雷休み



■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


 雨が本格的に降り始めた。雷もやかましく鳴っている。


 嵐でも来たみたいだ。それは別にいいんだが――。


「繊十三号って、こんなに人いなかったっけ……?」


「自分はここに来るの初めてなので。こんなもんじゃないんですか?」


「いや、そんなことないはず」


 俺達が市街地の外であーだこーだやっている時、町中から喧騒が聞こえていた。


 市街地への出入り口からも、人の姿は見えた。大きな都市に比べたら少ないが、町の規模なりの人の姿は見えたんだが……。


「こんなシャッター街じゃなかったはずなんだがなぁ……」


「もう営業終わりとか?」


「天気悪いとはいえ、まだ昼間だぜ?」


 看板を見ると、どの店も今日は定休日じゃなかった。


 それなのに空いている店が少ない。いくらかは開いているが、それでも開いているのは3割ほどってとこだろうか。


「この雨でどこか崩れて、町の人間借り出して補修工事しているとか?」


「だったらそういう放送が聞こえそうなもんだがな」


 軒先から軒先へ走り、服と身体を濡らす雨を払い落としつつ進む。


 用事のある店が空いているか不安に駆られつつ、雨の中を進むと案の定、閉まってやがった。シャッターを叩いて「おーい! いねえのかー?」と声をかける。


「返事がねえ。くっそ、どっか出かけて――」


「いや、軍曹。いるみたいですよ」


 シャッターが上がった。


 中から頭に植毛が生えた人間が――ネウロン人の店主が出てきた。


「こ、これは、交国軍人さんでしたかっ……! 今日はどういったご用件で? まさか税の追加徴収とかっ……?」


「いやいや、単なる買い物客だよ」


 商品を見せてくれ、と頼んで店内に入る。


 不用品の置かれた店――中古屋内で欲しいものを探す。


 中古といっても、ネウロンの物はそんなに置いてなさそうだ。交国の製品が多い。多分、界外から運ばれてきたものをネウロン人の店で売らせてるんだろう。


 交国本土じゃ時代遅れになった古着とかが多いが、懐かしさからついつい用事のないところまで見てしまう。


「軍曹、今日の買い物の目的は――」


「わ、わかってるって。ぬいぐるみや人形、中古の品が置いてねえかな~って思ったんだよ。そういうの無いか探してただけ」


「ああ、なるほど」


 グローニャ用の品は置いてなかった。


 なぜか怯えている店主に聞いても、「そこになければないですね……」と言われてしまった。まあ、そんな在庫がしっかりある店じゃねえよな。


 中古の機械製品のコーナーにやってくると、バレットはそれらを手にとって軽く調べ始めた。


「何とかなりそうか」


「多分。必要な部品はこういったものから取り出します。普通に部品を買うより割高になっちまいますが――」


「いいよ、別に。大した値段じゃねえし」


 バレットが必要だと感じたものは全部買って帰ろう。


 少し時間かかるので、軍曹は他に良いものないか見て回っててください――と言われたので、お言葉に甘えて店内をぶらつく。


「古着買うのも手かなー……。いや、さすがに古着は貸し与えているって言い張るのも無理があるか……? 人形ならまだ隠しようがありそうだが……」


 アル達はまともな私服も持ってないだろう。


 サイズが合わないの覚悟で何枚か買って帰るか……? と考えたが、技術少尉がおしゃれを許してくれるか怪しいもんだ。


 服は諦め、他のコーナーを見ていると――。


「おっ……?」


 良いものを見つけた。


 これ……アイツにピッタリじゃないか?


 手に取り、身につけてもらった姿を想像する。……なかなか悪くない。


「軍曹? なにニヤニヤしてんですか……?」


「ば、バレット。いや、その、これも買おうかな~って」


「はあ……。そんなもの、何に使うんですか?」


「これもプレゼントだよ、プレゼント」


 必要なものが揃ったので、会計してもらう。


 会計中も店主はずっとビクビクしていた。


 交国軍人苦手なのかなー……と思ったが、なんかおかしい。


 俺達じゃなくて、別のものに強い恐れを感じているように見える。


「ありがとな、おやっさん。今日閉めてたのって、臨時の休みだったのか?」


「ええ、ははっ……今日はさすがにもう――ひッ!?」


 雷が鳴る。


 バリバリバリと鳴り響き、店主がそれに驚いて身をすくめる。


「おいおい、大丈夫か……? 雷、そんなに怖いか?」


「こ、怖いに決まってるじゃないですかぁ……。交国の方は、雷が怖くないんですか……!? 雷にあたったら死ぬんですよ……」


「そりゃあ、まあ、雷は怖いもんだが……」


 ここまでガッツリとビビるもんか?


