろうけど体調悪くなったらちゃんと教えてくれよ、と言ってアルも肩に乗せてやる。


「わっ……!」


「そろそろ町が見えるはずだ。見えるか?」


「見えないけど、観えます。魂がギュッと集まってるところがあるから」


 陸地の陰になって直接見えないが、巫術の眼は人の存在を感じ取っている。


 どういう光景か教えてもらっていると、肉眼でも町の様子が見えてきた。


 海と防壁に囲まれた町――繊十三号が見えてきた。


「あっ、繊一号にあるのと同じような壁がありますね」


「タルタリカ用の防壁だな」


 繊十三号は、四階建ての建物ほどの大きさの壁に囲まれている。


 壁は二重に存在し、最初の壁の内側には港と農地が作られている。


 2つ目の壁は町の中心部――居住区や商業区を囲っており、もし仮にタルタリカが1つ目の防壁を超えても立てこもりやすいように作られている。


「繊十三号は半島の先端部にあって、半島の付け根の方にも開拓街が出来てるから……繊十三号ここまでタルタリカが来る事はそうそう無いけどな」


「タルタリカは泳げないから、半島の付け根の方でやっつけちゃうんですね」


「そうだ。そっちの方がもっと大きな防壁あるらしいから、そうそう突破されないが……仮にそっち無視して繊十三号や他の町に来ようとしたら、交国軍が対応することになっている」


 まあ、他の町をスルーしてこっちに来る事はそうそう無いだろう。


 タルタリカ達は獣だ。


 巨大な防壁で守られた人工物があったら無視せず突っかかってくる。そこで人間が待ち構えていたり、人間の匂いがしたら、脇目も振らず襲ってくる。


 大陸にある町は島より危険だが、野戦で相手せずに済むように防壁を築いている。凶暴なタルタリカ共も高い防壁から斉射されりゃ死体の山を築くだけだ。


「この町もおっきいですねー」


「繊一号に比べたら小さいが、この辺りだと一番デカいかな? やっぱ海門があると交通の要所になるから……」


「海門、ここから見えますか?」


「うーん……。町の防壁の陰に隠れて見えねえなぁ……」


「クソ邪魔な壁だなぁ……」


 隣に来たフェルグスが、ぼそりと呟いた。


「確かに邪魔かもしれないが、町を守るためには必要なもんだ」


「そりゃわかるけど、あんな壁の中で暮らしてたら窮屈だろ。町を守るための壁っていうより、檻みてえだ……」


「そうかぁ……?」


「交国が来るまで、あんな窮屈な壁のある町なんてなかったぜ。ネウロンには」


「ホントか?」


 町を囲む防壁は、どの世界にもある。


 後進世界は粗末な武器しかないから、石や土で作った壁で事足りる。機兵や方舟相手だと無いも同然だが、後進世界の町は防壁作ってる町がちょくちょくある。


 交国が作った対タルタリカ防壁ほど立派なモノじゃなくても、ネウロンにも町を守る壁ぐらいあってもおかしくなさそうだが――。


「ホントに壁がなかったのか?」


「だってタルタリカいないし、壁なんて作る必要ないだろ?」


「敵が来たらどうするんだ? ネウロン人同士で戦争する時、困るだろ?」


「…………? いや、戦争なんてしないし……」


「…………? 人間同士でも戦争ぐらい、する時はするだろ?」


 先進世界なら防壁なんてコスパ悪いし、都市を拡大するのに邪魔だ。防壁なんて無い都市も多い。あっても精々、金網の柵ぐらいだ。


 それでも都市の内と外を区切るものはある。


「あぁ、でも、獣避けに柵ぐらいは置いてるか。壁ってほどじゃねえけど」


「都市防衛戦するのつらそうだな。ほぼ野戦じゃねえか」


「オレ達は交国人みたいな野蛮人じゃねえから、戦争なんてしねーよ」


 フェルグスに呆れた様子でそう言われた。


 フェルグスには交国人が野蛮人に見えるのか。まあ、交国に侵略されているって認識だから、そう思っちゃうのかな……。


「……まあ、あんだけバカでかいものを、1年もかからず作るのは素直にスゲーって思うけどよ」


「…………! そうだろっ!? 交国は軍隊が強いだけじゃないんだ! なんだって強いんだぜ! 土木技術だって多次元世界に誇るもんを持ってるんだ! あの防壁なんか流体で型枠作って材料流し込んで作っててなぁ」


 海門だけじゃなくて、防壁も見に行こう!


 そう約束すると、フェルグスは頬を掻きつつ、「まあ……暇だし付き合ってやってもいいぞ」と言ってくれた。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


 フェルグス達を連れ、市街地に入ろうとすると守備隊に止められた。


 止められたうえに――。


「はあ!? 市街地への入場拒否!?」


「ひっ……! い、いえ、どうぞ入場してください! ……交国軍人様だけで」


 星屑隊おれたちは入っていい。


 けど、特別行動兵のフェルグス達は入場を断られた。


「交国軍人様達の入場を拒否しているわけではありません! で、ですが、そちらのチョーカーをつけているのは特行兵ですよねっ……? ということは、巫術師なんですよね……!?」


「それが何だよ。何の問題があるんだ!」


「巫術師を市街地に通すのは、ちょっと……。規則違反で……」


「はああああああ!? そんな規則、聞いたことねえぞ!!」


 いい加減、腹が立ってきたので詰め寄ると、パイプが割って入ってきて「ラート、落ち着いて」と言って止めてきた。


「事情を聞こう。事情を」


 パイプが俺の代わりに話を聞いてくれた。


 曰く、繊十三号は防犯上の問題から巫術師の入場を禁止している。


 これは現場判断の基準策定に基づいた範囲のもの。ただし禁止しているのはあくまで巫術師なので、星屑隊やヴァイオレットは自由に出入りしていい。


「いや、それで納得しろっていうのは無理があるだろ!?」


「ヒッ! こ、交国軍人様達はタルタリカを駆除してくださっている恩人様なので、入場していただいて問題ありません! ここはもう交国の都市です!」


「誰の都市とかどうでもいいんだよ! タルタリカと戦ってんのは俺達だけじゃねえ! この子達も命がけで戦ってんだぞ!?」


 まだ子供なのに!


 巫術師には大きな弱点があるのに。


 過度の使用は厳禁のクスリまで使って、無理して戦ってんだ。


「巫術師だからって差別すんのはおかしいだろ! 何が防犯上の理由だ。こいつらのどこが危険だって言うんだ!」


「ラート……」


「そ、それは……」


 守備隊の男が子供達に少しだけ視線を送った。


 送ったが、直ぐに小さく悲鳴をあげてそらした。


「そ、そいつらは巫術師ですよ……? 巫術師はタルタリカを作り出し、魔物事件を起こした元凶じゃないですか……」


「はあ? お前――」


「交国がそう言ったじゃないですかっ! 巫術師は危険だって! 危険だから特別行動兵として管理し、魔物事件の惨禍を引き起こした償いをさせるって!」


「――――」


「交国の方々が、そう言ったんじゃないですか……! そ、それを信じて従っているだけの我々を責められても……そのっ……困りますっ!」


「お前……」


 守備隊員の顔をよく見る。


 交国軍の人間だが、よく見ると頭に緑の葉っぱが生えている。


 植毛だ。


 ネウロン人の特徴。アル達の頭に生えているものと、似たような特徴。


 コイツは交国軍人だが、ネウロン人だ。……特別行動兵の証をつけてないってことは巫術師じゃないんだろうが……コイツ、同胞を恐れてんのか?


 巫術師って理由だけで?


 ……交国が「危険」って言ったから?