 建物の中にいるし、避雷針だってあるだろうに。


 俺達が店を出ると、店主はさっさとシャッターを閉めてしまった。


「雷程度で、何をあんなビビってんだか」


「何ででしょうね……」


 バレットと2人で首をひねった後、軒下で買ったもの軽く見る。


 バレットはこれを持って帰ってさっそく解体してみる、と言ってくれた。バレットの見立てなら、これで必要なパーツは揃うらしい。


「明日以降でいいんだぞ。ドローンも直ぐには作れないだろ?」


「欲しい部品が壊れてたら困るんで。寄港中の間に済ませます」


「すまんな、お前だって休みだろうに……」


「いえ、ネウロン人の町にはあんまりいたくないから、ちょうどいいですよ」


 バレットは苦笑し――相変わらず人気のない町を見回した後――俺を見て「じゃあ、あとの買い物は軍曹にお願いします」と言って去っていった。


 走り去っていくバレットに礼を言い、俺は買い物の続きをする。


 次は木材を手に入れないと……。


「しかし、マジで人がいねえな」


 チラホラと人の姿を見かけるが、不思議とネウロン人はいない。


 他所から移住してきた種族ばっかりだ。


「ネウロン人、雷が苦手なのかねぇ……?」


「そうですよ」


「うおっ!?」


 急に聞こえた声に驚き、拳銃に手をかけながら横を向く、知らない女がいた。


 いや、女って年齢じゃない。


 金髪碧眼の幼女だ。


 しかも雨でずぶ濡れになって雨水をボタボタ垂らしてる。


「おまっ……大丈夫か? 親とはぐれたのか? ずぶ濡れじゃねえか」


「フッ……。水も滴る良い美少女でしょう?」


「ずぶ濡れになった犬みてえだ」


「褒められているんでしょうか……?」


 ムムム、と考え始めた金髪幼女に向き合い、しゃがみ、視線をあわせる。


「迷子か?」


「いや、単に宿泊所を抜け出して屋根の上を走っていたら、大雨降ってきたので雨樋を伝って下りてきただけです」


「最近の子供は元気だなー……」


「いや、子供じゃないですよ。私はれっきとした成人美少女です」


「成人してるのに少女なのか……?」


 まあ、本人が言うなら成人してんのは確かなんだろう。


 他種族の年齢はやっぱよくわかんねえ。


「この町の住人……っぽくないな。雰囲気が界外の旅行者っぽい」


「その通りです。私はただの美少女旅行者です。正確にはこの半島にある遺跡を調べた帰りに繊十三号ケナフに立ち寄ったのですよ。まともな食事を食べるために」


 自称美少女は大げさな動作で肩をすくめ、「交国軍の食事は残飯以下です」などと言った。


「遺跡の調査ねえ……。えらい学者さんなのか?」


「正確には違います。調査官と言うべきかもですね? まあ、そんじょそこらの学者より偉いという自負があります。私は美少女ですからね……」


「そ、そうか」


 姉云々語る時のヴァイオレットだけ抽出し、さらにファンキーさを加えたようなヤツだな――と思っていると、「そんなことより」と言いながら詰め寄られた。


 気圧され、尻もちつきそうになったが、手で身体を支えてこらえる。


「ネウロン人と雷の関わりについて考えるとは、なかなか見どころがありますねぇ。ネウロン人は色々特殊な存在ですが、彼らの雷への恐怖心もまたその特殊性を示しているのですよ」