「我々は、ケナフ――ぁ、いや、繊十三号の守備員です! 町の住民を守るための規則は守らなければ……」


「あぁ、なるほど、なるほどな。アンタの考えはよくわかった」


 ネウロン人の守備隊員の背中を軽く叩きつつ、笑いかける。


 規則。あくまで規則を守ろうとしているだけだよな?


 それも繊十三号守備隊の規則であって、交国軍全体の規則じゃねえ。巫術師だからって町に入っちゃいけない規則なんて初めて聞いた。


「アンタはこの規則を決めたヤツに逆らえないから、仕方なく……仕方なく! 規則に従ってるだけだよな? なるほど、よくわかった」


「…………?」


「規則決めた人を教えてくれ。その人に説明してくるよ。巫術師は怖くねえって! それどころか巫術は俺達を助けてくれるってことを!」


「あ、いえ、その……。私自身も、規則に賛同、してて……」


「……はあ?」


「ま……町の者も! 巫術師を怖がっているんです!」


 んなわけあるか。


 巫術は昔からネウロンにあったもんだろ?


 今更怖がる必要なんてない。巫術師が魔物事件に関与していたとしても、それはフェルグス達じゃない。やらかしたのは、まったく関係のない巫術師だ。


 コイツらに罪はないのに――。


「よく見てみろよ! そこにいるのはただの子供だぞ……!? それもネウロン人の……アンタらの同胞だろ!?」


「で、ですが、巫術師に触られるとタルタリカにされると――」


「はあ!? お前、何の根拠もねえ噂を信じてんのか!?」


「ひっ……!!」


「俺を見ろ! 俺はアイツらと毎日のように触れ合ってるけど、タルタリカなんかになってねえぞっ! 生まれた時からずっとオークのまんまだ!」


 守備隊員の両肩を掴み、教えてやろうとする。


 巫術師は何にも怖くねえ!


 俺達の仲間だ! 俺達を助けてくれる存在だ! コイツらはまだ子供なのに家族と離れて寂しい想いしてんだ――という事を言おうとした。


「ラート。やめろ」


 パイプが俺の肩を掴み、守備隊員と引き離してくる。


 大事な話をするところなのに邪魔してくるから、苛ついて「なんだよ!」と声を荒らげる。パイプの手を振りほどく。


 その時、誰かが俺の脚に抱きついてきた。


「だめっ……」


「パイプ! テメエはどっちの――」


「だめっ!」


 アルが足元にいた。


 顔を強張らせながら、俺の脚に抱きついている。


「ラートさん! お……怒らないであげてっ……!」


「あ、アル……?」


「ケンカやめて! 守備隊の人、怒らないであげて……! わ、悪いのはボクらだから……。ボクら、ちゃんと船に帰るから……」


「いや、待て」


 俺から離れ、走っていこうとするアルに手を伸ばし、止める。


 おかしいのはこの町の規則だ。


 アル達は悪くない。


 魔物事件は巫術師が関わっているらしいが、それはこいつらじゃないし、「巫術師に触れたらタルタリカにされる」なんてのはただの噂だ。真実じゃない。


「お前が帰る必要なんて――」


「巫術師は出ていけ!!」


「バケモノどもめ……!」


 聞き覚えのない声が聞こえた。


 声の聞こえた方向へ――市街地を守っている防壁の上を見る。


 そこに人影が見えたが、しっかり見ようとすると隠れてしまった。


 あそこに立っていたって事は、守備隊の人間か……!


「おい! いまなんか言ってきやがったのは守備隊のヤツだな!? テメエら、根拠のねえ噂に踊らされて、いい加減なこと言ってんじゃねえぞ!!」


 逃げた奴らの代わりに、周りにいる守備隊の奴らに叫ぶ。


 反応は様々だった。バツが悪そうに視線を逸したり、表情を強張らせたり、鬱陶しそうに表情を歪めているヤツもいる。


 共通するのは全員遠巻きに見ているということ。


 ……俺達を止めてきた守備隊員以外も、植毛を生やしたヤツが多かった。異世界よそから入植してきた種族やつの姿も見えるが、ネウロン人が多い。


「アル。待っててくれ! 俺が話つけてくるから――」


「いいから……! ラートさんが無理しなくていいからっ!」


「あっ! アル!?」


 アルに振りほどかれる。アルが船の方に走っていく。


 追いかけようとしたが、割って入ってきたフェルグスに止められた。


「もういい、やめろ。出来もしねえ約束すんな」


「なんだと」


「最初からわかってたんだ。こういうの、初めてじゃねえから」




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:狂犬・フェルグス


 昔はこうじゃなかった。


 巫術師は生きるのが大変だから――って、シオン教の保護院に連れて行かれたり、巫術師じゃない奴らに腫れ物扱いされる程度だった。


 こんな風に、バケモノみたいに扱われたりはしなかった。


 大人になって少しは巫術に慣れていけば、ある程度は「普通の人間」として生きていくことができる。巫術師は「ちょっと変わってる」程度の扱いだった。


 でも、交国軍が来てから――魔物事件が起きてから変わった。


 冤罪で特別行動兵にされて、家族と引き離されて、無理やり戦わされる。皆に煙たがられ、怖がられる毎日がやってきた。


 同じネウロン人にすら嫌われた。


 非巫術師共は――交国がオレらを罪人扱いするから――巫術師を怖がるようになった。腫れ物どころか汚物のような扱いをし始めた。


 オレ達じゃなくて、交国の言葉を信じやがった。


 町に入るのを断られるのは初めてじゃない。


 入れたとしても、特別行動兵の証であるチョーカーを見た奴らは怖がって近づいてこない。狼や熊でも相手にするように怖がるやつもいる。


 何とか入れた町で、物陰から石を投げられた事だってある。


 それがグローニャの頭に当たって、たんこぶ出来て……わんわん泣かせちまったこともある。アルもすごく怖がってた。


 オレは石投げたヤツを追いかけた。相手はネウロン人のオッサンだった。最初はしらばっくれてたけど、最後は認めた。


 お前らが巫術師なのが悪いって開き直られたから、ケンカしてたら言われた。


 人をタルタリカにする力があるなら、交国が攻めてきた時に使え。交国人に使え。役立たずめ。お前らが役立たずのせいで、俺の娘は――って言われた。


 知るかボケと殴りかかったけど、負けた。


 顔面にパンチされて気絶して……アルとヴィオラ姉を泣かせるだけのダサい結果に終わった。……なんにもできなかった。


 巫術師おれたちはもう、嫌われ者なんだ。


 バケモノじゃないのに、バケモノ扱いされる。


 交国軍人には珍獣扱いでケンカを売られる。明星隊ではそうだった。


 非巫術師なのにオレ達を助けてくれるのは父ちゃんと母ちゃんと、ヴィオラ姉だけ。……父ちゃんと母ちゃんとはずっと離れ離れ。


 自分達で何とかしなきゃいけないんだ。


 自分達で守らなきゃいけないんだ。身体も、心も。


「こうなることぐらい、わかってた。オレは最初から期待してない」


「フェルグス……」


「お前は余所者だ。わかったようなクチで希望を語るけど、オレらがどういう目にあってるか理解してない。なんでこうなってんのかも全然わかってねえ」


「フェルグス、俺は――」


「別にいいよそれで。期待してねえから。……でも、アルに期待させんな」


 異世界人のくせに。


 お前らは、自由に自分の家に帰れるくせに。


 オレ達の絶望を知らないくせに、ハリボテの希望を語ってんじゃねえ。


「アルは、まだお子様だからわかってねーんだ。お前らが信用できねえってこと。だからお前の言葉にコロッとだまされちまう」


「俺は別に騙すつもりなんて……!」


「出来もしねえ口約束するだろ、お前」


 巫術師出入り禁止って規則を決めたヤツを説得するって言ってた。


 そんなこと、どうせできやしねえ。


 コイツは軍曹。下っ端だ。


 自分よりエラいヤツには逆らえない。


 それなのに自信満々で約束する。……アルはそれにだまされる。


 期待して裏切られる。


 上げて落とされる。


 期待が強ければ強いほど、アルは深く傷つく。


 このクソオークに悪気なくても……アルは傷つくんだ。


「アルはオレと違って、諦めきれてねえんだ。まだチビだし、父ちゃん母ちゃんにいっぱい甘えたい歳だし! アンタの口約束についつい期待しちまう!」


「…………」


「アイツをまどわすのはやめてくれ。頼むから……」


 ヴィオラ姉達に「戻ろうぜ」と言う。


 さっさと船に戻ろう。オレ達の檻に戻ろう。


「フェルグス! 待ってくれ」


「うぜえ。さわんな!」


 クソオークの手を払いのける。


「……船に戻らなきゃ、何されるかわかんねーだろうが……!」


 また石を投げられるかもしれねえ。


 流体甲冑があれば、クソみてえな大人相手でも負けない。


 けど、いま手元に流体甲冑はない。……生身じゃ勝てねえ。


 交国人に「ネウロン人は平和ボケしている」って言われた事があるけど、ボケてんのはこのオークじゃねえか。


 周りの視線に気づいてねえのかよ。


 巫術師おれたちのこと、タルタリカ見るのと同じ目で見てる奴らだぞ。


 オレに対してならいくらでも石を投げればいいさ。


 ケンカなら買ってやる!