「お、おう。そうなのかぁ……?」


「貴方の推測通り、ネウロン人は雷が苦手です。全てのネウロン人がそうではありませんが、大多数のネウロン人は雷に対し、過敏に反応します」


 自称美少女はそう言い、人気のない通りを指し示した。


「ご覧の通り、雷を恐れてネウロン人は外出を控えています」


「まあ、正しい判断だろ。雷当たったら死ぬし……」


「ネウロン人が雷に対し、強く反応していた光景を見たことは?」


「あー……ついさっき見たな」


 中古屋の店主は怯えていた。


 本人も雷が怖いと明言していた。


「ネウロン人は雷への恐怖心から体調を崩し、死ぬ人すらいたそうです」


「そんなにか!?」


 雷は確かに怖いが、雷への恐怖心だけで人が死ぬなんて。


 かよわい生物だな、ネウロン人――と思ったが、直ぐに驚きは不安に変わった。


「な、なあ、俺は交国軍人なんだが……。ネウロン人の子と一緒に行動してるんだ。その子達も雷への恐怖心で死ぬ可能性があるのか……?」


「そこまで心配しなくていいですよ。雷による恐怖死はごく限られた例ですから」


「ホントか?」


「そのネウロン人さん達、おいくつですか?」


「10歳前後ぐらい」


「では、なおさら大丈夫でしょう。ネウロンの研究者さんの話によると、ネウロン人の雷への恐怖心は年々弱まっているようですから。若い世代なら死に至ることはまずないでしょう。直接、雷に打たれたらさすがに死にますが」


 安堵で肩の力が抜ける。


 しかし、どういう理屈なんだ。


 殆どのネウロン人が雷が怖い。それはまあ……一応わかる。


 雷は怖いものだからな。


 けど、恐怖心が年々弱まっているってなんだ? 文明の発展で雷に打ち勝つ方法が見つかって、怖くなくなってるって事か……?


「ネウロン人の雷嫌いは筋金入りなので、<雷休み>なんてものもあります」


「なんじゃそりゃ。雷が鳴ってる時は休むとか?」


「アタリです」


 自称美少女の金髪幼女は微笑しながら指を振り、「今日のように雷が鳴っていたら何でもおやすみにしちゃうのですよ」と言った。


「仕事も学業も全部中止。地下や防音のしっかりした部屋にこもって、雷が去るまでお休みしちゃうのです。数少ない例外は神への祈りですかね。それはさすがに中止せず、プルプル震えながら続けるようです」


「その話、本当か……? 聞いたことねえぞ」


 まあ、俺もネウロンの文化に詳しいわけじゃねえけどよ。


 今までアル達にそんな素振りはなかった。雷が鳴るほどの悪天候にあってないから、この子が言ってることが正しくても確かめようが無かったが――。


「ホントですよ。さすがに法律には書かれていませんが、雷休みを定めた契約書も存在します。ネウロンの方に聞けば直ぐに聞ける話ですよ」


「ふーん……。何でそこまで雷苦手なんだ?」


「私は一種の呪いだと思っています」


「呪いだぁ? そんなものあるのか?」


「呪いは実在しますよ。この世には<術式>という術理に則った力があります。貴方もこの世界で見たのでは? <巫術>という理を」


 巫術は確かに術式だ。


 常人には真似できねえ技術だ。


「誰かがネウロン人を呪った――あるいは、枷をつけたのです」


 話がどんどん胡乱になっていく。


 こいつ、本当に真っ当な人間か?