 でも、さすがに丸腰で銃弾を何とかしろって言われたらムリだぞ。


 守備隊のヤツらが撃ってきたら……勝てねえ。


「ねえねえ、フェルグスちゃん。町に入んないのん?」


「入っちゃダメだってさ」


「えー!」


「帰ろうぜ」


 話がよくわかってないグローニャと手を繋ぎ、船に連れて行こうとする。


「やだっ!」


 グローニャはオレの手を振りほどいた。


 トトト、と町の方に走り、ムッとした顔でオレを見てきた。


「グローニャ」


「や~~~~だ~~~~っ! グローニャ、町いきたいっ! ラートおじちゃん、連れてってくれるって約束したもんっ!」


「…………」


「町行って、パパとママさがしたいっ! じいじもばあばもいるかもだもんっ!」


「いない。いるもんか! こんなクソみてえなヤツらのいる町に! オレ達の家族がいるわけねえだろ!?」


 嫌がるグローニャを無理やり抱っこして連れていく。


 バタバタ暴れるので運ぶのに苦労していると、ロッカが「大丈夫か?」と言って支えてくれた。「わりぃ」と礼を言っておく。


 いまのオレには、こいつらしかいねえ。


 アルとグローニャとロッカと……そしてヴィオラ姉しかいねえ。


 それ以外のヤツは信用できねえ。……信じたらバカ見るだけなんだ。


 味方なんて、ろくにいない。


 だから自分達で戦うしかないんだ。


「ヴィオラ姉! 早く戻ろう。アルが心配だ」


「…………」


 ヴィオラ姉を呼ぶと、ヴィオラ姉はクソオークに頭を下げてからこっちに来た。……町の守備隊のヤツらを悔しげににらんでから追いかけてきた。


 クソ野郎共から離れた後、ヴィオラ姉にそっと言う。


「……呼んどいてなんだけど、ヴィオラ姉は巫術師じゃねえから――」


「あんな町、行かないよ。キミ達を拒む人達のとこなんて、行く必要ない」


「……ごめん」


「なんでフェルグス君が謝るの?」


「そりゃあ、だって……」


 ヴィオラ姉は非巫術師なのに、巻き込んじまってるからさ。


 それに対して「悪い」と思う気持ちぐらいあるさ。


 クソオーク共に期待する気持ちは、カケラもねーけどな。


 …………。


 期待するのがおかしいんだ。侵略者に対して。


 正義ヅラして、町の名前も家族も、国も、平和な生活も奪ったクソ共だ。


 オレ達の大事なもの、全て奪っていったクソ野郎共だ。そのクソ国家の下っ端軍人に対して……期待するのがおかしいんだ。


 アイツのことなんて、ぜったい、信じてやんねー。


 それが改めてわかった。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:星屑隊のパイプ


 ラートは守備隊との一件より、子供達に突き放された事で酷く落ち込んでいるようだった。でも、直ぐに動き出した。


「隊長はどこだ。なんとか……隊長に話をつけてもらうこと、できねえか?」


 僕らはウチの隊長を探し、守備隊の隊長と話をつけてもらうことにした。


 食料品の補給に立ち会っていた隊長に事情を説明すると、隊長は「期待はするな」と言いつつ守備隊長にアポを取ってくれた。


 それで何とか、規則を曲げてもらえれば良かったんだけど――。


「結論から言おう。巫術師の出入り禁止令は解けない。私も繊十三号守備隊の判断を尊重する」


 期待していただけに、返ってきた言葉はとても重く感じた。