 タルタリカが暴れているネウロンは厳戒態勢が敷かれている。交国側が勝っているとはいえ、ここは戦場の一つだ。


 遺跡を調べに来た学者モドキが簡単に入れる世界じゃない。


 警戒しつつ立ち上がると、眼の前の女はクスリと笑い、「ひょっとして、私のこと密入国者と思っていますか?」と聞いてきた。


「正直、疑ってる。渡航許可証は――」


「当然、持ってますよ」


 女はちっこい手で懐から一枚のカードを取り出した。


 交国政府が発行している渡航許可証に見える。


 許しをもらって手に取り、見せてもらう。パッと見、本物のようだが……これ、普通の渡航許可証じゃねえな。マジで何者だ、コイツ。


「これが本物なら……アンタは単なる異世界人じゃねえ」


「…………」


玉帝が・・・特別に許可を与えた異世界人だ」


 相手の答えを待つが、笑みが返ってくるだけだった。


 交国の最高指導者が特別に発行させた許可証なんて、どんなVIPだよ。偽物の許可証の可能性もあるが、当局の人間が確認したらその偽造も直ぐバレるだろう。


「いよいよアンタ――いや、貴方のことがわからなくなってきた」


「今まで通り砕けた喋り方でいいですよ。私は玉帝の威光を借りる気はありません。ムンムンの知性を纏った天才美少女という事実だけで十分ですとも」


「そ、そうか……。で、その天才美少女さんは結局何者なんで?」


「私は<ビフロスト>の人間です」


 ご存知ですか? と聞かれたが、「いや……」と言って首を振る。


 そんな名前の国、知らねえ。


 俺がバカな所為かもだが、聞いた覚えがねえ。


 首を横に振ると、自称天才は「国際的な影響力は強いんですけどねぇ……」と呟いた後、俺の後ろを見て「おっ」と声をあげた。


「護衛が迎えに来たようです」


 自称美少女の視線を追うと、大雨の中、傘をさしてこちらに近づいてくる人影が見えた。VIPなら護衛ぐらいいるか。


「監視の方じゃなくて良かったです」


「監視?」


「私は交国に許可証発行していただいている身ですが、好き勝手やらないように監視もつけられているのです」


「えぇっ……」


「私が宿泊先を飛び出して雨に濡れ、美少女っぷりに磨きをかけていたことは秘密にしておいてくださ――くちゅんっ! くださいね? 交国軍人さん」


 片目をつむり、人差し指を唇の前に添えながらそう言われた。


 まあ、いいや……。何も見なかったことにしよう。


「ああ、それと……ネウロン人と雷の関係について理解を深めたい場合、ネウロンの神話を――シオン教が伝える伝承を調べるのをオススメしますよ。では」


「どうも。気をつけて」


 神話? 伝承? それが何の関係があるんだ。


 最後までよくわからん人だったな……。


 まあ、もう会う機会もないだろう。俺達、明日には出港するし。


「って……遊んでる場合じゃねえ、何とか木材を手に入れないと」


 都市の管理事務所とか、資材置き場に行ってみよう。


 それでダメなら車を借りて、郊外で木を切ってこよう。


 そう考えつつ、再び雨の中に飛び出していく。


 雷は大分大人しくなったが、まだゴロゴロと不機嫌そうに唸っている。


「雷休みねえ……。ってことは、まさか守備隊も――」


 市街地を囲む防壁を見上げる。


 防壁の上には人影が見えない。守備隊にはネウロン人も結構在籍していたはずだ。まさか、雷怖くて引っ込んでんじゃねえだろうな?


「……守備隊の警戒が緩んでいるなら、アル達を町に引き入れるチャンス――」


 良からぬ考えが浮かんできた。


 自分の額をペチンと叩き、自分で自分を正す。


 んなことやってもバレるし、アル達もこの雷雨の下で出歩きたくないだろう。


 そう思い直し、走っていると――声が聞こえた。


「――――」


 雷とは別種の、背筋を刺激する音。


 鳴き声だ。咆哮だ。


 それが無数に聞こえる。


 これは、まさか――。


「タルタリカが来たのか……?」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:星屑隊隊長


『こちらダスト1。タルタリカの咆哮が聞こえましたが、状況は?』


「現在確認中だ。機兵対応班は船に戻ってこい」


『了解。ダスト2、3、4にはこっちから連絡取ります』


 繊十三号近郊にタルタリカが来ている。


 鳴き声から察するに、そのはずだが位置は不明。


 こういう時、都市周辺を警戒しているはずの守備隊が最も状況を掴んでいるはずだが……問い合わせても要領を得ない。対応が遅れている素振りがある。


 雷の影響かもしれん。


「第8の特行兵は全員、船内にいたな?」


「はい。そのはずです」


「いつでも出られるよう、準備させておけ」


 そう言ったが、通信で伝える必要はなかった。


 艦橋の入り口に、その第8の特別行動兵がやってきていた。



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