 ラートは「何でですか! こんなのおかしいでしょう!?」と食い下がったが、隊長は眉根一つ動かさず、いつもの無表情を崩さなかった。


「その土地にはその土地の事情がある。繊十三号には繊十三号の繊細な事情がある。たった1日で去る私達が彼らの意志を捻じ曲げるのは許されない」


「でも、隊長! アイツら頑張ってるんですよ!?」


「そうか」


「クスリまで使って命がけで戦ってんですよ!?」


「そうか。私の知ったことではない。繊十三号の人間と揉めた場合、今後の活動に支障が出る可能性がある。私の関心はそこにしかない」


「っ……!!」


 淡々と喋る隊長に掴みかかりそうな勢いのラートの腰のベルトを掴み、無理やり後ろに下がらせる。……隊長がそうご判断されたなら僕らがとやかく言えないよ。


 ラートはなおも食い下がろうとしていたけど、船から隊長に通信が来た。簡単な報告で済む話ではないらしく、隊長は通信に応じながら去っていった。


「テメエら何してんだ?」


 隊長と入れ替わりにやってきたレンズに事情を説明する。


 レンズは「ふぅん」と声を漏らした後、「まあ仕方ねえだろ」と言った。


「とにかく、これでラートも暇になったわけだ。オレらと一緒に遊技場行こうぜ」


「行かねえ」


「はあ? 暇なら付き合えよ。どうせやることねえだろ?」


「行かねえって言ってんだろ。どっか行け」


 珍しく不機嫌なラートに突き放されたレンズはムッとしつつ、僕の方を見て「パイプ、こんなやつほっといて遊びに行こうぜ」と言ってきた。


「朝までたっぷり遊ぶ約束だろ?」


「レンズ、ごめん。僕はちょっと用事ができたから」


「はぁ~~~~?」


「バレットも後から来るんでしょ? それまでオペレーター達と遊んでなよ」


「この間ケンカしたからやだ。アイツらセコいし」


 レンズは「つまんねーの」と言って市街地に入っていった。


 ラートは船に戻るでもなく、市街地に入るでもなく、しばし黙って立っていた。


 曇り空の下、拳を握って立ち尽くしていた。





■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:星屑隊隊長


「――ああ、すまん。それで、軍事委員会は何と言っている?」


 ラート達から離れ、ウチの通信士との会話に集中する。


 通信先からは通信士の声だけではなく、技術少尉のヒステリックな叫び声も聞こえる。「あれはウチの責任じゃない!」などと叫んでいる。


『第8巫術師実験部隊監督者のエンリカ・ヒューズ技術少尉に対し、ニイヤドの件について審問を行う、とのことです。軍事委員会は隊長の同席も要求しています』


「わかった。直ぐに戻る」


 通信を切り、船への道を急ぐ。


 今更、ニイヤドの一件に対する審問か。


 普通ならとっくに終わっているものだが……思っていた以上に軍事委員会の動きが鈍い。私が考えていた以上にデリケートな案件なのかもしれん。


 久常中佐の玉帝おやの意向が働いている可能性は……さすがに無いだろう。優秀ではない身内に対して甘い判断をする人物ではない。


 他に心当たりといえば、ニイヤドに派遣されていた研究者達。何を調べていたか未だにわからないが、アレは玉帝が派遣した一団だった。


 ……そもそも彼らは、ニイヤドで何を調べていたんだ……?




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:狂犬・フェルグス


 船に戻ってアルの姿を探すと、船室にいた。


 ションボリ顔で三角座りをしていたので、頭をワシワシと撫でてやる。


「元気出せよ、アル。あんな町、最初から行かなくて良かったんだ。時間をムダにせずに済んで良かっただろ?」


「んー…………」


「これに懲りたら、あのオークの言うことなんて話半分に聞いとけ」


 アイツはよそ者だ。


 正義ヅラしてイイコトしてるフリして、自分に酔いたいだけのオークだ。


 他のヤツらより多少はマシだけど……所詮は交国人。侵略者の一員だ。


 そう言ってもアルはうつむいたまま元気にならなかった。まあ……直ぐに立ち直るのはムリだよな。期待してた分、裏切られた時はキツいよな……。


「マーリン。こっちだ、こっち来てくれ」


 船室内をフワフワ漂っていたマーリンを呼ぶ。


 むんず、と掴むと「みぃん」と抗議みたいな鳴き声されたけど、気にせずにアルに渡す。アルのご機嫌取りのために抱っこさせる。


 アルはしばし、マーリンをモフモフしてたが――。


「……にいちゃん」


「んー?」


「……ボクら、もう、どこ行っても……『バケモノ』なのかなぁ……?」


「…………。んなわけねえって」


 弟の頭をワシワシ撫でてごまかす。


 正直、わかんねえ。


 どこに行けば受け入れてもらえるのか、まったくわからん。


 父ちゃんや母ちゃんなら、絶対にオレ達を受け入れてくれる。でも、その父ちゃんと母ちゃんがいまどこにいるのか……わからない。


 わかったところで、そこに行く方法もない。


 流体甲冑が水にも強ければなー……泳いでいけるかもしれねえけど……。


「ココは違っただけで、絶対、どこかで受け入れてもらえる」


「…………」


「じゃないと、おかしい。いい子のお前がつらい目ばっか遭うのはおかしいんだ」


「……でも、ボクら、よくないこと・・・・・・してるよね?」


「…………」


「だから、死んだら皆で、『あそこ』に行くんだよね」


「…………」


 アルを抱き寄せて、「大丈夫」「にいちゃんはずっと一緒にいるからな」と言う。こんなこと言ってもアルを救えないとしても、これしか言えることはない。


 あーあ……こんな事なら、最初から船に残らせるんだった。


 オレだけで様子を見に行って、拒まれたらテキトーな言い訳すりゃ良かった。


 あんな町、入れなくて良かった。オレは期待してないから傷ついてない。


 けど……町に入れたら、先生・・のこと探せたかもしれないのに。


「…………」


 先生とまた会えたら、オレ達がどういう扱い受けてるか伝えて……助けてもらえたかもしれないのになー……。


 先生。どこ行っちまったんだよ。


 タルタリカに食われちまったのか……?





【TIPS:交国保護都市の問題】

■概要

 魔物事件以降、ネウロンの都市は全て交国の支配下に置かれている。


 交国はこれを「タルタリカという危険から住民を守るための緊急措置」と言い、正当化している。実際、ネウロン人だけではタルタリカに対抗するのは不可能で、軍事的にも経済的にも交国の力に頼らざるを得ないのが現状だ。


 ただ、交国は保護都市化に乗じ、様々な横暴を働いている。



■住民の管理

 ネウロンの交国保護都市住民らには職業選択の自由がほぼ存在しない。各人の経歴や健康状態はある程度考慮されるが、仕事は交国が割り振り、管理している。


 住民らは当局の許可、もしくは緊急事態でなければ他都市に行くこともできない。他の保護都市に家族や知人がいたところで、許可が出なければ会いに行くことすらできない。


 合計5人以上の人間で集会する時は、それが家族以外の場合は当局への届け出も必要になっている。この集会は道端で不意に会った時にする雑談も含む。これを破った時、悪意がなかろうと「武装蜂起の恐れあり」として厳しく詰問され、解散を命じられる。最悪の場合は留置所に連れて行かれる。


 こういった厳しい管理体制に関し、交国政府は「タルタリカという敵が存在するネウロンは戦時下にあり、人々が団結するために必要な措置」と語っている。


 この手の措置と主張は交国が支配に置いた都市では珍しくない。


 段階的に解除されていくものだが、その時にはもう保護都市の「交国化」が終わっている。



■強制移住

 交国支配下のネウロンでは、ネウロン人は自分が住む場所も選べない。


 当局の決めた場所での居住を強制される。家族は基本的に同じ場所で暮らせるが、特別行動兵ではない一般人でも14歳以上で健康であれば交国の都合で親から引き離され、遠い開拓街で働かされる事もある。


 この強制移住はネウロン内外関係なく行われる。


 ネウロンの開拓街ではなく、界外かいがい――ネウロンとは別の世界の開拓街や工場のある町に連れて行かれる事もある。


 これはネウロン人に対してのみ行われている特別措置ではなく、交国が支配下に置いた世界では当たり前に行われている。


 交国に敗れた世界の住人らがネウロンに強制移住させられ、開拓に携わっているという光景は当たり前のものになりつつある。


 異世界の住民同士を強制移住で混ぜ合わせ、元の世界の原型と文化を失わせ、「交国」という型にハメて交国化していくのは交国ではよくある話だ。


 交国において、これは「人類を守るための正義の行い」とされている。



■繊十三号における問題

 繊十三号でも交国管理による歪みが発生している。


 繊十三号が<ケナフ>と呼ばれていた時代の住民はもう殆ど残っておらず、繊十三号にいるネウロン人の多くは強制移住あるいは避難してきた者達である。


 この交国保護都市の住民管理は比較的緩い方だが、それでも住民達はストレスを溜め込んでいる。「巫術師」や「余所者」はそのはけ口となりかけている。


 今のところ繊十三号では暴動が発生しておらず、巫術師も住んでいないため巫術師に対する暴行事件等も発生していない。ただ、暴力行為は2日に1度程度のペースで発生している。


 喧嘩沙汰の中心には2種類の人間がいる。1つ目が「強制移住させられたネウロン人」で、2つ目が「強制移住させられた異世界人」である。


 繊十三号では<ネウロン人>と<異世界人>の比率が6:4程度になっており、種族や文化の違いから異世界人よそものを嫌うネウロン人は少なくない。


 このような確執は交国の保護都市では珍しくない。交国政府もこのような問題が交国政府に対する不満に繋がる事から解決を目指しているが、強制移住という根本的な問題は解決せず継続させている。


 繊十三号の場合、新任の守備隊長等が住民間の確執問題を何とかしようと尽力しているが、解決の目処は立っていない。


 繊十三号の都市領域拡大に伴い、異世界から新たな住民が強制移住させられてくることで異世界人の数は増加の一途を辿っており、交国政府が火に油を注いでいるのが現状だ。


 他所の世界の保護都市ではもう少し住民らに配慮した政策が取られているが、ネウロンは他所より強権が振るわれている。また、ネウロンに強制移住させられる異世界人は犯罪歴のある者が他所より多い。


 交国政府は、密かに意図的に動いている。


 識者で自称美少女の<史書官>ラプラスは「交国政府はネウロンという器で爆弾でも作っているみたいですね」と評している。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る